そして終了の鐘が鳴る
俺は何のことかと思考が止まったが、ニッケが自分のポンポンを口元に当てた事で彼女の考えを理解した。
「ああ、そういうことか!」
俺は合点がいったと彼女にわかるようにと、腰のベルトループにぶら下げたポンポンを外して耳に当てた。
「こちら、世界の王、ニッケじゃ。」
「聞こえています。世界の侵略予定者様、どうぞ。」
「俺は聞こえないよ!」
俺は隣のダレンを見返した。
彼は自分の耳に自分のポンポンを押し付けて、聞こえないことが罰ゲームに思っているかのような顔付で俺を睨んで来た。
「ニッケさん。ダレンさんがなんも聞こえないそうです。」
「奴は耳が悪いのかな。」
「音楽家の彼にそのお言葉は一番の侮辱になると思います。」
「おい!お前ら俺の悪口を何を大声で言ってるんだ!言うなら俺が聞けないポンポンに囁け。ああ、くそ!どうして俺には聞こえないんだ!俺の魔法力はハルトぐらいはあるだろう!」
俺はダレンと自分の違いを考え、手に持っていた黒いポンポンをダレンに手渡し、それから再び耳に自分のポンポンを当ててみた。
ニッケは再びポンポンを口に当て、なにやらもしゃもしゃと喋っている様子となったが、俺の耳は柔らかい毛皮が当たった感触だけで、俺の鼓膜にはニッケの声など一つも聞こえなくなっていた。
「あ、聞こえる。ニッケ聞こえるよ。」
目の前のダレンは物凄く嬉しそうにニッケに手を振って合図をし、俺はこれからどうするべきなのかとダレンの手元にあるそれを見つめた。
「どうした?ハルト。」
「いや。それを持っていれば、ミュゼとも交信できるはず、というものだろうけどさ、それを管理しているのがアストルフォって所がね。」
「そうじゃな。じゃあ、このグッズは捨てるか?」
俺達の傍に戻って来たニッケが、自分の青いポンポンを持ち上げた。
「ニッケ。俺のと交換してくれるか?いや、一日ごとに色を変えよう。アストルフォの黒い奴も持つ人間を毎日変えよう。奴の罠かもしれないけどさ、もし離れ離れな危険な状態になった時、これは役に立つかもしれないだろ?」
ニッケはポンポンをぽろっと手から落とした。
いや、ダレンこそぽろぽろっとポンポンを落としている。
それどころか、何か危険が迫ったという風の脅えた顔付になった。
「おい。」
うわ!ダレンとニッケが、なんとお互いを抱き締めあってしまった。
「どうした?一体何だよ!」
「いや、だって、お前が切れているから。」
「いやいやダレン。ハルトが切れているのも痴れ者なのもいつもの事じゃろ?」
「俺が言っているのは、頭がちゃんと動いているなって事だよ。」
「おお、それなら納得じゃ。ミュゼしか脳みそに無い男が高度な人語を喋っておるわと、わしは物凄く驚いてしまったからな。」
俺は自分のポンポンを親友のどちらにぶつけようかと悩み、ニッケこそ酷いと彼女にぶつけた。
びいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいん
俺はびくりと震えた。
建物中を揺るがすような音量で、音の割れたサイレンが鳴り響いた、のだ。
「ポンポンぶつけたからニッケが壊れた!」
「阿呆が。わしが建物と連動するわけあるまい。これはそうじゃな、今日のゲームが終いの合図だろう。どこでジャッジしているのか、いや、ずーと見つめられていたからこれは当り前か。」
俺はニッケの頭に手を乗せた。
「ごめんな。俺はお前に甘えてばっかりみたいだ。お前がチームにいてくれて本当に助かったよ。」
うわお!
ニッケが真っ赤に染まったぞ。
偉そうなムカつく奴が、今や口元に手を当てて照れているなんて!
俺はミュゼがニッケを可愛い可愛いと褒める気持が、今こそ理解できたと言って良いだろう。
これぞ、ギャップ萌えというものか!
「うあ、ニッケが真っ赤だ。おお!お前も可愛くなるんだなあ!」
俺が何か言う前にダレンこそニッケの様変わりに喜んだようで、彼は幼稚園児を抱き上げるようにしてニッケを持ち上げた。
ニッケは好きな男子に抱っこされて嬉しいのだろうが、俺の目から見れば娘を幼稚園に迎えに来た父と幼女の図にしか見えない。
「ダレン、お前はさ、親父臭かったり子供っぽかったりさ、振れ幅大きすぎねえ?なんか勿体無くねぇ?」
「親父臭いってガキかよ。俺とお前の違いは、経験値の、高さ?」
親父臭いだけのダレンは、俺よりも一歳年上という特権と、俺には無い女を知っているというスキルで、俺に優越そうに笑って見せた。
俺は床に落ちたポンポン達を拾い上げ、ダレンにそれを全部ぶつけようと、した。
「ほら、君達。いつまでだべっているんだ。さっさと撤収だ。今日の総括と明日の対策討論をするぞ。」
食堂の戸口から俺達に偉そうに声をあげたのは、そういえば俺達のハンドラーであったカート・アドラーとリンダ・ノートンだった。
彼らは俺達に声をかけるだけで、俺達が気が付くやさっさと踵を返して戸口から消えた。
「候補生!重傷者がいますよ!」
「お前達は命令されたら動けばいいんだ!けが人は直ぐに担架が来る。お前らが心配することなんか何もないんだ。さっさと動け!」
人が良さそうにも見えたアドラー候補生の空っぽなセリフに、俺は咄嗟に言い返しそうになっていた。
それを止めたのは俺を後ろから引っ張ったダレンとニッケの腕による。
「落ち着け。」
「お主はミュゼだけ心配しておれ。無能力者が能力者の戦いに何が出来るのか。奴らのご高説をしっかりと聞いてみようではないか?」
俺はやはり怖いニッケに微笑み、そうだな、と答えた。
ニッケが俺の笑顔に目を丸くして頬を染めた事に気をよくしながらも、この状況への鬱憤の感情を無能力者の候補生達の後ろ姿にぶつけていた。
気楽でいいよな、お前達は、と。




