九月一日 土蜘蛛な女
私は取りあえず幽霊の声がした方へと駆け出していた。
早速の命令違反だったと駆け出したそこで私は気が付いたが、意外や意外、アストルフォ達は私の左耳に埋まるインカムマイクに、あとで報告、と言っただけで、私を置いて職員室へと行ってしまったのだ。
まあ、今後はこれが日常となるのだから、彼等は私が一人で動けるのか、彼等の思惑から外れないように従順でいられるのかと、私の行動観察と確認をするつもりなのだろう。
ハハハ、私こそそんなことは理解している。
もし一人で行動が出来るのならば、見つけた怨霊体を自分の駒にできるのか挑戦してみようと思っていた所だ。
あいつらに反旗を翻すために!!
さて、声がしたと向かってみれば、プール場の手前の木立の中でうずくまる中年男性の幽霊だった。
彼は私の足音に気がつくや、嬉しそうに顔をあげた。
男の顔は見覚えがありそうでなかったが、男は私が知らない人でも別に関係なく、自分に気が付き話せる人間が初めてだと言うや、ごちゃごちゃと喋り始めた。
「下着姿の写真をロラン君に見せるって言ったら、何でもしてくれたよ?俺のことが好きになったって言ってくれた。俺もあの子が大好きだ。だから、最初にあの子の裸の写真を撮ったモイラを同じ目に遭わせたんだ。あと、あと、リサもエリーもフォルマも、みんな、みんな、あのこに意地悪した子達は全部、おれがこらしめてやったんだ。それなのに、あのこはおれの手足の骨を粉々に折ったんだよ。モイラたちに俺をプールに落とさせたんだよ。ひどいよね、ひどいよ。おれはあのこをあいしていたというのにさあああ」
さて、アストルフォが怨霊体の扱いが私にしか出来ないことだと褒めるが、前世で怖い話関係の漫画を読みまくっていた私は、霊能者の真似事が上手いだけだ。
つまり、対話無くして人と人は分かり合えないのだ!
「で、聞いている?」
「聞いていない」
あ、ゴゴゴゴゴと字幕がテレビ画面の下に出そうなぐらいに、幽霊は顔を歪めて体だって大きく膨らまして私を襲いかかるように見下ろして来た。
「どうして、あのあのこはおれをあのこ……おまえ、おまえこそ、あのおのこ、おまえがあのこなのか?ああ、よくみえない、よくみえない」
「違うし、あなたの死は可哀想だと思わない。そう、あなたがプールの底で死んでいたのは、そう、あなたがレイプした女の子達に寄ってたかってプールの底に沈められたからなのね」
セリアがアーサーの母に沈められたあのプールは、セリアが怨霊体となったために恨みを持った人達をも呼び込むようになっていたのか。
いいえ、自分の恨みを晴らすために動いた彼女が、あの場所を処刑場にしただけなのかもしれない。
「おまえおまえ、あのこ、あのこ。あのやわらかいはだ!!」
幽霊が私に手を伸ばして来た!!
ナイマンの記憶から、彼に引き倒されて乱暴される少女の姿が次々見えた。
だけど、行動が悪化する最初のきっかけである彼女、エルヴァイラの身には何も起きていない。
自分の下着写真を取り返しただけだ。
ナイマンの両目の中で紺色の渦がグルグルと回り、ナイマンは独り恍惚とした表情になっていく。彼の記憶が私にはテレビ映像みたいに見える。
舞台は彼が女の子達を引き込んだプールのポンプ室。
そこでエルヴァイラに襲い掛かったはずのナイマンは、全身に紺色のリボンの呪いを纏い、突如立ち膝のまま動きを止めてしまった。
いいえ、恍惚とした表情となって、一人で腰をガクガク動かしている。
ナイマンの記憶の中のエルヴァイラは、一人エッチ状態のナイマンから自分の下着姿の写真を奪い、そのままその場を逃げ出しちゃった?
「あれはいいはだだったあれはいいからだだったいいからだからだだかせろだかせろだかでろだかせろ」
「良かったわね、嘘でも最高の夢が見れて。でも、彼女以外の女の子にした事は、現実かあああ!!」
私は腕に抱いていた金の箒をナイマンに、ではなく地面に翳した。
「我が盾となれ!!」
地面は盛り上がり、私の前面を覆い隠す壁となった。
だが、幽霊にはそんな土壁など何の役にも立たないだろう。
ナイマンは土壁を通り抜け、まっすぐに私に向かって来たのだ。
「だかせろだかせろだかせろだかせろだかせ」
私に手を掛ける寸前で、彼の意識も存在も、テレビのスイッチが切られたかのようにして、ぶちんと音を立てて消え去った。
「あなたを怨霊体343号と命名します。一生土から出て来るな!この糞男!!」
私は土属性魔法によって土を粘土化させて神様のマークを作り、ナイマンが縛られていた場所、ほとんど毎日のようにして、レイプ目的で呼び出した女の子と待ちあわせていた場所の土の中にそれを埋め込んだのだ。
私はナイマンを成仏させる気などない。
粘土状だった神のマークは、カキンと音を立てて石化した。
土に埋まった石が変化などする事は無い。
よって、奴は殆ど永遠に冷たい土の中で、生き埋めにされている状態みたいにして埋まっている事になる、のである。
「どうだあ。思い知ったか女の子の敵!!魔法使いになったモブが神に変わっての成敗です!!永遠の土の中で反省していなさい!!」
魔法使いになれたのがアストルフォのお陰というのが悔しいが、私は女の子に酷い事をしてきた霊に酷い事が出来たと喜んでいた。
ええ、確かに魔法使いになれましたわよ、あなたのお陰で。
アストルフォは私が魔法の箒を暴発させかけた後、箒の暴発の仕組みに思い当たるや、箒に仕込まれていた魔法電池の属性を、火属性から土属性のものへと交換してしまったのである。
「これならスポポンうさぎでも暴発しないだろうし、うさぎって穴を掘ったりするじゃない。土でいいや」
確かに、土壁作りや、土の中の粘土を使って神様のマークを作り上げたりとか、敵が来たら金の箒の先から砂を飛ばす、とか、私にも簡単にイメージできる使い勝手の良い魔法を土属性だったら生み出せる。
この程度の魔法で、人を惑わす紺色の呪いを吐きだせる少女、エルヴァイラをどうやって倒したらよいのか分からないけれど。




