初仕事リザルト
難産でした。
『そのミサイルポッドはこっち持って来てくれ』
「はいはーい」
襲撃から四日。私は、依頼された範囲にあった全てのパンドラボックスとホープタンクの回収を終え、半日程暇になったので、ホープ汚染の特に激しい辺りのミサイルポッドの回収やら不発弾の爆破処理やらをしていた。
四日前まで空から守ってくれていたレイは、あの戦闘の後ドクターから『過労の症状有り』と言われ、入院している。退院は明日だけれど、乗機は修理出来ない程壊れてしまったので、どのみち暫く現場では働けない。……レイの借金とか報酬とか、大丈夫なのかなあ?
代わりに守ってくれているのはヘロデ・サイエンス所属だという中堅なりかけのリンクス乗りだけれど、飛び方を見た感じ先日の戦闘になる前のレイの飛び方の方が綺麗だ。下手ではないのだろうけれど、不安ではある。
「このフォートレスの残骸はどうします?」
『それはドラゴンズネストに任せようか』
「でも不発弾突き刺さってますよ?」
『おっと。んじゃ不発弾だけでも処理しといた方がいいな』
「それだと、せめてこの位置にある弾薬庫の弾薬は回収しておかないと危ないです」
『そうなのか?』
「確実に誘爆しますので」
『そうか。なら回収しておけ。注意するんだぞ』
「はーい」
そう本当に心配してるのかいまいち分からないおやっさんの通信に返事をして、山みたいに大きな鉄屑の一角をささっと解体し、処理したい不発弾に誘爆する可能性の高い武器庫から弾薬を運び出しては回収のヘリへ載せる。この弾薬のひとつひとつが借金返済へと繫がると思うと、気合いも入る。
ひとつひとつの弾頭が安定した状態なのか調べたため、一時間かかって武器庫を空にし、不発弾の爆薬が生きていることを不発弾との通信で確認し、雷管が物理的に不安定になっているのを情報の海で確認してから、不発弾のそばに爆薬をセットして、距離を十分に取ってノーマルの残骸の影に入る。
「三、二、一発破!」
ドドンッ! と爆音がし、残骸の影からアントのメインカメラを出すと、不発弾の刺さっていたフォートレスが煙を上げているのが見えた。たっぷり十分は待って続く爆発が無いのを待ち、不発弾のあった所へ向かう。要塞の名前通り、巨大で頑強な機械の、装甲に不発弾の刺さっていた部分は軽く穴が開いていた。
周囲を見て回り、不安定になった弾薬が無いのを確認して、ほっとひと息。処理成功だ。
『そろそろ時間だ。帰ろうか』
「はーい」
ここで時間切れ。結構な量の弾薬を運び出せたことに満足しながら、東の不発弾やらの処理が終わっている場所まで移動し、ストークの指示に従ってヘリコプターに吊られる。パンドラボックスの火種を落とし、情報の海から浮上してリンクを切る。バッテリーとヘリコプターから供給される電力で照らされたコックピットは、どこか薄暗くて不気味なのに、心地良く揺られるせいで奇妙な安心感がある。
うつらうつらとうたた寝を繰り返している内に基地へたどり着き、ガレージへと機体が置かれた衝撃で目が覚める。続いて始まった、コックピット内の保護液の排水が済んだ頃には、すっかり目が冴え、コックピットを開いて、防護服を着た集団の中を自分の足で歩いていく。たまに寝たまんまで防護服の人に運ばれるんだよね。
ヘルメットやパイロットスーツを着たまま、洗浄液のシャワーをたっぷり一分は浴び、その回廊に従って歩くと、男と女のマークの書かれたふたつの扉の前に出る。女の扉の横の端末に右手を付けると、プシュウ、と気の抜ける音の後、エアロックみたいな部屋が現れる。
エアロック内で五分かけてヘルメットやパイロットスーツを乾燥させ、ランプが緑色になったところで、エアロックを出ると、温泉みたいなロッカールームに出た。
「ふう……」
ヘルメットを脱ぎ、ツナギみたいなパイロットスーツも脱いでいく。パイロットスーツの下、下着の一枚上の冷却スーツを脱ぐのに手間取っていると、どこからともなく防護服を着ているのに女性と分かる体系の方がやって来て、脱ぐのを手伝ってくれる。
「ありがとう」
下着だけになり、女性に御礼を言うと、女性は何でも無い、という風に手を振り、どこかに消えて言った。
女性を追うことなく、下着を脱いでいく。絶対まだ早いと思うけど、サラにオススメされた、ブラジャー兼用のキャミソールと、実はオムツなパンツを脱ぎ、パンツの方は備え付けのゴミ箱へ、キャミソールはパイロットスーツとヘルメットと一緒に『57』と書かれたロッカーへ入れる。
そして、曇りガラスの向こうへ行けば、目の前には大浴場があった。
「今日はレモングラスかな?」
匂いから判断する。
リンクス乗りの身体は、保護液やパイロットスーツで守られているとはいえ、ホープ粒子に汚染されている。それを排除するための設備が、基地に着いてからのあれこれであり、排出及び無毒化のための設備が、この浴場だ。この基地はハーブ風呂で、これがなかなか気持ち良い。他の基地では天然温泉のものもあるらしいので、少し楽しみだったりする。
これらの浴場のお湯には、特別な薬品が含まれており、入った人の体内に溜まったホープ粒子を排出するのを促進するらしい。ただの浴場では無いのだ。そして、備え付けのタオルやらスポンジやらで身体の汚れを落とした後、リンクス乗りは最低三十分、湯船に浸かる義務が課されている。私は子供なので、十分だけれど。烏の行水な人からすると、これがなかなかつらいらしい。
「ふーんふーんふーんふーん」
鼻歌でも歌っていると、あっという間に十分は立ち、上がるよう放送が入る。これは監視の人がいるかららしいんだけど、その人はその浴場の性別の人であり、また映像は長時間の録画が不可能な装置を専用に作ったそうだ。
「肌がツルツルする」
お風呂を堪能した後は、人工甘味料の味のする水を飲む。これは、熱中症防止とホープ粒子排出促進のためのもので、私は百五十ミリリットル、大人だと五百ミリリットルを飲む必要がある。お風呂に長く入っていなかったら、飲みきることが無理なのは間違いない。
57と書かれたロッカーを開けると、パイロットスーツやらはザックに入れられ、代わりの服がザックの上に畳んで置かれている。これはホームの面々の仕事なんだけど、エプロンドレスって……。絶対メカニックのイオナの趣味だ。彼女はジャンケンが弱いから油断していた。
げんなりしつつ着替え、ザックを背負って入ってきたものとは別のドアから、基地の中に入る。担当の人に今日の仕事内容について報告し、いつもみたいに自分の部屋に帰ろうとすると、担当の男はこう言った。
「ああ、荷物を置いた後、ホテルの大食堂へ行きなさい。これは命令だ」
「……分かりました」
良く分からない命令に首をかしげ、護衛の兵士と一緒に併設されたホテルの自分の部屋へ行き、ザックを置いた後大食堂へ行く。大食堂はバイキング形式で食事が出来て、料理人の腕が良いのか、どれも美味しいのだ。丁度晩御飯には良い時間なんだけど、命令で大食堂へ行かされる、というのが良くわからない。
何故か閉まっている大食堂の扉に、警戒心が高まる。護衛の兵士に開けて貰うよう視線で頼むも、苦笑して首を振られる。ということは、この兵士は何か知っているな。
警戒したまま、少し扉を開くと、証明が落ちているけど、良い匂いがする。混乱しつつするりと隙間から入ると、急に明かりがつき、視界が白くなる。
「しまっ!?」
同時に、銃声にしてはやけに気の抜けた音と、硝煙の匂い。そして。
「「ハッピーバースデーシーナちゃん!」」
そこには、笑顔のみんながいた。
「え? え?」
混乱していると、杖をついているレイがクラッカーを机の上に置き、苦笑しながらやって来る。
「ごめんなシーナ。半月遅れてしまって。誕生日おめでとう」
頭をワシャワシャと撫でられ、思い出す。そういえば。
「……誕生日過ぎてた」
「ハッピーバースデーシーナ!」
サラに頭の上にチープな三角帽を乗せられ、アゴにゴム紐をかけられて、あれよあれよという間に椅子に座らせられる。目の前には、『10』の形の火のついたロウソクを立てられた、イチゴのホールケーキ。
「あ……」
ようやく理解した。これは、私の誕生日パーティーなんだ。今世生まれて初めてのことに、泣きそうになっていると、サラが耳元で言った。
「さ、願い事を込めて、火を消して?」
「願い事……うん」
歪んだ視界の中、私はロウソクの火を吹き消した。歓声が上がった。
「みんな、ありがとう!」
上手く笑えているかなあ。頬が濡れるのを感じながら、私は、幸せに胸が一杯になった。