初仕事3
警戒任務ほど疲れる任務は無い、というのが俺、レイモンドの体感の感想であり、サラや他のリンクス乗りも同意してくれるところだ。
いつ敵が来るのか、そもそも敵が存在するのか。来るとしたら何時なのか、何に乗りどれ位の数で向かってくるのか、依頼してくる企業側が把握出来ていないことも多く、ヒューマン・ライブラリのように把握していても情報を伝えて来なかったり伝えてきた情報にわざと穴を作っている企業も多い。
それが単なる襲撃任務ならホームの面々がそれぞれの伝手で集めてきてくれた情報でたいていはどうにかなる。護衛任務ならもっと簡単で、企業側としても失敗されては困るので襲撃してくるであろう敵の情報を知っているだけ公開してくれる。
だが、警戒任務は違う。長い拘束期間の割に短い準備期間。そもそも何について調べれば良いのか分からないせいで集まらない情報。刻一刻と変化する流動的な状況に、神経を張り続けなければ隙を突かれることもある。
そんな過酷な任務なのに受けたのは、護衛対象の中にシーナも含まれるからだ。シーナが受けた任務は、パンドラボックスとホープタンクの回収任務だ。元ジャンク漁りとしての技能と、一度も実戦に出たことがないという実績からするともってこいの任務な上に、機体の解体に関する知識を持ったリンクス乗りが少ないせいで高い報酬。どういう訳か、安い借金しかないのに怯えているシーナが飛びつくのは、仕方の無いことなのかもしれない。
警戒任務に就きたがるリンクス乗りが少ない以上、俺が受けなければ誰も受けない可能性もあった。だから受けたのだが、既に半月拘束され、緊張が切れそうになっている。シーナはそんな事情を察したのか、慣れたのか、はたまた解体の腕が凄いのか、既に工程の七割を終えていた。この調子であれば、依頼された期間である一ヶ月より早く終えることで、ボーナスも貰えるだろう。
「だがなあ……」
サラ曰く、シーナの精神状態が良くないらしい。この仕事を始めた晩、初めてサラと一緒のベッドで寝たそうだ。初めこそ心を開いてくれたか、とサラは喜んでいたものの、ある晩サラが夜中に目を覚ましたところ、ぎゅっとサラにくっついてうなされていたらしい。それから毎晩、サラはシーナの寝相を観察したが、日に日にうなされる時間が伸びているらしい。
「もしかしたら、ジャンク漁りだった頃に何かあったのかも」
サラはそう推測したが、俺は蓮重工から派遣されてきた連中と何かあったのではないかと睨んでいる。特に理由は無い。リンクス乗りの勘ってやつだ。だが、間違いないと確信している。
問題は、何があったのか派遣されてきた連中に聞けないことだ。連中とトラブルを起こして、シーナを連れていかれることになるのが一番困る。そして、トラブルを起こさない自信は無かった。
『レイ、暇なのは分かるけど集中して?』
「あいよ」
サラは俺の脳波を見る位には暇らしい。適当に返事をして辺りを見回す。乾燥した空気に、眼下は砂埃と青白い粒子が漂う最悪のコンディションだ。高度千メートル付近で待機しているというのに、毎晩隅々まで機体を掃除する羽目になっている。全く、嫌な場所だ。
機体のメインコンピュータの演算領域をレーダーと光学カメラの解析に割り当てる量を増やすよう意識すると、全周を見渡している視界が鮮明になった。眼下の砂埃と青白い粒子の下に広がる鉄の残骸に開いた機銃の穴のひとつひとつまでが綺麗に見える。後ろの方でパンドラボックスの反応のひとつが低下したのが分かる。
「くっ……」
急激に増えた情報量に吐き気にも似た全能感を覚え、歯を食いしばる。こんなとき、リンク適性があまり高くないのは不利だ。急な情報の変化にワンテンポ置かないと対応出来ない。落ち着いてくると吐き気は無くなるものの、あまりこの状態が長く続くと今度は機体を降りた時に、情報量の違いに『酔い』を引き起こす。
その具合を見極められるのが、一流のリンクス乗りだと言われているが、残念ながら俺はまだ三流のようだ。悔しさで情けなくなる。経験を積めばどうにかなることに、そうこだわってどうする?
十分程演算領域をレーダー情報に割り当て、そろそろ一旦休憩するか、と考えた時、北西方向高度八百メートルから何かが高速で近付いてくるのを感じた。
「サラ、北西から何か来るが、そんな予定はあるか?」
『いいえ、聞いてないわ』
サラが予想通りの答えをした瞬間、演算領域をその飛翔体を捉えられるだけ残して後を武器システムに回す。同時にシールドを起動し、機体周囲のホープ粒子の濃度が急上昇する。
飛翔体との距離が四十キロを切った時、レーダーからの情報に思わず通信回線をサラだけでなく回収作業に当たっている連中向けにも開き、怒声を発する。
「敵襲! 詳細は不明! 『ブースター』付きのリンクスのお出ましだ!」
俺は愛機の高度を上げつつ、すぐ敵にロックオン出来るよう左肩部のミサイルを待機状態にした。