地獄の扉が開いて見れば
「ミュゼ!ミュゼ!」
私は自分の幸運と、幸運を引き寄せる事になった自分の才覚に有頂天だった。
ガツンと暗闇が揺れ、私を閉じ込める扉に誰かが手を掛けた音がした。
もちろん、その呼びかけの声はハルトのものだ。
「開けるよ。ちょっと眩しいかもかな。」
え?その声って、ハルトと一緒なの?
ぱかっと簡単に冷凍庫の扉は開かれ、大きな棺の中に中腰になって震えていた私の頭上から新鮮な空気を明るさが私に降り注いだ。
「わあ!ミュゼ!君はどこに行ったんだ!」
ハルトの声は私の左の腰から聞こえ、私は自分の腰の左側のベルトループにひっかけてぶら下げているアストルフォからのお土産を見つめた。
「狭い所は音が響くからさ、どこからの音か分かんなくなるよね。ロラン君は馬鹿みたいに大声を出しているし、ねえ。」
私は脇の下に手を入れられて、まるで五歳児の子供みたいにして抱き上げられ、そして、恐ろしい場所から救い出された。
私の誘拐者である恐ろしい男に。
「どうして?刑務所の食堂にガーウィンの冷凍庫が設置されているはずでしょう。そ、そこに私は連れていかれるはずで!」
「ふふ。怨霊体339は冷凍庫だけどさ、怨霊体340というものもあるんだ。可哀想に、自分を取り戻して後悔するどころか、自分の苦しみを全てを人のせいだと呪いながら死んでしまった哀れな男だ。その男の魂はどこに取りついたのな?今まで自分が人に振るって来た包丁?」
私はかっとなったそのまま左手でアストルフォの胸を叩いていた。
彼は怒るどころか嬉しそうに喉を鳴らし、私に腕をまわして抱き寄せようとしたじゃないか。
私は驚いたまま飛び上がるようにして後ろに下がり、わあ、腰を固い何かにぶつけて体がシーソーの板みたいに頭の方が後ろへ下がった。
「きゃあ!」
「お馬鹿さん。」
私は再び冷凍庫に落ちる事もなく、逃げたはずのアストルフォの腕の中に抱かれていた。
胸はドキドキしているが、これは冷凍庫に落ちかけた驚きのものでしかなく、そう、白檀の様な香りが彼から香ったなんて気が付いたからでもない。
アストルフォの胸がハルトの胸よりも広く、私を宥めようと背中を叩く手が優しすぎると感じたからでは決してないはず。
私は胸を落ち着かせるように大きく息を吸い込むと、左手でアストルフォの胸を押しのけた。
あ、悔しいぐらいにあっさりと開放された。
「おや、もっと抱きしめられていたかった?」
「ち、違います!で、ここはどこ?ハルトがいる刑務所では無いの?あなたはハルトの引率だって言っていたはずでしょう?」
「そう。心配しなくてもシュルマティクスに建造されている建物の一つだよ。」
「そう。でもここは資料室みたいな所ね。」
「資料室、だね。いや、単なる倉庫かな。出番待ちの怨霊体たち。」
とても広くて無味乾燥な室内は、棚や展示机がひしめき合っているという博物館の倉庫みたいだった。
しかし展示されているモノは、それこそ、こんなものが?と言いたくなるぐらいの日用品めいたものから高価な宝石まである。
それらが共通しているのは、隣に来歴が書かれているだろう紺色のファイルと一緒に陳列されている事と、それらには見覚えのあるマーク、アルカディアで信仰されている神の護符が印刷されたシールみたいなものがどこかに必ず貼られている、という点だろう。
「あの神様のシールがあれば怨霊体は作用しないの?」
アストルフォは私の言葉に眉をそっとあげ、それからぐるっと軽く周囲を見回して、そのとおりだね、と応えた。
ついでに私の頭を撫でるなんて行為までも追加だ。
「な、なにをするのよ!」
「ええ~。喜んでよ。女の子が喜ぶ男の子の頭撫で行為でしょう。」
「そ、それは!好きな人にされて、こそ、よ!」
アストルフォは芝居がかった風に胸に手を当て、傷ついた、なんて言った。
あなたに散々傷つけられている私って何でしょうね?
「わあ。虫けらを見る様な目をするなんて。いいかな?俺も君とロラン君のハッピーエンドを望んでいたりするんだよ。だけど、それができない大人の都合がある。そーんな大人の都合の中で、俺はこっそりと君達を応援しているんだよ。ほら、こっそりお話しできる術具もあげたじゃないの。」
アストルフォは私の腰を突き、私の腰にぶら下るポンポンがぷらっと揺れた。
私はそのポンポンを憎しみを込めてむぎゅっと掴んだ。
「ハルトは私の声で私を助けようと動いていた。私が彼への罠そのものになっていたなんて!私が彼を不幸にするそのものになっていたなんて!」
この男はどうしてここまで酷い事が出来る人なんだろう!




