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九話 全てを悟る少年

 橋辺環波は東京から近い孤島のウサギの孤島で行方不明になった。


 それを浜本美奈に伝えた環波の父親は、何故環波がそこにいるのかを知った。けども、美奈に何か言う事は無く、何故全ての人間が浜本美奈に見えてしまっているのかを考えていた。


「……もしかしたら、環波はコロナ無症状で感染していたのかも知れない。それとも、ラブラビットの人間と接触したせいか……まぁ、とにかく環波はラブラビットになっていてその症状は一人ではなく全ての人間が同じ人間に見えている……」


「今はそれよりも、あのウサギの孤島は嵐が来る予定。明日までに見つからないと、環波は嵐に巻き込まれる可能性がある。私の……ナオヤを諦め切れない気持ちが招いた罪です」


「もう、今は起こった事に対処するしかない。至急、ウサギの孤島に連絡して捜索してもらおう。おそらく、嵐が来るなら今から現地へは迎えない。ボートも何も動かせないだろうからね」


 すぐに時夫は自分の娘の為に動こうとする。そこに、一人の少年が現れた。


「環波が見つかったのか? なら場所を教えてくれよ」


「葉生君……」


 美奈と時夫はその赤目の少年を見た。

 その少年は、自分がウサギの孤島に行く事を当たり前のような顔をしている。時夫はすぐに葉生に対して言った。


「やめたまえ葉生君。今のウサギの孤島は嵐が接近している。今からじゃ間に合わない。現地の人を信頼しよう」


「行けないなら泳いででも行くさ。そこに環波がいる以上行くしかないのさ」


 何か狂気を秘めた葉生に時夫は唖然とする。その葉生に美奈は言った。


「泳げても今の海を泳ぐのは無理。そんな無我夢中になって視野が狭くなってちゃ助けられないよ。落ち着いてよ葉生君」


「無我夢中……そうだ、無我夢中だ」


 ふと、何かを察したような葉生は自分自身で納得していた。


「うん、諦める。危ないから助けるのは辞める」


「そう。良かったわ……私の言う事は聞いてくれて良かった。やはり葉生君は――」


「そんな答えはやっぱり無いんだよ」


「え……?」


 ハッキリと美奈を拒絶するような言葉に美奈は硬直する。


「こんな時、俺の好きな女はパンチ一発叩き込んでくるんだ。自分を犠牲にしてでも助ける人間は助ける。俺は後悔しない生き方を選ぶ。残念だが、俺はもうアイドルから卒業する」


 今の葉生に、何の迷いも無かった。


「見えなきゃいけないもんが……見えたぜ」


 そして、本当の意味で覚醒した葉生は二人に全てを話した。


「……どんなに顔を変えても、本人と他人は違う。好きなアイドルもいつまで好きではいられない。そんなものは一過性の病だ。違う人間を認識して遊ぶのもいいが、もう飽きたよ。俺はラブラビットから覚醒して、真実の愛に辿り着いた。もう、迷いは無いさ」


 葉生は新型コロナの後遺症であるラブラビットから抜け出していた。今はハッキリと橋辺環波の顔を思い出す事が出来る。


「俺はもう環波の顔を思い出せている。全てが浜本美奈に見える環波を助ける為に行く。環波の居場所は俺にはわかる。だから、行かなきゃ」


 差し出された美奈の手は駆け出す葉生には届かず、美奈は俳優のナオヤの顔に見えている葉生を見送る事になった。


「ナオヤ……偽物のナオヤも私を裏切るの?」


 立ち尽くす美奈は、ただ涙を流していた。隣の時夫はこの少女のラブラビットもう少しで完治するかも知れないと思いつつ、駆け出す少年を見送った。


「もしかしたら良かったのかも知れない。いずれは全てバレる事だったんだ。それが一年とか長期にならずに済んだ。病気なんて早めに治すのが良いに決まっている。頼んだよ、葉生君」


 そして時夫はウサギの孤島に連絡をした。東京全土は雨がすでに降り出している。ゼロの専属運転手のバスを利用して葉生はウサギの孤島に渡る為の船着場まで到着した。

 すでに雨だけではなく、風も強くなっていてかなりの危険域に到達してるのがわかる。この強風ではボートも何も出せたものでは無い。しかし、この赤目の少年には関係無かった。


「好きな女がウサギの孤島で死にそうなんだ! 頼むからボート出してくれよ!」


 必死に船着場にいる船頭達に言うが、みんな自分のボートが壊れないように岸へ上げて固定する作業に没頭している。この状況でわざわざウサギの孤島に行っても、下手すれば波にさらわれてボートごと御陀仏になる可能性すらある。海を知る男達はそんな無謀はせず、葉生に孤島のスタッフを信用して帰れと告げるだけだ。


「ダメか……いやダメじゃねぇ! こうなったら泳いででも向かう。どうせもうずぶ濡れだ。素っ裸でも泳ぎきってウサギの孤島に行く!」


 ずぶ濡れのシャツを脱ぎ捨て、ズボンに手をかけようとした時に葉生の肩に手が触れられた。それはボート乗り場の船頭のジイさんだった。ジイさんは必死なる葉生の目をじっと見ていた。

 

「ウサギみてぇな赤目しやがって……いいぜ坊主! 乗ってけ!」


「あんがとよジイさん!」


 そうして、葉生はウサギの孤島たどり着いた。嵐はもう、ウサギの孤島に大きな被害を与える直前である。





「くそっ! ここがどこだかもわかりゃしねぇ! そもそもウサギの孤島なんて五年以上来てねーし!」


 ウサギの孤島に辿り着いたはいいが、大雨と風で色々な看板なども吹き飛ばされてしまっていて自分の居場所すらわからなかった。外灯もあるわけではなく、月明かりだけが頼りだった。


「せめて宿泊施設だけでも発見できりゃいいんだが、視界が悪いしどーにもならん。とにかく進むしかねぇ。前に進んでれば、何かあるだろ」


 とにかく、真っ直ぐ進むと目標を決めて葉生は進んだ。雨と風が葉生の行動を邪魔するよう吹き荒れ、葉生の体力はすでに限界に近い。ふと、現在地を知る手段があるのを思い出す。


「そーいやスマホ持ってんな。よーし、電波届いてんな。なら、スマホでせめて現在地だけはわかるはず。そうすれば、環波がいそうな場所も検討がつく」


 すぐにびしょ濡れのスマホをタップしてマップアプリを開いた。ウサギの孤島と検索した瞬間、強風が葉生の身体に直撃した。


「うわっ――」


 そのままスマホが風に流されて消え去った。地面を転がる葉生は膝を擦り剥くが、すぐに立ち上がり絶体絶命を悟り出してしまう。


「スマホも無い……せめて昔来た場所が見つかればいいんだが……。そうだ! あのウサギが集まる洞窟なら可能性がある! あの洞窟なら雨風凌げるし、何とかなるんだが、この暗闇と嵐じゃどこにあるのかも……うわっ!」


 ウサギの孤島のウサギ達が住む洞窟を思い出した。同時に、その強風に煽られる葉生は谷底に落下してしまった。


「環……波……」


 落下する瞬間、環波の幻が見えた。

 伸ばした手が空を切り、葉生は暗く荒れた海に食われるように落ちた。

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