362話最後の贈り物と卵の開花
「師匠、どこにいるの?姿を見せて!」
ミラが周囲を見回すようにして声を上げる。カラミィを必死に探しているのだ。
「慌てるなミラ、流石の私でも声を届けるのでいっぱいだ。悪いが姿を見せられない」
と返ってくる。少しばかりミラはシュンとした顔になるが声を聞けるだけでも喜ばしいことだろうと思うことにした。
「師匠、ごめん。私が足を引っ張ったから……」
「私だって、マサトに動揺して油断しなければ……お前に怪我をさせることも」
悔しそうな声が漏れ出る。カラミィの姿は見えずとも、その視線がミラの目に向かっているのはわかる。
「師匠とお揃いだね!治さずに残しておくことにしたよ。私の心にしっかりと残るように」
「片目を失ってその反応は驚いたな、やっぱりお前は変わってるよミラ。またそれが良いのだが」
どこか励まされたような気持ちになったカラミィがミラに告げた。
「変わってるって師匠に言われたくないけどなぁ〜。まあ、いいや」
「っと、いかんな。つい話し込んでしまったが、大体の状況は頭に入ってきた。ここまで世界が危険に晒されていることなどこれまでなかったな」
と深刻そうにカラミィが呟く。
「師匠、どうにか出来ない?レンも戦えないかもしれないし……レミさんも死んで……」
「光明の魔女の死亡は痛手だな。世間に話は出てないが、彼女は幾度となく世界を危険から守ってきた存在だ。厳しい」
これまでも世界には多くの悪が存在した歴史はあるが、それら全て倒されてきたのだ。多くの英雄が名を歴史に残しているが、その裏には光明の魔女も絡んでいるとカラミィは見ている。
「はぁ、レミさんはやっぱり凄かったんだね。これからどうしたもんかね〜」
と言いながらミラがのんびりと寝そべる。
「随分とのんびりしたもんだな……」
「だって、どうしよーもないじゃん!せっかく、レンのスキル《インポート》で戦えるようになったのになぁ」
ぐるぐるとのたうちまわりながらミラが呟く。
「敵が敵だからなぁ」
「環境トップに入れたと思ったらすぐに、落とされましたよ。全く。スキルを食べる奴があるかよぉ!」
バンバンと床を叩く。
「だが、ミラ。お前は、このまま投げ出すつもりはないんだろ?」
「当然でしょ」
カラミィが言葉を投げかけた直後に、ミラは真剣な顔つきで答える。そこには、諦めなど存在しない。
「師匠を奪ったベルゼを倒す」
「まさか、私の復讐か?」
「師匠には、悪いけど世界を守るためだよ!私が歴史に名を残したら端っこに一応、師匠の名前も入れてあげるから!」
と答える。
「そうか、欲深いなミラ」
「そりゃあ、賢者ですから」
お互いにわかってはいる。仇を討ちたいということが、だが、それを望んでいないことも。だから、お互いに言葉にはしなかった。
「で、師匠はお喋りするために出てきたの?そろそろ私が1人で話してる痛い人に思われそうだから」
「そんなわけなかろう。目的を果たさなければな」
と言う。
「目的?」
「ああ、お前に渡したいものがあるからな。渡すまでは死にきれない。私の遺体の方に来てくれるか?」
と言われ、ミラはカラミィの遺体の元に歩く。ルティアが治した遺体は、戦いでの傷を感じさせないものだ。だが、そこにはない温もりに寂しさを覚える。
「師匠?」
「私の手を握ってくれるか?冷たい手で悪いけど」
言われた通りに手を握る。確かにひんやりしたものではあるが、なぜか温かく感じた。
「私のこれまで蓄えた知識を、出来るだけの力をお前に託す。私からの弟子への最後の贈り物だ」
「師匠……」
カラミィから何かが自分に流れ込んでくるのがわかった。とても心地よい暖かいものだ。
「最後まで育ててやれなくてごめんな、ミラ。死なないでくれよ、私の……最高の弟子!」
最後は泣きそうな声でカラミィが伝えてくる。
「絶対に勝ってみせるから、見てて。賢者の、カラミィ・テーリスの弟子があなたの強さを証明するから」
「ありがとう、ミラ。短い間だったけど、お前と過ごした日々は、変わったことの連続で楽しかった」
「私も、あなたに会えて良かった」
もう2度と会えないだろうことはわかる。だから、しっかりと別れを伝える。過保護な師匠が心配しないように。
そして、カラミィの声が聞こえなくなった。
直後に、ミラの身体の中で力が溢れるのを感じた。
一度、師匠の遺体に目を向けたミラは、テントを出る。
「強い力を感じたからどうしたのかと思ったけど、ミラ、あなたなの?」
フィレンが外で立っていた。驚いた表情をしてこちらを見ている。
その直後に頭に、ピコーンと音が鳴った。
『称号〈賢者の卵〉変化……〈賢者〉になりました。〈上級全魔法〉変化、〈聖級全魔法〉になりました。さらに、称号〈賢者〉変化……』
とアナウンスが流れる。最後まで聞いたミラは、
「うん。師匠、あなたの力、想い、私が確かに引き継いだ!これから私は、〈大賢者〉ミラ・タカミヤだ!」
新たなる称号を得て、ミラは立ち上がるのだった。




