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悪役令嬢 2

「――ウィリアム様……」


 先程の言い方だと、わたしの味方をしてくれるような言い方だったけど……ウィリアム様はレイラ様に優しく接していたから、信じられないという気持ちがあって、ウィリアム様の傍に行くことが出来ない。

 そんな、わたしの気持ちを余所に、ウィリアム様はわたしの隣まで歩いてきて、「ちょっと時間がかかってしまってね。そしたらこの茶番だ。悪かったね」と、わたしの髪に指先を絡めながら囁いた。

 思わず頬が熱を持つ。沢山の人の前でこんなことをされると恥ずかしい……


「ウィリアム様! どうしてその女を庇うんですか!?」


 ウィリアム様がわたしに構うのが嫌なのか、レイラ様はウィリアム様に向かって叫んだ。

 レイラ様の言葉に、ウィリアム様が後ろを向いてレイラ様を見る。


「君はここで何を学んでいたのかな? 学院内でも身分制度は免除されない。君よりずっと身分が上の公爵令嬢であるディアナに対して『その女』? 君は何様のつもりかな?」

「だ、だって、殿下はいつもわたしに優しかったじゃないですか!」

「そりゃあ、私の国の民だから、優しく接するのは当然だろう?」

「…………え?」


 ウィリアム様の答えに、レイラ様が一瞬きょとんとした顔になる。

 うん、わたしも分からない。


「君は婚約者のいる男性と懇意にしていた。しかも同時に複数の。まあ、問題と言えば問題なんだけど……ハニートラップ(そんなの)に引っかかるアホが悪いから、とりあえず罪には問わないよ。という事で、君はまだ犯罪を犯していない以上、この国の民であるわけだ」

「あの……?」

「私はこの国の王太子であり、いずれ王になる立場。だから、一国民に対しても無下にしないようにしていただけだよ」

「でもっ、王という存在は孤独で、だから、寂しくないですかって聞いた時に、殿下は『そうだね』と言ったではないですか! それって、ディアナ様が殿下の事をきちんと支えていないからではなかったのですか?」

「そもそも、勘違いしているようだけど、ディアナは関係ないよ。君にも適切な距離を保つよう、注意したくらいの間柄でしかないのだし」


 うん? なんか話の雲行きが怪しくなってきた。

 確かにウィリアムルートは、王として人の上に立つ孤独について「気の毒だ」とか、「婚約者であるディアナは王太子自身の事を見ていない」などというやり取りで、彼の身の内に潜む孤独を理解しようとして仲を深めていくものだ。

 でも、ウィリアム様の言い方だと、自分の国の民だから優しく――王太子としては普通に――接していただけと言っている。

 確かにウィリアム様は誰に対しても優しい。顔立ちが整っていて、優しくて、まさに物語の『王子様』のよう。

 その優しさに王太子――ひいては王が務まるのかなどという声も上がっているけど、能力は十分なので弟の第二王子を推す声は少ない。

 弟のクライヴ様は、ウィリアム様の側近候補二人と見事にレイラ様に夢中になっているので、王宮内での評価は下がっている。……まあ、昨日まではウィリアム様も入っていたので、二人揃って評価が下がっていたんだけど……ちょっと違うみたい。

 ええと……良く分からなくなってきたわ。


「あの、ウィリアム様?」

「ああ、ごめんね。ディー。いつものようにウィルと呼んで?」

「えと、……ウィル、様」

「何かな、ディー」


 レイラ様に向ける作った笑みとは違う、本当の笑みだ。そして、昔のように愛称でわたしの事を『ディー』と呼ぶ。

 ああ、わたし、ゲーム通りになるのかと思って、ウィリアム様――ウィル様の事を疑ってしまっていたんだ。


「あの、わたくし、ウィル様の事を疑ってしまっていたようで、その、申し訳ありません」

「いや、仕方ないよ。カイルと同じくディーの耳に変な話を聞かせたくなかったから、少し距離を取ってしまったのだしね」

「変な話? 先程、カイルも噂話だの言っておりましたが?」

「うん? だから、聞かせたくないから聞かないで?」

「……はい」


 ウィル様の笑み(圧力込み)に、わたしは仕方なく頷いた。


「兄上、いくら婚約者が可愛いのかもしれませんが、心優しいレイラに対してその態度はないのではありませんか?」

「へぇ? 彼女、優しいの?」


 弟のクライヴ様はウィル様の言動が気に入らないのか、ウィル様に突っかかった。

 ウィル様はクライヴ様を見て、鼻で笑う。地味に酷い、ウィル様。

 クライヴ様も、悔しそうに顔を歪めている。でも、それでも屈せず、ウィル様に言い返した。


「そうですよ! レイラは身分に拘らない優しさを持っています。兄上の婚約者とは違います!」

「それが、優しいって事?」

「そうです! 第二王子で兄上のスペアでしかない僕にだって、価値があると!」

「私も父が宰相として国に仕えていますが、同じことを望まれて育ちました。その重圧を彼女だけが理解してくれたのです」

「俺だって同じだ。レイラは俺達にとって大事なことを教えてくれたんだ!」


 他の二人も参戦してレイラ様の良さを叫ぶ。

 偉大な父の跡を継がなくてはならない圧は確かにあるけど、王太子であるウィリアム様の王になる重圧に比べてかなり軽い方なのに。

 でも、ウィル様は二人でいる時も、未来を語っても弱音を吐くことはなかった。


「口だけでは何とでも言えるよ。レイラ嬢の言う事は当たってはいるけれど、何も解決にはなっていない」

「だけど、僕たちの心は救われました! 彼女の優しさに!」

「優しい、ね。それって君たちの主観だろう? 皆が皆、彼女は優しいと言うのかな?」

「言うにきまってます!」

「そうかな? 彼女の優しさは口だけに思えるけどね。本当に優しいのは――」


 ウィル様はそこまで言って言葉を切ると、わたしのほうをチラリと見た。


「そういえば、王族や貴族は、孤児院などの慰問も仕事の一つだね」

「……何が言いたいのですか? もしかして、彼女がそれをしないのは、男爵家があまり裕福でないからという嫌味ですか?」


 クライヴ様がレイラ様を侮辱されたと思って、ウィル様を睨みつける。

 反対に、ウィル様はいつもの笑みを浮かべたまま。


「いや? ただね。私はよくディーと孤児院へ慰問に行くんだよ。多少の寄付はもっていくけど、孤児院で喜ばれるのはそれだけじゃない」


 確かにこの国の貧富の差は日本より酷くて、孤児や浮浪者が多い。

 わたしは少しでもそういう人を減らしたくて、孤児院への慰問や浮浪者でも働ける仕事などがないか、ウィル様に相談していた。まだしっかりと形になってはいないけど、ウィル様主体で進めている政策の一つになっている。


「子供たちに一番喜ばれるのはね、ディーの手作りのお菓子や、子供たちに語るおとぎ話などなんだよ。時には子供たち相手に追いかけっこなんかして遊ぶしね。私より子供たちに大人気だ」


 ウィル様の言葉に、孤児院に行った時を思い出し、子供たち相手に遊ぶのは体力がいるよなぁ、と毎回思った。それで、動きやすいような軽い布地で、だけど汚れても構わないような安いものを選んで行っていたっけ。


「だから何だと言うんですか!?」

「ディーは慰問の時に汚れてもいい安いドレスで行くんだ。でも、見た目は『お姫様』に見えるようなのでね。子供たちの夢を壊さないために。それに、子供たちと話をするときは、どこであろうとしゃがみ込んで子供たちに目線を合わせるんだよ」


 えと……、そんなのは基本じゃないのかな?

 前世の保育士さん達だって子供たちに目線合わせて接するから、腰痛めたりするし。

 孤児院とかじゃないけど、皇室の方々だって被災地へのお見舞いに行った際は、被災者の目線に合わせていたもの。


「君たちは、自分の抱えている問題に気づいて声を掛けたレイラ嬢を優しいと言ったけど、本当の優しさなのかな?」

「優しいに決まってるだろう!」

「そうかな? 私にとって本当の優しさは、ディーのように孤児や浮浪者であっても、嫌な顔をせずに目線を合わせて相手に向かい合う事だと思うけどね」

「それは……」

「少なくとも、身分を笠に着てレイラ嬢へ虐めをだなんて、ディーがするわけがないんだよ。そんな事をするような性格なら、孤児たちに対してそのような接し方をしない。君たちが優しいというレイラ嬢はそれが出来るのかな?」


 あれ、思わぬところで日本の一般市民の考えが役に立っていた?

 それにしても、レイラ様もゲームの知識があるのなら、元日本人よね? どうしてそういう考えが出来ないのかしら?

 なんて疑問に思っても、答えはレイラ様の中。わたしにはわからない。

 ただ、ウィル様に指摘されて分が悪くなったのを察したのか、クライヴ様の腕に縋りついてわたしを睨みつけて。


「でもでもっ、殿下はディアナ様の事を嫌っていましたよね!?」

「私が? ディーを? 何故?」

「だってディアナ様にだけ意地悪言っていたじゃないですか! 皆には優しかったのに!」


 あー、それはわたしも思う。

 ウィル様は最初優しかったけど、段々わたしの事をからかったり、まだちゃんと覚えていない問題を出して無理やり解かせたり、なんというか、意地悪されていた気がする。

 基本的に優しかったけど、みんなに対する優しさではじゃなかった。


「私がディーに対してそういう風に接するのは、ディーが私の隣に立つ人間だから、だよ」

「え?」

「ただ庇護すべき民じゃない。私と同じ位置に立ち、同じように民を守る存在――だから、私はディーに色々なことを望むし、ディーはそれに応えるように頑張っている。認めているんだよ、私の隣に立つのはディーだけなのだと、ね」


 優しさに甘え、庇護を受けるだけの君では、私の隣には決して立てない――レイラ様に対してそう言った内容が含まれているように聞こえた。

 そっか、ウィル様がわたしに無理難題を言ってくるのは、頑張って欲しいという意味があったんだ。


「ああ、それと、バリーとヘンリー」

「はいっ」

「なんだ」

「君たちは私の側近候補から外すよ」

「「え?」」

「重荷だったのだろう? 悩み事が無くなっただろう?」


 良かったね――と、笑みを浮かべて告げるウィル様は鬼だわ。

 でも、ウィル様は期待していない人には、皆同じように接するのね。


「ですが、そうなれば誰が貴方を支えると――」

「この茶番の前に話をつけてきたよ。爵位として劣るからなかなかいい返事がもらえなくて難航したけど、最後はちゃんと口説き落とした。だから心配ないよ」


 あっさりと、実にあっさりと側近候補たちを首にして、新たな側近候補を用意していたなんて。

 揃って鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。


「ああ、クライヴはしばらく謹慎かな。この国は生まれた順で継承権が決まるけど、第二王子以下はスペアのためにだけ存在しているわけじゃない。そのことをきちんと理解出来るまで、勉強漬けになるだろうね。陛下も了承済みだ」


 こちらもあっさり処分が決まり、最初、わたしを糾弾していた彼らは、一様に肩を落として暗い顔をしていた。

 もしかして、重荷だーと言いながら、側近候補であることに優越感でも持っていたのかしら?

 まあ、側近候補でなければ、攻略対象にはならなかったでしょうし。

 なんかすっきりしないけど、ゲームの卒業断罪イベントはこれで終了になったらしい。



 ***



「全く、どうして表面上の事しか見ようとしないのか……困ったものだ」

「ウィル様、わたしたちはまだ学生の身――そこまで考えられなかったのでは?」

「そんな甘いことを言っていたら、国が傾いてしまうよ? ディーは最初から王太子妃としての重荷を感じていたから、私との婚約も重く受け止めていたし、学院の勉強から王太子妃教育まで頑張っていたのだろう?」

「それは、そうですが……」


 帰りの馬車の中、ウィル様と二人で公爵家に向かう間の会話。

 確かに、いくら悪役令嬢として断罪されようとも、それまではウィル様の婚約者。その立場に恥じぬように頑張ってきたけれど……


「私は最初、婚約者なんて誰がなっても同じだと思っていたんだ。でも、ディーは何に対しても一生懸命で、私がちょっと難しい問題を出しても頑張って答えようとするその姿勢が良かったな」

「わたしは意地悪されているかと思いました。もしくは、お前は王太子妃に相応しくないから辞退しろと暗に言われているのかと」

「そんな訳ないだろう。言ったように、国民に対しては優しく接するべきだ。ディーがどうでもいい存在なら、いつだって優しく接していたよ」


 そう、どうもわたしに意地悪(?)していたのは、わたしを試していたのもあるけど、わたしの事を認めていたからでもあるらしい。

 王の隣に立つ王妃が、ただ守られるだけの存在なら意味がないと。同じ速度で歩いていけるような女性がいいと、ウィル様は思っていたようだ。

 そう考えると、わたしって前世を思い出してポンコツになったと思っていたけど、ポンコツだから頑張らないと! という反骨精神がウィル様に気に入られたのかしら。


「ところで、新しい側近候補の方はどうなったのですか?」

「ああ、学院で成績優秀だったり、人脈の広い人物に三人ほど声を掛けたよ」

「まあ、三人も」

「でも、伯爵位だったりするから、身分が――となかなか頷いてくれなくてね。働き次第では陞爵もあると言って頷かせた。実際、功績を上げれば陞爵は当然だろうし」

「そうでしたの」

「改めて、彼らとの顔合わせの場を設けるよ」


 そう言ったウィル様は嬉しそうだった。

 でも、その心の裡はどうなのだろうか? 幼少の頃から身近にいた存在を、『王』という立場になるために、不要と判断するのは――


「よく、小さい頃から決められていたバリー様とヘンリー様を手放しましたね」

「んー……、学院に入るまでは問題なかったから気にしてなかったんだけれどね。まあ、レイラ嬢を囲んでのあの様子を見ていると、アレらが側近だとヤバいと思ってね」


 ……ウィル様、意外と辛辣でした。

 ウィル様は六歳の時に王太子として立太子した。その時から、このような事もあるのだと、理解していたのかしら?

 それにしても、「アレらって……」とつい、零してしまった。


「アレらで別にいいと思うよ。私は興味ないものは線を引いて同じように接するけど、そうされている事に気づきもしなかったほどの暗愚だから。きっと、次期宰相だの近衛騎士団長だのになったら、プレッシャーで潰れてしまうんじゃないかな? それか、周囲にいいように利用されるか、ね」


 うわぁ、ウィル様はっきり言った!

 でも、ウィル様はバリー様にもヘンリー様にもいつも笑みを崩さず接していたのは、ウィル様の中で評価が上がらなかったから、無理難題も吹っ掛けられなかったんだなぁ。

 ……あれ、でも、カイルには……


「ウィル様、もしかしてカイルは……」

「あー……カイルね、気に入っているんだけど……公爵家跡取りだからねぇ。公爵家だから側近になれない訳ではないけど、ディーの実家をしっかり見てもらいたいし」

「やっぱり、カイルのことは気に入っているんですね」

「まぁね。ある意味ライバルでもある訳なんだけど」

「ライバル?」

「んー、まあ、ディーには関係ないよ」


 あ、また蚊帳の外にされてしまった。

 ちょっと気に入らなくてしかめ面をすると、ウィル様の手が頬に触れる。


「ウ、ウィル様?」

「ちょっとゴタゴタしたけど、卒業もしたし、後は結婚式を待つばかりだね」

「そっ、そうですね!」


 そうだった。もう学院は卒業したので、数か月の準備期間を経て、わたしはウィル様と結婚する。

 王太子妃教育もほぼ完了していて、王家と公爵家との間も良好だ。ウィル様との結婚は余程のことがない限り覆ることはないだろう。


「本当に、わたしがウィル様と結婚……王太子妃になってもいいのかしら?」

「逆に聞くけど、他の誰に王太子妃が務まると?」

「それは……」

「私にはディーしかいないんだよ。ここで拒否なんてしないで欲しいな」


 ウィル様はそう言って、わたしの頬に添えていた手に力を入れて押したので、ウィル様の顔を真正面から覗き込む形になった。

 うわ、ウィル様のアップ!

 前世で恋愛経験はちょこっとはあったけど、やっぱり慣れない。それに、ウィル様のような顔面偏差値の高い人は別の意味でドキドキする。

 でも……


「する訳ないじゃないですか。わたしだって、ウィル様に認めて欲しくて頑張ってきたんだもの」

「うん、そう言うと思った」


 ウィル様は満面の笑みで、わたしの唇に軽く触れるキスをした。




 とりあえず、いつの間にかにヒロインが詰んでゲームオーバーになり、悪役令嬢だったけど特に断罪とかない結果になった。


 ……って、そういえば、このゲームの逆ハーエンドって、皆友達のノーマルエンドだったんだけど……好意が一定で友達以上にならないで終わるという……

 ヒロインのレイラ様はそれを知らなかったのかしら?


次はヒロイン視点になります。

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