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前世がモブなら転生しようとモブにしかなりませんよね?  作者: 蔵前
第十六章 Run モブ Run
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ト短調は思い出深し

 俺は食堂で怨霊の刃を必死に交わしつつ、一か所に留まってはいけないと駆け抜けながら、聞こえるはずのないものを聞いていた。


 悲鳴だ。


 いや、悲鳴というには逞しい罵詈雑言も含んだ、少々情けない雄たけびだ。

 そんな可愛くない叫び声をあげるのは俺のうさぎしかおらず、絶対にか弱いだけの悲鳴をあげないからこそ、俺は彼女が特別で可愛くて仕方が無いのだ。


「私が死んだらあなたの人生は闇に葬り去られるのよ!出しなさいよ!出して!ここから出してちょうだいよおおお!」


「ミュゼ!」


 俺は出来る限り大きな風の刃を作って俺の周囲に纏わりつく怨霊を一先ず消し去ると、ミュゼの声が聞こえた地点、食堂の奥、おそらく調理場があるらしい所へと跳び退っていた。


 退るじゃない。

 嬉々として飛び込んでいた、だ。


 しかし、調理場への扉は、固く閉ざされていた。

 当り前か。

 囚人達が一堂に会するこの場で、囚人たちに武器を与える事になる調理場への道など完全に閉ざすのが当り前であろう。

 俺は悔しさにドアに右手を打ち付けると、ガーウィンの霊に向き直った。


 こいつを倒さねばミュゼの所に行けない。

 あの囚人の霊はニッケが海の底に沈めたが、このガーウィンの霊をどうすれば葬ることができるのか?

 ガーウィンは俺こそ憎いという顔で俺に向けて包丁を翳した。


 ぐす。


 俺は鼻をすする音にびくっと驚き、俺の左斜め横にダレンが来ていた事を知ったどころか、彼が泣いていた事に驚いた。


「ダレン。」


「辛いよ。ガーウィンさん、大好きだったのに、死んじゃっていたどころか、こんな風になってしまって。俺のレコードも聴きたいから貸して欲しいって言ってくれた人なのに!すっごい思い出のある人なのに。俺はジーノさんが好きだったよ。」


 ガチャン。


 金属が落ちた音に俺こそ驚いていた。

 妄執で凝り固まっていたらしい悪霊が、俺に向けていた包丁を床に取り落としたのである。

 亡霊の両目には涙が零れている!

 俺はダレンの人情味のある言葉だけで悪霊を説得できたのかと、ダレンの心の優しさに助けられたとダレンの肩に腕をまわした。


「お前の気持ちはわかるし、俺も同じ気持ちだよ。大好きだったガーウィンさんの店のチーズポップが二度と食べられないんだ。」


「バカ、ハルト、違うよ。音楽論を語れるのはスーハーバーじゃジーノさんしかいなかったんだよ。俺はね。ああ、ちくしょう。あなたが亡くなっていたなんて!あなたに貸したレコード、あれまだ返してもらっていないですよね!あれは絶版で二度と手に入らないのに!」


 ダレンの方が悪霊化してしまった。

 彼はぼうっと炎を体に纏うと、俺の理解できない呟きを発し始めた。


「ト短調。厳守で壮麗なメロディコードなのに、借りパクされた俺のレコード。返して、返してよ、二度と手に入らない俺のト短調なチェロソナタ。俺のベストなチェロが入っている俺の大事なレコード。」


 ダレンは幽霊のように両手を前に突き出し、ゆらゆらと揺れ出しながら包丁を落とした亡霊に向かっていった。


「おれの、おれの。二度と出せない俺のト短調なソナタ~。」


 がうん!

 調理場からポルターガイスト的な音が響いた。


「いいから、開けてよ!私はあなたのレシピこそ至高だって世界に喧伝できる人を知っているわ!開けなきゃ私死ぬわよ!いいのね!」


 俺は元気なミュゼの声にホッとしながらも、幽霊に襲い掛かろうとするダレンを後から羽交い絞めしていた。

 ああ、今すぐにミュゼの方へ行きたい。

 俺はそんな気持ちのまま、気が付けばダレンを引っ張って調理場のドアに身を貼り付けている格好となっていた。


 どうやって中に入ればいいのだろうかと、何気なしにドアに嵌った強化ガラスから室内を覗き見た。

 床にばらまかれた、スナック菓子やチョコレート菓子の袋や中身。

 それだけじゃない。

 なんと、ドアの向こう、いや、ドアの反対に人が倒れてるのだ。

 俺達と同じ黒ジャケットを着た黒髪の人。


「君!大丈夫か!君がドアを押さえているだけなら、ドアから離れてくれ!」


 黒髪のその人物は顔をあげた。

 殆ど死んだような血の気を失った顔には意識はなく、しかし、両目は蛍光カラーの紫色に輝かせている。


「君は!」


 俺は食堂に振り返り、食堂の奥で俺達が殺されるか倒されるのを心待ちにしているらしき、ダレンが助けた少年少女を見返した。


「お前らは自分達が逃げ切るために、怪我をした友人に幻術を掛けてドアの支えにしたというのか?」


「はは。そいつどんくさいんだもん。」

「そうそう。そいつが騒ぐから幽霊が出て来たんじゃん?」


「そういう考えか。いいよ。」


 幻術を解く最良の方法、それは、術者が攻撃される事だ。

 俺はこの薄情な人間達に対して、それを実行してやる事にした。


「ぐふ。」

「あふう。」


 二人は同時に喉元を押さえると、両膝を床に打ち付けるようにして崩れ落ちた。


「友人にした幻術を今すぐに解け!すぐに解かねばお前達は酸素が無くなっての窒息死だ!」


「お前が一番えげつない。」


「煩いよ。ト短調が。」


 親友から非難のお言葉を頂いたが、俺は今にも死にそうなドアの向こうの人を助け、俺の最愛な人を腕に抱く、という目的を一分一秒でも早く遂行しなければいけないのだから仕方がない。

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