349話失った者とそれでも
「師匠、……ししょう!ルティア、師匠を治して!」
「ミラ……もう、賢者様は」
ルティアが首を振りながら答える。賢者カラミィ・テーリスは、死んだ。大切な弟子を庇うことに最後の力を費やした。
「これで、いいじゃろう。賢者の弟子とは言っても所詮は、ちょっと魔法が強いくらいのものじゃ」
「お前ぇ!」
ミラが杖を構えようとするが、力が入らずに倒れ込む。
「そんな怪我では戦いにもならんのぉ、ワシはそろそろ戻るぞよ。そうじゃ、せっかくじゃし、マサトに身体を返してやるとするかのぉ!」
ベルゼが言った直後に、マサトの身体が力を失ったかのように膝をつく。ベルゼが去ったということだろう。最後にとてつもなく意地の悪いことを行って……
「そんな……」
動揺の声を上げたのは、マサトだ。その視線が捉えているのは、紛れもなくカラミィだ。
「俺が、俺の魔法が……カラミィを……」
受け入れられない現実を突然突きつけられ、身体中を震わせている。だが、直後に立ち上がりどこかに向かって走っていってしまった。
「どうしたら……」
ミラは黙ったままで、動かない。その様子を見ながらルティアが呟いた。
その遥頭上ではドス黒い闇が空を染めようとしているのだった。
「レン!父上が、父上がぁぁぁ!」
「クシフォン……」
レンとクシフォンは、強い衝撃波により地上に向かって落下していた。レンは、クシフォンにかける言葉を探していたが、それが見つからなかった。
重力魔法によって、地面に着地する。
「クシフォン様!ご無事でしたか」
嬉しそうにフィーズが走ってくる。どうにか治療できたようだ。ふらふらとしているが、動けているため大丈夫だろう。
だが、クシフォンが暗い表情をしていることに気づいたため、レンに視線を向ける。
「レン、魔王様はどうした?」
「死んでしまった……スティグマの狙いは、最初から魔王だった……もう魔門が開いてしまう」
目を瞑ってレンが答える。直後、服に掴みかかられる。
「嘘だ!魔王様が死ぬはずなんてない。今もスティグマを止めるために戦っておられるのだろう!だから、レン、魔王様は生きてると言ってくれ」
フィーズも分かってはいるだろう。だが、気持ちは納得していない。
フィーズを引き離そうと、戻ってきたエリアスやアンナ達が来たが手で制して止める。
「父上は、死んだのじゃ。妾を置いて行ってしまった」
ポツリとクシフォンが呟く。その顔には、大粒の涙が流れていた。その姿を見ると誰もが言葉を発せなかった。
「クシフォン様……」
「じゃが、父上が守ったものがある!まだ、妾達は戦わなければならないのじゃ!」
強く顔を拭ってクシフォンが言う。
レンを掴んでいた手から力が抜けるのを感じた。
「すまない、レン。私としたことが」
「いや、俺もクシフォンの言葉に目覚めさせられた気がするよ」
まだ諦める時ではない。魔門が開いたとしても、戦わなければならないのだ。黒く染まり始めた空を見上げるのだった。




