終わりの始まり1
「ふんふふんふーんふんふんふんふふーん」
マスク代わりの布のせいで歌いにくい鼻歌を歌いながら、鉄屑で一杯の一斗缶をディーゼルの軽トラックの荷台に載せる。九歳児にとって大仕事だけれど、もう慣れた。
タイヤに足をかけて荷台に上がり、運んできた一斗缶を荷台の奥に動かし、空の一斗缶を持って荷台を降りる。砂と青白い粒子が漂う瓦礫の街の、大通りを外れた横道は、足元が瓦礫のせいでデコボコで、軽トラが入って来れないのが残念だった。入ってこれたなら、もっと楽に仕事が出来ただろうに。
そのまま進み、コンクリートの壁に寄りかかる、というよりは半壊したコンクリート壁に埋もれていると言った方が近い黒く角張った巨人の元まで行き、その周辺に散らばる鉄屑を拾っては一斗缶に入れていく。
「重機か『ノーマル』があればなあ……」
そうぼやくも、青白い粒子が漂っているという『ホープ汚染』が明らかな所では、両者ともまともに動かないことは分かり切っていた。
もちろん、そんな所で生身でいれば五分と持たず死んでしまうのが普通だ。なのに、そんな所で私は一日中動き回っても平気なのは、カラクリがある。
私は、本来この世界にいない筈の人間なのだ。
狂人の戯言に聞こえるかもしれないけれど、詳しく言うと、私は前世交通事故で死んだ。その後、あの世に行き、特典付きで剣と魔法の世界に転生することになったのに、神様が色々手続きをミスしたせいで記憶が残ったままだわ、性別は変わるわ、銃とロボットの世界に転生してしまうわ、散々な目にあった。ちなみに、その時貰った特典が『全状態異常無効』だったお陰で、この『ホープ汚染地帯』でも平気で動き回れるのだ。その点だけは感謝している。
それはさておき、『ジャンク漁り』としては本命の『ノーマル』を始めとする兵器そのものの残骸を運ぶには、やはり重機が欲しい。欲しいけれど、『ホープ汚染地帯』じゃあ壊れて使い物にならないし、『ノーマル』も整備が倍以上必要になるしそもそも中古すら買う金が無い。
子供のジャンク漁りなら、どこかの『チーム』に入って技術や知恵を教えられながら育つのだろうけれど、私の両親が嫌われていたらしくアドバイスはくれても『チーム』には入れてくれない。両親の顔知らないんだけれども。
「色々詰んでるなあ……」
苦笑しつつ、鉄屑で満杯になった一斗缶を軽トラまで運び、荷台に載せる。もう一往復した所で拾える鉄屑が無くなったので、半分ほど入った一斗缶を適当に荷台に載せ、軽トラを動かす。『ホープ汚染地帯』でも動くほど原始的な電子機器しか積んでおらず、悪路だということもあり、時速十キロも出せない。それでも満足だ。
「さて……」
未探索の区画手前まで来たところで軽トラを止め、歩いて何か無いか探す。腰に付けた爆発物探知機のアラートが僅かに鳴り、緊張しながら探索を続けると、大通りに接したビルの壁に穴の空いた所に、錆びた機関銃と弾薬の山を見つけた。ブービートラップが無いことを確認した後機関銃を持って帰り、軽トラを横付けして弾薬を積み込む。
残る一斗缶は三個。今日は弾薬も拾ったから、今でも十分に黒字になるだろう。だけれど、時間もあるし、今後のことも考えてもう少し探索しよう。
そう決めて歩き回る。大破した『ノーマル』三機という宝の山に歓喜し、調子に乗ってさらに進むと、立ったまま壁に寄りかかる奇妙な人型を見つけた。
私は、『ノーマル』より二回り大きなそれを、最初『ハイエンドノーマル』だと思った。『ノーマル』をカスタマイズした高級モデル。もちろん売値は高く、心底重機が欲しいと思った矢先、そいつから僅かに青白い粒子が立ちのぼっていることに気が付いた。
「まさか……」
私はそいつの正体に気付き、恐る恐る近付いて観察する。ワインレッドの塗装に包まれた各パーツは角張っており、機動力よりも防御力と生産性に力を入れていることが分かる。目立つ傷はコックピットに当たる胸部左下の穴だけで、あとは塗装と装甲表面が僅かに削られているだけ。各部のブースターには砂が詰まっているものの、かき出せば使えそうだ。そして、私はその各パーツに統一感のある機体に、見覚えがあった。
「『リンクス・アント』嘘だろ……」
そう、そいつは、前世で程々にやっていたゲーム『WORLD END Ⅳ』の定番の機体、GF社製の『アント・シリーズ』というパーツを組み合わせた人型機動兵器『リンクス』の『アント』だった。