面接1
ここ、『ハイランド・医療コロニー』はチベット高原の東の端にあるコロニーであり、医療品の製造で成り立っているコロニーである。そんなコロニーに私がいるのは、レイモンドの『ホーム』がここにあるから、という理由だけではなく、むしろ私が住んでいたコロニー(ダビデ・工業コロニーというらしい)から最も近い医療を主体としたコロニーである、という点が重要らしい。
まあ、私という『奇跡』に、それだけ企業連が慌てた証拠だ。
そんなハイランドで、滞在しているレイモンドのホームがあるのは西区画という、傭兵のホームが集中している区画だ。というのも、ハイランドの西側五十キロ以降はシナイ同盟という企業連に対抗するパルチザンの勢力圏内であり、様々な企業から傭兵に対シナイ同盟の依頼が送られるので、それに素早く対応するため西区画はホームが集中しているのだ。まあ、ハイランド市街地への防壁としての役割もあるが。
そんな西区画から、南の企業の事務所の集中する区画まで、サラと一緒に徒歩とリニアレールで移動する。リニアレールの窓越しに、人混みが荒っぽく肉体労働的なものから静かでドロドロしたものに変わるのを堪能していると、サラがぽつりと呟いた。
「この明かりも、ホープによるものなのに……」
何か思う所があったのだろう。見上げた顔は影になって見えなかったけれど、きっと不満や怒りを抑えているものだろう。声色から判断して、サラの左手を右手で握る。そうしなければ、サラが遠くに行ってしまう気がした。
「はぐれないように、ね」
驚きの表情で私を見下ろすサラに笑いかけると、サラは苦笑して空いている右手で私の頭を撫でた。
すっかりホワイトカラー、と言った風情の人しか窓の外に居なくなった頃、リニアレールを降りてコンクリートの街を進む。地下に作られたコロニーは、高さは凄くあるのにビルのせいで圧迫感があり、怖い。これなら、見るからに荒れくれものが多くいるも、このビルより低いガレージしか無かった西区画の方が怖く無かった。
そんなことを考えながらサラに手を引かれ、南区画の中央区画寄りの、いかにも高そうなビルの中でも、一面ガラス張りでどこか不安になるビルに入っていく。入り口の所に『蓮重工業株式会社』と日本語で書かれていて、懐かしさに襲われた。
「ここで待っててね」
「はーい」
サラが手続きをしに受付に並ぶ間、私は窓際に並ぶソファのひとつに座って待つ。青い布と木で出来たソファは、体にフィットするように沈み、とても楽だ。足が床に着けば、もっと楽だっただろう。
足をぶらぶらさせながら、行き交う人を観察する。とは言っても、ほとんどがスーツ姿であまり見所が無くて見分けがつかない。前世の自分もスーツ姿だったけれど、あの頃は同じスーツでも一人一人全く違って見えていたのに。
寂寥感に足の動きを止めると、隣に誰かが座った。ちらと見てから、その存在感に目を丸くして見つめる。この場にいる誰よりも黒いスーツを着こなし、良く映える赤色のネクタイを絞め。ワイシャツはおろしたてのように白いのに着古した感じがして、燻し銀のカフスボタンには蓮重工のロゴである蓮の二枚の葉の間から伸びるつぼみのレリーフがしてある。左手に杖を持っているのは、足を悪くしているからだろうか。
何よりも目を惹かれたのは、その顔だろう。良く日焼けした四角い顔にサングラスをかけている姿はヤクザのようであり、またその落ち着き様は大木のような安心感があった。
(何の用事でここに来たんだろ……)
不思議に思いつつちらちら見ていると、その男は私の方をちらと見てきて、視線が交差した。
「どうした、嬢ちゃん?」
訛りのある、どこかで聞いた気のする声で話しかけられ、悪戯が見つかったときのような気まずさを覚えながら答える。
「……格好良いなー、って思って」
すると男は意外そうに笑い、言った。
「そうか、格好ええか。嬢ちゃん見る目あるなあ」
「どうも」
あまり褒められた気はしないものの、頭を下げる。
「ワシみたいな現場の人間は怖がられることが多くてなあ。嬢ちゃんみたいに言ってくれると嬉しいわ」
現場の人間、ということは技術者か。いや、あるいはガードマンかもしれない。大穴で傭兵、ってこともあるだろう。
「現場、って、何の仕事をなさっているんですか?」
「ああ、傭兵や」
……まさかの大穴が当たるとは。そう意外でも無かったけれど。
「とは言っても、ワシゃびびりやけん装甲ガチガチに固めたんに乗ってるんやけどな」
装甲、という言葉からして、ノーマルかリンクスに乗っているのだろう。それも、カスタマイズしている可能性が高い。なかなか儲けている凄腕のようだ。
とは言え、丁度話のネタを持っているので、都合がいい。ぶつけてみよう。
「ということは、蓮重工製ですか? それとも、GF製?」
すると、男は一瞬虚を突かれたような表情をした後、言った。
「その二つが出てくる、ってこたあ、嬢ちゃん、リンクス乗りかその関係者やな?」
断定するような口調に、背筋に冷たいものが走る。硬直するも、すぐ思い返して力を抜く。そうだ、私はリンクス乗りだ。そう怖がる必要も無いだろう?
「はい、リンクス乗りです。でも、何で分かったんですか?」
後学のため教えて貰おうと尋ねると、男は頬を歪ませながら言う。笑った、のかな?
「簡単や。装甲を固めるって聞いて、一般人ならあとD&Cやらヘロデやらトンチンカンな奴が出てくるのが普通やのに出てこんかった。で、ノーマル関係者なら絶対出てくる筈の『ドラゴンズネスト』が出てこんかった。やからや」
その回答に納得しつつ、混乱する。『ドラゴンズネスト』なんて企業、ゲーム中や設定資料集でも出てこなかったし、昨夜色々企業を調べた中にも出て来なかった。
忙しくなるのでしばらく週一、日曜更新になります