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前世がモブなら転生しようとモブにしかなりませんよね?  作者: 蔵前
第十七章 モブよ、失敗したなら言えばいい、これが運命、と
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うさぎが荒野を駆けるのは逃げるためだけじゃない

 びいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいん。


 開始の合図が建物内で響いた。

 私はその音に身を翻すや、宿舎の自分の部屋から飛び出していた。


 部屋に戻っていたのは、ニッケ達に連絡を入れるためだけだった。

 いや、一声でもハルトの声が聞きたかったからかもしれない。

 私は廊下を駆け抜けながら、数十秒前の幸せを噛みしめていた。


「監獄舎には来ないで。」


 この声が届くのは今度こそハルトであってほしいと、私はそれだけだった。

 うさぎの毛皮からは何も聞こえないが微かに震え、その震えは彼を失ったと感じた私の震えだったのか。


 バーンズワースとの会話は聞かれていたと、いや、ニッケに聞かせていたのだ。

 私が彼らが命を懸ける程の人間じゃないって知ってもらうために。

 だから、全部聞こえて、それで、裏切り者に近い行動をした私なのだから、ハルトの私への気持ちなどきっと冷めたことだろう。


 毛皮が何も返さないのはそういう事なのだ。


「じゃあ、君が俺の所に来て。出来ないのなら、俺が君のいる場所に行く。」


 今度は私こそ何も返せなかった。

 期待していた声が聞けた、のだ。

 それどころか、彼が返した言葉の内容など、期待どころのものじゃ無かった。


 夢みたいな一言。


 それに、彼の声が一瞬だけでも聞けただけで、私の胸は一杯どころか詰まってしまって、言葉など一言も出てこなくなってしまったのである。


 はぐって、おかしな息の音が喉から漏れた。

 これは嗚咽だ。

 私は恋をした人達が死を望む気持ちを理解していた。


 たった一言で幸せで、その幸せが奪われる未来が絶対だと言うならば、今ここで幸せな気持ちのまま死にたいと願ってしまうのだ。

 前世では喪でしか無かったこの私が、悲恋物語のヒロインの気持ちを理解してしまっているなんて。


「ハルト。」


「みゅ……うお!ニッケ!」


「え?」


「ハルトに任せたら話が進まんからな、なあ!で、聞いただろ、ミュゼ。ハルトが決めた事にわしもダレンも乗る。わしらは運命共同体なんじゃよ。あの男前教師が言ったように、わし達は共闘しようか?」


 私のポケットにいたはずのアオミノウミウシ様は、なんと私の耳元に移動していたらしく、ニッケの声で囁いてくれたのである。

 私はありがとうと口だけ動かし、でも、手に持ったうさぎの毛皮に別の言葉を押し込んでいた。


「監獄舎には来ないで。」


 そして、ウミウシを髪の毛から外すとうさぎの毛皮に乗せ、そして、その毛皮を私の部屋のベッドの上に置いた。


「ごめんね。私は一人で大丈夫。」


 そう、大丈夫だ。

 監獄舎での怨霊の起動は、危険極まりないものなのだ。


びいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいん。


 そうして開始の合図が建物内で響いた、のである。


 宿舎の部屋を飛び出した私の向かう先は、バトルフィールドとなる刑務所棟。

 まず、全員を宿舎となっている棟から中庭に集合させ、そこから刑務所棟への一斉移送のはずだが、イレギュラーなアサシンとなった私にはそんなものは免除されている。

 私は誰よりも先に監獄舎に飛び込む。

 それまでの時間稼ぎとして、ハルト達に負けたポモーロナイト校の一人が私として振舞い、私の的となるローンリバー校の生徒を誘導するのだ。


 私は誰よりも早く走った、気はした。

 誰よりも早く走れた気がした。

 魔法を使えない私は走るしかない。


 私が最後まで走り抜けてスーハーバー以外の学校の生徒を血に沈めれば、ハルト達は赦免されるのだとアストルフォは言っていた。

 それが勝者に与えられる褒美だからって。


――うさぎちゃん、走ろう。走り抜けよう。


「走るわよ!あなたは忘れているけどね!私は怨霊体を見つける事が出来るようになった。怨霊体を呼び寄せる事が出来るようになった。ハルト達を自由にしたら、絶対にあなた方に全ての怨霊体を向かわせてやるわ!」


 数分しないで私の足は監獄舎の扉の前に辿り着き、私は今回の獲物のローンリバー校の子達を待ち受けてやるぞと大きく扉を開けた。


「いらっしゃい。にせ能力者さん。」


「うさぎは皮がペロンて剥けるんだよね。」


「え?」


 私よりも先に到着していた、のか?

 私に投げかけた声は監視員室のマイクからのようで、私はオセロで四隅をあっさり取られたような気持ちで、監視員室がある監獄中心にある小さな塔を見上げた。


「きゃあ!」


 強く背中を押され、私は前の通路に転がっていた。


「早く入った。邪魔が入ったら楽しくない。」


 扉の閉まる音に、扉が、いや、監獄舎のすべての開口部が締まる音が響いた。

 私の背中を押した男は、ローンリバー校の三人のうちの一人、カイル・ブラック、土属性という金属を変化させる能力だ。

 長身に整った顔立ち、そして真っ赤な髪が魅力的に見えるはずが、彼の存在はうすら寒さしか感じない。

 それは彼の青すぎる瞳が狂気に輝いているからだろうか。


 ファイルにあった写真。

 小動物たちの穴ぼこだらけの死骸に、自殺した少女の頬にも大きな穴という無残な傷跡があった。


「ブラック。メイジーはあんな怪我をさせられてもね、あなたが大嫌いよ。」


「別にいいよ。俺は穴ぼこにするだけだもの。」


 ブラックは右手を上げ、私は叫んで宙に浮いた。

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