出会い2
『「拾った?」』
正直に答えると、砂漠でカジキでも見たような声が返ってきた。その反応に思いっきり動揺する。本当のことを言って疑われたらどうしようもない。このまま疑われたままだと、殺される。
そんなのは、嫌だ。
まだ、私はこの世界で何も出来ていない。美味しいものを食べることも、落ち着いて寝ることも、誰かと笑い合う、そんな当たり前のことすら出来ていない。そんなうちに、声しか知らない相手の攻撃で原形も残らないような死体になるなんて、誰の記憶にも残らず死ぬなんて、嫌だ。
「ご、ごめんなさい。でも、本当のことなんです」
正直に言うと、しばしの沈黙の後、男の通信が入ってきた。
『信じよう。だが、もう少し詳しく説明してくれるか?』
その言葉に泣きそうになりつつ、始めから順序立てて話す。両親が幼い頃に死んだこと。ジャンク漁りで生計を立てていること。何故か他のジャンク漁りからは嫌われていてチームに入れてもらえず、一人で活動していること。リンクスを見つけたこと。何故か普通に操縦出来たこと(ここは転生特典のことは伏せた。理解されないだろうからね)。乗っているリンクスには武器も燃料も無いこと。僅かな燃料がある間に、重機代わりにしようと乗り回していること。たまたま通信を見つけたので覗いていたこと。全て話すと、男はため息をつき、言った。
『色々疑問はあるが。まあいい。サラ、確かヘロデ・サイエンスの仲介人は、リンクスの反応は残骸の可能性が高い、って言っていたよな?』
『え、ええ』
ヘロデ・サイエンス! 確か、『WORLD END Ⅳ』シリーズに出てくる企業で、どこかに特化することのない機体や武装の設計は初心者にも扱いやすく、また政治力が凄く、『企業連合』の影の支配者であり、また『Ⅳ TRUTH』ではテロリスト化していた『シナイ同盟』に武器や資金を提供していた。ヘロデ・グループの盟主の企業で、機体操作に慣れてきたらこのグループからの依頼を受けて『信用』を上げ、ヘロデ・サイエンスのパーツや武器を購入出来るようにするのは定番の流れだった。
一瞬で悲嘆が吹き飛び興奮するも、すぐ現状を思い出して落ち込む。この会話によっては私死ぬじゃないか。
『なら辻褄も合うよな?』
『そうね。今シーナの位置を掴ん……だ…………』
何か嫌な予感がする。
『どうした、サラ?』
『……これを見て』
その通信の後二人とも黙り込んだことで、私は悟った。
これ死んだな。
私の乗る『リンクス・アント』のある場所はホープ汚染地帯。そんな所で生身の人間が活動出来ないのは常識だ。つまり、私のした話がおかしいことになる。普通なら、嘘をついたと受け取られるだろう。
諦観に沈みつつ、尋ねる。
「どうしました?」
長い沈黙の後、男が言った。
『……なあ、そこってホープ汚染地帯だよな?』
「そうですね」
『……リンクスを拾った場所もそうなのか?』
「はい」
『何でそんな所で活動出来る?』
「不思議ですよねー」
『……分かった』
男はそう言った。私も、この先の運命が分かったよ。
『お前を殺す。通信は繋いだままにしてやる。せいぜい抵抗しろ。サラ、パージしろ』
『ええ。ワイルドドッグ、パージ。グッドラック』
私は、レーダーに捕らえていた彼らの反応であろうものから進路を予測し、その方に機体を向かせる。
「ああ……」
最後の会話があれって、残念だなあ。後悔しつつ、太陽がほとんど昇ってしまった東の空を見上げる。抵抗や逃げという思考は、不思議と浮かばなかった。
「でも、」
どうせ死ぬなら、この光景を自分の目で見ながら死にたい。この、荒廃した世界を、青白い粒子と砂の漂う死の世界を、目に焼き付けて死にたい。このくだらない世界で、第二の人生を歩んだんだと、納得したい。
私は通信機能以外のリンクを切り、コックピットを開いて開いた装甲の上に移動する。空は青く、空気は青白く霞んで、目に優しくない光が漂っている。瓦礫の街は何処までも続き、その果てから高速でクロスする白い火を吹きながら、私の死神が近付いてくる。
「思いの外」
悪い人生だった。胡座をかき、目を閉じる。来るべき衝撃に備えていると、風が砂と共に吹き付け、轟音と熱が目の前で止まった。
「?」
そのまま何も起きないことに内心首を傾げ、目を開けると、茶色に所々黄色い線が走った、『アント』を一回り大きくして洗練したような巨人が、私を見つめていた。
『あー! クソッ!』
さっきの通信の男の声だ。何故か分からないけれどもの凄く怒っていふ。
『コックピットに帰れ! で降伏しろ!』
「降伏……?」
どういうことか、と首を傾げると、男は怒鳴る。
『助けてやる、って言ってんだ!』
意味が分からず硬直している間にも事態は進む。
『サラ! 依頼主にリンクス輸送機を一機申請しろ!』
『はいはい。面目は?』
『敵リンクスを鹵獲した、でいいだろ』
『……おっけー。申請通った。追加報酬の交渉する?』
『任せた』
『ってもうしてるんだけどね』
「何? どういうこと?」
混乱し、フラフラと立ち上がると、今度は通信ではなくスピーカーで怒鳴られた。
「いいからコックピットに入れ! 餓鬼がそんな顔するんじゃねえよ!」
とてつもなく怒っている。だけれど、それにはどこか優しさがあった。
「えっと、じゃあ……」
泣きそうになりながらコックピットに戻り、シートに座ってベルトも付ける。
「いいか! リンクしたら、機体を休止モードにするんだ。そうしたら、後は全部俺らがどうにかしてやる! 分かったな!?」
優しすぎるスピーカーの声に、嗚咽を殺してなんとか頷く。コックピットを閉じ、機体にリンクして言われた通りモードを休止モードに切り替える。
「まだ、」
生きてていいのか。まだ、生きていいのか。私は薄暗い情報の海の中、はばかることなく泣いた。この世界に生まれて、初めて泣いた。
『全く、世話のかかりそうな子ねえ……』
『餓鬼は世話かけてナンボだろ』
二人の声が、有り難かった。