地獄の扉の前に立つ男が言う事は
私がハルトを危険に誘うそのものになっていたなんて!
そんな役割を与えた男が憎くてたまらず、私は右腕が抱えていたものを咄嗟にその男に向けて投げつけていた。
ハルトに会えたらって、ハルトに手渡すことを夢見て抱えていた大事な箱だ。
今は、そんな浮ついた私のせいでハルトを大変な目に遭わせてしまった、という罪悪感の塊だ。
しかし、目の前の男はフリスピーに犬が飛びつくがごとし、嬉しそうに私の投げた箱を受け取った。
「わお!これが欲しかった。ありがとう。御礼に君にいい事を教えてあげるし、君とロラン君が幸せになれる積極的な方法も伝授してあげよう。」
奴の言う事など絶対にどちらも不幸しかもたらさない気がするが、私はそれでも万が一の可能性を考えた。
そして情けなくも、アストルフォを見つめて、お願い、と言っていたのだ。
彼は嬉しそうに口角をあげ、私の耳元に唇を寄せた。
「クローバータウン校の子達が一瞬でリタイヤしちゃったの。君がその子達の代りに参加しよう。三名でリタイヤだ。一人でも大丈夫ならね、その学校は終わりにならない。試合だって続行なんだよ。だから、最終日まで頑張ろうか。」
「私には能力なんてないわ。」
私の右肩にアストルフォの左手が乗った。
私はそれだけで身を震わせた、怖い、と。
彼はそんな私が嬉しいと、私の頬に自分の頬を摺り寄せる勢いで、さらに私の耳元に唇を近づけた。
「そうだね。うさぎちゃん。君には牙も爪も無い。だけどさ、うさぎの皮膚は柔らかくて裂けやすくできているんだ。それは何故だかわかる、かな?」
「そ、それだけ弱いって事でしょう?無理よ。」
「おや、その程度の返答しか君がしないなんて悲しいな。ああ、うさぎは弱いよ、弱いからね、フェイルセーフ、つまり、全てが壊れるという前提で動く事が出来るんだよ。鷹の鋭い爪に掴まれても、皮膚が裂けてしまえば爪から逃げる事が出来る。そうさ、何処までも上手に逃げられる、それがうさぎだ。」
私は恐怖がのど元にせり上がって来ていた。
この男が私に怨霊体のファイルを読ませ、怨霊体の性質や特質を覚えさせたのは、ハルトの為、なんかじゃ無かったのだ。
いや、考えようによってはハルトの為になる、恐ろしい行為だ。
「あなたは、私にうさぎになれって言っているのね。最後の一人、私を倒せばその日のゲームは終わる。皆が私を追ってくる。でも、私はそんな人たちを一人ずつ、あなた方が仕掛けた怨霊体に誘導する。」
「ラストスタンディングの三人は君が決める事が出来る。最後に君が倒れれば、ロラン君にフォークナー君、それから、可愛いドロテア君が優勝者だ。」
私はぎゅうとうさぎの毛皮を掴んだ。
うさぎの毛皮は手に触れたところは温かいけど、死体の毛皮でしかないそれは、自分で動く事も私に囁いて来ることも無かった。
散々に私をいたぶったと満足したのかアストルフォは顔をあげた。
「ロラン君にも言ってあるんだ。」
私の肩からも手を外した男は、私が投げつけた箱をそれは大事そうに両手で抱え直した。
「君が優勝したらウサギを返してあげるって。これは守られるべき約束だよ。ちゃあんと君が生きているって声も聞かせてあげたサービス付きだ。彼は頑張るだろうね。無謀な突っ込みをしてしまうぐらいにね。」
私は、やる、と答えていた。
アストルフォは幻影の中でエルヴァイラに見せたものと同じ笑顔、こちらは自分の顔であったが、つまり、誰もがとろけるだろう甘い笑顔を見せた。
私の心に何も響かなかったが。
「かわいくない子。」
「いた!デコピンするなんてひどい!」
額に手を当てて顔が隠れたからと、私は少しだけ我慢していた涙を流した。
ハルトに再会した時、私が人を傷つけていたって知ったら、ああ、絶対に彼は私を許さないどころか、彼からの愛こそ消えるだろうと。
でも、私はハルトを死なせたくない。
だから、やるしかない、だろう。




