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WORLD END Ⅳ Another Route  作者: ネムノキ


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閑話1

 トン、トン、と規則的にその子の背中を叩く。高級そうな黒い皮のソファをベッドに私の膝を枕に寝ている顔は穏やかで、さっきまで号泣していたなんて、目元を見なければ分からない位だ。

 肩ほどの長さなのに広がってしまっている茶色い髪を手ぐしでまとめていると、背後から部屋のドアが開く音がした。

「いやー、子供ってのはパワフルでええなあ」

 タオルケットを持ってきた、マフィアみたいな風情のサングラスをかけた男は、ここ蓮重工の会長だ。

「ですね。ありがとうございます」

 会長がタオルケットをシーナにかけてくれたことにお礼を言うと、会長は「かまへんかまへん」と言った。

「でも、こんなに泣くなんて……。おとなしい良い子なのに……」

 そう呟くと、会長は私と向かい合った位置のソファに座りながら言った。

「あんさん、子供と関わったこと無いやろ?」

「え、ええ」

 なぜそんなことを尋ねられたのか分からないままに答えると、会長は諭すよう言った。

「あんな、しっかりしてても子供やで? 甘えたいに決まっとるやろ?」

「ええ、まあ……」

「ましてや虐待されとった子や。普通に甘えれる訳ないやろ」

 その言葉に、硬直した。虐待? この子が?

「…………どういう、ことでしょう?」

 何とか尋ねると、会長は呆れた様子で言った。

「あのな? もうすぐ十歳や言うんに、まだ身長百二十センチやで? おまけに体重も軽い。いくら貧乏な生活しとった言っても、それは小さすぎや」

 子供のことは良く分からないけれど、どうやらそうらしい。

「レポートも読んだ。周囲の人は誰も助けてくれんで、五歳から働いとったんやってな。しかも危険なジャンク漁り。普通なら死んでてもおかしくない。これもう虐待の域やないやん?」

 会長の言葉が積まれる度、自分のお気楽さに情けなくなっていく。まだあまり関わっていないけれど、シーナはとても良い子だ。大人、までは行かなくとも、ハイティーン程度の落ち着きと頭の回転の速さはある。それに甘えていた。

「『しっかりしたええ子』やない、そうやなけりゃ生き残れんかったんや」

 そうだ。「後は私達がどうにかする」と約束したのに、それを破ってどうする! むずがるシーナの頭を撫でると、彼女は私の膝にしがみついて落ち着いた。

「やっとええ顔なったなあ」

 顔を上げると、会長が真面目な表情で私を見ていた。

「この面接な、シーナちゃんのは重要やないねん。お前さんらのが重要やねん」

 その言葉は、不思議とすとんと胸に落ちた。

「というと?」

 一応答えは予想出来ている。それが合っているのか確かめるために尋ねると、会長は答えてくれた。

「傭兵、ってのはヤクザな商売や。特にリンクス乗りなんて、ノーマルの何倍も殺す。若くて才能溢れるリンクス乗りが、殺人の恐怖に心が折れて、自ら、敵から、殺されるのを大勢見てきた」

 この人自身も、十八でリンクス乗りとして戦場に出て、今に至るまで二十年以上戦っているのは知っていた。そのせいか、会長の言葉には怖い程の重みがあった。

「ホンマなら、こんな子供を戦場になんて出しとうない。やけど、この子の体質上、『力』がなきゃ碌な目に遭わんやろう。でも、ワシらにそれほどの力は無い」

 「ごめんな」。その懺悔は、シーナ以外にもあてたもののように感じられた。

「それでも、ワシらなら間違いなく力の一端になれる」

「……だから、昨夜連絡を入れてきたのですか?」

 そう。昨夜あんなにも蓮重工を押したのは、確かに蓮重工の条件が断トツで良かった、というのもあるけれど、会長自ら誘いのメールを送ってきたからなのだ。

 それだけでない。売り上げで戦争孤児向けの孤児院を運営し、優秀なのに進学出来ない子供向けの返済の必要の無い奨学金を与える。代々そんなことを蓮重工の幹部が主導でやっていることを知っているからだ。彼らが、人格者であると思ったからだ。

 「そうや」会長は言った。

「ワシらなら、シーナちゃんの力になれる。だから、シーナちゃんを引き取ってるあんさんらが相応しくないなら、引き離すつもりや」

 必ず、やり遂げるつもりだろう。会長の言葉には力強さがあった。その方が、シーナにとって幸せなのでは? そんな考えが浮かぶも、否定出来なかった。でも、ぎゅっと掴んでいる手を振りほどけるほど、出来た人間でもなかった。

「私は、シーナにとって相応しいか分かりません。でも、相応しくありたいです」

「それは何でや?」

 サングラス越しに睨まれる。普段なら、腰が引けてしまうだろう程の眼光だ。だけれど、今は違った。

「約束、したんです」

「約束?」

「はい、「後は任せろ」って。傭兵が約束違えちゃ駄目でしょう?」

 ウインクしてみせる余裕すらあった。そう、約束したんだ。あの、全てを諦めたような瞳に。何も楽しさを知らないような顔に。「生きてて良かった」と思わせるために。あの日、私の師匠がしてくれたみたいに。

「そうか……」

 会長は目を閉じ、腕を組んだ。数秒の沈黙が、永遠に感じられた。

「……言っておくけど、ただ子供を育てるのとは訳がちゃうで」

「分かっています」

「あの子の過去を否定せんと、認めた上で消化させたらんとあかん」

「分かっています」

「あの子が人を殺した時、その恐怖と罪悪感を一緒に分かち合わなあかん」

「一番辛いのはシーナだ、ということも分かっています」

「もしそれで、あの子が道を踏み外すなら、あんさんらで始末せなあかんで」

「覚悟の上です」

「さよか……」

 会長はしばし黙った後、内ポケットから携帯端末を取り出し、どこかに電話をかけた。


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