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前世がモブなら転生しようとモブにしかなりませんよね?  作者: 蔵前
第三部 第十八章 モブも箒に乗って
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アンティークショップは古い記憶の遺物を売る店でもある

「大丈夫ですか?ハルトさん。」


 車の助手席に座る俺がただただぼんやりと外を眺めていたからか、車を運転するフォードが心配そうな声をあげた。


「うーん。大丈夫なんだろうか、俺は。」


「時間があなたを癒してくれますよ。」


 俺の肩にフォードがそっと触れ、なぜそんな慰め方を彼がするのだろうかと、俺は訝しく思いながらも、いつしか左手の拳を口元に持って行っていた。

 開かない左手。

 開いてはいけないと心が叫ぶ左手。

 ほん少し指を開いた時に見えた、灰色のふわふわの毛束。


「親父は仕事か。」


「ええ。迎えに来れなくて申し訳ないって言っていました。」


「ははは。深夜に女の子の病室に夜這いに行く息子だものね。」


「そんなこと。今のあなたの方が心配ですから、俺こそ来たかったんですよ。カーティスにはダッチとダイスラーが付いておりますから大丈夫です。」


 俺は左手の拳を額に当てた。

 どうしてフォードはこんなにも俺を心配している?

 どうして俺はこんなにもぼんやりしている?

 その時、どうしてかわからないが、俺の目に何かが映った。

 車が通り過ぎた一瞬だったが、その通りがかった道にあったアンティークショップ、そのウィンドーで何かが光って見えたのだ。


「止めて!車を止めて!」


「ハルト?」


 車は直ぐに止まり、俺は飛び出すようにして車を降り、そのまま通り過ぎたアンティークショップまで一直線に駆け出した。


「ハルト!」


 止まるわけにはいかない。

 俺はあのウィンドーの中を覗かなければいけないのだ!


「はあ!」


 病み上がりらしい俺の身体は辿り着いたそこで疲労困憊しており、倒れかけた自分の身体を支えるようにしてウィンドーガラスに右手を付いた。


「ああ。」


 俺はそこに崩れ落ちた。

 俺を呼んだもの。

 俺の意識が囚われてしまったもの。

 それがなんだか気が付いてしまったのだ。


「ああ、ミュゼ、ああ、ミュゼ。」


 俺は左手を開き、その手の中のミュゼの髪束にキスをした。

 俺に残されたのはこれだけ。

 これは死んでしまった彼女のよすがだ。


「どうしたんですか!一体何が!」


 店の人が店の前で跪いている俺に声を掛けて来たが、俺は何も言えずに咽び泣くしかなかった。

 守れないどころか、俺が殺したも同じ彼女。

 布で出来た帽子台はうさぎの毛皮で出来た帽子を乗せている。

 それだけでなく、帽子の飾りの様にして、黒い宝石、黒曜石かジェッドで出来たアンティークなネックレスが垂れ下がっていた。

 俺を呼んだ光はこの宝石の煌きによるものだ。


――ハルト!海がキレイ!ハルトと一緒だから!いつもよりもキレイ!


「君の真っ黒な瞳の方がキレイだった。海よりもキラキラしていた。ああ、それなのに、俺は、俺は。」


 死んだミュゼの瞳の輝きは、この宝石と同じ無機質で鈍い輝きだった。


――エルヴァイラに口づけるんだ。君はそこで君であることも、ああ、うさぎちゃんを失った悲しみもすべて終える事が出来る。君を終わらせることが出来る。


「嘘つき!終わらなかったじゃないか!俺にエルヴァイラが恋人だなんて、そんな、そんな、くだらない嘘の暗示を掛けただけじゃないか!」


 俺は左手を、ミュゼの髪を握るその手を、思いっきりコンクリートの地面に打ち付けていた。

 指の関節に激痛が走り、俺が手を打ち付けた地面にエム字の様な赤い山形がプリントされた。


「ああ、ミュゼ。君を忘れることなんて出来るわけが無い。」


「あの、お客様。」


「いや、連れがすいません。すぐに連れ帰りますので。」


 俺の身体を抱き上げる為か、フォードが俺の脇に屈んだ。

 フォードは筋肉質のその体で俺を抱き上げる前に、まるで父親が子供を抱き締めるようにして俺をそっと抱き、それから俺を立たせようと力を込めた。


「お家でいくらでも泣きましょう。俺もね、裏に顔が利きます。ミュゼさんを狙う反社会的組織?連続殺人グループ?そんなものぐらい、ええ、警察よりも早く見つけて見せますよ。だから、ええ、あなたはしっかりして、ミュゼさんが帰ってくるのを待ちましょうや。」


「ははは、何それ、どういう事になっているの?」


「どういう事って、ミュゼさんが証人保護プログラムで政府に保護されたって話でしょう。」


 立ち上がり切った俺は右手で自分のシャツを捲って見せた。

 アストルフォ達軍部に騙されてしまったらしきフォードに、ミュゼの死が確実なものだと見せつけるためだ。

 案の定、フォードは俺の腹の様相に言葉を失った。

 俺の腹にはアストルフォの手形が焼き付けられているのだ。


「ミュゼは俺の盾になった。ミュゼの身体が俺の身体の前にあったのに、見てよ、俺の腹がこんなだよ。こんな攻撃を受けてさ、ミュゼが生きているはずはない。そうだろう?死体を親に見せられない嘘だろ、そんなのさあ。」


「可哀想に、ああ、なんて可哀想なんだ。畜生、なんで君達ばかり!」


 フォードは俺を抱き締めた。

 まるで本当の父親の様にして。

 母の兄ならば伯父だろうに、勤務中は父の部下としか俺に振舞わない、彼は頑固すぎる真面目な男でもある。

 そんな男がいつもの護衛官でしかないという仮面を放り捨て、俺が可哀想だからと俺の為に涙まで流してくれているのだ。

 俺は彼に抱きつき、俺も彼の小さな甥に戻って、彼の胸で大声で泣いた。

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