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二話 国立医療ウイルスセンター・ゼロ

 都内にある国立医療ウイルスセンター。


 地下十階エリアにある極秘の場所は「ゼロ」と呼ばれており最高機密の場所だ。

 ここは新種のウイルスを研究する最前線の部署であり、今は当然ならがら新型コロナウイルスの特効薬を研究している特務センターである。


 葉生の両親もこの国立医療ウイルスセンターで働いているが、それは一般のコロナ研究だ。それに今はPCR検査関連もしていてかなり忙しい。


(俺の両親のコロナ研究はあくまで一般的な研究。ここのゼロエリアはある種の人体実験的な事をしている。俺にはそんな事をしないようだけど、俺の今後の変化次第では何かされるかもな……)


 知り合いとは言え、ヤバイ場所に来てしまったと葉生は今更ながらに思った。

 ゼロスタッフ専用のエレベーターに乗り、地下エリアに向かう。そしてロッカーに案内されて検査衣に着替え、血液、DNA、脳など様々な検査を行った。

 その後、会議室のような場所に通された。そこに、また時夫は現れる。


「あれ? 話すのは時夫おじさん一人なの?」


「あぁそうだよ。葉生君が落ち着いていられるようにね。それとも女性が良かったかな?」


「いや、そんなわけじゃ……」


 気負っていた葉生はリラックスした。

 そうして、春野葉生の他人認識症候群とされる新型コロナウイルス後遺症のヒアリングが始まった。

 それはまず、好きな芸能人などから始まり、その人間をどう好きか? という所から始まった。そんな質問は葉生にとって難しくもないので、淡々というよりは多少オーバーな感じで答えられた。

 そうして、この他人認識症に対して一つの危険な可能性を示された。


「……人を別人と認識してしまえば、それは対応から何から全てが変わる。仮に、私が君の彼女だったからどうする? 当然ながら手を繋ぐ、キスをするはあるよね?」


「そりゃ……あるね。当たり前にするよ。でも、環波のように本人とは違うってわかってればそれはしないけど。だってキモいでしょ? そんなの、逆の立場なら俺は俺としてしか認識してないから有り得ないよ」


「確かにふざけた話だが、事実として起こっている。そして、今後君のような人間が増えてしまったら世界はどうなる? アイドルに見えた私の娘の環波が料理をしていて包丁を持ってたとしよう」


「……はい」


「そこで、環波が指名手配中の殺人犯に見えたとしたら? 間違い無く、逃走か抵抗はするよね。最悪、その手にある包丁で刺してしまうかも知れない」


「……それは」


「無いとは言い切れないだろう。人間にとって、それはごく当たり前の反応なんだから」


 葉生は声が出なかった。

 まさか、こんな状態に、こんな状況になるなんて思って無かったからだ。

 何かアイドルに見えてラッキーぐらいの感覚でいた葉生は、自分の現状はこの「ゼロ」にいるのが当たり前に思えた。


「時夫おじさん……俺、人がアイドルに見えてラッキーぐらいに思ってたけど、これかなりヤベー状況だね。俺以外にも増え出したら、日本だけじゃなくて世界が終わる」


「その通りだ。よく理解してくれた。今の所、他人認識症候群の該当者は葉生君だけだ。これからそれを発症した人間達は単純に好きな芸能人に見えるのか、それとも危険な犯罪者として他人が見えてしまうのかわからない。今はアイドルに見えているからいいけど、これは恐ろしいほどに厄介な後遺症だよ。もしコロナ陽性者の後遺症が他人認識症とされた場合、世界で人と人が殺し合うパンデミックも起こりうるのさ」


「人類は目に見えないウイルスに侵され、そして後遺症から目に見える人間を認識違いで殺す。それが新型コロナの次のパンデミック……」


 葉生は世界各国で一般市民が殺し合う姿を想像した。ニュースなどで兵隊やゲリラが銃を発砲してるシーンは見た事があるが、一般市民対一般市民は無い。

 そうなった場合、ウイルスよりも人間の暴力によって人類は破滅するだろう。


 今のご時世でさえ、ウイルスに感染した人間は差別され区別される。

 もう、かつての世界に戻る事は無く、ただ川に流れる水の如く進むのみだ。

 微かに震えている葉生に時夫は言った。


「細かい所はわからないけど、最悪のケースを想定しないとならない。だから葉生君には毎週ここで検査を受けてもらう。人の未来の為にね」


 そこまで言われると葉生も答えるしかない。


「今、検査のデータが出たよ。疲れてるだろうから簡単に報告する。どうやら葉生君は前より脳の海馬が微かに肥大化しているね。その肥大化した部分に親しい人間を好きな人間と認識するような機関が生まれているようだ。……言うなればコロナゾーンとするか」


「いや、ラブゾーンで」


「ラブゾーン……いや、その赤目がコロナの後遺症とするなら――」


「ラブラビットだな。他人認識症候群・ラブラビット」


 そして、葉生は会議室を出てロッカーで着替える。春野葉生のデータをタブレットで眺める時夫はまさか、自分の隣に住む少年がこんな事になると思っていなかった事にやるせなさを感じていた。同時に、他人認識症候群の相手が自分の娘である事を苦しく思った。


「彼はもう私の娘の顔を認識する事は無い。それがいつまでなのかはわからないが、少なくとも当分はアイドルの浜本美奈として認識する。彼はまともでいられるのか……」


 父親として頭を抱えつつも、研究者としての自分の言葉を繋いだ。


「探究心と求道心の先にあるものは、一人一人違う。君が本当の愛を見つけられる事を祈る」


 コロナで肥大化した脳の海馬をラブラビットと名付けた少年の未来を思った。それは今後の人類の行く末になる重要な事になるかも知れないからである。

 ロッカーで私服に着替えた葉生は、扉を出ると黒髪の美少女とすれ違う。スタッフに左右を囲まれて歩く少女はそのまま奥へと進んで行き消えた。その少女を葉生は知っている。


「あれ? ……浜本美奈じゃね?」


 と、思い会議室に入って確認する。


「おじさん、環波ってゼロに来る事あるの?」


「いや、基本的には無いよ。ここはあくまで新型コロナウイルスの研究所だから。何かあったのかい?」


「いや、大した事じゃない。んじゃ、俺はただの検査って事で帰宅するよ」


 その後、葉生はタクシーで自宅まで送迎された。今日はどっと疲れた出たからタクシー内でスマホを見るのも面倒だった。ただ、待ち受け画面にしているツインテールのアイドルの顔だけを見た。それは国立医療ウイルスセンター・ゼロにいた幼なじみでは無い本物であろう存在――。


(まさか浜本美奈……コロナに感染したんじゃねーよな? 俺が本人を間違えるはず無い。環波がゼロに来てないなら、いるのは……)


 そんな思いを抱きながら、葉生はタクシーから見える夜の夜景の中に浜本美奈の幻影を見ていた。

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