出会い1
ミッションの概要を説明しましょう。
依頼主はヘロデ・サイエンス。
目的は、ダビデ・工業コロニーを護衛する、不明リンクスの排除です。
ダビデ・工業コロニーは企業連に抵抗する組織『シナイ同盟』の有力な武器供給源であり、ここを制圧することは彼らの抵抗力を削ぐことに繫がります。
既に依頼主は『フォートレス』の派遣を決定しておりましたが、二週間前唐突に現れたリンクスの反応に、万全を期したいとのことです。
我々としては、『企業間大戦』時のリンクスの残骸の反応の可能性が高いと踏んでいますが、油断はなさらない方が賢明かと。
ヘロデ・サイエンスの評価を高くする機会です。そちらにとっても、悪い話ではないかと思いますが?
* * *
「はあ……」
レイモンド・ダッチェスは、輸送用のヘリに積まれたリンクス『ホーネット』の中で深いため息をついた。
『レイ、何が不満なの?』
オペレーターのサラ・ヴィオラの通信に、さらに深いため息をつきながら返す。
「いやなあ、今回の依頼だがなあ……」
そう、今更な愚痴を言い、サラに怒られる。
『「依頼をより好みする余裕はねえ!」って言ったのあなたじゃない。何今更気弱になってんの』
「その通りだがなあ……」
そう、そんな余裕は無い。ここのところ立て続けに依頼を失敗したせいで、違約金と機体の修理費で首が回らなくなっているのだ。
「何であんな依頼受けちまったんだ……」
後悔するのは、ここ最近受けた依頼だ。『リンクス乗り』になってはや二年。ノーマル相手の実績は積んできたし、そろそろ稼ぎの良い仕事をしたくて、リンクスやフォートレス相手の依頼ばかり受けた。結果は今の通り。情けなさに涙が出てくる。
いや、本当は稼ぎの良さからそれらの依頼を受けたのではない。それらの難易度の高い依頼をクリアして、チヤホヤされたかったのだ。そんな不純な動機で依頼を受けて、生き残っているだけ幸運だろう。そういうことにしておこう。
「これで相手が『ヒュドラ』なんかだったらお前らとの仕事も終わりだなあ……」
ヒュドラ、というリンクスは、先の大戦にて大活躍したリンクス乗りで、傭兵の実力の指標である『ギルドランク』も、本来なら一位の筈が政治的思惑により九位になっている、シナイ同盟と協力している奴だ。そんな奴に出てこられたら、ランク外の俺など一瞬で鉄屑になってしまう。
『いや、ヒュドラは依頼主が仕事押し付けてる最中だから無い、ってさ』
「仕事? シナイ同盟と協力してるリンクス乗りに?」
そう首を傾げると、『政治には色々あるのよ』と言われた。さもありなん。
「でもさ、それってその仕事の稼ぎがシナイ同盟に流れることにならねえ?」
なんとなく閃いたことを尋ねる。
『そうやってシナイ同盟に首輪付けるつもりなんでしょ』
その言葉に、嫌な想像がよぎり口を開く。
「それってさ……」
『この話は終わり。いいね?』
「あっはい」
サラの有無を言わせぬ様子に、嫌な想像が的中している可能性が高いことを悟り、それ以上は言わなかった。
『……話は変わるけど、』
気まずい沈黙を破るように、サラが口を開く。
『目標のリンクスって、どんな相手だと思う?』
その言葉に、様々な噂や同僚の話を元に想像を巡らせる。シナイ同盟の中心となっている勢力は、『カリオテ・コロニー』の残党と『GFE』の研究者らしい。GFEは実弾武装の研究開発を得意とするGF社の中でも、ホープ粒子の反応炉である『パンドラボックス』の研究開発を担っていた企業であり、カリオテ・コロニーはリンク・システムの生みの親だ。そこから考えて、レーザーなどのエネルギー武装を中心に、強力な『シールド』で身を守り、高速戦闘を行う中量か軽量の二脚かレーダーを強化し、遠距離攻撃を主体とする四脚の可能性が高い。
いや、シナイ同盟に首輪を付けているのがヘロデ・サイエンスなら、全ての性能をバランス良く備えた機体だろう。だとすると、重量か中量の二脚か。どのみち、ピーキーな逆足やタンク脚の可能性は無いと見ていい。そう考えて口を開く。
「そうだな……」
『目標のリンクス、ってまた物騒な……』
瞬間、通信に割り込みが入る。
「!?」
『なっ!?』
どういうことだ。確かに暗号化は甘いだろうが、普通なら使われないような通信帯での通信だ。それに割り込んでくる腕前。ただ者では無い。恐らく、こいつが……。
「お前が敵か」
意識を切り替え、言う。この通信に割り込めるのは、リンクスかそれのオペレーターだけだ。冷や汗をかき、どんな相手か見極めるつもりで放った言葉に、返ってきたのは予想外の言葉だった。
『え!? もしかして通信繫がってる!? 回線……、げ』
その幼く、混乱した様子に毒気を抜かれるも、気は抜かない。
『他人の通信に割り込むのはマナー違反よ? ギルドナンバーとコールサインを言いなさい』
サラの脅すような言葉に、敵は何故か涙声で謝ってきた。
『割り込むつもりはなかったんです。ごめんなさい。あとギルド未登録です』
……いや、ギルドに登録してないであろうことは想像していた。だが、この反応は。何かがおかしい。
『『全てのリンクス乗りはギルドに登録しなければならない』企業間協定で決まってる常識よね? モグリってことは、遠慮……』
「サラ、ちょっと待て」
明らかに泣きそうになっている敵の声に、俺はサラを制止する。
『何よ? 戦いは接敵する前から始まっ……』
「それはいい。ええと、……君の名前は?」
『シーナ、シーナ・アキノです』
半泣きであろう声は、どう考えても子供のものだった。リンクスの通信において、音声を加工出来ないのは欠点として知られているが、それが今回は逆に都合が良かった。
「そうか。ではシーナ。君はリンクス乗りか?」
『え、ええと……、多分?』
多分って何だ。リンクスを持ち、それに乗る人物が『リンクス乗り』だ。そんな簡単なこともはっきり答えられないとは。やはり、おかしい。ようやくそのことに気がついたのか、サラの困惑した通信が入る。
『ねえ、もしかして……』
「……では質問を変えよう。今通信をしているのは、リンクスの中か? それとも……」
サラを無視した質問に、相手は『リンクスの中です』と答えた。なるほど、なら相手はリンクス乗りに違いない。だが、それにしては声が幼すぎる。となると、無理矢理乗せられたか? 嫌な想像が頭をよぎる。確かに、『リンク適性』を持つ人間は希少だ。だが、だからと言って子供を乗せるとは。
「そうか。では、そのリンクスはどうやって手に入れた?」
『えっと……』
考え込むようなうなり声が聞こえる。目的のエリアまであと十分という情報が脳内に浮かぶも、無視し、根気よく待っていると、相手から返事があった。
『拾いました』
『「拾った?」』
ただし、それは想像していたものとは違っていた。