窮モブ、重要キャラに噛みつく
私は何も考えられなかった。
私とハルトが会えば必ずキスをするから私自身に毒を塗っていた、という卑怯な奴らに対して、私は奴らを殴ってやりたいという激情に駆られただけだ。
「行くんじゃない!」
私はハルトの腕から飛び出そうと一歩踏み出したそこで、私を抱き締めていた当のハルトによって少々乱暴に彼の懐に引き戻され、私の背中はハルトの胸にぶつかっていた。
「お前は俺から離れるな!俺達が一緒だったらね、俺達はあいつらの命令なんか聞く必要なんか無いんだよ!俺はミュゼが好きだ!ミュゼと一緒だったら、何処までも逃げてやる!」
「だってそうしたらあなたの!」
あなたの家族ともあなたは決別しなければいけなくなる!
そう彼に言おうとしたけれど、ハルトはもう私の為にそこは切り捨てたのだと気が付いた。
絶対に私を離さないという風に私を後ろから抱き締めている彼の腕は緩むことは無く、私が見上げた彼の顔だって、覚悟を決めたという決死の顔だ。
「格好いいなあ!だけどねぇ、ロラン君。そこのミュゼちゃんの後ろには、ご両親どころか、沢山の気の良い親戚が控えているんだよ。彼等の全員、この世からさようなら、なんて、ミュゼちゃんには辛すぎるんじゃないかな。」
アストルフォは歌うようにして最低の脅し文句を口にし、その言葉に対して、ぎりっとハルトが歯噛みした音が聞こえた。
そして、ぽたっと、一滴の赤い雫が私の左肩に落ちた。
歯を喰いしばったから、下唇が切れてしまったあなた。
私を守るためには私の家族達を不幸にする選択を突きつけられたあなた。
あなたの涙があなたの頬を伝い、あなたが噛み切った唇の血を私に滴らせた。
私は私の左肩に右手を添えた。
私の肩に落ちた雫は、ハルトの辛い心そのものだから。
「ミュゼ。ごめん。俺を憎んでもいい。でも、俺はミュゼだけがいればいい。だから、君を連れて逃げたい。いや、ここから逃げるよ。」
たぶん、逃げ切ることは出来ないだろう。
アストルフォは場数を踏んで来た軍人であり、恐らくハルトを凌駕するほどの魔法力を持っている。
ついでに言えば、悪い子を更生という名の鬱に落とし込んで殺して来たらしい変質者、アダム・バーンズワースだっているのだ。
私はハルトを宥め、彼等の押し付けたルールに従うべきなのだろう。
なのだろう、が、彼等は私のハルトをこんなにも傷つけたのだ。
それに私こそ、人生を失敗している経験者じゃないか。
傷つきたくないからと、誰かに恋をした心だって見ない振りをして、二次元や小説だけで充分だって寂しく生きて、自己欺瞞に生きたまま死んでしまった人生だったじゃないか。
「でも、お父さんとお母さんを捨てられない。」
「ミュゼ。」
「でも、ハルトこそ捨てられない。」
「ミュゼ!」
前世での、私の看病に疲れ切って絶望した、年老いた両親の顔を思い出した。
そんな前世の両親と、今現在の両親の顔が重なった。
彼等もきっと私が昏睡しているという嘘情報で、今はそんな風に落ち込んでいるのだろう。
愛する家族を、愛する男を、こんなにも傷つけてくれるなんて!
「ちくしょおおおおおお!モブを舐めるなあああああ!」
私は叫んでいた。
私を後ろから抱き締めているハルトが、びくぅと身を竦めるぐらい。
だから私は、頭に来たそのまま、私が呼び出せる怨霊体に叫んでいた。
「この人痴漢ですうううううううううううう!」
バシュウウウウウウウウウン。
今回の獲物のローンリバー校の生徒が、監獄舎の入り口でぐずぐずしているのならば、その怨霊体を使って突き飛ばしてしまおうと設置していたのだ。
しかし、アストルフォとバーンズワースの真後ろから突っ込んで来た怨霊体であったのに、彼等がそれに突き飛ばされる事は無かった。
彼等はひょーいという風に軽やかに避けたのだ。
その代わりとして、それは私とハルトの方へと一直線に飛んで来た。
「ああ、ちくしょう!ちゃんと攻撃されておきなさいよ!って、うわああ!ハルト危ない!」
「ば、ばか!ミュゼ!」




