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八話 ウサギの孤島

 あれから一週間が過ぎた――。

 ラブラビットの覚醒により、突如倒れた葉生は国立医療ウイルスセンター・ゼロにて入院している。倒れた事によって、健康被害があったわけでは無い葉生は普段と同じような行動でゼロの中で過ごしている。自室の病室で食事を取ろうとする葉生はキョロキョロと辺りを見渡していた。


「環波はどこだ?」


「ここにいるわよ」


「いや、君は浜本美奈だろう? 俺は橋辺環波を探している。一体、何をしてるんだ?」


「環波も春野葉生を探してるのよ」


 環波と美奈を間違える、他人認識症候群ラブラビットは完治していない。あれから一週間、自分の時間の時だけは看病をする環波は同じような事をひたすら言っていた。

 病室の入口から、それを苦々しく思う美奈が見つめている。


 現在、葉生の記憶は新型コロナ完治辺りからの記憶が失われていた。この春野葉生という少年がラブラビットになり、覚醒した事で記憶を失う事になったのである。


 葉生の食事が終わり、環波はトレーを片付ける為に外に出た。葉生にはスマホを渡し、浜本美奈のライブ映像を見さしていた。その環波の背後に美奈が現れる。


「……一度に二人の浜本美奈が現れたら、葉生の記憶が戻らなくなるかも知れないから私の番の時はあまり近くに来ないでと言ってあるはずだよ。仕事してれば?」


「リモートでここから出れる仕事はしてるわよ。芸能界の事を知らないのに言わないでくれる」


「そう。なら、お互いの為にも協力し合わないとね」


 今現在、環波と美奈は二人同時に会う事は出来ない。同じ人間が同時に現れる理由がわからないなら、葉生の記憶がどうなるかわからない為である。今日は葉生に会えないアイドルの方の浜本美奈は、


「もう、彼は私に任せた方がいいわよ。元々、アイドルの浜本美奈が好きなんだから。勝てない戦をしてもしょうがないでしょう?」


「葉生は浜本美奈を覚えているけど、好きな気持ちは衰えている。それは私を意識しているからよ」


「でも結局、葉生君は貴女を見えてはいない。なら、また私を好きになるのは時間の問題。興味が無きゃ、人のライブ映像なんて見ないしね」


 その言葉に環波は黙る。食器を片付けた後、テレビのあるフリールームの前を通る。そこには、東京から近い孤島の特集をする番組が映し出されていた。ふと、環波は足を止めた。


「……」


「あの孤島に興味あるの? 前にロケで行った事あるけど、ウサギが多いだけのただの孤島よ。それとも、ラブラビットでウサギ関連に反応してしまうだけかしら?」


「その通りよ。前に葉生はウサギの孤島で遭難してた事があるの。それを思い出していただけ。現在、ラブラビットの症状は確認されてるだけで、葉生と貴女の二人。その赤い目はあの映像と同じウサギね」


 少し考えた美奈は口元を笑わせて答えた。


「……そうよ。ラブラビットの秘密はあそこの離小島にある。あそこは通称、ウサギの孤島だからね。私と葉生君の共通点はそこにあるのかも」


「確かに子供の頃、葉生はあの孤島に行った事がある……私は怪我してて行けなかったけど」


 へぇ……と薄ら笑いを浮かべた美奈に環波は言った。


「もうすぐ7月30日でお互いの誕生日だけど、浜本さんは誕生日は俳優のナオヤと過ごすんでしょ? まさか、天下の浜本美奈がナオヤに振られたなんて有り得ないわよね?」


「……明後日は私の誕生日だもの。私はナオヤと過ごすのよ」


 イラついた美奈はそう言ったが、すでにナオヤはわざわざ会見まで開いて浜本美奈に関与しない事を宣言しているのである。これはその会見と矛盾している言葉だ。


「言ったわね。そう、やっぱり葉生の事を他人認識症候群として見えていたのね。ラブラビットとして完全に確定したのが、ゼロで知り合った葉生だった。同じ症状だからという意識の強さから確定したのね。だから人気アイドルがいきなり葉生と付き合おうとするわけだ」


「……バレたか。初めは確かに色々と人を識別出来ない状態だった。良く知ってるわね」


「私のお父さんはゼロの主任だから」


「親子揃ってムカつくわね。ま、いいけど」


 あっけらかんとした美奈は、バレようがバレまいがどうでもいい顔をしている。そして、恋敵の相手に揺さぶりをかけた。


「因みに葉生君はもう、あのウサギの孤島に向かってるわよ。あそこでラブラビットの治療をするからね」


「え? そうなの? そんなの知らない……」


「そもそも、今後の予定なんて知らないでしょ? 主任もそこまでは答えてくれないだろうし。ラブラビットに興味があって、葉生君が気になるなら一度行ってみれば? ウサギの孤島に」


「ラブラビットの原因の地。ウサギの孤島……」


 そう言われた環波は、父親に黙って単独でウサギの孤島に向かう決心をした。もしかしたら、その場所で葉生のラブラビットが治療出来て自分を浜本美奈ではなく、橋辺環波として認識するようになるかも知れないからである。


「行かなきゃ……」


 一応、病室の確認をした環波は藁にもすがる思いで行動に出た。それを仕組んだ美奈は大笑いをしている。


「……なーんて全て嘘。ラブラビットとウサギの孤島なんて何の関連も無いし、葉生君はゼロの最深部で隔離される予定だから病室にはいない。これ以上、症状が悪化しないようにね」


 悪魔の顔をする美奈は、フリールームにあるテレビを見た。


「そもそも今からウサギの孤島に向かっても、到着は明日。しかも、誕生日の明後日は台風予想だから外には出れない。貴女の負けよ橋辺環波」


 そうして、何も知らない環波は浜本美奈の罠にかかり東京の離島であるウサギの孤島に辿り着いた。

 翌日は誕生日であるが、この場所には葉生は存在せず、明日は嵐が来る天気予報になっていた。





 そして翌日になり、美奈はゼロの最深部にある葉生の部屋にいた。葉生はここに移送されてから、ラブラビットの症状がある人間以外を拒絶するようになっていたからである。それをチャンスと思う美奈は俳優のナオヤに見える葉生を自分のモノにしようと暗躍している。


 自分の誕生日と同じ日に誕生日を迎える環波を出し抜いた美奈は、突如として恐ろしい事態に巻き込まれた。


 時を遡る事、十五分前に、国立医療ウイルスセンター・ゼロ主任の橋辺時夫のスマホにウサギの孤島に向かった環波から連絡があった。それは、衝撃的な内容だった――。


「世界が……みんなが浜本美奈に見えるの……助けてお父さん……助けて葉生……」


 そして、環波からの通話は途切れた。

 同時に連絡も不可能になる。

 全ての人間が恋敵であるアイドルの浜本美奈に見えた環波は、ウサギの孤島にて行方不明になった。

 そのウサギの孤島には、大きな嵐が接近していた――。

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