あーんで世界を救ってきました
ムーンライトノベルズでご活躍中の鈴木ファティさんから、
「抱っこにあーんが世界を救うファンタジー」をご所望いただき…
というか無茶ぶりをいただき、むりやりでっち上げたお話。
ドシロウトがめっちゃ恥ずかしいですが、ファティさんの「災厄の担い手たち」連載中はめっちゃ楽しませて頂いたので、お礼にもならないですが感謝のきもちです!
「おまえ、あーんって、わかるか?」
『…?』
目の前の、
日に透けた若葉のような、淡い緑の瞳をした少年は、
ふわふわと視線をさまよわせながら、
こちらをぼんやりと眺めている。
「あー…、そもそも言葉が通じねえのか…?」
俺は途方に暮れて天を仰いだ。
なあ、神様よ、無茶ぶりにもほどがあんだろ。
「さあ勇者よ、神託を与えよう、世界を救うがよい」ってお告げさえすれば
何でもパッパと解決できるって思ったんかよ。
見積もりが甘い!甘過ぎんよ!!
俺が、こんな僻地…
南の大陸どまん中の禁足地、鬱蒼とした森の奥で、
何やってるかってーと、
最初っから丁寧に説明すると、あまりにも長い話になる。
なので、できる限り端折るとだ。
俺は神託を受けた勇者で。
半年前からタチの悪い疫病が蔓延する、西の大陸の人々を救うために、
死にそうな目に遭いながら、東の大陸の神樹の種を手にいれて
南の大陸の神樹に食わすためにこんなとこまで来てんの。
意味分かんない?俺だってわかんねーよ。
田舎町で平々凡々に暮らしてた下っ端兵士なのに。
あの朝、ふっつーに職場に出勤して、
ふっつーに門番の仕事してたら
神殿からの遣いとかいう強面のニーサン達に、いきなり拉致られて、
そのまま大きな港町まで連行されて。
「お前が神託の勇者だ、
とにかく神託の通りにしないと西の大陸の民が滅びる!ゆけ!」
って言われて、
訳もわからんまま、東の大陸行きの船に乗せられて。
船上で戦闘訓練やら、神話植物やら他の大陸の知識をスパルタで叩き込まれ、
半泣きになりながら、魔物だらけで治安最悪の東の大陸を突っ切り、
紆余曲折の果てに東の神樹の種を手にいれ、
こんどはヤバイ毒虫だらけの南の大陸を突っ切って、
ようやくゴール地点であるこの森へと辿り着いたのが昨日。
禁足地の手前までは、
港町からずっと付き合ってくれた、強面のニーサン達も一緒だったんで
戦闘はまあ、なんとかなったんだけどさ。
禁足地には、神樹の許可のあるものしか入れないとかで
今は俺ひとりだけ。
で、南の神樹はこのあたりの筈、って聞いた場所に来てみれば。
真っ白な幹と葉の大きな木の根元に、
うすみどり色した、少年…なのか?
人の姿をしたなにかが
白くてふわふわの蔓に巻き付かれた状態で、宙に浮いてた。
で、話は最初に戻る。
「…ええと。あんたが南の神樹でいいのかい?」
返事は期待せずに聞いてみる。
まあ状況的に、こいつに間違いないけど。
『…?』
新緑の瞳は、相変わらずぽやーっとこっち見てる。
肩あたりまであるやわらかそうな髪は、少しだけ黄色の入った若葉の緑。
肌は和毛のはえた茎の白。
服は着ていない。
全身が淡い緑と白のグラデーションだ。
ああ、そういえば…。
東の神樹から種を貰うときに聞いた話では、
南の神樹は、代替わりをしたばかりで、
まだずいぶんと若い樹だと言っていた。
神樹は半分が神、半分が樹という存在なので、
樹木の部分が寿命を迎えるときに、代替わりが発生するそうだ。
船の中で詰め込まれた知識を思い出す。
神樹の、人の姿をした部分は、
人間と意思疎通をするために備わった器官なので
人間と接触することでしか、学習・成長しない。
つーことは、だ。
俺がこっから、どうにかするしかないってことか…
新緑の瞳をじっと見つめながら、ゆっくりと話しかける。
「はじめまして。俺は西から来た。あんたの力を借りるために。」
『…』
緑のガラス玉のような瞳が、少しだけ揺らいだように見えた。
さわさわさわ。
少年に巻き付いていた白いふわふわの蔓が、
触手のようにこちらへ伸びて、俺の全身をなぞっていく。
手のひら、手首、二の腕、首筋。
正直、くすぐったくて仕方が無いが、
彼の学習が進まないことには、俺に出来ることはないので
ひたすら耐える。
「ふぐっ…」
くすぐったさのあまり、うめき声が漏れてしまったが
それに反応したのか、
触手…じゃない、蔓たちはビクっと震えて、
俺の身体から、さささ…と引いていった。
『ふぐっ…?』
淡い緑の唇から、俺の声をまねた声が発される。
「くすぐったいんだよ」
しっかりと彼の目を見ながら、ゆっくりと話しかける。
少しずつ、少しずつ、俺に焦点があってきている緑の目。
『くす、ぐっ、たい…?』
「そう。人間は、そんなふわふわの蔓で撫でられたら、くすぐったいんだ。
お前にも、くすぐったいっていう感覚はあるのか?」
そっと腕を伸ばして、ごくごく慎重に彼の腕にふれる。
和毛の生えた植物の茎のような手触り。
やわらかく、ほんのりとあたたかい。
特に嫌がる様子はなかったので、そのまま、そーっと撫でてみる。
『くす、ぐったい…?』
「そうだな」
俺の手は振り払われたりはせず、
代わりに、ゆっくりと伸びてきた蔓が、
もういちど俺の腕を、おそるおそる撫でた。
神樹のそば、禁足地に入ってからは、
時間の流れがよくわからない。
体感では、けっこうな時間が経過している気がするのだが
日差しが傾く様子もなければ、
空腹や乾きを覚えることもない。
外の世界とは、時間の流れが違うのかも知れない。
慎重に、怯えさせないように、彼と会話を重ねるうち、
すこしずつ、しかし確実に。
彼は人の言葉を理解し、意思疎通を学習していった。
『ゆうしゃ、は』
「うん」
『ぼくに、あいに、ここへ、きた』
「そうだ」
『うれしい』
新緑の瞳を細め、唇が笑みの形をつくる。
その表情に、年甲斐もなく、ドキッとしてしまった。
いかんいかん。いい年して何を動揺してんだ。
「それでな」
『うん』
「東の神樹から、種を預かってる。
これに、疫病を治す薬を作るために必要な情報が、全部入ってるから、
東の神樹と、南の神樹…お前の力をあわせることで、
薬を作れるそうだ」
『うん』
「東の神樹が言うには…、この種を、その、お前が飲みこむ必要があるそうだ」
『のみこむ?』
ああそうか、植物は口から食物を摂取するわけじゃないから、
飲みこむって意味がわかんないのか。
「飲み込むって言うのはな」
そっと手を伸ばして、彼の唇に触れる。
「ここ…、今、声を出してるところ、口を開いて、そこに種をいれて、喉の奥へおとす」
『…』
彼の唇に触れている俺の手に、彼が指をそっと重ねてくる。
他意はないんだろうが、それだけの動作に、やたらドギマギしてしまう。
落ち着け俺。
「どうした?」
『じぶん、では、ない、ものを、茎のなかに、いれるの?』
新緑の瞳に陰がさす。
あーいかん、これ、おびえてるんじゃないか?
なだめるように、ゆっくりと、彼の頭を撫でながら話す。
「東のが言うには、害になったりはしない…、
ただ、必要な情報が膨大…、ええと、とても、たくさんだから、
種ごと飲み込んで貰わないと、
疫病を治す薬を、果実として実らせるのは難しいってことだったな」
『そう、なの』
「ああ」
『…』
しばらく沈黙が続いたので、俺も黙って、彼の頭を撫でてた。
『ゆうしゃ、が』
「うん?」
『ゆうしゃが、いっしょに、してくれるなら』
「おう」
『のみこむ、する』
「わかったわかった、いっしょにやろうな」
さわさわさわ。
不安なのか、彼のふわふわの蔓が、
すがりつくように、俺の身体に絡んでくる。
「ほら、いっしょにやるから、そんなこわがるな」
神樹の近くの岩に、腰を下ろしてから、
彼を横抱きにして、俺の膝の上に座らせてやった。
ふわふわの蔓が、俺ごとまわりから支えてくれるので、
そんな姿勢でも、しっかり安定している。かしこい蔓だ。
左腕で彼を支えながら、腰のポーチから右手で種を取り出す。
東の神樹から預かった、真っ黒でつやつやとした、球状の種子。
ガキの頃に縁日で見た、少し大きめのあめ玉ぐらいのサイズだ。
「あーん、してみな」
『あーん?』
「こう、口を開いて、そのままにしてろ。種をいれてやるから」
おずおすと唇をひらいたところへ、そっと種を押し込むと
少しだけ、眉がしかめられる。
あめ玉なら、甘いからいいけど、ただの種だもんな…。
「そのまま、くち閉じて」
『んむ』
うすい唇が一文字に閉じられる。
そして途方にくれたような目で、俺を見上げてきた。
そんな、迷子の子犬みたいな目で見ないでくれ、
妙な罪悪感に囚われてしまうじゃないか。
「そのまま、口の奥の方、喉へ種を落すんだ、できるか…?」
『んぐ…けほっ!けほっ』
彼は、喉の奥へ種を送ろうとしたようだが、
失敗して、むせてしまう。
この人間の姿は、所詮は擬態の筈だから、
むせるっていうのは違うのかもしれないんだが、
とにかく失敗した。
黒い種が、唇からころりとこぼれて、地面に落ちそうになるのを、
白い蔓が素早く伸びて、はっしとつかまえる。
ホントに有能だな、このふわふわ蔓。
ふわふわ蔓から種を受け取り、しばし考える。
どうしたもんかな。
水があれば飲みやすいんだろうが、
神樹の周りに見て判るような水場はない。
「木が育つには水が必要だろ。水場はどこかにあるのか?」
『じめんの、うんとふかいところ、みずがながれてるから、そこからもらう』
「地下水か…。それじゃあ今は使えないな。」
うーむ。携帯してる俺の水筒も、もう空っぽなんだよな。
禁足地に入ってから、喉が渇かないから油断してたが、
こんなことなら残しておけばよかった。
水…水分…、なんか水分…。
あ。
ひとつ、手を思いついた。
だが。だが。
できれば、やりたくねえ。
やりたくねえけど。
禁足地の外で待ってくれてる、強面のニーサン達を思い出す。
彼らだって命がけで、満身創痍になりながら、
こんな世界の果てみたいなとこまで、俺を送り届けてくれたんだ。
船の中でおれをビシバシしごいた、上級神官の野郎を思い出す。
「貴殿もいきなりこんな役目を強いられて、納得はいかないことだろう。
だがな、我々が役目を果たさねば、毎日のように何百の人々が死んでいくのだ。
我々は、自分ができる役目を全力で果たすしかないのだ」
だよねえ。ですよね―――――――え。
何のために俺はこんな遠くまで命がけで来たのか。
疫病の治療薬を手にいれるため。
そのためなら四の五の言ってる場合じゃねえし。
『…?』
自分を膝に乗せたまま、百面相を繰り広げている俺を
彼は不思議そうに眺めている。
「あのな」
『うん』
「俺が、口の中の水分…唾液を、お前の口にいれるから。
お前はそれを口の中で溜めて、種と一緒に飲み込むんだ。
種だけで飲み込もうとするよりうまくいくと思う。やってくれるか?」
『うん』
彼はこくりと頷いて、みずから、『あーん』と口を開いた。
悪戦苦闘の結果。
どうにかこうにか、彼は種を飲み込んだ。
こくん、と華奢なのどが動き、
黒い種は、彼の胃の腑(あるかどうかは知らんが)へと
落ちていく。
『ん…』
彼が身じろぎし、腹部を押さえて丸くなる。
「いたいのか?大丈夫か?!」
うろたえる俺を、ふわふわの蔓が撫でてくる。
落ち着けって言いたいんだろうな。
『いたくない、けど、いっぱいはいってきたから、すこし、まって』
「お、おう」
しゅるしゅるしゅる。
ふわふわの白い蔓とは別の緑色の蔓が、彼の本体である神樹から
一斉に四方へ伸び始めた。
何十本もの緑の蔓が、神樹の周りの樹木へ絡みつくと、
葉を茂らせながら、どんどんと太さを増していく。
さながら、神樹本体を中心の柱として、テントをはるがごとく、
緑の蔓による屋根が完成した。
「おお…」
ぽかんとアホ面をさらして、緑の屋根を見上げる俺。
蔓は葉をわさわさと茂らせ、白い花をいっぱい咲かせて…
そしてそのあとに、たくさんの、白くて小さなランタンに似た実がついた。
なんだっけ、船の中で見た事典にのってた、
「ホオヅキ」とかいう神話植物によく似ている。
『できた』
彼がこちらを見ながら、心なし自慢げに言った。
『あの、かわのなかに、ちいさいみがあって、そのしるをのめば、やまいにきく』
ふわふわ蔓がすかさず、白いランタンのような実を、
ひとつもぎって渡してきた。
光にすかしてみると、確かに内部に、水分の多そうな丸い実が見える。
「ありがとな…!!!」
思わず、腕の中の彼をぎゅっと抱きしめる。
『ふ』
思わず漏れた彼の吐息は、とても嬉しそうに聞こえた。
ふわふわ蔓たちに手伝ってもらって、取れる限りの実をもぎり、
両手に抱えて、強面ニーサン達と別れた地点を目指して走る。
一瞬、視界がグラリと歪んで見えた後、俺は野営地へと駆け込んでいた。
「うおっ」
「勇者!戻ったか!!」
強面ニーサンその1…いい加減失礼だから名前で呼ぼう、
いつも俺の横で護衛してくれてた、サッシュが
すぐさま俺に気づいてくれた。
「おう、この実の汁が疫病の治療薬になる、すぐさま本国へ運んでくれ!」
「わかった!全員、事前の打ち合わせ通りに動け、
この野営地から転移魔方陣を繋ぐぞ、本国へ連絡だ!」
「「「了解ッ」」」
こんな重要な作戦に参加する連中だ、俺以外は優秀な隊員しかいない。
俺は全ての実を渡すと、思わず地面にへたり込んだ。
「大丈夫か?」
近くにいた隊員、ランドが、
へたり込んだ俺に水筒を渡してくれた。
ありがたく頂く。
「はあ、ありがとよ、生き返るぜ…。
俺が禁足地に入ってから、何日くらい経った?」
「何日?大げさだな、まだ日は変わってないぞ。
せいぜい2時間くらいか?ずいぶん早くて驚いたが」
「日が変わってない?!それはまた…」
時間の流れが外とは違うだろうとは思っていたが、想像以上にずれている。
体感だけでいうなら、彼とのやり取りの成長具合から、
1ヶ月くらいは過ぎた感じがしていた。
と、いうことは。
こちらに比べて、向こうの時間の流れが、ずいぶん早いということになるな。
「よっしゃ、ごちそうさん。向こう戻るわ」
水筒を返し、立ち上がる。
「え、戻るって」
「当分は、向こうで実を収穫しては、ここへ持ってきて運んで貰う繰り返しだろ。
往復は1回でも多い方がいいからな」
「お、おう、だがもうちょっと、休んでもいいと思うんだけどな、
まだ転移魔法陣も繋がってねえしよ」
「おれが落ち着かねえんだよ、サッシュや他のヤツによろしく言っといてくれ」
「わかったわかった、気をつけてな」
帰りは身軽なので、全力疾走だ。
グラリと視界が歪んだ後、足をもつれさせながら、禁足地の森へ転がり込む。
『ゆうしゃ』
すごい勢いで伸びてきたふわふわ蔓が、
俺を捕まえて、彼の前へと連れて行く。
『あいたかった』
なんでだか、彼はすこし涙目だ。
ああ、やっぱり時間のズレがあるから、ずいぶん留守してたことになってるんだな。
『あれから、いっぱい、みがなったから。くさらないように、ねむらせてある』
なんか結界っぽい気配を感じる一角があって、
その中に、白い実が山積みになってた。
あー、こいつも仕事できる系だな。ふわふわ蔓の親分だから当然か。
「ありがとな」
彼の気遣いがうれしくて、頭を撫でる。
『ふ』
目を細める彼が、やたらと可愛く見えて、わっしゃわしゃに頭を撫でたら怒られた。
『らんぼう』
「す、すまん」
仕返しのつもりか、白いふわふわ蔓が伸びてきて、
俺の髪をくしゃくしゃと撫でた。
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数ヶ月後。
西の大陸のすみずみまで、白い実が行き渡ることで、
疫病の蔓延は終息した。
病が自国へと飛び火することを恐れ、
殺気立っていた他の大陸との国交も正常化し、
世界は無事、平穏を取り戻したのだった。
勇者は田舎町へと凱旋し、門番の仕事に復帰した。
西の大陸を救った報奨として、
勇者は、南の禁足地へ繋がる転移魔方陣の個人的使用許可を望み、
報奨は無事与えられたという。
めでたしめでたし。
【おしまい】
皆様のお話を読むのは楽しいけど、書くのはほんと難しいですね。
あと投稿が!システム的にようわからん!!むつかしい!!
ルール違反ぽいことはしてないと思うのですが、変なことしてたらすみません(´;ω;`)