初仕事6
私は、機体の手元でパンドラボックスとホープタンクを切り離しつつ、手元を見るためのメインカメラ以外でレイモンドの戦闘を観ていた。
レイモンドの攻撃は全く通らず、逆に敵の攻撃は致命的。どう考えても圧倒的不利だ。なのに、レイモンドは逃げない。
「何で……?」
作業を続けつつ、私の思考はそれで一杯だった。確かに、レイモンドは私を守ると約束してくれた。だけれど、そのために命を張るなんて、信じられなかった。
「何で……!?」
あと少しで作業は終わる。そうすれば、逃げられる。私が逃げれば、レイモンドも逃げられる。だから、急げ!
だと言うのに、現実はいつも残酷で。
「嘘……」
情報の海の遠くの浅いところで、何か薄い膜に包まれたレイモンドが溺れていた。
「駄目!?」
あのままだと、レイモンドは死ぬ。この情報の海は、私みたいに『全状態異常無効』でも持っていないで来たら、猛毒に脳を焼かれる。それは、リンクスに何度も乗ることで直感的に分かったことだ。レイモンドは、特別なところの無い、ただの人間だ。あのままだと、溺れて死んでしまう。
どうすれば助けられる? 考える。私が手元の作業を終える前に、レイモンドはおぼれ死ぬ。今作業を止めて逃げたところで間に合わないし、そんなことをすればこのパンドラボックスは爆発するだろう。どうしようも無い。でも、私の為に誰かが死ぬなんて、死んでも嫌だ。
「いや!」
私は、レイモンドへ近付こうと初めて自ら情報の海を泳いだ。すると、裸だと思っていたのに、皮膚に当たる水の感覚はむしろウェットスーツを着ているかのようで、何かに遮られていた。
「これは……!?」
そうか、これがあるから、私は平気なのだ。なら、サイズは合わないかもしれないけれど、これをレイモンドに着せれば良い。幸い、レイモンドが溺れるまでには余裕を持って間に合いそう……。
《それは困る》
唐突に頭の中に少女の声が聞こえたかと思うと、レイモンドを包んでいた膜が変形していく。
「……え?」
何が何だか分からないうちに変形は終わり、レイモンドは茶色に黄色の線の走ったブーメランパンツを履いて元気に泳ぎ出した。
「……え?」
何が起こったのか全く理解出来ない。それに、何故ブーメランパンツ? いや筋肉質な身体に似合っているけどさ。
戦場がどうなっているのか確認しようと、視界を広く取ろうと深く潜ると、レイモンドの機体『ホーネット』は敵の出来損ないの人形みたいなずんぐりむっくりの水色の機体を圧倒していた。
リンクス同士の戦闘では、ホープ粒子と超高速移動のため敵機の狙った所に弾丸を当てるようなことは出来ないのは、前世読んだ知識で知っている。だというのに、レイモンドは弾をばらまくアサルトライフルでガトリングを二挺とも撃ち抜いた。これはあり得な……。
「いや、出来そう?」
多分、自分ならもっと上手く出来る気がする。手元の作業は終わり、首を傾げる。
ともかく、普通ならあり得ないことだ。当然、敵機は焦っている。逃げようと敵機は下がり。
「!?」
私は悪寒を感じた。
「レイモンド! 近付いちゃ駄目!」
叫びは届かず。当然だ。通信を入れ忘れているのだから。
「くそっ!」
慌てて通信機能をオンにした時には既に遅く、レイモンドは敵機に切りかかっていた。
それでも警告しようとした瞬間、敵機の周囲の空間が爆ぜ、膨大な青白い粒子が風になって押し寄せてきた。
「あ……」
私は、これの正体を知っている。この兵器の正体を知っている。
「『アサルトシールド』……」
敵からの攻撃を減衰する、ホープ技術の応用である『シールド』。それを攻撃に利用する兵器『アサルトシールド』。ゲームでは、『Ⅳ TRUTH』で登場した、一撃必殺とも言える兵器だ。反面、膨大なエネルギー消費と一時的なシールドの消失という欠点もあるが、直撃すれば弱いフォートレスなら一撃で沈む。リンクスなんて言わずもがな。
私は、その存在を知っていたのに、忘れていた。そのせいでレイは……。
「っ!」
怒りで頭に血が上りそうになる。でも、我慢だ。武器無しで突撃したところで無駄死にだ。
「何か!?」
必死で武器になりそうなものが無いか探すも、リンクスの残骸がホープ粒子をばらまくだけで見つからない。不思議なことに、レイの機体の残骸にあるであろう武器も。
「レイ!?」
空間の情報の海が濁り、青白い光塗れになっているところから、茶色に所々黄色い線の入った機体がヨロヨロと地面に降りてきた。装甲はあちらこちらが溶け、左腕は肩から吹き飛んでいる。だが、確かにレイの生命反応がある。
ほっとすると同時、私は思い付きに従って指から『糸』を伸ばし、リンクスの残骸の幾つもに接続する。途端、頭の中に企業のロゴが大量に浮かぶ。数は、接続したうちの三分の一程度か。すぐさまシステムを掌握し、使える武器を調べる。ミサイルが二十発。シールドが薄いであろう今なら行ける!
水色の機体は機体各所でスパークしており、動きは鈍い。だが、位置取りからして、レイに止めを刺すつもりだろう。
「させない!」
私は、接続した先のミサイルを一斉に放つ。明らかに混乱した様子の敵機は回避行動もままならず、ちゃんと動いたミサイル十二発全弾を食らい、鉄屑となってレイの前方に降り注いだ。




