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第四幕:魔法使いの酒場の集会 四

 パブの一家に見送られ、ナギサたちは店を後にした。彼にとって初めての、感動的な奥行きのある味かつ人間的な塩気を包んだ外食は、だいぶ慌ただしく終わった。


 ナギサは、まだ興奮しているらしい呼吸を沈めようと、あれこれ落ち着きなく試みた。

 

一方のアーサーは黙り込んだまま。ただ黙っているのかと思えばそうではなく、思い出したように雑紙を手にとり、何かを走り書きすると魔法で浮かべた。浮遊する紙への視線に気づくと、彼は「マハラル宛の手紙さ」とナギサに教えた。


 出来事の連続にのぼせた頭を反省し、彼の心と肝臓の頑強さに感心した。


「よくもまあ、お酒を入れているのに、頭を作業に向けられるものだね」


「酒は命の水だからなー、そりゃ、生命活動も活発になるとも。無様なパブ・クロールを披露しないで済む範囲での飲酒なら、な。朝昼晩、適宜補充していくものなんだよ、酒はさ」


 カスターと喧嘩したことが、酒や食事がもたらした高揚感といったものをアーサーの体外に捨て去ったのかも知れない。プディングを詰め込んだ姿から想像できないほど、彼は確かな足取りで夜道を進んでいた。


「……お前は、酒はダメだろうな。うん、ダメそうだ」


 不意に、アーサーはそう呟き、勝手に納得して頷いた。ナギサが「薬草酒は飲んだけど」と言うと、彼は首を横に振ったのだ。


「飲んでも気持ち良くならないってことだ。楽しくないだろう。お前はきっとそのタイプさ」


 ナギサは浮かぶ手紙を追いながらアーサーの話を聞いていた。言葉が、彼のどんな意図を含んでいるのか掴めず、返事もできなかった。深閑とする夜に声を放つのはアーサーだけだ。


「ここがさ、マハラルの屋敷なんだ」


 浮かんでいた手紙は、アーサーが門越しにみる五階建ての建物の窓に吸い込まれた。


 高級地セントエイルの街並みに溶け込んでいる。ここもまた貴族の敷地に作られた邸宅のひとつであることは、ナギサも分かった。役人の建物だと思っていた。が、鉄柵が囲う地所をまるまるとマハラルが所有しているのだと言う。


「マハラルは人形工房の名前でな。……なぁ、お前一回工房に行ってみな——ん?」


 夜闇と、会話をかき消すように、振った綱が空気を切るような回転音が響いた。


 ナギサは、これに聞き覚えがあった。勢いを殺して下降してきたのは、バス程度のサイズの飛行船。ヒュンヒュンと唸る音は、飛行船の周りを取り囲む白い輪が放つものから発せられていた。高速で安定する機械動力の唸り声が、機体側面にペイントされた竜の咆哮を思わせた。


 飛行船からプーカの男が降り立った。彼はロープもマットもなしにスルスルと高度を落とし、ナギサたちの前に胸を張って仁王立ちした。彼の身長ほどもある杖が、彼の威容を強めた。


 ふたりは突然のことに戸惑い、開いた口を塞げないままプーカと飛行船を眺めた。


「すまないが、いまから緊急の用件があるので近辺から立ち去ってくれるかね?」


 彼の鳩胸から出された声は、見た目通り、厳然な響きを持っていた。


 パブ・クロール。パブの床を泳ぐ(クロールする)とはつまり、そう言うことです。

 お酒は程々に。

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