閑話2
「ワシや。連れて来い」
その会長の電話のすぐ後、背後で部屋のドアが開き、聞き慣れた足音がした。
「レイ……」
振り返ると、そこにはレイモンドが、困ったような笑顔を浮かべながらやって来ていた。
「まあ、座れや」
会長の言葉に従ってレイモンドはシーナが横になっていない、私の左隣に座った。
「あんさんらはシーナちゃんの親に、師に、相棒になる。それは認めたろう」
その言葉に喜びかけた瞬間、「しかし!」と会長は大声で言った。
「あんたらのホームにはうちからの人員を受け入れてもらう。これが、ワシら蓮重工がシーナちゃんを支援する条件や」
提示された条件にレイモンドが怒気を発するも、冷や水をかけられてしぼむ。
「あんさんらは頼りない」
否定出来ない事実だった。レイモンドはここのところ任務の失敗が込んでおり、私もオペレーターとしては新人だ。何も言えずにいると、会長はにやりと笑って言った。
「だがまあ、鍛えたら光るやろ」
「それって……」
つまり、会長はいざというとき私達の面倒も見るつもりなのだ。それは情けなくもあるけれど、シーナのことを考えるとありがたかった。
「ああ。そうや、ケツ持ちは任せとけ」
「断る」
レイモンドの放った言葉に、場が凍り付いた。
「……何やと、小僧?」
怖い。ミサイルの雨の方がマシな位、怖い。会長の放つ殺気は、それほどのものだった。
「俺らは人の人生を預かるんだ。なのに、ケツ持ちなんて甘いこと言ってたら駄目だろ! そんな覚悟で人様の人生預かれるか!」
会長とレイモンドが睨み合う。しん、と静まり返った空気を壊したのは、幼いうめき声だった。
「うーん……」
「あ、ごめんシーナ起こしちゃった?」
タオルケットをずり落としながら起き上がったシーナは、顔にかかった髪の毛も気にせず辺りを見回し、ぼーっとした表情のまま口を開いた。
「みなさんおはよーございます」
「ええ、おはよう」
「おお」
「おはようさん」
シーナは最後の会長の挨拶にぴくりとし、会長の方を向いて言った。
「はすかいちょー、めんせつとちゅーでねてしまってごめんなさい」
すると会長は優しげな笑みを浮かべながら答えた。
「いやいや、シーナちゃんの面接は終わってるけん心配せんでええよ?」
「ありがとーございます」
再び限界が来たのか、シーナはぱたりと私の膝に倒れ込んで寝息を立てだした。
「ぷっ」
最初に吹き出したのは誰だったか、残された三人は笑いを必死にかみ殺した。
なんとか笑いをおさめ、タオルケットをシーナにかけ直しながらレイモンドに言う。
「レイ。確かにケツ持ちしてもらうなんて甘い覚悟じゃ人の人生預かるには失礼よね? だけれど、私達は傭兵なの。いつ死ぬか分からない以上『保険』はあった方がいいよね?」
「だが……」
レイモンドは何かと葛藤するように目を閉じた後、ソファにもたれて目を開いた。
「そうだな。その通りだ」
レイモンドは姿勢を直し、深々と会長に頭を下げた。
「蓮会長、さっきは済まねえ。確かに、俺は未熟者だ。都合の良すぎることを言っている自覚はある。だが、何かあった時は、シーナをよろしく頼む」
「私も、お願いします」
私も首だけで頭を下げる。そうだ。シーナはまだこんな子供なのに、私達は遺して逝ってしまうかもしれないのだ。そうなれば、誰が守るというのだろう。
「……二人とも、頭を上げい」
会長に言われ、私達は頭を上げる。
「言ったやろ? ケツ持ちは任せとけ、って。男に二言はねえよ」
私達は顔を見合わせた後、頭を下げた。
「「ありがとうございます!」」
「そんな大声で言わんでもええって。シーナちゃんが起きてまうやろ」
会長の茶化すような言い方に二人苦笑して、レイモンドは本題を切り出した。
「で、シーナが貴方の所に所属する条件は?」
「ああ、それはな」
会長の言葉を聞き逃さないよう耳をかたむける。
「まず一つ目はさっき言った通り、あんさんらのホームに人員を受け入れてもらうことや。人数としては、オペレーター一人、ストーク一人、メカニック十人、SE二人、ドクター一人、コック一人の計十六人や。その表情見れば色々悟った言うんが分かるけど、念のため言っとくで?」
会長はそう続ける。
「メカニック十人、ってことで分かった思うけど、将来的にシーナちゃんにはウチの作るリンクスに乗ってもらう。これが二つ目」
どこかの企業に所属する場合ありふれた条件だろう。レイモンドもGFに所属する代わりGF製のリンクスに乗っているし。問題無い。
「三つ目は、一年に一度の定期検診の結果やその時取れる検体を、子会社の『蓮化学』で研究することや。ドクターはその結果を反映するためでもあるな」
これはむしろ恵まれていると言っていい条件だ。普通企業がリンクス乗りから得たデータが当人に返ってくることは無い。
「四つ目は、あんさんらのホームの食事を派遣するコックに任せること。以上や」
何も言うまい。コックがいるホームなんて五十人以上のメンバーを誇るような大規模なところ位だ。
「……すまん恵まれ過ぎてる気がするが、何でだ?」
レイモンドが私も抱いた疑問を尋ねると、会長はなんでもないよう言った。
「どの条件も当然やろ? いや、四つ目が変かもしれんけどウチの社員派遣する以上当然やない?」
なるほど、裏の意図があるかもしれないけれど、基本善意からなのか。レイモンドの方を見ると、彼も頷いていた。
「その条件なら良いと思いますけど、答えられません」
「ほう? 何でや?」
面白そうに笑う会長に、にやりとして言った。
「決めるのはシーナなので」
それもそうだ、と会長は笑った。




