最終話
2年間放置…汗
ラストをどうしようか迷ってなかなか決まらないうちに、お話を書くという時間もなかなか取れずにすぎてしまいました。
レイラ様の捜索は難航していた。
彼女は着の身着のままで男爵家から追い出されたという。だとしたら、王都から離れた遠くに行くこともできないはず。
ああ、そういえば、一ヶ月くらい前に彼女が卒業時に着ていたドレスを買ったという古着屋を見つけたけれど、そのあとの足取りはわからずじまいだった。
ただ、店主が言うにはドレスの裾はあちこちほつれ、汚れもあったらしい。ドレスとして売ることはできないけれど、布は上質なものだったため、古着と交換したという。
「どこに行ってしまったのかしら……?」
彼女は庶子だったけれど、ずっと男爵家で育ったというから、庶民の暮らしは知らないはず。きっと住む場所も働く所もなくて困っているだろうに……
「また、キーナン男爵令嬢のことを考えていたの?」
レイラ様のことを考えていたら、ウィル様が来たのに気づかずにいたらしい。声をかけられて驚いて振り向いた。
「……ウィル様」
「ディーは本当に優しいね。君を陥れようとしたんだよ、彼女は」
「確かにそうですが……わたし、なんとなくですが、彼女の気持ちも分かるんです。ですから、放っておけなくて……」
そう。レイラ様がしたことは、この世界の――貴族社会では許されない暴挙。
けれど、もし彼女に前世の記憶があって、ここが乙女ゲームの世界の中だと思っているとしたら、あのような行動も理解できる。本来、ここは彼女のためにあるのだから。
とはいえ、ゲームでは身分を超えた愛は娯楽として楽しめるものかもしれないけれど、実際は王族を頂点に貴族社会として存在する、完全なる縦社会。仮想とは違う。それを理解してくれていれば、このような悲劇にはならなかったのかもしれない。
もしくは、ゲームのタイトル通り、誰か一人を一途に想っていれば……。
「どうして、そう思うの?」
ウィル様にとっては、わたしとレイラ様に接点はないと思っている。
その通りで、ウィル様やカイルを通して彼女のことを知っている程度。でも、きっと、わたし達は前世の記憶という繋がりがあるはず。
それを伝えていいものかどうか……わたしには分からない。静かに首を横に振って、「内緒です」と笑みを返した。
ウィル様もこれ以上追及することはなく、「そう」とだけ言われた。
「そろそろ帰るかい?」
「そうですわね」
そういえば、今日は衣装合わせに登城していたけれど、それも終わり一休みしている間だったんだわ。
もうすぐウィル様との結婚式。毎日のように登城しては式の段取りなど色々と忙しい。帰る前に一休みさせて頂いて、ウィル様と最後の挨拶をしてから帰るのが日課になっていた。
「今日は、公爵家まで送るよ」
「え? ウィル様だってお忙しいのに、大丈夫ですか?」
「うん。少し時間が空いたんだよ。毎日のようにディーと顔を合わせているけど、プライベートな会話をするような時間がなかったからね。馬車の中で少し話をしよう」
「それは嬉しいです」
確かにウィル様と居ることは多いけれど、式の予行練習だったり、ウィル様主体の政策の打ち合わせだったりと、二人きりで私的な会話をすることはほとんどなかった。
それなのに、こうした隙間時間を使って、会話をする努力をしてくれるのが嬉しい。
それでなくても、本来なら卒業パーティでわたしはウィル様から婚約破棄される可能性もあったのだから。
そう。ずっと一緒に居られるとは思わなかったの。
心のどこかで諦めていた。
今は忙しいけれど、とても幸せで――でも、レイラ様のことが小さな棘のように心に突き刺さって痛みを訴えていた。
***
馬車で石畳をゆったりとしたスピードで走る。
最初の頃は、前世での車との違いに、お尻の痛さを感じていたけれど、乗り続ければ慣れるもので、今では隣に座ったウィル様と楽しく会話できる。
本当に久しぶりにウィル様との私的な会話は、半分は窓から見える街の様子だったけれど、街並みを見て人々の様子を見るのは好きだった。
今も窓から外を覗いて、ウィル様と二人で街の様子を話していた。
その時。
「あ……」
家と家の隙間の狭いところにしゃがみ込んだ人が目に入る。
王都といえど、ホームレスのような人がいないわけではない。
が、気になったのは髪の色が黒だったところだった。
ゲームの製作会社は日本の会社で、ヒロインに感情移入できるようにとヒロインの設定は黒髪だった。
この国に黒髪は居ないわけではないけれど、この国には少ないほうで、東方からの移民が基らしい。設定では、黒髪の女性――ヒロインのお母さん――が珍しくて、男爵の手つきになり、ヒロインが生まれたという。
「停めて頂戴!」
ゲームの設定を考えている場合じゃない。
わたしは御者にすぐに馬車を止めるように叫んだ。
「ディー?」
「停めて! 早く!」
御者が慌てて馬車を停めるのと同時に、わたしは馬車から飛び降りてもと来た道を走る。ドレスが重くて思ったように進めないものの、それでも先ほど見えた人物のもとへとたどり着く。
「……レイラ、様……?」
声をかけても動かないため、体にそっと触れながらもう一度名前を呼んでみる。
軽く体をゆすると、億劫そうに目を開き――
「あく、やく……れいじょ……」
とわたしを見て小さく呟いた。
やっぱり……と、改めて思う。
彼女――レイラ様はやはりゲームを知っている転生者だった。そうだろうとは思っていたけれど……
「知って……たんですよね?」
「わた、しは、ヒロ……ン、愛され……幸せ……」
「だったらどうして、誰か一人を選ばなかったのですか!?」
どうしてゲームを知っているのなら、誰か一人にしなかったの? このゲームは誰か一人を想い続け、そして結ばれる。婚約者がいても、ヒロインの一途さと攻略対象の愛の深さに、婚約者も納得して、円満に婚約解消に動いてくれるのに。
卒業パーティで婚約破棄の話が出るのは、王太子であるウィリアム様を選択したときのみ。
ウィリアムルートは、ゲームの始まりから彼一人に絞ったうえで、成績上位であり淑女としても成長していかなければならない。
けれど、レイラ様はウィリアム様を選んだのが遅すぎた。
遅かったのに、ほかの攻略対象にも手を出してしまった。
「しあわ……なり、たか……た……」
レイラ様は一粒の涙をこぼしてそう呟くと、わたしのほうに凭れかかった。
「レイラ様?」
声をかけても返事をしない。いえ、それどころか全く動かない。
「レイラ様っ! レイラ様!」
「ディー、彼女はもう……」
「ウィル様……」
ウィル様の手がわたしの肩に触れる。
ああ、見つけるのが遅かったのね……
わたしは何故か悔しく思って、彼女を思いきり抱き締めた。
***
その後、彼女を馬車に乗せて教会に行き、葬儀を頼んだ。
クライヴ様をはじめ、バリー様、ヘンリー様に伝えると、彼らは急いで来て、レイラ様の遺体を見ると三人は泣いてレイラ様の名を呼んでいた。
彼らはゲームでは攻略対象で、レイラ様に攻略されたと言えるかもしれない。けれど、その気持ちは本物だった。
その光景を見て、わたしは胸が締め付けられるように感覚を味わう。
「ウィル様」
「なに、ディー? それにしても、あの三人の反応はちょっと驚いたな。あれほど彼女に想いを寄せていたとはね」
「はい……。レイラ様も、誰かお一人にすればよろしかったのに……」
「そうだね。それならきっと、互いに想い合い未来が開けたかもしれないのにね」
本当に、その通りだと思う。
誰か一人を想いを交わせば、彼女はきっとゲームのヒロインのように幸せになれただろうに。
「ウィル様」
「なに?」
「わたし、レイラ様と同じ夢を見ましたの」
「夢?」
さすがに前世であったゲームの世界に転生したとは言えなかったため、夢と言い換えた。
夢では彼ら三人とウィル様、カイルの誰かと恋をし、幸せになれるはずだったと。
だから、彼女の事を気にしていたと。
「では、私と結ばれた場合、ディーはどうなるの?」
「婚約解消しました」
さすがに、卒業パーティで婚約破棄を突き付けられる――とは言えず、穏便に婚約解消にする。
「うーん……」
「ウィル様?」
「いや、夢……だよね?」
「はい、夢です」
「じゃあ、私とカイルはあり得ない夢だね」
「どうしてですか?」
ゲームではメインの攻略対象者だったのに。
まるで他人事のように言うのね、ウィル様。
「あくまで夢だよね? 彼女は確かに男爵家の庶子とは思えないほど、才があり魅力的ではあったけれどね。でも、わたしは八歳の時にディーと出会ってからずっと、私の心はディーにあるからね」
「……ウィル様、不意打ちのようでずるいですわ」
三人がレイラ様と最期の別れを終えた後、彼女は埋葬された。
わたし達はレイラ様が埋葬されるのを見届けた後、クライヴ様が口火を切った。
「兄上、私は今後誰とも婚姻致しません。彼女をずっと想っていきます」
「クライヴ、それは……」
「王族としては良くないのでしょう。ですが、彼女のことを想ったまま、ほかの女性と婚姻するのも相手に失礼です。それに……私は、彼女のように市井に出て路頭に迷うようなことがないよう、兄上の政策を手伝いたく思います」
クライヴ様は本当にレイラ様のことを想っていたのね。
そして、やるべきことを見つけたとはっきりと言い切った。
バリー様とヘンリー様は、家に居づらいのも含め、このまま教会に身を寄せ、神父になるという。そして困った人たちを救いたいと。
三人の決意は固く、ウィル様はため息を一つついて、彼らの主張を受け入れた。
――レイラ様、どうか安らかに眠ってください――
その約一か月後、わたし達は予定通りに盛大な結婚式を挙げる。
レイラ様のことは心に残ったままだけれど、すでにゲームの期間は終え、予想のつかない未来になっている。
「ディー、手を」
「はい、ウィル様」
差し出されたウィル様の手を取り、二人で並んで歩く。
でも、本当なら未来も人の気持ちもわからないのが当たり前。
これから先、ウィル様の隣で新たな物語を綴っていくの。
最後までお読みくださりありがとうございました。
以下、お話の中で入れられなかった話など。
乙女ゲームの世界だけど、強制力はほとんどありません。
なので、ヒロインのレイラが三人の心をつかんだのは、レイラの努力の結果です。
メインの王太子はディアナのことが好きなので、振り向かせることはできませんでした。
レイラが最初から一人を選んでいたら、ゲームのように進んだのかもしれません。