あなたがなりたいあたしは素晴らしすぎる、から
あたしは目覚め、この夢は何度目なのだろうかと目を擦った。
あたしはあたしなのに、あたしじゃない、そう!姿形からあたしではありえない醜い女があたしを自分自身だと思い込むのである。
「で、小説の主人公、ね、あたしが。」
誰かが自分に憧れていたって事は悪い気はしない。
それも、小説の主人公だと思い込むぐらいに、このあたし自身を神格化してくれているのだ。
「でも変ね、あたしには感応能力は無いはずなのに、誰の思念があたしに流れ込んで来たのかしら。」
あたしは無造作に自分の頭を掻いた。
うえ、髪がこんなに抜けている。
手の平の指の付け根には、長い髪の毛が何本も絡まって、つけ毛が出来そうなほどに束を作っていた。
「ああ、頭が痛い。でも、髪が抜けるのは頭痛薬のせいよね。薬は入学と同時に止めたのに、どうしてまだ髪の毛が抜けるのかしら?」
手の平で絡み合っている自分の抜け毛を見つめているうちに、頭のどこかで、呪い、という文字が勝手に浮かんだ。
「呪いって、何?あたしは今までに人助けしかしてこなかったはずよ。どうしてそんなあたしが呪われるのよ?」
あたしは弱い人が虐められるのが嫌いだ。
みんながみんな、誰にでも優しくなればいいと思う。
「ふう、頑張っているのに、女の子達には誤解されちゃうのよね。やっぱり、あたしが男の子達の注目を浴びてしまうからかしら?」
それでも入学当初には初めての同性のお友達が出来たと喜んだりもしたのだけれど、あ~あ、女の友情は脆いものなの、ね。
いいえ、セリアが勘違いしちゃっただけね。
あたしがアーサーに一人で会っちゃったもんだから、そのことを知ったセリアに、あたしがアーサーを誑かしたって責められたのだ。
ええ、そこは謝らなければいけない。
あたしは気を付けるべきだった。
あたしに会えば、どんな男の子だって、あたしの虜になるんじゃないの。
あたしに会った後、アーサーはあたしに恋い焦がれるようになって、それで、目が悪くなった恋人を捨てられないからと、あたしへの恋に悩んだ末の失意のうちに自殺しちゃったのよね。
いいえ、彼の自殺はセリアがあたしを虐めていると知ったからかもしれない。
優しい彼は、その全部が自分のせいだと思い詰めちゃったのよ。
あ、アーサーのお母さんに真実なんて伝えなければ良かったかしら?
でも、私が母親だったら、子供の事は全部知りたいわよね。
自殺なんてされたら、きっと。
「はっ、そうだ!あたしを呪っている人の事が分かった。あの自殺騒ぎを起こしてハルトにしがみ付いている女ね!」
あたしは合点がいったと手を叩いた。
あの灰色の女があたしになりたいと念じているのは、ハルトがあたしの恋人だから、いいえ、あたしに一途だからなのね!
あたしは大事な人の写真をベッドサイドテーブルから取り上げた。
この写真は非合法のものと言えるだろう。
ナイマンは、ハルトの寮での姿を隠し撮り、その写真が欲しいかと女の子達に声を掛けて来るのである。
「あの男は危ないわ。このことをハルトに教えるべきかしら?いいえ、それは駄目ね。ハルトの写真欲しさにナイマンの部屋に行って口で言えない事をしている子もいるのだもの。あの子達は結局は男の人といやらしことをしたいだけの人達なのよね。汚らわしい。ああ、そうだ。あの女にこそ、ハルトの写真の存在を教えてやろうかな。あ、もしかして、自殺騒ぎはあの女こそナイマンの部屋に行ってた?あたしになりたいんなら、あいつも一応は純情な女だったのかも?」
手に持っていた写真を見つめ、写真の中のハルトがあたしを見ていない事に胸がむかむかとしてきたが、それも仕方ない事だと自分に言い聞かせながら彼の顔にキスをした。
「おはよう、秘密の恋人さん。ねえ、いい加減にあたしを愛しているって言っていいのよ。遠くからあたしを見つめて見守ってくれるのも嬉しいけどね。」
好きな子には意地悪をする。
ハルトは誰にでも一線を引き、一段高い所から同級生を見ているような、とっつきにくいところがある。
そこも大人びて素敵なのだけど、彼はあたしにだけは特に突っかかってくる。
ハルトの事をあたしはちゃんと解っているからと、あたしは何度彼を宥めてあげただろうか。
「そう、いいのよ。あたしだって子供だし、あなたが子供みたいに意地をはって意地悪して来ても全然構わないのよ。と、いいますか、あなたとおしゃべりが出来る事こそ嬉しいの。ふふ、あなたこそそうだからあたしに突っかかってくるのかしらね。」
ハルトったら、あなたの子供みたいな一面を、あなたは愛するあたしにだけ見せられるのね。
あたしは幸せになりながら写真立てを置き直し、今度はタンスの上に飾ってある大きなクマのぬいぐるみを持ち上げて抱き締めた。
「ダレンも素敵な子なのよね。あたしに渡すために、こんなに大きなクマのぬいぐるみを注文していたなんて。ええ、分かっていてよ。目の前にこの子が入っている箱とあなた宛ての送付状があったのだもの。それも、私の誕生日に。サプライズで届けてくれたのよね。ありがとう。でも、あたしはハルト君がいるから、って、きゃあ!もう恥ずかしい!」
あたしはぬいぐるみを置き直すと、ウキウキした気持ちでクローゼットの扉を開けた。
そこには、親友だったセリアの服が、ぎっしりと吊るされて揺れている。
「あなたの分も幸せになるわ。頑張るから心配しないで、セリア。」
ハルトが好きな色は何かしらと考えて、ハルトが私の為に初めて動いてくれた時のことを思い出した。
そこで、彼がそっけなさすぎて辛いってわかってもらうためにと、特別なあのピンクのワンピースにしようと手を伸ばした。
「ふふ、思い出のこの服。でも、そうだ。あたしになりたいミュゼにあげよう。あたしが特別に大事にしているこの服を見たら、ええ、あいつはきっと盗むかも。盗むよね。盗んだら、あいつに物の道理を教えてあげないと。だって、あたしはエルヴァイラよ?ハルトに愛されているのはあたしなのよ?」




