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番外編3 クライヴのその後

誤字脱字報告ありがとうございます。

 第二王子である僕は、バリーやヘンリーのようにレイラのために教会に身を寄せるのを由とされなかった。

 父である王から謹慎を、その後すでに政務に就いている兄上の補佐に当たるよう申し渡された。

 そこに、親子の情はない。あくまで王と王子という立場での会話。

 そのやり取りに、虚しい、と思う。

 特にレイラとの楽しい時間を知ってしまった僕にとっては。



 ***



 謹慎処分が終わる直前に、レイラの死を兄上から告げられた。

 彼女を見つけたのは、ディアナ嬢だという。

 しかし、見つけたときにはすでに時遅く、レイラの命は風前の灯火。ディアナ嬢と二、三言葉を交わしたのち、息を引き取ったという。

 出来れば僕がレイラを探し当ててあげたかったのに。

 それでもディアナ嬢は、僕たちが冤罪をかけようとしていたのに、レイラを見つけてくれて、謹慎中の僕が葬儀に参列できるよう、父王に掛け合ってくれたと言う。


「ディーに感謝するんだね」

「……はい」


 兄上にそう答えながら、バリーとヘンリーを見ると、二人ともやつれた顔をしていた。

 そうだよね。自分たちの立場を捨てても、そばに居たいと思った女性の死を目にしたのだから。

 貴族令嬢として生きてきた彼女は、その貴族籍もなくなり、身分を証明するものがなく、まともに職に就くこともなかったようだ。乞食のように物乞いし、気まぐれに与えられる小銭で生を繋いでいたらしいが、病になりすぐに力尽きたのだろう――というのが、兄上の見解だった。


「残念ながら、我が国はまだ貧富の差が激しいからね。なるべく早く、そういった差を無くすようにしたいのだが……」


 兄上がポツリと呟いた。

 孤児や浮浪者を無くせば、貧富の差を無くせば、レイラのような悲劇は少なくなるのだろうか?

 その疑問に、僕は自分がすべきことを見つけた気がした。


「兄上、私は今後誰とも婚姻致しません。彼女をずっと想っていきます」

「クライヴ、それは……」

「王族としては良くないのでしょう。ですが、彼女のことを想ったまま、ほかの女性と婚姻するのも相手に失礼です。それに……私は、彼女のように市井に出て路頭に迷うようなことがないよう、兄上の政策を手伝いたく思います」


 レイラのような可哀想な人が減るように――。



 ***



 レイラのように働くこともできず、生きていけないような人を救いたい――そう思って、兄上とディアナ嬢が主体で始めている政策を手伝うことにした。

 この政策は兄上とディアナ嬢の二人が考え草稿を出し、それをもとに貴族院で会議をして形をにするらしい。そもそも、ディアナ嬢の出す案が、貴族では出てこないようなものが多くて、最初から貴族院で話を進めるよりスムーズに進むらしい。

 私は実際に二人が会話している所に入らせてもらった。


「――ですが、あまり孤児と無職の方たちの保護を手厚くしてしまうと、今度は一部の庶民から苦情が来ますわ」

「……しかし、それではいつまで経っても孤児院やスラムが無くならないだろう?」

「ええ。ですが、今自力で生活している方たちからしたら、彼らを過剰に庇護することに反発が出るでしょう? 働いていなくても食べていけると知られたら」

「確かにそうかもしれないが……それでは、堂々巡りではないかな?」

「ですから、今働いて生活している人たちの生活向上も考えるべきだと思うんです」


 丸テーブルに三人で座り、テーブルの上には書類が山のように積まれている。兄上が言うには各地の状況をまとめたものらしい。二人はそれらに目を通しながら、自分たちの意見を言い合う。

 私も参加したいと思うが、あまりいいアイデアが思い浮かばない。……そういえば、レイラが昔言っていたことが……


「あの、炊き出しとかはやらないのですか?」


 さすがに毎日はできないだろうが、少しでも民の糧になればいい――そう思ったのだが。


「それはすでに行っている。ただし、あまり頻繁に行っては、費用や食料の問題がある。それよりも、根本的な解決をしなければならない。それを話しあっているんだよ。ちゃんと聞いていたのかな?」

「……すみません」


 そうか。レイラが前に言ったことは、すでに行われていたのか。

 しかし、根本的な解決が出来ないというのなら、貴族による孤児院などの寄付に意味はあるのだろうか? それこそ、貴族のプライドのために行われているのではないのか?


「ですが、それでは、孤児院の慰問はどうなんですか? それも短期的なものですよね」

「孤児院の慰問? 確かにそれも根本的な解決にはなってはいないね。でも、寄付金を出すだけの家もあるが、孤児院を運営するための資金になっている。正直、それがなかったら親に捨てられた子供たちは、すぐさま死んでしまうだろう」

「根本的な解決はしていないけど、少なくとも役には立っている?」

「そうだよ。短期的に考えれば、それも必要だ。でも、それは孤児院のみ。貧民層は恩恵がない。だから、彼らの事も含めて、ここでは長期的な話をしているんだよ」


 長期的――そう言われても、ピンとこない。

 貴族たちは財産をたくさん持っているのだから、それを孤児や浮浪者に与えればいい。貴族のドレス一枚でも、庶民は手が出ない金額だ。それらを全部寄付すればいい。

 今までいくら寄付していたか知らないけど、寄付金を上げれば孤児たちの生活は向上する。しかも、寄付は一度ではないのだから。

 貴族は必要以上に豪華な生活をしているのだから――そう思って、兄上に伝えると、兄へは呆れたように溜め息をついた。


「クライヴ、お前は今まで何を学んできたのかな? それが本当に解決策になるとでも?」


 兄上の冷たい視線で、私は竦み上がった。

 いつも穏やかな笑みを浮かべている兄上からは、見られない表情で驚きも含まれた。


「ウィル様、あまりクライヴ様を虐めませんよう」


 ディアナ嬢が私を庇う一言を口にすると、兄上は少し不貞腐れた顔をした。

 兄上は少し不満そうな顔で、前髪を掻き上げる。


「そう言ってもね、ディー。クライヴは王族、庇護すべき民じゃない。王族として民のためになる事をしなければならないんだ。いつまでも、子供扱い出来る訳じゃない」

「それは分かっています。ですが、わたし達がこうして話し合っているのは、どういう経緯からでしたか? それを考えたら、クライヴ様は貴族院での会議に出席されるべきです」


 ディアナ嬢は庇ってくれている訳ではなかった。自分たちの話に入れないのだから、草案を出した後の貴族院で可決を取るときに参加しろと――逆に、兄上より辛辣な評価だったかもしれない。ちょっとディアナ嬢の意外な一面を見た気がする。学院でテストの順位がレイラより低いからと、甘く見ていた。

 でも、私にそこまでの能力がないのを見て、すぐに判断を下せるというのは、やはり王太子妃教育の賜物なのか。

 レイラの甘い言葉と違って、ディアナ嬢の言葉には重みがあった。


「それに、クライヴ様はウィル様より一つ下で、まだ学院を卒業しておりません。ですから、今は本業である学業に専念すべきではありませんか?」

「確かに、それが一番必要か」


 残り一年で、恋に現を抜かした一年を取り戻し、尚且つ、良い成績を取って卒業する――それがやるべきことだと、ディアナ嬢は言い、兄上は「確かに」と頷いた。

 兄上はディアナ嬢の言う事は聞くんだな。ディアナ嬢は兄上に色々言われて、何とかそれに応えようと頑張っている面が多かったので、意外な一面を見た気がした。

 いや、見ようとしていなかったのかもしれない。学院では、レイラの言葉だけに耳を傾けていたから。


「済まないね、クライヴ。お前はまだ学院に通う年だというのを忘れていた」

「……いえ。私が頼りないのは事実ですから。今日一日だけでも、それを痛感しました」


 兄上は学院で一位をキープしながら、王太子としての政務もこなしていた。

 私は、どこかで王太子になれないのなら、どれだけ勉強しても無駄だろうと思っていた。それなのに、兄上に対しコンプレックスを感じ、レイラの優しい言葉だけを信じた。

 卒業パーティーの時に、兄上が説いた『優しさ』に納得しつつも反発したのは、レイラが今まで私に言ってくれた言葉が嘘になってしまうと思ったから。


「私は、自分にとって都合のいいレイラの言葉だけを信じてしまっていました。今更……かもしれませんが」

「今更ではないと思いますよ。クライヴ様はまだ十七歳なのですから」


 自嘲気味に呟くと、ディアナ嬢が窘めるような、でも優しい声音で返した。


「ディアナ嬢……」

「クライヴ様。わたし達はまだまだこれからです」

「そうだね。私も未熟だと思う時があるよ。それは誰でも同じではないかな?」

「兄上、ディアナ嬢……私は、まだやり直せるんでしょうか?」


 やり直すことを望んでもいいのかな?

 卒業パーティーであれだけの醜態を晒して、王族の恥晒しになって。

 それでも、やり直すことは可能なんだろうか。


「卒業パーティーでの事は、クライヴにとってこれからも足を引っ張る事になるだろう。でも、そこから先に進めないわけではないよ。これからの頑張り次第だ」


 兄上の言葉は事実で、これからの事を考えると気が重くなる。兄上を尊敬しているけれど、比べられるような話に敏感で、コンプレックスを刺激される。

 それでも、前を進むことは可能なのだと、兄上からの言葉で、心が軽くなった気がした。

 緩やかかもしれない。でも、頑張って前に進もう。


「兄上、ありがとうございます……」

「これからを、期待してるよ」

「はい。ディアナ嬢も、卒業パーティーでの事、申し訳ございませんでした。レイラの言葉を鵜呑みにして、貴女を傷つけました」


 握りしめた拳に力が入る。

 信じたかった。レイラの言葉を。私のために親身になって言ってくれた言葉だと。

 だけど、周囲を見渡せば、彼女の甘い言葉だけでいられない事が分かった。

 ディアナ嬢は握った拳を取り、そっと触れた。


「力を入れすぎると、手のひらを傷つけます」

「……」

「クライヴ様、余計な事とは思いますが……クライヴ様の唯一人を想い続けるというお心は、女性にとって羨ましいものです。特に、貴族の娘にとっては。ですが、貴方はまだ十七歳。女性だけでなく、様々な方に出会うと思います。その中で、心が動いても可笑しくはない――とだけ、伝えたいです」


 ディアナ嬢は、『レイラに縛られるな』と言っているのか?

 でも、レイラ以上に心惹かれた存在はなかったし、これからも、現れないと思っているのに。


「レイラ様のお気持ちは、もう分かりませんが……愛しいと思う人の幸せを願うのは当たり前ではないでしょうか?」

「愛しいと思う人の幸せ……」


 レイラは願ってくれるだろうか。私や、ヘンリー、バリーの幸せを。

 もう、直接聞くことは出来ないけど……。



 レイラ、君の言葉は、コンプレックスを抱える私には心地よく甘美だった。

 でも、その言葉だけで生きていく事は出来ないのだと、今日、実感したよ。

 日々の生活に追われ、君の事を思い出にして前に進むときが来るのかもしれない。

 でも、それまでは……私の心の中にだけでも居て欲しい……そう思うのは、我儘だろうか。

話の内容はある程度固まっていたのですが、書いていると、うん、これじゃない感が出て書き直し、最後が微妙な締めになってしまいました。

カイルのその後はどうしようかな…。義姉さま大好き!で終わってしまいそう。

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