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悪役令嬢 1

短編で投稿したものを、別の視点を含めて続き物にしました。

悪役令嬢1、2は短編から。

「――というレイラ嬢に対する数々の非道、断じて許せない。――聞いているのか!? ディアナ嬢!」


 大声で怒鳴られて、わたしはびくりと肩を震わせた。

 見目麗しい三人の男性の中に、小柄で愛らしい顔立ちの少女が一人が隠れるようにわたしを見ていた。

 わたしは彼らの言う数々の非道というのが分からないので、下手に返事はしない。

 けれど、仕方ないのかもしれない。わたしの役どころは『悪役令嬢』。

 なぜ悪役令嬢などというのか――それは、わたしは生まれる前、日本という国で二十年ほど生きてきた記憶があるから知っているだけ。

 そこで、わたしはいくつもある『乙女ゲーム』の中で、ヒロインである男爵令嬢レイラと真逆のキャラクターで、彼女を虐めぬく悪役令嬢ディアナだということを知っている。

 ヒロインが王太子のルートに入った場合、悪役令嬢ディアナはヒロインを虐めた罪として投獄、軽くて修道院送りになることも。

 はっきり言って、どちらも嫌としか言いようがない。……訂正、修道院ならまだいいかも。


 ――なんて、心の中で思っていると、三人のうちの一人(彼らは第二王子と王太子の側近候補)バリー様がもう一度「聞いているのか!?」と怒鳴る。

 周りにいる方たちも驚いたのか、小さなざわめきが起こるけど、四人は全く気にしない。その態度に、ある意味、感心してしまう。

 いえ、少しは場所を考えて欲しいのだけど。今、ここは貴族の子息たちが通う王都にある学院の卒業パーティの場なんだから!

 まあ、ゲームでも、彼らはわたしのした悪事を皆がいる所で暴き、断罪するために居るんだったわ。


 ……あら、そう考えると、王太子殿下が居ないのはおかしいわ。


 今、目の前にいるのはヒロインのレイラ様、他は攻略対象でもあり、王太子の側近でもあるバリー様、ヘンリー様の二人。そして、第二王子のクライヴ様。

 攻略対象は他に後二人――わたしの義弟であるカイルと、王太子であるウィリアム様なのだけど……彼らは何処へ行ったのかしら? 役者が揃っていないわ――などと、またもや考え事をしていると、バリー様がわたしの手を掴んで「いい加減、罪を認めたらどうだ!」と間近で叫ばれる。


「……っ。罪と言われましても……」


 手首を摑む力が強くて、痛みに顔が歪んでしまう。

 それに、本当に何をしたのか分からないのだけど。分からないものを認めることは出来ないし、したらわたしにとって良くないことは分かりきっているのだから。


「お前は……! レイラ嬢に卑しい身分の者が殿下に近づくなと、彼女の出自を貶めただろうが!」

「他にも、彼女の教科書が破かれたり大切にしている物の紛失……これらに貴女が関わっていることは、彼女の証言によりはっきりしています」

「他にもサロンでジュースを零して、レイラにかけた事とかもあったよね」

「……はあ?」


 彼らの言に、わたしは思わずきょとんとした顔をしてしまう。

 この学院は、身分を無視した振る舞いは許されていない。学院という限られた環境でも、王族、貴族の身分制は制限されていない。学生の間は皆平等――などという言葉はない。

 そのため、下位貴族であるレイラ様が王太子様や側近候補――公爵や侯爵などの上級貴族に、先に声を掛けるのはマナー違反だと何度か諭したことはある。さらに婚約者のいる方に馴れ馴れしくするのは論外だから。

 後、ジュースはレイラ様がぶつかってきた結果、グラスが傾きジュースが零れたんだけど、零れたジュースはほぼわたしの方にかかったのに……話がねじ曲がってる。これもゲームの強制力?



 わたしは、この世界がゲームの世界だと気づいた時に、破滅フラグを折るために頑張ろうとした。

 けれど、あれだけ拒否したのに王太子との婚約が決まってしまい、その後は王太子妃教育のために忙しく、わたしは破滅しそうなフラグを折ることが出来なかった。

 正直、ゲームでのディアナは、そりゃあもうハイスペックなキャラクターだったんだけど、七歳の時に前世を思い出してしまったせいか、公爵令嬢として培ってきたものがリセットされてしまったのよね。

 だって、日本で生きていた感覚で見てしまうと、貴族としての生活は『もったいない』の一言に尽きるんだもの。おかげで、ついもったいない精神で色々していたら、お父様やお母様に苦言を呈されるし――貴族には貴族の生き方や作法があるとか――昔の運動音痴や音感の悪さとかも思い出してしまって、ダンスなんかも上手く踊れなくなってしまって……。

 ハイスペックどころか、ポンコツ令嬢になったわね……。


 誰よ、前世チートとか言う人!?

 前世の知識があったら、そんなに高スペックになって楽な思いが出来るの!?

 そんなの全然できないんだけど!!


 ……はぁ。こんなところで力説しても仕方ない。

 学院での成績は何とか上位をキープしているけど、王太子妃教育にある王族の行事や外交のための他国の言語や習慣等、覚えることがいっぱいで泣きそうになりながらこなしている有り様。

 そんな状態で、ヒロインであるレイラ様を虐めている時間などあるわけがない。

 フラグを折るのなんて、さらに無理でしたよ!

 そんな裏工作(?)する暇があるなら、他国の言語を一つでも覚えていたほうがよっぽど為になる!

 おかげで、最初は殿下は苦笑しながら優しく接してくれるだけだったのに、今ではわたしに意見を求めてきたり、時に難問を出して意地悪してわたしを困らせたり……でも、ゲームで見た優しい王太子ではなく、生身の生きた王太子――ウィリアム様が居た。

 そんなウィリアム様にわたしはいつの間にか……


 けれど、何もしなくてもレイラ様を虐めたことにされるのは、やはりゲームの強制力なの?

 わたしは何もしていないのに、していない事で処罰されるのには納得出来ない。

 けれど、彼らの言うことについて『していない』と言うことは出来ても、それに対する証拠となるものがない。こう言うの、悪魔の証明って言うんだっけ?

 もっとも、向こうもレイラ様が言ったというだけで、わたしを糾弾しているので、お互い様のような気がするんだけど……。いやいや、してないのにしたと言って喧嘩を売られているとも言えるのかしら。

 それでも、ヒロインであるレイラ様の言うことのほうが強い気がする。強制力怖い。

 ああ、どうしよう。このままだとありもしない罰で、わたしは投獄されてしまうのかしら。そう思うと、怖くて言葉を発するのが怖い。

 どう答えれば最善なのか――思考を巡らしていると、ふと、何かが視界を遮り彼らが見えなくなった。


「いい加減なことを言わないで下さい」


 紺色の上着を着たわたしと同じ髪色、そして聞き慣れた声――先程まで姿が見えなかった義弟のカイルだった。


「カイル……」

「遅くなってごめん、姉様」


 振り向いてわたしに笑みを浮かべるカイルは、昔から知っているカイルで、わたしは思わずほっとした。


「でも、どうして今になって……」


 わたしの味方をしてくれるのかしら?

 昨日まで、レイラ様の傍にいたのに。


「それは……どうも、彼女は僕が姉様を庇うと気に入らなそうにするから。あと、姉様の変な噂をこれ以上増やしたくなかったんだ」

「そうだったの。それにしても噂って?」

「姉様は知らなくてもいいことだよ」

「……そう」


 ちょっと納得いかないけど、彼はレイラ様の虜にはなっていないのね。良かったわ。

 ……本当は、レイラ様が誰か攻略者一人に絞って、その方を心から愛しているのだったら、わたしはまだ納得できたのかもしれない。

 でも、レイラ様が望んだのは所謂逆ハーというものだもの。そんなの無理よ、納得なんて出来ないわ。今も三人の将来有望な方達を味方にし、昨日まではカイルもウィリアム様もそこに居たもの。身分制度が免除されない子の学院で、彼らを取り巻きにして、女王のように振舞っていたのだから。

 もっとも、先程の流れから、カイルはわたしの為にレイラ様を刺激しないようにしていたみたいだけど。


「カイル君、可哀想にディアナ様に脅されているのね!?」

「は?」

「だって、カイル君は養子でしょう? いつも、ディアナ様が虐めているんでしょう? だから、庇うふりをしているのよね? ディアナ様、いくら血が繋がっていなくても、どうしてカイル君を虐めるんですか!?」


 今まで大人しかったレイラ様は、カイルを見た途端、「カイル虐めるな!」を連呼。

 それに賛同するかのように、周りの三人も「こんな所でまで庇う必要はない」とか「今こそ今までの鬱憤を晴らすべきです」などと言っている。

 えー、そもそもカイルの事、虐めてないんだけど。

 わたしの過去は朧気にしか記憶にないけど、確か年の離れた弟がいた。はっきり言って可愛かった。だから、今生、一人娘だったわたしに血の繋がりがないとはいえ、弟が出来たのは嬉しくて、そりゃあもう可愛がったものだ。

 ……はっ、もしかして可愛がり過ぎて鬱陶しかったとか!?


「カイル……わたくし、弟が出来て嬉しかったんだけど……もしかして、鬱陶しかった?」


 ちょっとはっちゃけて構い倒してしまっていた気がして反省していると、カイルはそんなわたしの心情を察したのか、呆れて口調で「姉様……分かってない」と、呟いた。


「ごめんね、カイル。空気読めない駄目な姉で……」

「うん、本当にね。僕が姉様をどれだけ大切に思っているのか、全然分かってないんだもの」

「カイル?」

「ねぇ、姉様。本当ならレイラ嬢が言うように、いくら分家とはいえ公爵家の跡取りとしてきた僕を虐げても可笑しくないんだよ。お母様のようにね。でも、お姉様は最初から僕を『弟』として見てくれて、お母様との仲も取り持ってくれた。おかげで、僕はこの十年間公爵家の跡取りとして頑張れたんだよ」


 カイルは、わたしが八歳の時に公爵家に引き取られてきた子だった。

 お父様に似ている顔立ちに、お母様はお父様の不貞を疑った。だから、最初カイルにきつくあったたのだ。

 お父様もお父様で、お仕事が忙しくて、カイルの置かれた環境に気付く事がなく、どうにかしたくて、わたしが気になって調べたのだった。

 そうしたら、一人娘のわたくしを王太子の婚約者にするのだから、跡取りが居なくなってしまうことを危惧し、お父様が遠縁の息子の一人を養子として迎えたのだった。

 その事をお母様に伝えると、涙ながらに辛く当たって申し訳なかったとカイルに謝罪し、カイルも謝罪を受け入れた。

 事の経緯を後から知ったお父様は顔面蒼白。似ていると思ったのは、傍から見たとき『家族』と見られるように、幼少のお父様に似た子を選んだのだとか。しかし、それが原因でお母様が勘違いしてしまうなんて――『お父様、ちゃんとそのことを伝えてくださいよ』と零したのは当然だと思うの。

 お母様とカイルに平謝りをし、わたしに礼を言ってくれた――という経緯があった。


 以降、お母様もカイルの事を、公爵家の跡取りに相応しくなるよう望んで見守っている。

 わたしはといえば、最初はなかなか慣れてくれなかったカイルに姉として接し、少しずつ距離を詰めて、最後には一緒に勉強していた。

 数年前、王宮に行き王太子妃教育を受け始めてからは、カイルとあまり話をしなくなってしまったのだけど。

 学院でも、少し距離を置かれていた気もするし。


「でも、わた……くし、最近、あなたとはあまり会話をしていなかったのは事実で……」


 危ない危ない。つい、癖で『わたし』と言ってしまうのを、貴族令嬢らしく『わたくし』になんとか言えた。

 このあたりが昔に引き摺られているところなのよね。言葉遣いとか価値観とか、なかなか消えてくれないの。


「そうだね。僕も僕で忙しかったし。でも、僕は姉様の事を信じてるもの」


 そう言って微笑みを浮かべたカイルは、出会って間もない頃と変わらないものだった。

 わたしは嬉しくなってカイルに笑みを返すと、カイルはわたしにくるりと背を向けた。


「レイラ嬢が何を勘違いしているのか知らないけど、僕は姉様の事を信じてる。大体、姉様に虐められた記憶なんて一つもないしね」

「そんなっ!? だって、カイル君はディアナ様に虐められていたんじゃ……」


 カイルが断言すると、レイラ様が信じられないとばかりに叫んだ。

 ああ、やっぱり彼女も前世の記憶があるのね。あの乙女ゲームで遊んだ記憶が。

 そして、ゲームのシナリオ通りに彼らを攻略しようとした。


 カイル攻略については、公爵家に引き取られたのはいいが、母と姉に虐められ、また、父からは跡取りに相応しくあるべく厳しい教育を日々施される。そこには愛情なんてものは欠片もなく、酷い時は体罰もある。だから、カイルは心を殺して人形のような生活を送っていた。

 そんなカイルを「頑張り屋なのね」とか「カイルの家族には心がないの!?」とか、時にカイルを称賛し、時に親身になってカイルの家族を糾弾したりして、カイルの心を開いていく。そして、それがいつしかヒロインに向けて淡い恋心になっていく。ラストで、どれだけカイルに心を開かせたかで、終わり方が変わってくるのだ。


 でも、カイルの場合、知らずにわたしがフラグを折ってしまっていたらしい。偉い、わたし!

 お母様とはちょっとあったけど、おおむね家族としての仲は良好だし、お父様だってカイルに厳しい教育をしているけど、頑張ればそれだけ褒めているもの。特に仕事の忙しさに家族の事を疎かにしたことをいまだに悔やんでいて、昔よりもずっと家族に対して心を砕くようになっている。

 おかげで、カイルが学院卒業後、二、三年したら引退して爵位を譲って、領地でお母様とのんびりするんだ、って今から計画を立ててるくらいだものね。すごく期待してるのよ、カイルに。

 だから、カイルは公爵家に引き取られてから、孤独を感じることはなかったので、攻略に必要な心の問題は発生しなかったんだ。

 わたし、カイルのトラウマが出来るフラグを思いっきり折ってたのね。


 それなのに、レイラ様はゲームと同じだと思い込み、カイルにゲームの設定のまま話しかけていたらしい。カイルの返事を碌に聞かずに。

 そりゃ、攻略なんて出来ないわ。

 わたしはカイルが味方をしてくれたのが嬉しくて、公衆の面前なのにカイルに後ろから抱き着いた。


「わたしのこと、信じてくれてありがとう!」

「……姉様の性格で虐めが出来るって思うほうがどうかしてるんだよ。――ねぇ、殿下?」


 少し照れ臭そうに答えたカイルは、その後他の人に対して同意を得ようと声を掛ける。

 その人は――


「本当にね。どうしたらディアナがそんな風に見えるのかな?」


 本命は遅れてやってくる――とばかりに、今になって王太子であるウィリアム様が登場した。

 そういえば、パーティにエスコートはしてくれたけど、所用があるとどこかへ行ってしまっていたのよね。

 高い身長に引き締まった体つき、常に笑みを浮かべていて優しげな印象を与える人。

 でも、わたしにはちょっと意地悪な人。

 そして、わたしが大好きな人……


「――ウィリアム様……」

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