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五話 浜本美奈と橋辺環波を手に入れた葉生

(……本物の浜本美奈だよ。マシーンアイドルの浜本美奈が俺の目の前にいるよ。それも国立医療ウイルスセンターのゼロの中で。しかも、俺と同じ他人認識症候群・ラブラビットの患者……何だこの展開は……)


 国立医療ウイルスセンター・ゼロでまさか自分が大好きなアイドルとの遭遇に、未だに葉生は唖然としている。まるで古い知り合いのようにグイグイと迫る美奈に、葉生は変な汗がめっちゃ出だしていた。


「LINE教えてよ。私達同じ病気なら、お互いを知っておいた方がいいし」


「あ、あぁ。いいよ」


 マジか! と心の中で思いつつ、冷静な感じでポケットからスマホを取り出す。すると、美奈は葉生のスマホの画面に映る自分を見た。


「あれ? それ私の待ち受け画像?」


「いや彼女……じゃなくて、美奈ちゃんだよ。俺大ファンなんだよね!」


「ふーん……ありがと!」


 出されていた美奈のピンクのウサギのケースのスマホの画面には、LINEのQRコードが出ていた。それを読ませようとすると、誰かの声が聞こえる。


「アイドルの浜本美奈さん……だね。私はゼロの橋辺だ。余計な接触はせずにこちらへ来てくれと伝えたはずだよ」


 ゼロの主任である橋辺時夫が現れた。おそらく今の会話は聞かれてただろう。顔色を変えた美奈はスマホをバックにしまう。


「ごめんなさい。今すぐ行きます」


 スマホを出したままの葉生は美奈に肩を叩かれ、美奈はそのまま時夫の方へ行く。時夫は室内に入る案内をして、また葉生の方に向かって来た。


「ちょっといいか葉生君。1分で終わる話だ」


 奥へ向かう浜本美奈は手を振っていた。葉生は浜本美奈に手を振って分かれた。自販機売り場の前のベンチで時夫と話す。


「君は確かあのアイドルの子が好きだったよね? そして、今は環波があのアイドルに見えている。正直に話してくれ。君は環波と付き合っているのか?」


「いや、そんなわけないじゃん。幼なじみだし」


「……ならいいが。環波からのLINEの返事も遅くなったし、回数も減った。今は学校に行ってないからそこまで減るわけが無いんだ。理由を上げるとしたら、彼氏が出来たという事。そして、それは葉生君が一番怪しいんだよ」


「え? そんな事で疑われても……」


 最悪な話をしやがるなと、時夫に少し呆れた。


(LINEの返事なんて遅れるの普通だし、そもそも恋人じゃねーだろ! マジこの親父ダメだ……1分じゃ終わらねぇ話だ。終わらねぇ……)


 と、心の中で突っ込むが、この父親は娘命なのでわざわざ言う事はしない。けど、烈火のような瞳のこの父親に嘘をつき続けるのは難しいと思って観念した。


「えー、あー、うん。さっきのは訂正。自分は、春野葉生は橋辺環波さんとお付き合いしてます。黙っていてすみませんでした!」


「……そうか。言ってくれてありがとう」


 手に持っていた缶コーヒーを握りつぶし、その手は茶色く染まった。地雷爆発だと覚悟した葉生は次の言葉を待った。


「君が付き合っているのは、橋辺環波かい? それとも浜本美奈かい? それは答えてくれ」


「それは勿論……環波です」


「言葉に詰まったね。本当に好きならば即答出来るはずだよ。でもそれは君には出来ない。何故なら、君はただの幼なじみが、好きなアイドルに見えてしまった事を利用してアイドルと交際している気になっているからだ。環波の気持ちもあるから反対とは言えないが、賛成というわけでも無い事をわかっておいてくれよ」


「はい……でも愛してますから」


 下手に多くの反論すると後が面倒そうだから葉生は言葉を止めた。少しフラついた時夫は潰れた缶コーヒーをゴミ箱に捨て、自分の部屋に戻ろうとする。


「目の前の人間を愛せない君が愛にこだわるとはね」


 その一言は流石に葉生もカチンとくる一言だった。


「ちょ、待てよ」


「何だい?」


「何だいじゃねーよ時夫おじさん。あんたゼロの主任だからって、言っていい事と悪い事があるぜ?」


「自分の顔をアイドルと認識されている環波の気持ちを考えた事があるのか?」


「上手くいっていれば全て問題無いだろ?」


「その問題は先送りにしてるだけだ。そして、そもそも問題があるのは君自身だ」


「っ! だったらコッチも言わせてもらうぜ! あんたこそ俺を研究材料にしてるんだから愛だの何だのって言える立場かよ!」


 自販機を殴りつけ、葉生はその場を後にした。そして、ゼロから地上に上がるエレベーター内で本物の浜本美奈との出会いを思い出していた。


「そっか……美奈ちゃんも他人認識症候群・ラブラビットになったのか。つまり、ニュースで噂されてたイケメン俳優から感染したのかな? いや、今はそんな事より、美奈ちゃんと出会えたんだ……本物の美奈ちゃんと……」


 自分の握られた手を葉生は閉じたり開いたりした。少し冷静になった葉生は色々考える余裕が生まれた。


「へっ、コッチはもう浜本美奈のLINE教えて貰ってんだよ。環波の時間も大事にするけど、本物の浜本美奈とはいつまで会えるかわからない。だからゼロに来る時は本物との時間を大事にする。おじさんの娘とは上手くやっていくさ。このラブラビットが治らない限りは」


 本物の浜本美奈と出会い、LINEまで教えてもらった葉生は調子に乗っていた。カラコンをしている目の奥が赤く光る。すでに時夫とのイザコザすら忘れている葉生は、浜本美奈の曲を聞きがら夜の街を歩き出していた。





 翌日になり、環波が葉生の自宅に来ていた。今日は彼女としてでも、家庭教師としてでも無く、父親の件が一番で来たと言った。


 それは、時夫が昨日の健康診断の件で余計な事を言ってしまったのは謝りたいとの事だった。溜息をつく葉生はふーんと思いつつ、ベッドの上に寝転がる。


「別にそんなのいいよ。もう完治した俺のコロナ陽性の件で時夫おじさんは環波とばかりいたら不安だったんだろ? 娘命だから、環波ももう少しは相手してやれよ」


「コロナ終わるまではね。それからは、子離れしてくれないと私が困る」


 ベッドに座る環波は時夫からのLINEに少しうんざりしているようだ。一応フォローしとくかと、葉生もその娘に告げる。


「おじさん疲れてはいたな。こんなコロナ、コロナだらけの世の中じゃ疲れもするわ。閉鎖的な空間で家に帰らずにいたら、おかしくもなるさ」


「そうだねぇ……コロナとの戦いの最前線だからね」


 あえて、付き合ってるのを知ってる事は話さなかった。何故なら昨日の件が借りになっているからである。


(時夫おじさんは環波には俺との事は言えないはずだ。昨日の事で付き合ってるのは非公式だが公認するしかないからな。ここで俺がラブラビットの件を世の中に公表されたらゼロのメンツも丸潰れだし)


 駆け引きを仕出す葉生の事など全く知らない環波は父親について考えていた。


「お父さんには何か差し入れしないとかな。着替えもお母さん持って行ってるからその時にでも」


「娘命のおじさんは環波から何か貰えたら最高にハッピーだろうよ」


 そうして、葉生は時夫との件も浜本美奈との件も話す事無く問題を解決した。それは宿題という問題もそうだった。


「……え? ちょっと待って。葉生もう宿題の予定箇所終わってんじゃん。どーしたの?」


「毎日環波に頼ってばかりじゃしょうがないからな。環波に会う時間は二人の時間にしたいし、環波も水泳部として鍛える時間も必要だろ? お互い、レベルアップして行こうぜ!」


「……コロナ前のぐーたら葉生とは大違いだわ。コロナ感染して心配だったけど、変な後遺症も無くて良かった。やっぱり私は葉生が一番好き」


 不意にキスをされた。

 そして葉生からもキスをする。

 この時、葉生の心にあるのは本物の浜本美奈なのか、それとも橋辺環波なのから誰も知る由も無かった。

 二人は甘い時間を過ごして行く――。

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