一話 幼なじみがアイドルに見えた
2020年東京オリンピックイヤーは新型コロナウイルス・COVID19により日本だけでなく、世界中が大混乱の年となった。
新型コロナウイルスに感染した人間は、人々から疎外され、非難され、隔離された。人類はウイルスだけでなく、同じ人間とも強制的に戦わねばならぬステージに立つ事になったのである。
そして、中学生である春野葉生は中学1年の3月にコロナに感染していた。
その後隔離施設で一月過ごし、陰性となって葉生は4月を迎えたが学校は休校となっていた。
「……あー、学校無いと結構退屈なんだな。でも、浜本美奈のYouTubeだけは飽きん。これだけはなー……」
自宅のベッドの上で葉生はスマホでYouTubeを見ている。
葉生は今をときめく中学生アイドル・浜本美奈のイベントで感染していたのだ。
これは幼なじみの橋辺環波からもらったチケットであり、チケットを貰った時は喜んだが、コロナに感染してからちょっとギクシャクしていた。
「あー、そろそろボーボーイーツ頼もうかな。とりあえずピザとカツ丼だな。美奈ちゃんもピザとカツ丼好きだし、俺達は相性が良い!」
ボーボーイーツのサイトを開こうとすると、スマホがLINEマークで着信を知らせて来た。それは、隣の家の橋辺環波だった。
「うお! ……だから何でこの女はLINEメッセージじゃなくて電話なんだ? 昭和のおっさんかよ。うーん、出るしかねぇか……あい」
「コールしたらスリーコール以内に出る。これは常識よ?」
「うるせーカンナミ。お前のせいで美奈ちゃんまでコロナ陽性じゃねーか。自粛しろ自粛」
「久しぶりにカンナミと言ったわね陽性で妖精のヨーセー。今度3回転ソバットくらわせるわ。そもそも、私はコロナ陰性だから。あの浜本美奈が感染したのは私のせいじゃないし」
「へいへい。んで、用事は何だ? うちの親は相変わらず泊まりで仕事だぜ。お前んとこの親父さんも泊まりだろ? お互い親をコロナで忙殺されてっから現状に何とも言えんわ。とりあえず飯とか相変わらずボーボーイーツとか頼んでるから飯は問題ねーよ」
「今日はうちに一月ぶりにお父さん帰ってきてるの。食べる物いっぱいあるから葉生も来なよ。ピザあるし」
「相変わらずだな時夫おじさん。まぁいい。ピザがあるならこの春野葉生の出番だぜ!」
「……」
「……アイツ、最後まで聞かずに切ったな? 相変わらずせっかちで自分勝手な女だ」
そして、葉生は隣の家の橋辺家に行く事にした。
※
「……あれ?」
目の前には赤いリボンの付いた黒髪ツインテールにぱっちり二重の魔性の瞳。戦国アイドル世界の織田信長と呼ばれる百年に一人の美少女がいた。それに驚いた葉生は家を間違えたかと思い口走る。
「あの……橋辺さんのお宅ですよね?」
「は? 何ボケかましてんのよ。早く入りなさいよ」
一瞬、葉生の瞳に映ったとびきりの美少女は消え、普通の中肉中背の幼なじみである橋辺環波がいた。
飾り気も無い黒髪ショートで、顔は特に特徴の無い顔だ。水泳部だから体つきはしっかりしていて、本来なら春先から日焼け跡が出来るが、今は練習もしてない為に日焼け跡も無かった。
現状に混乱しつつも葉生はまじまじと環波の顔を見た。
(あれ? 今の美少女って……環波じゃないのは確かだ。環波と美少女を間違えるなんて、コロナの後遺症の一つか?)
なんて変な事を思っていると環波は、
「あんたカラコンでもしたの? 目がウサギみたいに赤いよ?」
「ん? 俺はニンジン好きのラビットなんだよ。それに俺の目は全ての幻術を……」
「あんたカルピス濃いめでしょ? さっさとイスに座ってて」
「わかったよ。横暴なやつめ」
やれやれと思いつつ、葉生は居間に向かう。すると、環波の両親が居間にいた。テーブルの前にはピザやサラダなどが置かれている。
「ちわっす。おじさん、おばさん」
挨拶をした葉生は雑談をする。この二つの親同士は同じ国立医療施設で働いており、互いに家族のような付き合いをしていた。
今はお互いの家族も大変な時期だし、無理はしないように生活をしようとしている。
(俺はコロナに感染して完治したけど、やっぱりおじさんもおばさんも不安だよな。隔離施設から帰宅しても外には庭ぐらいしか出てないけど、本当なら家に呼びたくないはず。でも、この女は相変わらず……)
と、この家庭の事を何となく察知している葉生は元気者の娘を見た。仕草は相変わらずのオーバーアクションで、話し方もちょっとおばさんくさいし、座る時もどっこいしょである。
(お前まだ中学生だぞ?)
と、思っていると全員にカルピスが注がれ、環波もイスに座る。そしてささやかなパーティーが始まり、葉生はまずカルピスを飲んだ。すると、濃いめのカルピスの濃度が自分の意識を混濁させるような錯覚を覚えた。すると、隣の少女が自分の大好きな女に見えた――。
「――は、浜本美奈!」
『!?』
口から流れたカルピスに気付かない葉生を、橋辺家族は唖然とした顔で眺めていた。
何か変な空気になったが、環波が自粛疲れでおかしくなったという事にしてその場は収まった。そして食事が終わり、葉生はトイレを済ませるとその場で立ち尽くしていた。
「まずいな。どっからどー見ても環波が浜本美奈にしか見えねぇ……これ、新型コロナの後遺症だよな? とりあえず、医者行こ。いや、これって普通の医者じゃないよな?」
葉生はコロナの後遺症で普通顔の幼なじみがアイドル顔に見えるようになっていた。その変化を自分で確信してしまって、意味不明の状態の少年に神の声が届いた。
「安心するんだ春野葉生君。君には国立医療ウイルスセンターの「ゼロ」で徹底的に調べてあげるから」
「う……え?」
突如、環波の親父である時夫が話しかけて来た。時夫はふふっと薄い笑みを浮かべて話す。
「君は環波がどこぞのアイドルに見えてしまった。それで困っている。それは明らかに脳の認識力の変化だね。認識の暴走……他人認識症候群とでも言うのか……」
「他人認識症候群? おじさん……一体何を話してるんだ?」
「君の今の状態さ。その赤い目は何かの変化を生み出しているんだろう。コロナにおける後遺症での変化を」
葉生は時夫の言葉に上手く反応出来ない。自分の変化に対応出来ていないのに、いきなりそんな話をされてもわからないからである。完全に頭がパニックになっている葉生の頭をクリアにする声が響いた。
「ヨーセー!」
「?」
すると、通路の奥から環波が呼んでいた。
「葉生! 何してんの? あんたサラダ持って帰りなよ。野菜食べて健康第一」
「わかったよ環波。葉生君は私が送って行く。環波は渡す物の支度をしてなさい」
「はーいパパ」
と、時夫の言葉に返事した。そして、その国立医療ウイルスセンター・ゼロの人間である橋辺時夫は研究者として告げた。
「とにかく、君の両親には定期検診という事にしておいた方がいい。この状況は外に漏れると最悪の偽情報が拡散する可能性もあるからね。だからこれは我々ゼロが扱う事にするよ」
「う……え?」
よくわからない返事をした葉生は、翌日に国立医療ウイルスセンターに行く事になった。
他人認識症候群と呼ばれた病の、世界初の患者である。