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遅すぎた自覚

 研究所らしき所に放り込まれてはや三日。血やら毛やら皮膚やら色々採られ、おまけに胃やら腸やらあちこちにカメラを突っ込まれ、精神的疲労がもの凄い。もうお婿に行けない。いや、今世は女の子だから、お嫁、か? ちなみに私の『初めて』の相手はカメラになりました。死にたい。

 今もガラスの向こうから(素材はガラスじゃないらしいけど、そうとしか見えないからガラス)私と私に繫がる計器を見つめる白衣の研究員達は、目元に隈を作りながらも、爛々と目を輝かせてメモを取り、話し合い、殴り合っている。なんだこれ。

「はあ……」

 ため息は殺風景な部屋に響きもしない。退屈すぎる。せめて本寄越せ。ゲームとは言わないから。

 横になりながら自分の脈拍を測るという退屈極まりない暇つぶしをしていると、ガラスの向こうにここ数日で見慣れた二人組がやって来たので上半身を起こす。

『シーナちゃん、どう?』

 尋ねてきた女性は、サラ・ヴィオラだ。黒髪黒目にびっくりするくらい白い肌の持ち主で、『オペレーター』をしている。今日は白いシャツに黒のジャケット、黒いパンツといった格好で、前世で見たアメリカ映画の女スパイみたいで格好良い。

 オペレーターというのは、ノーマルやリンクスに指示を出す人であり、傭兵にとってのパートナーだ。報酬の交渉や諸々の手続きをするのが主な仕事だけれど、資格を取るのにノーマルかリンクスの戦闘経験が二百時間以上必要だったりする。サラ自身はリンクスで千時間以上の戦闘経験があるそうな。

 また、彼女はあちこちにカメラを突っ込まれて号泣する私の傍にいて慰めてくれた『恩人』でもある。リンクス乗りは規則上全員一度は経験するらしいけれど、そんな規則滅びてしまえと一緒に盛り上がったりもした。

「退屈です」

 苦笑して答えると、サラはほっとした様子で『そっか』と言った。

『俺の愛読書でも貸せたらいいんだがなあ……』

 そう言った男は、レイモンド・ダッチェスだ。コールサインはワイルドドッグ。茶色がかった金髪に、黒目に褐色の肌で、おまけに引き締まった長身の彫りの深いイケメンなのに、無精ひげが色々台無しにしていた。今日も青い半袖のTシャツに古そうなジーンズ姿で、こちらから見て右側のシャツの下茶色いベルトが少し垂れている。私を助ける、と言った時は格好良かったのに、何というか、だらしなさそうな人だ。

『愛読書ってあれ? 『人妻と……』』

『わーわーわー!』

 おまけに変態。こんな奴に助けられたと思うと、気が抜ける。

『違うからな! 『マーベル』の方だからな!』

 必死に言い訳するレイモンドを、サラは『そういうことにしといてあげる』と茶化した。

『で、今後の話なんだけど……』

 二人のやり取りに苦笑していた所に、サラは本題を切り出した。

「はい」

『ひどい検査は今日で終わりだって』

「やった!」

 私は両手を挙げて喜んだ。もうカメラは嫌だ。注射器も見たくなかった。

『で、その後は私達の『ホーム』に滞在しながら、一般常識とか学力の検査を受けて、その具合によって通信教育の予定。先生は私よ?』

「ありがとうございます」

 頭を下げると、『いいってことよ』とレイモンドが笑った。

『約束しただろ? 後は俺らが何とかする、って。正直、こんな検査を受けさせたり、ギルドに登録させたりするしか無かっただけでも申し訳ないんだ。頭を上げてくれ』

 頭を上げると、心底申し訳なさそうな表情をした二人がいて胸が暖かくなる。初対面の人にこんなに優しく出来る人なんて、前世を含めても一人も知らない。

「こうして生かせてもらえるだけ満足です」

 私の言葉に悲痛な表情を浮かべる二人に、おどけて「カメラは嫌ですけど」と言うと表情が緩んだ。

『……まあ、そういう訳だが、ひとつだけ厄介な話がある』

 表情を引き締めたレイモンドに、意識を切り替える。

「というと?」

『お前の所属だ』

 所属? どういうことだろう? 私はもうギルドに登録したのに。

『分かりにくいと思うから簡単に言うとね、どの企業の支援を受けるか、ってこと』

 そう言われて思い出した。確か、設定資料集によれば、ほとんどのリンクス乗りは企業の支援を受けている、悪い言い方で言うと『紐付き』である、と書かれていた。依頼を失敗した時の違約金の減額や武器や弾薬、パーツの割引、最新のパーツの支給などと言った支援を受ける代わりに、敵対企業に対する妨害工作の依頼を断りづらくなるそうな。

 サラの解説はだいたい設定資料集に書かれていたことと一致していたので、困惑することは無かった。

「分かりました。でも、それの何が厄介なのですか?」

 ただ、根本的に分からない所があるので尋ねると、レイモンドが答えてくれた。

『いや、支援を受けるのが厄介なんじゃねえ。お前の体質が問題なんだ』

「?……ああ、なるほど」

 ようやく理解した。これだけ色々検査を受けているのは、私の転生特典である『全状態異常無効』のせいだったのだ。詳しく言うと、全状態異常無効の結果ホープ粒子による汚染を無毒化か無効化している原理を明らかにしようとしているのだ。これが明らかになるのは、一種の革命とも言える。

 というのも、先の企業間大戦により、リンクスや初期型のフォートレスというホープ汚染を引き起こす兵器が多用された結果、世界各地にホープ汚染地帯が広がり、生物が生存可能な範囲が狭くなっているのだ。それは、この世界が『WORLD END Ⅳ TRUTH』と同じ歩みをするなら、リンクスやフォートレスの戦闘やパンドラボックスによる発電所の影響で汚染地帯はさらに拡大し、裕福な人は空中居住区『アヴァロン』へと逃げるものの、どのエンディングでも最終的に地球は汚染されつくすことになる。

 設定を考察するのが大好きなプレイヤー達が出した仮説によると、ホープ汚染というのは放射性物質と重金属による汚染を混ぜたようなものらしく、ゲーム中では『Ⅳ TRUTH』のバッドエンドの三十年後を描く『Ⅳ PERIOD』でようやく浄化技術が開発されるものの、時既に遅く、人類は絶滅してしまうのだ。

 それだけホープ汚染の浄化は困難なことであることの裏返しでもあり、そこに登場した、ホープ汚染をものともしない『私』という存在は、人類、いや全生物にとっての『祝福』なのだ。

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