番外編2 アリシア・バーンズの独白
今回は直接攻略対象の心情ではなく、その婚約者の話になります。
わたくしの名前はアリシア・バーンズと申します。バーンズ伯爵家の二女であり、学院の卒業パーティで問題を起こしたヘンリー・フォレットの婚約者でございました。
……と、あまり堅苦しい口調では疲れてしまいますので、普通の口調に戻しますわね。
さて、先ほど問題を起こしたヘンリー様の婚約者だったと言いましたが、彼は身分の低い男爵令嬢に『真実の愛』を見つけたと言って、わたくしに婚約解消するように迫っていましたわ。
婚約解消? 馬鹿を言わないで欲しいわ。わたくしからの婚約破棄の間違いでしょう?
わたくしには、何の瑕疵などないのだから。
そう、いくらわたくしが、彼を愛していなくても。
ヘンリー様との婚約は、あくまで家同士の結びつき――政略結婚でしかなかった。現宰相であり、息子にその座を引き継がせるために、穏健派でも発言権のあるバーンズ家を取り込みたかったフォレット侯爵家が持ち込んだもの。
けれど、その息子が男爵令嬢に入れあげて、自分の責務を疎かにした。
そうそう、話を戻して、わたくしは彼を愛していないと言ったけれど、十歳で顔合わせをした時には、彼に好印象を持ち婚約者として、ひいては妻として支えていこうと思ったわ。
彼もわたくしに対してまんざらでもなくて、会うたびに将来の事を語り合ったもの。
けれど、愛しているかと問われれば、情はあるけれど愛までいかない――と答えるわ。でも、貴族の政略結婚なんて、そんなものでしょう? 相手に一定の情を持てるくらいなら、いい方だわ。
けれど、そんな関係は、十六になる歳から貴族が通う学院で、ヘンリー様がある男爵令嬢に熱を上げたせいで終わった。
正直、女性の目から見れば、彼女は頭はいいものの男性に対しては馬鹿なの?と思えるような話し方で、聞いていると苛々したわ。あと、顔は可愛い方だと思うわ。でも、顔立ちが整っているのは貴族の特徴――正直、他の令嬢と特に代わり映えしないと言える。
だから、何故ヘンリー様がそこまで入れ込むのか、謎で仕方なかった。
ただ一つ言えることは、そんなヘンリー様の様子を見て、わたくしの中にあった『情』も少なくなり、『愛』など欠片も持てなかった事。
バリー様の婚約者であるパメラ様は、バリー様の事をちゃんと愛していたようで、レイラ様へ面と向かって文句を言っている。
けれど、聞く耳を持たないバリー様とヘンリー様は、パメラ様の事を憎々し気に睨んでいた。間に王太子殿下が入ってくれて、それ以上の揉め事にはならなかったものの、その後もパメラ様は何度かレイラ様へ苦情を入れていた。そのたびに、バリー様との距離が空いていくのがわたくしにもわかり、パメラ様が気の毒に思えたわ。
王太子殿下の婚約者ディアナ様も気付いているのか、何かとパメラ様とわたくしに声をかけてくださった。ただ、中には現実的な話――婚約解消など――を聞いたパメラ様は、激昂したものね。
冷静に考えたら、それが一番いい事だと思うけど、視野が狭くなっている状態のパメラ様には逆効果だったわ。
ディアナ様もそれを理解し、パメラ様に謝罪していたの。ディアナ様は高位貴族の令嬢の高慢さはなく、優しく寄り添ってくれるような方だったわ。
それが良く分かったのは、卒業パーティーでの王太子殿下のお言葉。
ディアナ様の『優しさ』が良く分かるものだった。
反対に、ヘンリー様をはじめとするレイラ様の『優しさ』は、口先だけで何の実もないものだというのも、理解出来たわ。
とにかく、ハプニング続きの卒業パーティーを終え暫くした頃、レイラ様がキーナン男爵家から放逐された事を知らされた。
さすがに、低位とはいえ、貴族令嬢として育った女性が、市井に馴染めることはないだろうと理解できる。そのため、ヘンリー様はレイラ様を探しに行きたいようだったけど、フォレット家がそれを許さなかった。
まだレイラ様に想いを残しているヘンリー様を謹慎させておいて、バーンズ家との婚約は継続したいと良い、こちらの婚約破棄に応じなかった。さすがにこれには父もイラッとしていたわ。向こうにはバレていなかったけど。
それから数日して、フォレット家はやっと婚約破棄を認めた。
***
わたくしは最後にヘンリー様に一言申し上げたくて、フォレット家を訪問した。
「フォレット侯爵令息、ごきげんよう」
「……なんだ、アリシアか」
食事をまともに摂っていないのか頬はこけ、顔色も青白く、学院で王太子殿下の側近候補として振舞っていた傲慢さはどこかへ行ってしまったようだった。
「……婚約破棄の処理を行っておりますので、もう、名前で呼ばないでいただけますか?」
「婚約破棄……?」
「聞いておりませんの? 卒業パーティーであのような醜態を晒した貴方との縁続きを、我が家は望んでおりませんの。それに、貴方のほうから、婚約解消を申し出ていたはずよ。でも、わたくしからすれば、婚約破棄だわ。もちろん、貴方の有責で」
「……」
わたくしの言葉に、フォレット家の使用人がオロオロし始める。そんな彼女たちに対して、二人きりにならないよう、扉を開けておくこと。誰かが傍にいることを告げた。
ヘンリー様は虚ろな目をして、わたくしがそう指示を出しているのを黙って見ていた。その目つきに、少し寒気を感じる。彼の眼は、もう何をしても可笑しくはない狂気を孕んでいるような気がして。
やっと婚約破棄まで至ったのに、下手の二人きりで部屋に居たなどと噂されても困る。
「長居する気はございませんわ。貴方のお顔など、もう見たくもございませんので」
「言いたい放題だな。私が婚約解消を申し出たときは認めなかったくせに……」
「ええ、わたくしに瑕疵がない以上、無難な『解消』など、容認できるものではありませんでしたわ。わたくしからの婚約『破棄』ならともかく」
「……」
「貴方のほうが先に、婚約者としての責務を放棄したのですよ」
パメラ様のように愛がなくても、情はあった。だから、堕ちていくのを止めたいとも思ったし、それでも聞く耳を持たずに堕ちたのは自業自得とも思っている。
婚約という関係があった以上、わたくしは裏切られたのだから。
「よく言うよ。君は私のことなど愛していなかったくせに……」
「……そうですわね。ですが、いずれ結婚して、共に過ごして行くのもいいと思うくらいの情はありましてよ?」
「情、ね。私のレイラへの愛に遠く及ばないくせに」
「ご自分を棚に上げてわたくしを責めますの? 貴方だって、わたくしを愛してなどいなかったくせに。だから、婚約者であるわたくしがいるにも関わらず、『真実の愛』を見つけたなどとほざけるのですわ」
ましてや、レイラ様は第二王子殿下やバリー様などからも愛を捧げられていた。
彼女が何を思って彼らの愛を受け入れていたのかは分からないけど、王族をはじめ高位貴族数人を手玉に取るなど、国を乱す行為をしていたのは事実。
せめて、誰か一人だけだったら、その愛も認められたでしょうに。
いえ、今更遅いわね。あそこまでしてしまったのだから。
「さようなら、フォレット侯爵令息。今後、貴方が誰を想っても、きっと誰も咎めませんわ」
「何?」
「聞いておりませんの? 貴方はフォレット家の嫡子ではなくなりましたのよ。弟であるコーディ様が跡を継ぐことになったそうですわ」
「そんなっ!」
「何を信じられないというお顔をされているの? 家の結びつきを疎かにした貴方を、そのままにしておくわけがございませんでしょう?」
貴方は何もかもを無くしたましたのよ――と、告げると、彼は膝から崩れ落ちた。
わたくしは、そんな彼に幻滅し、部屋を後にした。
せめて、それでもレイラ様への愛を糧に生きてくださいね――
***
それから一ヶ月と少し経ち、レイラ様が見つかった事を知った。
しかも、見つけたのはディアナ様。馬車で王太子殿下と二人、公爵家に戻るときに見つけたのだという。
さんざん愛してると言った三人が見つけられなかったレイラ様を、糾弾して陥れようとしたディアナ様が見つけるなんて、なんて皮肉なのかしら?
ただ、レイラ様はすぐに亡くなったようで、ひっそりと教会に埋葬されたという。
第二王子殿下、ヘンリー様、バリー様にも報せが行き、葬儀に参列されたとか。これも、ディアナ様の心遣いらしい。
その後、ヘンリー様とバリー様は教会に身を寄せ、レイラ様を想って暮らすのだという。
高位貴族として育った彼らが、教会の清貧な生活が出来るのかしら――と思ったけれど、そんなのは知った事ではないわね。
わたくしはわたくして、新たな婚約者を探さなければならないのだから。
とはいえ、学院を卒業し、十八になったわたくしに良い縁談がくるのは難しく、どうしたものかと思い悩んでいると、ディアナ様が隣国の使節団が来たときに、わたくしを誘ってくださった。
そこで隣国の使節団の一人と会話が弾んで――、両国の友好のために、わたくしは隣国へ嫁ぐことが決まった。
隣国の使節団の彼は、パーシヴァル・シェフィールドと言い、隣国の公爵令息だそう。ある意味、ヘンリー様より大物を引き寄せたわけである。
彼はヘンリーと違い情熱的にわたくしを口説いてくださり、そんな彼の言葉にわたくしもまんざらではないと思い、彼の求婚を受け入れた。
婚約から結婚まであっという間の出来事だったけれど、パーシヴァル様の熱い想いに、わたくしはとても満たされて、隣国で生涯を過ごしたのだった。