あなたは自分が何をしているか分かっていますか?
私の身体に次々とぶつけられる生理用品。
白いナプキンだったり、タンポンだったり。
この世界にもちゃんとあって良かったと思う品々だが、こんなものを投げつけられるって身体は痛くないけど心の方がなぜかとっても痛くなった。
女でしかない部分を攻撃されているからかしら。
で、他に男子もいるだろうに、どうして女子はこんなことが恥ずかしくもなく出来るのだろうと教室を見回せば、男の子たちは幽霊みたいに席を立ってゆらゆらしていた。
ええと、いじめで性的暴行もあったわよ、ね。
で、役に立たないどころか私の悲鳴が上がっても人払いしちゃいそうな番人だってこの教室にいたと、私は背筋をぞっとさせながらエリザを見返した。
私を憎々し気に睨みつけていた彼女に、私はぞっとしたそのまま教室の外に逃げようと立ち上がって駆け出した。
「勝手な退出は単位取り消しよ!このあばずれ!」
エリザは叫ぶや私に向かって思いっきりナプキンを投げつけた。
ガラ!
「うわ!」
エリザによる生理用品の洗礼を受けたのは、扉から逃げ出そうとしていた私の進行方向から顔を出した、エリザ先生お気に入りのダレン君だった。
ダレンは自分の額を直撃し、胸元に落ちてきたそれをつかむと、それが何だったのか見直して直ぐに手から振り払った。
「うわ!何これ!さいてぃ!」
「いえ、あなたに投げたわけじゃ。これ、これはライトさんの落とし物で!」
悲鳴みたいな声を出してエリザは言い訳を始めたが、彼は鼻を鳴らしただけでエリザには何も返さず、しかし、私には大声を上げた。
「君がミュゼ?大丈夫?額から血が出ているよ。」
スポーツマンか軍人みたいな短い髪は艶のあるチョコレート色で、私を心配そうに覗き込んで来た双眸に輝くのはチョコレート色の温かい瞳だ。
同じ十六歳だろうに大人びて見える彼は、私の額にそっと指先を当てた。
私はハルトが亡くなった時点で小説を読むのは止めたが、あの小説に嵌っていた友人によれば、エルヴァイラの次のお相手がダレンとなるはずだ。
ああ、それは納得できると、私は彼を一目見て思った。
もしかして、ダレンとエルヴァイラを先に固めたら、ハルトは死なないのではなかろうかとぼんやりと考えてしまっていた。
「おい!どけよ!で、ミュゼが怪我をしているって!」
ダレンは押しのけられて、私の目の前にはぱあっと光が輝いた。
ハルトだ。
彼は私を一目見て、胸が痛そうに顔を歪め、けれどすぐ後に私から顔を背けた。
「お前らぁ!ミュゼに何してくれんだ!怪我させた奴前に出ろ!同じ目に遭わすぞ、コノヤロウ!」
ごおん。
空気が動いた気がした。
なんだかすっごく重苦しい空気になって、それが私達の周囲で渦を巻き出したような、そんな感覚に足元が震えた。
私が抱えていた父さんのチョコの一粒が、私の腕から転がり落ちた。
カシュン。
周囲の渦に巻き込まれたからか、包み紙ごとチョコは粉々に砕けた。
「だ、だめよ!ハルト!」
「わ、わああ。ダメダメだって。ほら、ミュゼちゃんをまず、保健室、保健室。ほら、君が怒る価値も無いって!生理用品を投げる子達だよ?」
ダレンに後ろから羽交い絞めにされたハルトは大きく息を吸い、私もホッとしたが、いや、一秒後には心臓が飛び出てしまった。
ハルトは私を見返して、私がこの世界から逃げ出したくなることを叫んだのだ。
「ミュゼは俺の初めてなのに!」
「ばかあ!変な省略して叫ぶなあ!」
「うわあ!お前はもう黙れ!」
ダレンはハルトの口を塞ぎ、教室から廊下へと引き摺りだし始め、私も慌ててダレンの後を追って教室を出ようとした。
「ちょっと待ちなさい!ライト!あなたの単位なんか絶対に認めませんからね!絶対に、退学させてやるわ!覚えていなさいよ!」
エリザは悲鳴に近い声で私を罵倒してきた。
でも、ここには私を助けに来てくれた二人がいる。
ハルトを引き摺っているダレンは、小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
「俺に生理用品ぶつけた事も覚えていてくださいね。」
「ちょっと!あれは!」
エリザは金切り声を上げると、ダレンにつかみかかろうとしたが、彼女の手はダレンに抱きかかえられている少年の手によって封じられた。
手首をがっちりとハルトに掴まれたエリザは、ハルトの睨みに脅えるように震え始め、彼はエリザ自身を撥ね退けるようにしてエリザの手を離した。
「きょ、教師にこんな……。」
「ねえ、あなたは自分がなさっている事をわかっていますか?」
エリザと一緒に、いえ私こそもっとビクンと反応した。
これは小説の中のハルトの決め台詞だ。
悪に手を染めた人間をエルヴァイラと見つけ出し、そして彼はエルヴァイラを傷つけようとした悪人たちに囁くのだ。
――あなたは自分がなさっている事をわかっていますか?
囁かれた人達は、皆がみんな、同じように叫び出す。
「うわあああああ!私ったらなんてことを、ああ!なんてことを!」
エリザは頭を抱えて叫び声をあげると、再び教室に戻って行った。
小説の悪人退治の場面が、次々と頭に浮かんだ。
罪悪感、あるいは翌日からの生活が消えた恐怖によってか、全員が全員、破滅の道を選ぶのだ。
「だめええええ!」
私は腕にあるものすべてを放ると、教室へと取って返した。
ほら、今にも教室の窓から飛び降りようと、エリザが身を乗り出しているじゃないかと、エリザの身体にしがみ付いた。
「だめよおおお!」
エリザが死んだらハルトの言葉のせいになっちゃう!
火事場の馬鹿力よ、来い!
思いっきり踏ん張って、あら、ふいに軽く。
ダレンとハルトが窓から飛び降りようとするエリザを支えていた。
校内では緊急ベルが鳴り響いている。
教室の大騒ぎに他の教室の教師も次々とやって来て、私は取りあえずこの場は何とかなったのだとほっと溜息を吐いた。




