あたしは心優しい素晴らしき乙女
あたし、はエルヴァイラ。
そう、私こそエルヴァイラなのよ。
初めてあの本を本屋で見つけた時には、これこそ自分の本当の姿だと知り、今のこの姿を与えた神を呪ったものだ。
母は私を愛していると、私が可愛いと、私を産んで良かったと事あるごとに私に言い聞かせて来たが、それは彼女の子育ての失敗を誤魔化すためのおべんちゃらでしかない。
あなたを愛しているからご飯を作るのが楽しいわ。
どんな姿でも人は内面を見るのよ?
全部嘘だ。
母のせいで、私は百五十五センチという低い身長に、体重が七十八キロという完全なる肥満体じゃないの。
そうよ!私が自分で太ったわけではないの。
何も分からない私に、母が際限なく食べ物を与えて肥えさせたのだ。
この鈍重な身体は母のせいだ。
だって、本の中のエルヴァイラは美しくって体が細い。
女の子の体脂肪率は思春期に決まるというのに、私はすでにその頃には痩せているとは言い難い体型だったというのに。
だから、この違いは、エルヴァイラには母親がいない、という設定に基づくものじゃない?
そう!
私にご飯を作る母親がいなければ、私は痩せている綺麗な子だったはずだ。
全部、全部、母のせいだ。
ああ、そうだ。
娘が幸せになることこそ妨害する母親の心理って奴があったわね。
あいつは私の敵だったんだ。
そこで、エルヴァイラという真実の姿を知ったその日から、私は真のエルヴァイラに羽化するために、敵である母が作ったものは食べないことにした。
量を少しだけにして、お腹が膨れないように気を付ける。
絶対にこれで私は痩せるはずだ。
チョココロネにクリームフランス、飲み物はミルクティー、完璧じゃない?
私は小説を開きながら、チョココロネを可愛らしく齧った。
私は自分の口元は可愛いと思う。
だから、クラスの男の子達は、私がパンを可愛くかじる姿を好ましく思っているはず。
本当に小学生の時は失敗した。
彼等が私を百貫デブと揶揄ってきて、私はそのことに泣くばかりだった。
彼等を憎むばかりだった。
ごめんね?
私も子供だったから、男の子が好きな子に意地悪したくなるって事を知らなかったのよ。
今はわかっているわ。
私は私の姿態を男の子達に見せつけるようにしてチョココロネを齧り、口元に付いたチョコクロームを舌でペロッと舐めた。
ふふ、私とキスがしたいって思った人達へのサービスよ。
私は痩せたらエルヴァイラだもの。
今は太っているけれど、目鼻立ちは整っているはずだもの。
「え~。読むのやめるの?これからなのに。」
「だって、ハルト君がいないし、私、エルヴァイラがちょっと苦手。」
私の身体はカチンと固まった。
エルヴァイラは私なのに。
あんなに正義感たっぷりで、誰にでも愛される彼女が嫌い?
それはあなたの心が汚れているからじゃ無いの?
私なんて、差別とかいじめとか大嫌いだから、虐げられてきた人々の歴史を勉強しているのよ。
こんなに可哀想な人がこの世にいたって、私は可哀想な人達に同情してあげているのよ。
「なんだか、自意識過剰で、でもって、独善的じゃない?」
私の頭に血が上った。
私を完全に否定している!
この女は敵だ!そうだ妖魔だ!
けれど、ここには私を守るハルトがいない。
私は憎しみをグッと噛みしめて耐えた。
ずっと耐えた。
でも、ある時見つけた。
私はキャリアウーマンなのよ、そんな風にスーツをカチッと着た姿で私の目の前に現われたのだ。
私を否定した女。
私を否定したあいつは、きっと、私が憎いからって私に生霊とか呪いとか送って来たんだ。
だから私は太ったままでエルヴァイラになれないんだ。
ああ、そうだ。
あいつがいる限り私はエルヴァイラになれない。
私は自転車に跨ぐと、あたしを否定し続ける女へ、あたしを不幸にする呪いをかけた女へと、一直線に、一心に、自転車を漕いでいた。
「あたしはエルヴァイラ。あたしを否定なんかさせない。」
あいつにぶつかった瞬間、私の身体は宙に浮いた。
ああ、風を感じる。
ハルト君が私を守ってくれていたのね。
あたしは最初からエルヴァイラだったんだ。




