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前世がモブなら転生しようとモブにしかなりませんよね?  作者: 蔵前
第十七章 モブよ、失敗したなら言えばいい、これが運命、と
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監獄舎にて愛を語る獲物

「ミュゼ!」


 茶けた鉄パイプの針山の上に向かって、ミュゼが真っ逆さまに落ちていく。

 彼女の髪の毛が燃えた?

 ああ、カツラで助かった。

 彼女の灰色の髪の毛は小鳥の翼のようにして宙に広がり、それだけで絵画のようだと俺は思ってしまった。


 ミュゼは危機状態なのに!


 ほら、彼女の服が裂けながら蛇のような炎に変わっていくじゃないか。

 彼女の綺麗な肌を爛れさせようと、炎が彼女に纏わりついてくる有様だ。

 俺はミュゼを傷つけようとする炎を布地ごと風で吹き飛ばしながら、愛する彼女に向かって両腕を伸ばし、殆ど生まれたばかりの格好になった恋人を、数日ぶりに腕に抱き締めた。


 ミュゼが小汚い鉄パイプに貫かれる事など俺がさせるはずがない。

 けれど、空気を読めない敵は怒声をあげた。


「てっっっっめえ!邪魔をするんじゃねえ!」


「負けたらそこで終わりだろうが!俺の女に何してくれるんだ!」


「ぎゃああ!」


 赤い髪は俺の怒りの疾風を浴び、大きく転がった。

 そのまま彼は牢の柵に全身をぶつけ、対して痛くもないだろうに悲鳴をあげて昏倒した。

 本当だったら自分で作り出した糞パイプでくし刺しにしてやりたいが、ミュゼがそこまで出来なかったのだから、ミュゼの為に俺がそこまでしてはいけない。


 ミュゼを抱いた俺は安全そうな床に舞い降りており、俺は腕の中のミュゼのあられもない姿に少々どぎまぎもしながらも、彼女をただ抱きしめるだけで彼女に纏う服も与えられずにいた。

 彼女を一度手放してから俺がシャツを脱いで手渡せばよいだけなのに、一瞬でもミュゼを手放したくない俺の心が俺の身体を動かさないのだ。


「くしゅ。」


 俺はしぶしぶとミュゼを手放して、急いでシャツのボタンを外し始めた。


「は、ハルトが、はだかになっちゃ――。」


「タンクトップを下に着ているから大丈夫。ミュゼは裸のままがいいの?俺は全然構わないけど?」


 わあ、全身が真っ赤になっちゃったじゃないか。

 灰色のふわふわに長い髪がミュゼの白い肌を覆い隠して、まるで生まれたての水の精のように俺に見えた。


 ミュゼの裸に俺はいやらしさを一つも感じなかった。

 キレイだって思っただけだった。

 ミュゼ自身が両手で胸を隠してもいたからか?


 いや、ミュゼが恥じらっていると気付いたそこで、俺はようやく自分の体が性的な反応を示してしまうぐらいの劣情を感じてしまったのだ。


 俺の身体は俺の劣情を知るや、正直に反応してくれた。

 ミュゼに知られたら嫌われるぐらいに。

 俺は慌てた様にしてシャツを脱ぎ去ると、それで彼女の身体を覆った。

 覆っただけだ。

 ミュゼが俺のシャツを着る前に、俺はミュゼを抱き締め直していたのだ。


「は、ハルト、そ、袖が通せない。」


「俺はもう君を手放せない。もう二度と離れ離れは嫌なんだ。」


 はうっと、大きく息を吸う音が聞こえた。

 ミュゼは俺の胸に彼女の額を擦りつけて、俺の胸ですすり泣き始めた。


「ミュゼ。」


「ハルト。ご、ごめんなさい。」


「どうして君が謝るの?」


「だ、だって、こんな裏切りみたいな、こ、ことでしょう。アストルフォの言うままに、こ、こんな酷いことをしていたなんて。」


「大丈夫。俺よりも酷い事は出来ていなかった。」


 俺に抱きしめられていた少女は、俺の胸から顔をあげて俺を見て、その可愛らしい顔をぐしゃっと歪めた。

 幼稚園児の子供が泣くみたいにして、ぐちゃぐちゃに顔を歪めたのだ。


「はる、ハルト!」


 俺の首にミュゼの両腕がぎゅっと巻き付いた。

 ミュゼは俺に縋りつき、声をあげて泣き始めた。


 誰が俺がいなくても平気だって?

 誰が俺など必要ないって?


 俺はミュゼをこれ以上ないぐらいに抱き締め返し、彼女の唇に、ああ、彼女こそ俺を求めて顔を上にあげて来たが、その唇に自分の唇を重ねた。

 ミュゼの柔らかい唇を感じたそこで、俺は唇が塞がれているのに、生き返りの深呼吸をしているような気になった。

 いや、家にようやく帰って来たような気持になっていた。

 久しぶりのキスは塩味ばかりだったが。


「愛している。」


「私も愛している。」


 俺は愛おしい彼女をさらに愛おしくさせる、俺が大好きな彼女の額に、今日は泣いてばかりで皺が寄ってしまった眉間の辺りにキスをした。

 そして再びミュゼと唇を合わせた。

 ミュゼはふふっと嬉しそうな声をあげて笑った。

 俺も嬉しいと彼女をさらに抱きしめて笑い声をあげた。


「おかしい。何も起きない。」


「うさぎちゃんはフェイルセーフ付きだからね、どんでん返しが上手なの。はい、ハルト君生還。君の毒が意味無かったで俺の勝ち。」


「ああ、悔しい。」


 俺はミュゼをぎゅうと抱き締めながら、馬に蹴られて欲しい奴らを睨んだ。

 アストルフォとその友人らしきミュゼの監督官の金髪野郎は、監獄舎の開いたばかりの扉を背に、何の悪びれもないニヤニヤ顔で俺達の目の前に立っている。


「俺の生還って、毒って、俺は死ぬ予定だった?のか?」


「とりあえずね。俺達の決めたルールを逸脱したそこで、君とうさぎちゃんは処分決定でしょう?」


 俺の腕の中でミュゼがひゅうっと息を飲み、俺は寒々としながらミュゼを手放したくないと彼女の背中にまわした腕をさらに締め付けた。


 俺に与えられたルール。


 ラストスタンディングだったらミュゼを返す。


 まだ死闘は終わっていないのに、俺はミュゼを手にしてしまった、のだ。

 ミュゼも同じようなルールを押し付けられていたのならば、俺の腕の中から彼女が飛び出すのは止めようがない、だろう。

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