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王太子 1

ここから王太子視点になります。

 問題のあった学院卒業から数日後、私は婚約者であるディアナ――ディーと、休憩を兼ねてお茶をしていた。

 ディアナは学院の順位で十位以内に入ることがほとんどなかった事を気にしているが、学院以外で王太子妃教育や公務を兼ねた慰問などがあった為、仕方ない事だと私は考えている。

 もちろん、学院の順位が上位である事に越したことはないが、ディアナが頑張っているのはこの目でよく見てきた為、私にとって不満はない。今も現状で良しとせずに色々な事を学んでいる。その姿勢が好ましい。


「今日は何を学んだのかな?」

「今日はマクレガン先生にハウエル国の歴史や習慣を教えて頂きました」

「そう。あそこはちょっと特殊な国だね」

「ええ。でも、だから学んでいて楽しいです」


 そう答えたディーは、学院での勉強と違って生き生きとしていた。

 どうも役立つ知識のほうが、ディーにとっては学んでいて楽しいようだ。学院にいた時も、授業を受けるより王太子妃教育で登城していた方が楽しそうだった気がする。

 最初は逃げていたのにな……

 ふ、と昔の事を思い出した。



 ***



「え? 急に体調が悪くなって来れなくなったのですか?」


 僕――この頃はまだ、一人称が『僕』だった――は一瞬きょとんとした表情になりながら、父上である陛下に尋ねた。

 父上は「うむ、まあ。無理をさせるのもなんだからな」と言葉を濁した。明らかに困った顔をしている。普段なら、王の威厳が――とか言いそうなのに、それがないのが不思議に思えた。

 今日は僕の婚約者候補である公爵家のご令嬢と、顔合わせのはずだった。

 うーん……父上は公爵家に弱みでも握られているのかな? 八歳の僕でも分かってしまうくらい顔に出しては駄目でしょう、父上。

 ふぅ、とため息をついて、父上に問いかける。


「父上、かのご令嬢はそれほど病弱なのですか?」


 王太子妃になる条件として、体が丈夫である事も必要なことだ。

 王太子妃ひいては王妃としての公務もあるし、何より世継ぎを生まなければならない。出産は命がけだと聞いたことがあるから、少しだけ心配になる。


「いや、ほぼ健康と言っていい。まあ、一年位前に一度高熱を出して一時期危ぶまれたそうだが」

「一年前……もう大丈夫なんでしょうか?」

「さぁなぁ。ただ、その後人が変わったと皆に言われる位だから、死にかけたのかもしれないな。人は臨死体験によって、人格が変わる事もあるらしいからな」

「りんしたいけん……?」


 この時、僕はまだ八歳。頭はいいほうだと言われているけれど、聞き慣れない言葉はまだ理解できなかった。

 何にしろ、公爵令嬢は一年前に死にかけて、その後、性格がかなり変わったらしいという事は理解できた。


「それは悪いほうにですか?」

「いや、ある意味いいほうだが……貴族の娘として生きていくには、ちと難儀かもしれんな」

「はぁ」


 どういう事だろう? いいほうに変わったけど、貴族として生きていくのは大変? 僕には理解できない。

 この時、理解できなかった意味を、公爵令嬢に会った時に分かった気がした。



 次の日、お見舞いと称して公爵家へ会いに行くことになった。正直、ここまでしないとだめなのかな、というの本音だった。

 婚約者候補になる高位貴族の令嬢にはほぼ顔合わせをしたけど、これだと思えるような子はいなかった。だから、父上が公爵令嬢との顔合わせに、力が入るのが分かるんだけど……

 父上は僕に王太子として、次期国王として振舞うことを望んでいる。それは十分に分かっていて、五歳の頃から王族としての教育が始まった。

 おかげで僕は子供らしいところがほどんとないと自分でも自覚している。また、そこまで王としての責任は重いのだと幼い身ながら理解している。


 だから、僕が婚約者に望むのは、僕と同じようにこの国のことを一番に考えるくらいの気持ちがある人だ。僕の容姿や王太子の婚約者という肩書ばかりに気を取られ、媚びる存在は婚約者として認められない。

 それなのに、今まで顔合わせをしてきた高位貴族のご令嬢たちは、先ほど言った中に入る者ばかりだった。

 今日会う公爵令嬢が、そんな子ではありませんように……と、そんなことを考えてしまっても仕方ないだろう。

 見舞い用の小ぶりの花束を持って馬車を降りると、公爵邸へ向かう。今日見舞いに行くのは伝えてあったので何事もなく公爵邸に入り、まずは公爵と話をした。


「先日は大変申し訳ないことを致しました。娘に代わり謝罪致します」

「マードック公爵、ご令嬢はどうでしょうか?」

「今は落ち着いているようです。それにしても、殿下にお見舞いに来て頂くなど」


 公爵は申し訳なさそうな顔で僕に謝罪を繰り返した。

 いい加減、面倒になってきたので「そろそろご令嬢に……」と先を促す。公爵は僕の意を汲んで別の客間に移動する。さすがに初対面で私室に通す気はないらしい。

 良かった。彼女は婚約者候補の一人であって、婚約者ではないから、プライベートな所まで踏み込むのは他の候補者達と差ができてしまう。彼女が僕の理想に近いひとならいいけど、そうでなかったら彼女に優越感を与えてしまいかねないから。


「ディー、王太子殿下がいらっしゃったよ」


 公爵は軽いノックと共に一言告げると扉を開けた。

 中にいた少女はソファから立ち上がってこちらへ向かってくる。


「こんにちは、僕はウィリアム。君がディアナ嬢?」

「はい、お初にお目にかかります。ディアナ・マードックと申します。王太子殿下にお目にかかれて光栄です」


 貴族らしからぬ、と聞いていたので少し砕けた口調で挨拶をしてみると、普通に挨拶を返された。カーテシーも多少ぎこちなさがあるものの、八歳の子にしたら普通の範囲だろう。どこが変わっているのか興味がわいてくる。

 ……と、お見舞いの花束を忘れていた。


「体調は良くなったと聞いたけど……これ、ささやかだけどお見舞いに」

「ありがとうございます」


 僕が差し出したのはデイジーをメインにした小ぶりの花束。王宮の庭師に頼めば大輪のバラを使った豪華な花束が作れるけど、そこまでする必要もないかと思った。というより、お見舞いだけでも他の婚約者候補と扱いが違うのに、さらに見舞いの品まで豪華にして『特別』にしたくない。

 僕はきちんと婚約者となるまで、候補者たちの中で特別を作りたくなかった。

 ついでに言うと、この花束も彼女の性格を見る一つの判断材料だ。花束が貧相(実際その通りだが)と言えば、派手さを好む今までに顔合わせしたご令嬢たちと代り映えしないだろう。素直に受け取れば、少なくとも表向きは取り繕えるくらいは出来るくらいの教育がなされている、と判断できる。

 父上の助言もあったとはいえ、八歳の子供とは言えない狡さだよね、と思う。

 そんな思惑がある花束を受け取った公爵令嬢――ディアナは、笑みを浮かべて「可愛い」と呟いていた。


「良かった。こんな花しかなくて悪いかなと思ったんだけど」

「いえ、可愛い花束です。ありがとうございます」

「そう、喜んでくれて良かったよ」


 ディアナ嬢は本当に喜んでいるようで、無邪気な笑みを僕に見せる。

 はっきり言って、『可愛い』の一言だ。

 顔立ちを考えたら『綺麗』と言った方がいいかもしれないけど、どちらかというと『可愛い』という言葉のほうが似合う。挨拶をして見舞いの花束を渡しただけだけど、その短い間でさえ、彼女は貴族令嬢にありがちな高慢なところが見当たらなかった。

 もしかして、これが父上の言う『いいけど、貴族令嬢としては難しい』ということなのかな?

 その後、公爵家の侍女がお茶を用意してきたのでそれをもらい、ディアナ嬢と世間話をした。会話の端々に貴族の令嬢らしからぬ考えがあり、彼女との会話は楽しいものだった。しかも意外と博識だ。


「じゃあ、この場合はどうすればいいと思う?」

「そうですね……一度に解決するのは難しいかと思います。時間はかかりますが、一つずつ解決していくしかないんじゃないでしょうか?」


 なぜか挨拶から身近な話をしていたはずなのに、いつの間にかこの国の孤児や浮浪者をどうすればいいかという話になっていた。しかも、内容が貴族の施しの枠を超えている。国政の一環として考えてもいいレベルだ。

 すごい。僕は王太子になるために、物心が付いた頃からすぐに色々なことを勉強させられたけど、ディアナ嬢は公爵家の一人娘だ。淑女教育はあっても、政治に関することなんて学んでいないだろうに。

 でも、ディアナ嬢との会話はとても有意義で、今まで顔合わせをした令嬢たちが一気にかすんでしまうほど印象に残った。


「ねぇ、ディアナ嬢」

「なんでしょう?」

「僕と婚約してくれますか?」

「……えっ!?」


 正式には父上から公爵家当主へ打診があり、承諾――まあ、普通は拒否できない――して、婚約が決まるのだけど、僕は彼女の意思で僕を選んで欲しかった。

 そのせいかな、ディアナ嬢は目を大きく見開いて固まってしまった。


「ディアナ嬢?」

「………………………………申し訳ございません。ちょっとわた……くしの、耳が可笑しかったようです。殿下は先ほど何をおっしゃったのでしょうか? もう一度お聞きしてもよろしいですか?」

「僕と婚約してください」

「………………幻聴が聞こえるようです」

「幻聴ではないですよ。王家から公爵家に婚約の話が行く前に、ディアナ嬢自身に頷いて欲しくて訊ねたんです」


 笑みを浮かべて念押しすると、ディアナ嬢は口元を戦慄かせながら顔色が青くなっていった。

 どうしたのだろう、と思っていると、ディアナ嬢が叫び始める。


「む、無理ですぅぅぅっ!!」


 いきなり椅子から立ち上がって後退るディアナ嬢。

 ディアナ嬢の反応がすごすぎて、今度は僕のほうが面食らってしまう。

 一度深く息を吸って、いつもの僕に戻るように心がけて。


「いや、でもディアナ嬢は公爵家の令嬢だし。僕と婚約する確率は高いのは分かっていると思ったけど」

「そ、それは……ありましたけど……でも、わたしでなくても……」

「僕はディアナ嬢がいいと思ったから、ディアナ嬢の気持ちを聞いてるんだけど」

「そんな急に答えられませんっ!!」


 まあ、今日が顔合わせだけど、政略結婚ならこんなものでは――


「それに、わたしに王太子妃なんて務まりませんっ! 無理ですぅっ!!」


 ディアナ嬢はそう言って、客間から逃げて行ってしまった。

 この状況は貴族の令嬢としてのマナーがなっていないと言えるけど、話をしていた時は面白かったからなぁ。やっぱり一番はディアナ嬢かな? ――と考え、公爵には体調不良で部屋に戻ったと告げ、公爵家を後にした。


 ねぇ、ディアナ嬢、僕は君が気に入ったんだ。

 政略結婚として無理やり婚約者にすることは可能だけど、僕は君の気持ちを尊重したいんだ。

 だから、僕を『王太子』としてではなく、『僕』として見て?


 それから、僕はディアナ嬢にどうしても自分から頷いて欲しくて、足しげく公爵家へ通うことになった。

 婚約成立までに二年かかるとは思わなかったけどね。

八歳の子供の考えじゃないですよね。

進めるのに一番時間かかってます…

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