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ヒロイン 1

ヒロイン一人称です。

 わたしには前世――日本で生きた記憶がある。

 そう、わたしの持つ不思議な記憶や知識が、前世で得たものだと気づくのに、然程時間はかからなかった。

 今のわたしはキーナン男爵と、侍女として勤めていた母との間に生まれた貴族の庶子だった。父であるキーナン男爵は母に愛情を持っていたらしく、それなりの暮らしをさせてくれた。

 けど、母が亡くなってから、男爵家を追い出されることはなかったけど、義母の機嫌を損ねると何をされるか分からないので、肩身の狭い思いをしたわ。

 それでも、政略結婚の駒にでも使おうと思ったのか、きちんとした教育を受けさせてもらえたのは幸いだった。勉強しているうちに、この国や王族の名など聞き覚えがあるな~って思っていたら、前世で遊んだ乙女ゲームの設定と似ていることに気づいたの。

 便箋を取り出して思い出したことを書きながら、この国の王族や有力貴族の名と照らし合わせていく。

 そして――


 わたしって、ヒロインじゃない!?


『あなたのために』というなんの捻りのないタイトルの乙女ゲーム。この人だと決めた一人を攻略していく内容だった。だからタイトル『あなたのために』なのよね。攻略対象も特に捻りがなくて、王太子、第二王子、王太子側近候補の二人、ヒロインより一つ下の公爵家跡取り――だったはず。

 定番っていえば定番だけど、乙女ゲームなだけあって顔はいいの。多少問題を抱えているけど、それはヒロインであるわたしが癒してあげればいいんだし。ヤンデレとか怖いのは居なかったのよね。キャラとしては弱いけど、実際に恋愛するのなら、あまり癖のない性格のほうがいいわね。

 今世は肩身の狭い思いをして育ち、後は政略結婚の駒にされるだけだったけど……わたしがヒロイン――そう考えたら楽しくなってきたわ。

 わたしは書き散らかしていた便箋を見て足りない部分はないか確認しては書き足していく。思い出せるもの全てを書ききったあと、手帳に清書した。これでゲームの記憶が薄れていっても、攻略対象の性格や問題解決方法、イベント発生時を確認出来るわね。

 書ききった後、満足した気持ちで背伸びをすると、窓から見えるのは真っ暗な闇だった。

 もう、わたしが時間を気にしなければ、食事さえも満足にもらえないのよね。はぁ、とため息をついて、厨房に何か食べられるものがないか探しに行った。



 ***



 あれから数年、とうとうゲームが始まる時になった。

 貴族子女が通う王都の学院の入学式。入学式当日は出会いイベント発生が多いのよね。

 ゲームのタイトル通りにするなら、一人に絞ったほうが良いんだけど、ゲームのキャラクターと実際の人物が本当に同じかどうか確認しないとね。最初の頃は複数のイベントで皆と仲良くなってから、誰にしようか絞っていこうと思うの。


 最初に会ったのは騎士団長の息子のバリーだった。飛び出してきたバリーとぶつかって転んだわたしに、バリーは慌てて「すまないっ、大丈夫か!?」って言って手を出し出したの。ゲーム通りだったわ。髪が短く爽やかイケメンね。

 入学式では王太子であるウィリアムが、優しい笑みを浮かべながら新入生代表の挨拶をしている。はー……、やっぱりメイン攻略者だけあって素敵だわ。

 でも、ウィリアムルートだと最後にわたしは王太子妃になるのよね。王太子妃……もうちょっと気楽なほうが良いかしら?

 前世のわたしはアラサーで、仕事が忙しく趣味はゲームくらいしかなかった。彼氏いない歴=年齢になるのはもう嫌だもの。

 え? アラサーなのに、十代の男の子に熱上げていいのって? いいに決まってるじゃない。だって、今のわたしは十代の少女だし、ヒロインだもの。そもそも、わたしが恋愛する気がなければ、ゲームが始まらないわ。

 それから、現宰相の息子であるヘンリー、第二王子のクライヴと出会いイベントを済ませた。

 一つ下のカイルとはどういう出会いだったかしら? 一つ下だからカイルは来年にならないと出会えないのかしら? 記憶が朧気になり始めている気がして、手帳を取り出そうとした時、カイルの声が聞こえた。


「だから言ったよね。僕も入学するんだって」

「そう言っていたけど、カイルは本当は来年入学のはずでしょう?」

「成績優秀な者は多少融通が利くんだよ。姉様、そんなことも知らないの?」

「……知らなかったわ」


 あら、ウィリアムとカイルのルートに入った時に、わたしの邪魔をするディアナも一緒だったわ。

 でも、ディアナに対するカイルのつっけんどんな態度を見れば、カイルがディアナを疎んじているのが分かる。

 本当にゲームの展開通りなのね。これならゲームの通りに彼らに接していけば、誰でも攻略可能ってことになる。

 楽しみ。ホント楽しみ。誰にしようかしら? ゲームと違ってやり直しができないから、きちんと彼らを観察して、一番わたしに合う人を選ばなきゃ――ね?



 ***



 サブの攻略対象者と仲良くなるのは簡単だった。今ではいいお友達と言える関係で、会えば挨拶して雑談して――彼らの婚約者が睨んでいるのが視界の隅に入るけど、わたしにとって痛くも痒くもなかったわ。

 でも、もうちょっとしたら虐めが始まるだろうから、ちょっと気をつけなきゃね。酷い場合は階段から落とされたりするのよね。あれは絶対嫌だわ。

 王太子ウィリアムとの仲は進展させていないため、悪役令嬢のディアナはわたしに接触してこない。

 というか、三ヶ月程で学力テストがあったんだけど、首席は王太子、二位がカイル、三位がわたし、そしてヘンリー、クライヴの順で十位以内に入っている。バリーは脳筋だから上位には入ってないのよね。

 ヒロインにとって最大の障害である悪役令嬢の代表ディアナは十二位だった。


 おかしいわね、ディアナってハイスペックで令嬢としても文句なし、一見高慢に見えるけれど、それは高位貴族であり、王太子の婚約者であり、王太子妃教育による自信の裏付けから。それが許される立場にある――わたしとは対照的に描かれている『悪役令嬢』。

 そして、取り巻きの令嬢が数人いて、彼女たちがディアナの命令でわたしを虐めて、最後は婚約者のウィリアムに糾弾されるのよね。

 でも、ディアナの周りに取り巻きは見当たらない。これじゃあ、ディアナを冤罪にすることができないじゃない。うーん、どうやればディアナを排除できるか悩むわね。いっそ、本人が虐めて傷でもつけてくれれば糾弾しやすいのに。


 でも、最初の学力テストで十二位だなんて、思ったよりディアナってハイスペックじゃないのね。所詮、ヒロインや攻略対象者の引き立て役ってところかしら?

 これでもウィリアムルートに入っても大丈夫なように、勉強は頑張ってきたのよ。おかげで学年三位になれたもの。マナーだって勉強してるわ。下位貴族だから王族に嫁げないなんて言われないように、父に頼んで家庭教師は沢山つけてもらったもの。

 その頑張った結果があるから、わたしは自信があるのよ。家が決めた婚約だってことで、好かれる努力をしていない攻略対象の婚約者なんて怖くないわ。




 それからしばらくして、ヘンリーと話をしている時にウィリアムが来て話しかけた。

 ヘンリーはウィリアムの側近候補だから、彼と一緒にいればいずれ会話するチャンスがあると思ったのよね。

 学力テスト三位の効果はあるらしく、ウィリアムはわたしを見ると「君がキーナン男爵令嬢? 勉強頑張っているようだね」と声をかけてきた。


「はい、レイラ・キーナンと申します。王太子殿下にお声をかけて頂けるなんて光栄です」


 にっこり微笑んでお辞儀をしようとしたけど、公の場でないから必要ないと言われる。


「ありがとうございます。それにしても、かなり頑張ったのですが、王太子殿下にはかないませんでした」


 すごいですね――と尊敬の眼差しで見る。小さな頃から英才教育を受けてきた結果なんだろうけど、それでも素直にすごいと思う。

 少しだけ会話を交わした後、ウィリアムはヘンリーへの用が終わったのか去っていった。

 もうちょっと話したかったかな。

 今まで、ウィリアムルートに行くと王太子妃になるため、どうしようか考えていたのよね。贅沢な暮らしが出来ても、自由がないのはな~って思ってたから。

 でも、メイン攻略者だけあって、ウィリアムはかっこいいわ。同じ王子でも側室から生まれたクライヴは容姿も頭脳も劣るのよね。数か月しか違わないのに。まあ、それがコンプレックスで、わたしがそれを癒してあげるのが攻略ポイントなんだけど。

 うーん……誰にしようか、まだ迷うわね。



 ***



 ヘンリーやバリー、クライヴの婚約者が取り巻きを使ってわたしを虐めるようになった。

 覚悟はしていたけど、教科書を破かれたりすると買い直さなければならない。時には頬を叩かれたこともあった。痛いのは嫌なんだけど。

 まぁ、どれだけ騒いだって負け犬の遠吠えなんだけれどね。叩かれてじんじん痛む頬に手を添えていると、タイミングよくウィリアムとヘンリーがこちらへ来る。


「声がしたから何かと思ったら……君はバリーの婚約者のパメラ嬢じゃないか。レイラ嬢に何をしているんだ!?」

「……そ、それは……」

「わ、わたし、急にパメラ様に文句を言われたと思ったら叩かれて……」


 わたしは頬を押さえて目を潤ませ、震える声で訴える。

 一方的に叩かれたんだから、わたしは完全な被害者よね?

 それにしても、バリーの婚約者ってパメラって言うんだ。なんか、このゲームって悪役令嬢はディアナってイメージが強くて、他のルートでライバルになる子の名前なんて忘れてたわ。でも急に叩いてくるなんて、脳筋の婚約者はやっぱり脳筋なのかしら?


「レイラ嬢、頬が腫れている。このまま医務室へ行った方がいいよ」

「で、でも、離れて大丈夫でしょうか?」

「君がいると余計に刺激するみたいだから。気になるなら私が一緒に行こう」


 ウィリアムはそう言って、わたしの肩に手をかけて促した。

 医務室へ向かい治療をしてもらうまで、わたしが虐められていることをさりげなくチクる。ここでわたしがバリー達と仲良くしていたからいけないのね、学院で知り合った友達だから仲良くしたかったのに、とあくまで友達なのという事を、ウィリアムにアピールしておく。だって、ウィリアムに誤解されたら困るもの。

 ウィリアムは静かにわたしの話を聞いてくれた。ただ、女性同士の揉め事に男性が入ると余計にこじれる可能性があるから、と言われた時にはちょっと無責任じゃない? と思ってしまった。

 ただ、なるべく気にするようにするとは言ってくれた。

 ウィリアムは王太子として育ったから、人を頼るってことを知らないのかしら? だけど、気をつけてくれるって言ってくれたし、優しいことは優しいのよね。

 うーん……ウィリアムルートいいかも。


 ウィリアムルートに絞ろうかと思っていた矢先に、特別授業があった。貴族子女が通うだけあって、夜会や茶会、サロンに招かれた時、また招く時のマナーを学ぶ授業が月に二回ほどある。庶民の学校だとこんな授業ないのよね。

 そこで、ディアナとぶつかりジュースを掛けられた。まあ、ディアナは鈍くさいみたいで、ジュースのほとんどはあっちにかかってたけど。

 悪役令嬢らしくなく「ごめんなさいっ、大丈夫?」と焦った感じで問われ、さて、どう返そうかと少しだけ悩んだ。

 このディアナ、攻略対象達に比べ、ゲームと違う行動が多いのよね。わたしのように転生者で、悪役令嬢にならないように気をつけているのかもしれない。

 もし転生者なら、ざまぁ返しされそうだしなぁ。無難に大丈夫と答えるべきか、被害者ぶって泣くふりをするべきか……ちょっと迷ってしまう。


 無言のままいると、ディアナはハンカチでわたしのジュースのかかった所を拭き始めた。

 ふっ、とんだお人よしね。それか、余程断罪が怖いのか。

 まあ、ディアナが転生者の可能性が高いってわかっただけでも十分かもしれないわね。少し落ち着いたから、前世の知識を活かして何か売れるものでも作ろうと思ったけど、そんなことをしたら、わたしも転生者だって言っているようなものだものね。

 ウィリアムとカイルの好感度はまだ低めだけど、他の三人はディアナの事よりわたしの話を信じるわ。カイルだって好感度は上げてないけど、ディアナの事は嫌っているみたいだし。

 残るはウィリアムのみだけど、ウィリアムは基本的に優しい人だ。好感度を上げるのと同時に虐められているからという同情を上乗せすれば、きっとわたしの味方をしてくれるはず。


 とりあえず一年は皆の好感度を上げておいて、二年目になってから一人に絞っていこう。最終的に一人に決めれば問題ないでしょうしね。

 皆の好感度を上げながら、ディアナが王太子妃に相応しくないかを、少しずつ噂で流す。王太子であるウィリアムは人気者だから、高位貴族の令嬢はその話を真に受けて、ディアナを蹴落として後釜に座ろうとして率先して広めた。下位貴族は王太子妃になれるとは思っていないけど、噂話が好きな人は多い。面白おかしく話題に入れて楽しんでいた。

 曰く、


『王太子妃なんて言っても学院で十位に入るのも難しいのでは無理なのでは? 公爵家は王太子妃になる娘の家庭教師代もケチっているのでは?』


『そんな令嬢だから、彼女の周りには人が居ないのではないの? 取り巻きどころか友人もいないなんて可笑しいもの』


『王太子妃教育なんて言って休んでいるけど、そこまでしないと身につかないなんて、王太子妃は重荷ではないのかしら?』


 わたしがこっそり流したのはこんな感じ。それに尾ひれがついて噂は誇張していった。

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