面接2
「『ドラゴンズネスト』って何ですか? 聞いたことが無いんですけど」
そう男に尋ねると、男は愉快そうに笑いながら教えてくれる。
「まあ、ノーマル関係者でもなきゃ知らんやろなあ。ドラゴンズネスト、言うんは、極東に点在する中小企業群の総称や。あだ名、言うてもええやろな。だいたいがリサイクルやノーマル向け部品の製造やってて、安い割にそこそこの性能のもん作る連中や。あとは、今も市販向けの『アームズ』作ってるってのもあるけど、ヘロデ名義やから、これは知らんで当然やろ」
「ってことはヘロデ系列?」
尋ねると、「そうや」と頭をぐりぐり撫でられた。首が痛い。
「ま、そういう訳で嬢ちゃんがリンクス乗りって分かった訳やけど、まさか噂の『救世主』か?」
そうおどけるそう尋ねられたものの、肝心の『救世主』の意味が分からなかった。
「『救世主』? って何ですか? あと噂って?」
疑問符を浮かべながら尋ねると、男は右手で内ポケットを探りながら言った。
「まあ、何でもホープ汚染が平気なリンクス乗りが現れたって話や。しかも、子供らしい」
それ自分です、とも言えず、変な顔で黙っていると、男は内ポケットから携帯端末を取り出し、それを見た後、私に悪ガキのような笑みを浮かべながら言った。
「うし、んじゃ行こうか。シーナ・アキノちゃん」
ここでようやく悟った。どこかで聞いたような声。誰よりも黒いスーツ。そして、傭兵。気付くのが遅い位だ。
「分かりました。イサオ・ハスさん。いえ、蓮勲夫会長」
若干のかまかけを含んだ返答に、男、いや蓮重工会長蓮勲夫は驚きの表情を浮かべてから笑った。
「ハハハハ、いつから気付いてた?」
「さっき名前を呼ばれた時ですよ」
情けなさを感じて肩を落とす。前世の私なら、絶対しないようなミスだ。気が抜けすぎだろう。
「にしても、嬢ちゃんホンマに九歳か? 抜けてるとこもあるけどしっかりしすぎやで」
言われてどきりとする。前世を含めば四十年近い記憶を持っているのだ。それに気付かれた訳ではないだろうけれど、不気味に思われただろうか?
「もうすぐ十歳です」
内心を隠して、不満げに言う。
「そりゃお祝いせんとな。いつや?」
すると蓮会長は嬉しそうに尋ねてきて、罪悪感が芽生えた。
「八月七日だから……二週間後くらい?」
「ホンマすぐやな。誕生日パーティーはホームでするんか?」
「あー……。どうなんだろ?」
首をかしげると、蓮会長は「分からんのか?」と首をかしげた。
「はい。昨日ホームに着いたばかりで、まだバタバタしてるんです」
そう正直に言うと、蓮会長は納得したように頷いた。
「あー。せならサプライズでも企んでるんかもなあ。まあ、楽しみに待っとき?」
「はーい」
「ほな、行こか」と立ち上がった蓮会長に着いていこうとすると、蓮会長は自然と右手を差し出した。
「ほら、手ぇ繋いで。迷子なったら困るからな」
もしかしなくても、この人凄いいい人じゃないだろうか。差し出された手を左手で握ると、蓮会長は笑顔を浮かべて握り返し、ゆっくりと歩き出した。杖をついているのはファッションではなく、本当に左脚を悪くしているようだ。この感じだと、膝だろうか。
そんな蓮会長に連れられて奥に進むと、受付の辺りからサラが慌てた様子でやって来た。
「ちょっと、シーナ! 知らない人に着いて行っちゃ駄目でしょ! 貴方もすみません」
サラは私に怒りつつ蓮会長に謝るという器用なことをする。そんなサラに蓮会長は「いえいえ」と苦笑する。
「これからワシらの仲間になる子や。かまへん。でも、もうちと警戒心持つよう教えたってな」
その言葉に困惑した様子のサラに、私は種明かしする。
「この人は蓮会長。これから面接してもらう人です」
私の言葉にサラは硬直し、会長は爆笑した。
「アハハハハハハハッ! いやシーナちゃん、もう面接始まってるから!」
始めは何を言われたのか分からず、考えると徐々に今が理解出来、恥ずかしさに顔が熱くなる。
「うわ真っ赤。そんな恥ずかしがらんでも」
「というかシーナ、どんな話したのよ……」
「えっとな、……」
盛り上がり二人を放置して、うずくまりたくなる心と格闘する。面接前に面接官が接触してくるなんて、前世でもありふれた手だったじゃないか。何油断してるんだ。おまけに、それに気付かないなんて間抜けすぎる。泣きたい。
「あーもう泣かんでも。ごめんなシーナちゃん」
「放っておいてごめんね」
と思ったら泣いていたようだ。しゃがんだサラに抱きしめられ、蓮会長にハンカチで涙を拭かれる。周囲で行き交っていた人達は何だ何だと立ち止まり、集まってくる。それにさらに情けなくなって涙が出てくるのを堪えていると、サラに背中をポンポンと叩かれ、涙腺が決壊した。
「うわああああああん!」
「ごめんね、シーナ」
「あっほら飴ちゃんあげるから泣き止んでぇな」
「すみませんここで子供を虐めている人がいると聞きまして」
「えっお巡りさんいやそんなんじゃなくて私は保護者で……」
「こ゛と゛も゛し゛ゃ゛な゛い゛も゛ん゛」
「ああほら鼻水が。チーンして」
後日、ハイランド・医療コロニーの蓮重工営業ビルで、蓮会長が幼女を虐めたという噂が流れた。私悪くないもん。




