第8話「第2階層と祭」
お待たせいたしました、第7話約13500文字になります。この話数でようやく10万文字を越えました。
2017年6月27日修正:サブタイトルの変更
迷宮“ベルクリウス”地下第2階層。
第1階層に比べ幾分か天井や横壁の間隔が広がり、階層自体の広さも2倍ほどになったその場所に一塊の集団がいた。
「アイシャっ、支援魔法っ!」
集団の中にいる冒険者の数は6人。それらを統率するのは20代後半に見える大柄の男だ。
彼は自分で3匹のモンスターを相手にしながら仲間たちに次々と指示を飛ばしていた。
「はいっ」
そんなリーダーの指示を受け、一人の少女が瞬時に魔力を集中させていく。
そして短時間の準備の後、すぐに魔法は発動し残りの5人の仲間たちに掛かる。支援魔法の効果としては筋力や防御力の強化など恩恵は多大だ。
また彼女が得意としているのはそう言った支援魔法ではなかったが前線に出られない魔法使いはサポートする立場が多い。それは彼女自身も理解していたため特に不満はなかった。
しかしながらここ2階層からはモンスターの数が増える。第1階層を1とするならばこの階層は2に相当する量と質である。
当然のことながらモンスターのレベルは軒並み上がり、ゴブリンでさえそれなりに厄介な相手となる。今現在彼らが相対している敵もそのゴブリンだった。
「このっ緑やろうっ」
斥候を得意とする前衛の男が2匹のゴブリン相手に大立ち回りをしている。しかしながら彼の体には幾重もの傷跡が見え、下の体までは到達してないにしろダメージが見えた。
また吐く息も荒く、そう長くは均衡を保てないことは明白だ。
「アルっ、もうちょっと粘ってくれっ!」
仲間を元気づけるのもリーダーの役目である。自分の担当していたゴブリンをすでに2匹片付けたその男は残りの1匹を素早く倒そうと全身に力を入れる。
当然ながらこのパーティーで一番強いのはリーダーである自分である。また仲間もそれぞれに腕が立つことは第1階層にて把握していたが、疲労などからその動きが精彩を欠いていることは目に見えている。
だからこそまだそこまで疲弊していない自分が早く倒し、仲間と交代する必要があるのだ。
戦闘を始めてすでに15分は経過しているだろうか。
魔法使いである仲間のアイシャは慣れない支援魔法と回復魔法によりその魔力を殆ど枯渇させている。
また斥候役であるアルはすでに切り傷程度だが体に刻んでいる。そしてメインタンクの大男ログラはホブゴブリンとゴブリン2匹相手に一歩も引かずに堪えてくれている。
またすでに弓矢を使い果たし、手にする短剣でゴブリンと渡り合っている少女とそれを援護する形で長剣と小さな盾を持つ少女の姿も見える。
それらを改めて確認しながらリーダーの男は目の前のゴブリンに集中した。
最終的にそれらすべてを討伐し終えたのはそれから30分も後の事だった。
「や、やっと終わったぁー」
傷だらけであり行き絶え絶えなアルと呼ばれた少年は体を地面へと投げ出しながら大きく息を吐きだした。
すぐに回復魔法をかけるアイシャ。一番下の回復魔法ではあるが瞬時に傷が塞がるほどには回復力がある魔法である。
「ありがとな」
僅かに光る自分の体を確認し、赤く線を引いていた自分の体がすでに癒えていることを確認したアルはそう呟く。
「それにしても第2階層ってここまで数が多かったっけ?」
死んだゴブリンから自分の矢を回収しながらつぶやく少女。補給が出来ない迷宮では矢の再利用が必要なのだ。
そんな少女の傍らで黙々と魔石の回収作業をしていた少女も同意するように首を振る。
「いえ、ここまでの数はあまり確認されていません」
機械的な声で返事する少女はこのパーティーの中では参謀的な立場にいる少女だ。その為攻略中の階層についての情報は一番持っていると言える。
「ラミルがそう言うなら、間違いないね」
リーダーの男はそう言うと自分の装備の手入れをしていた。命を預ける相棒に気は抜けないのだ。
「そうは言ってもまだ半分くらいだよ?」
そう呟くのは魔法使いのアイシャだ。
このパーティーの中での瞬間火力では彼女が一番高く、また第3階層までの経験者でもあるのだ。
「第3階層ではこのくらいは当たり前だし、そこまで変わっているようには見えないけど」
そう言うのは自分の第3階層での経験からだ。
過去に所属していたパーティーは事情があり解散したが、到達階層は第3階層でそれなりに冒険者がそろっていた。
「そうは言ってもアイシャ、これ以上進むのは危険だと思う」
ラミルはどうやらこの階層に異変が起きていると感じているようだ。
「可能性があるとしたら、化物祭か?」
化物祭、それは階層限定で起きるモンスターの異常発生だ。
通常大量に冒険者が通る上の階層では起きない現象である。確認されている階層で一番高いのが12層であり、過去の記録からもこの第2階層で発生したなど全くもって想像の範囲外だろう。
「化物祭?それって、下の階層で起きたって言うモンスターの異常発生だろう?」
いつの間にか地面から起き上っていたアルは自分の荷物から水筒を取り出し、自分の喉を潤しながら言った。
「こんな上の階層で発生するのか?」
未だに第2階層よりも下に行ったことが無いメンバーにとって化物祭など経験したこともない現象である。
「可能性はすごく低い、でもないとは限らない」
これまでの知己を総動員しているのか難しい表情のままラミルが呟く。
彼女自身も化物祭自体の事は知っている。しかしながらそれがどうして起きるのか、何が理由で発生するのかはわかっていないのだ。
もちろんギルドなども調べているが未だに原因が分かっていないのが現状だ。
「うん、そうだな」
これらの意見を聞き、まとめ決断するのだリーダーの仕事だ。
「まあ確かにモンスターの数がなんか多い気がするのは確かだ」
自分も戦いながら昨日までの道中と比べ2倍まではいかないが増えているのだ。そしてそれは直接彼らパーティーの疲弊につながっている。
「ラミル、魔石と素材の収集状況は?」
そんな決断の為に判断材料となるのは第2階層の攻略理由の一つだ。
「目標額まではあと少し。たぶんあと一回戦えば溜まる」
彼らが目標にしているのはお金の収集である。
彼らは同じ故郷の出であり、幼い頃より一緒に育ちここ王都ルグルスの迷宮まで出てきたのだ。そんな彼らの現在の目標が第2階層攻略でもあるがお金を集め、彼らの拠点である住居を買う事だったのだ。
当然すでに購入予定の家は決まり、金額ももう少しで溜まる。当初の予定では今回の攻略でお金を貯め、そして家を購入することになっていた。
「私は構いませんよー」
そんな中唯一外部からの参加者であるアイシャはご勝手に、と言うように手をひらひらさせている。彼女の感想としては以前のパーティーと比べ全体的に弱く魔力を消費させられるがその分戦闘に参加していないので肉体的な疲労は皆無なのだ。
「アイシャがそう言ってくれてることも含め、あと一当りしたら引き上げようか」
そのリーダーの声と共に一同は重い腰を上げ、もうひと頑張りと己を激励するのだった。
☆
「ほう、そのような事が」
そう呟くのは目の前に座るリンクそっくりな人間、いやロボット端末であるルシアだ。
リンクは昨日雇った補助者であるリアとその双子の妹であるリナを助け、そのついでにこの屋敷に誘ったことをルシアに告げていた。
「それにしても思っていた以上にこの都市の治安はよくないようですね」
ルシアの中で比較されているのはリンク達が暮らしていた地球での治安である。
警察組織はほとんどを機械化し、見回りやパトロールに関してもそれらが代わりを務めている。その為人件費等がかからず、また数も多い事から治安は十全に保たれており、街中のいたるところに接しされているスキャナによって人々の行動は監視されているのである。
「まあ監視社会よりは幾分かまし、とは思うけどな」
そう呟くのはエリナによって出された紅茶を啜るリンクである。
彼は当事者でもありながらどこか客観的な意見を述べている。
「そうですね。確かに私が言うのは何ですが、どこか息が詰まりそうな場所でしたから」
軍に所属した後でも各個人の部屋、廊下など軍事施設内にはそれなりにスキャナが存在した。
それらをいつも避けるように行動していたリンクと、それに付き合わされるルシアにとって忌々しいものでもあった。
「そう言うなや。あれのおかげで犯罪発生率が激減したんだから」
確かにリンクの言う通り設置後は前年度比較の5割減と恐ろしいほどまでに犯罪が激減したのだ。
またそれらは早期解決にも役立っている為、未だに設置されていない未開発地においても設置が検討されているのである。
「まあ、確かにそうですが。それよりも先ほどいただいたデータ、解析が終了しました」
いつの間にか屋敷やこの敷地内すべての範囲においてラグなしの通信を可能にしていたルシア。リンクがいない間に簡易通信機を配置したのだろう。だからこそエッグリースから離れたこの屋敷内でも本体と並列して作業が出来るのだ。
そして先ほど迷宮内での情報をチップ状にしてルシアへと渡したリンク。目的としては戦闘データからの新たな武器などの開発もそうだが、モンスターの解析だ。
「そうか、で結果は?」
最初にこの世界のモンスターである古代竜を確認した時感じていた違和感。そしてそれは迷宮に入るとさらに拡大していた。
「はい。やはりリンクの想像通り、この世界のモンスターの体内には変異した状態ですがナノマシンの存在を確認しました」
ルシアが確認したのは持って帰って来たゴブリンの血液サンプル。恐らくその中にナノマシンの存在が確認できたのだろう。
「変異?」
しかし、当然のことながらそのナノマシンはリンクの知っているものとは違ったものだった。
「はい。基本的な配列は同じなのですが自己増殖のスピードが異常です。また外部からの停止信号を受付ない仕様になっており、機能停止させるには宿主の生命活動を停止させる必要があります。またこれらのナノマシンはすべて個体内部で独自進化していると考えられます」
「と言うと何か?ナノマシンの種類はその個体によって変わるって事か?」
「はい、そうです」
同じナノマシンの恩恵を受け入ているリンク。しかしその同じ相手がモンスターと言うのは正直ありがたくなかった。
「知りたかったような、知りたくなかったような」
「それと、検査していた金属類からも微量ですがナノマシンの存在を確認しました」
ルシアが行っていた鉱石類の確認。そこでもモンスターと同じようにナノマシンの存在を確認していたのだ。
「そうなると、やはり地球がここまで変異しているのはやはりナノマシンの暴走が原因か?」
「そう結論づけるのは時期早々かと。しかしその可能性は大いに考えられます」
同じ惑星である地球、しかしながら僅か1万年ほどで生物や環境がここまで変化するとは容易に考えられることではない。
「まあ、少しづつ確認していけばいいさ。それにまだこの世界ではイオスも確認できてないしな。俺としては死滅してくれていたらありがたいが」
「その可能性は低いと思いますが」
「夢も希望もありゃしねぇ」
そう言いながらリンクは紅茶を啜る。甘い香りと豊かな味わいが口の中を満たす。
するとメイドの一人半森精族であるジュリーが部屋に入って来た。
「ご主人様、お客様が来られました」
リンクにしてみたらその客はようやく、と言えるほどに待っていた客だった。
「薄々気づいてはいましたが、ここまで大きいとは・・・」
ため息なのか、それとも諦めから出た吐息なのかはわからない。しかしながら彼女を圧倒させるだけの巨大な屋敷が目の前に建っていた。
「いらっしゃい、ようこそ我が家へ」
そう言って広々とした玄関で迎えたのはこの家の家主であるリンク・クドウ。そして迎え入れられたのは昨日まで狭い路地にある小さな賃貸で暮らしていた双子のリア・リナ姉妹である。
「お邪魔します」
リナはリンクに合えたことが嬉しいのかさっさと屋敷の中へと入って行ってしまう。そんな自分の妹の背中を追う形でリアも屋敷の中へと足を踏み入れた。
屋敷に入ると目の前に広がるのは広いエントランス。すでにその大きさだけでリアたちが済んでいたアパートのすべての大きさを越えてしまうだろう。
「・・・・・」
無言になるリア。それとは対照的に興奮した様子のリナはあちこちに飾ってある装飾品を見て回っている。
しかしながら流石に高級そうな装飾品に触るのは躊躇われるのか触ろうとはせず、みているだけなのでリアも安心だ。
「どうした?」
そんな正反対の姉妹を面白そうに眺めて尋ねるリンク。リンクとしてはおそらくその様子自体が楽しいのだろう。
「・・・いえ。改めてリンクさんが性格悪いことを思い知らされましたので」
そっけなく、いやむしろ冷たく言い放つリア。
「えっ、あれぇ・・・」
その言葉におろおろしながらリンクはメイドを先頭に案内を始めた。
今日リアとリナがこの屋敷を訪れたのはほかでもない、昨日まで住んでいたアパートからこの屋敷に引っ越す為である。
男たちから目をつけられ、慰み者にされるところまで行っていた二人を助けたリンクは彼女たちを屋敷に住まわせることにしたのだ。
当然なんの対価もなく、人の家に住まわせてもらうなどリアは許さない。
初めのうちはなんとなくその場の雰囲気に流され了承してしまったが、その後に補助者の仕事をリンクのパーティーと正式に契約することでなんとか自分なりの落としどころを見つけたのだ。
それに妹であるリナの仕事もこの屋敷でメイドとして雇ってくれ、かつちゃんと給料も支払うという。
リナは長い間寝込んでいたため体は細く、それなりに肉体労働は出来ない。それらを見越しての話だったため妹共々屋敷で世話になろうと考えたのだった。
しかし、
「誰がこんな立派なお屋敷を想像できますかね」
半分笑いながら出された紅茶に口を付ける。
「出てきた紅茶も高級な物とは、どことなく嫌味を感じずにはいられません」
「失礼だよお姉ちゃん」
元気な妹は脳天出来いいな、と睨み付けながら遠慮なく紅茶を飲む。
そんな二人の前に座っているのがリンクである。
「まあ屋敷の規模を言っていなかったのは謝るけど、君たちも今日からここに住むんだよ?」
そうなのだ、現在不機嫌な態度を取ってはいるが最終的に自分へとブーメランが帰ってくることを想像できないリアではない。それくらいには知恵が回るのだ。
「そうでした」
渋々、そう渋々、仕方なくここに住むのです。
「夢みたい。まるでお姫様だねお姉ちゃん!」
全く、こんな妹に育てたのはどこの誰でしょう。・・・・私でした。
改めて妹の将来が心配になったリアはそんなことを頭から振り払うように話題を変える。
「それで、私たちはどこのお部屋を使えばいいのですか?」
この屋敷に入る前にこの母屋以外に使用人用なのだろう、少し小さめの建物も確認している。
もちろん小さいと言っても母屋との比較であり、自分たちが済んでいたアパートとは比べ物にならないほど大きなものだが。
だから恐らくは使用人と同じようにその建物で生活するのだろうと思っていた。それは妹であるリナがメイドとして雇われると聞いていたからでもある。
「そうだな、母屋の二階左の客室が沢山余ってるから好きな部屋を使っていいぞ?」
予想が外れたリアは飲んでいた紅茶を盛大に噴き出した。
傍の妹が汚いよとお世話を焼こうとしているが今はそんなことどうでもいい。
「客室を、ですかっ?」
まるで信じられない、と言うように目を見開くリア。それもそのはずこのクラスの屋敷になると客室の一室と言えどその広さは質素な一軒家ほどもあるのだ。それを考えると頭がくらくらしてきそうだ。
「そうだけど、どこか気に入らないか?」
リンクとしては同じ家に住む時点で家族も同然なのだ。だからこそ同じ母屋で余っている部屋であるならばどこでも好きに使ってもらう予定だった。
「いえ、不満などは、ないですけど」
非常識の塊のようなリンクに視線を向けながらリアは考える。
これほどまでに私たちを好待遇にしてこの目の前の男は何を考えているのだろうか、と。確かにリアとしては何でもする、と言ってしまった手前それを撤回するのもプライドが許さない。それにもし何を要求されても従うつもりも、無いわけではない。
「なら後で好きに部屋を見て回るといいよ。俺は研究室の方にいるから何かあったら声を掛けてくれればいいよ」
ほとんど丸投げではないか、と喉まで出かかった言葉はかろうじて飲み込む。
「わ、わかりました」
その返事を聞いて納得したのかリンクはメイドに後を頼むと部屋を出て行った。それにしても豪華な部屋である。
リンクが部屋の外に出たことでようやく心に余裕が出来たのか部屋の調度品等が視界に入って来た。そしてその中にはメイドの姿も入る。
「ではご案内します」
そう言うのはどこか見たことがある白い耳と頭髪をした美人なメイド。
「あっ、あなたっエリナさん?」
ようやく気付いたのか、とでも言いたげな視線を受けながらも初めて認識したリアにとっては驚きの方が大きい。
「いまさら何言ってんの?玄関でエリナさん挨拶してたじゃん」
茶菓子を口に詰め込んでいる妹はさも当たり前だと言うように呆れている。あとで説教決定だ。
「へ、へぇ。それにしても冒険者としてだけでなくメイドもされたんですね」
落ち着きを取り戻そうと努めて冷静に自分をいさめるリア。
「はい。自分はあくまでメイドであり、ご主人様のお役に立てるように冒険者としても御そばに侍らせていただいております」
そして改めて発見したが彼女の首には奴隷の証である首輪があった。
「その首輪って・・・」
「はい。奴隷としての証でございます」
そんなやり取りをしているリナがバカじゃない?とばかりに視線をぶつけてくる。いつの間にかそこまで親しい中になっていたのだろうか。とりあえず説教の内容を追加である。
「そうだったんですか」
リアとしても奴隷に対しての嫌悪感など差別的な意識はない。それは幼い頃から補助者として様々なパーティーにて奴隷と冒険を共にしてきたからでもある。
「はい。ではお部屋の方へとご案内します」
先ほどまでの頬を赤く染めていたエリナはどこへやら、いつの間にか仕事モードへと切り替わった彼女は素早く自分の仕事を始めた。
「それで、いったいそれはなんですか?」
冒険を共にして何度目かわからない問いを向けるリア。その表情にはすでに驚きの表情などはない。彼女もなかなかに慣れてきたと言えよう。
「これは小さな爆発魔法によって小さなこれくらいの金属を飛ばす武器だよ」
そういいリンクが取り出すのは全長2メートル近い金属製のライフルであった。
いま彼らが居るのは迷宮第2階層の入り口である。
引っ越し作業を早々に、半ば強引に終わらせたリアを連れ、リンクは新兵器の動作試験と称し迷宮へと足を運んでいたのだ。
「モデルは21世紀ごろの火薬銃でバレットシリーズ、らしい」
らしい、というのは実物をリンクは見たことが無く、またこの銃を制作したのがルシアであるからだ。
「まあバレットと比べてセミオートじゃないんだけど」
そう言いながら電脳に記録されたデータを読みながら動作確認を行っていく。
「爆発魔法、ですか?」
興味を示したのは意外なことにエリナであった。
彼女自身は魔法を使えない。魔力が無いのか、というと違うらしく単純に魔法の特性がないらしい。
「うん。この薬莢ってやつの中で爆発を起こして、前の弾丸、この黒い金属の奴を押し出すんだ」
実際のところは魔法ではなく、薬莢内にある粉末状の金属粉にエネルギーを使い化学反応を起こさせ爆発させるらしい。実のところリンクも構造はよくわかっていないのだ。
「すごいです。ご主人様は職人でもあらせられるのですねっ!」
改めてエリナのご主人様すごい話が盛り上がったところで一行は前進を開始した。
入る前にこの階層で必要そうな物資等はあらかた用意していた。また前回は使わなかったが簡易医療セットも用意している。
それらはすでにルシアに頼みラボにて量産のめどが立っており、この世界の材料から制作が可能であるらしい。
そしてもちろん先頭を行くのは長大なライフルを肩に担いだ状態のリンクである。
ライフルの射程は理論値では4キロほどになり、その威力も腰に下げているエネルギー銃の方と差して変わらないそうだ。
しかしながら物理的な反動が高く、普通の人間であればまず立った状態では打てないらしい。そしてライフルの重さ自体も20キロ近くあり、なかなかな重量なのである。
そんなライフルを軽々と担いだリンクを先頭に歩く一行。そして5分ほど歩いたとき先行させていたドローンから情報が入る。
「敵か」
短く呟くリンク。後ろの二人もその言葉に素早く反応を見せ、エリナは腰の剣に手をかけリアは表情を変える。
「どうやらゴブリンのようだ。数は15体、普通のゴブリンが10体、でかいホブゴブリンが1対、残りの4体は・・・これは鎧を着ているのか?」
リンクの電脳内に表示されているドローンからの映像にはお粗末だが鎧と言えるものを身に着けているゴブリンの姿が見える。
「それは普通のゴブリンでも上位種のゴブリンですね。知性が高くなり、それなりに連携を取ってきますので厄介な相手です」
リンクの報告にすぐ説明を加えるリア。この連携もなかなかに様になって来ていた。
「じゃ、さっそくこれを使ってみるとしますか」
目標であるゴブリン集団までの距離は200メートルほど。電脳内のマップでは殆どここから直線であり、そろそろそのエリアにゴブリンが角を曲がって出現する頃間だ。
「とりあえず耳ふさいどいたほうがいいよ?」
地面にうつぶせに寝ながらライフルのバイポットを展開させるリンク。その忠告に素直に従ったエリナはすぐに両耳に手を当て押しつぶすように耳をぺたんと寝せる。
その恰好は意外にも可愛く、リンクの視線を引き付けた。しかしながらここは迷宮である。すぐにセンサーにゴブリンの到着を知らせる反応が現れた。
「よっし」
短く呟くとリンクはスコープを覗き込む。このスコープに関してはすでにあったライフルの余りものを流用している。
その為電脳とのリンクが可能であり、本来であればこのような体勢になる必要はないのだが、テスト試射もしていない武器なのだ。どれほどの反動があるのかわからない。
だからこそ安全に安全を重ねるのだ。
覗き込んだスコープ内、距離にして196メートルにゴブリン集団の先頭が見える。数は15匹。最後尾には一際でかいホブゴブリンの姿が見える。
狙うはまずは普通のゴブリン。その中央である。
ゆっくりとエイムをし、引き金に人差し指を掛ける。
そして中央のゴブリンの頭部とあった瞬間に引き絞った。
起きていた撃鉄が落ち、薬莢の後部を叩く。その直後に化学反応を起こし、薬莢内部にて急速に爆発が発生し、前方の弾薬を押し出す。
弾薬に使用されているのはミスリルと言う金属だ。現在最高硬度と言われているアダマンタイトの一つ下であり、粘り気ならばそのアダマンタイトよりも上である金属である。
その弾頭が銃身内部を通り、螺旋状に刻まれたライフリングをとおり回転しながら発射される。同時に発される強烈な炸薬音は聴覚を遮断していたリンクの体を揺らすほどのものだった。
その直後には強烈なリコイルがリンクの肩に届く。通常であるならばその衝撃は肩を砕き、70キロほどの人族であれば吹き飛ばすほどのものだ。
しかしリンクが着ているのは堅牢な戦闘用スーツであり、またつま先からは固定用のアンカーを地面に打ち付けている。なので動くことは無かった。
爆発の威力にて加速された弾丸。それは人間には到底不可視な速度で飛翔する。その速度、秒速2キロを超える速度である。
約音速の2倍の速度で到達した弾丸。しかしながらそれを受け止める方にはそれほど硬い物は存在しなかった。
先頭のゴブリンの額に到達した弾丸。それは何の抵抗もなくその頭部を破壊し、後ろにいるゴブリンの頭部の半分を破壊。しかしそれでは止まらずその後ろにいるホブゴブリンの胴体にめり込み、大きな空洞を作った。
「すっげぇ威力だなこりゃ」
着弾からすべてを見ていたリンクは口笛を吹きながら改めてライフルを見据える。
「これじゃ対人用として禁止させるのはわかる気がするな」
21世紀ごろには対戦車ライフルの対人使用は国際法で禁止されていたらしい。たしかにこれほどの威力であれば人道的に考えてもいいものだとは到底言えない。
「す、すごい音ですね」
密かに納得していたリンクに掛かる声。その主はリアであることをすぐに理解したが、なぜかいつもと違う感じである。
疑問に思い、後ろを振り返ったリンクが見たものは耳をフードの上から抑え、涙目に喋るリアの姿だった。
「おまえ、耳を閉じてなかったのか?」
おそらくは強烈な爆発音に耳をやられたのだろう。その痛みと驚きで涙を目に貯めているようだ。
「だって、これほどまでに、音が、するとは思わなかったんですっ」
過去の自分に文句を言いながら耳をなでるリア。どうやら鼓膜は破れていないようだが余程ビックリしたようだ。確かにこの世界には火薬銃が存在しない。だからこそこの音は聞いたことが無いのだろう。
「全く、ご主人様の言う通りにしないからそうなるのです。元々私達獣人族は聴覚がいいのですから、それを思ってのご主人様の忠告を無視した罰です」
さも当然の様に頷くエリナ。実際のところ彼女の耳もぴくぴくと痙攣していることから少なからず被害はあったのだろう。今後の課題であると心に刻みながらリンクは視線を前に戻す。
ゴーグル越しに表示された望遠映像には突如やられた仲間に慌てふためくゴブリンの姿が見える。先ほどの一撃だけで巻き込み事故を合わせ4匹のゴブリンが絶命していた。どうやら弾丸の余波で死んだらしいもう一匹のゴブリンはご愁傷様である。
「しゃあない、残りの11匹はこれでやるか」
そう呟きリンクは腰の銃を取り出す。そしてライフルの回収をエリナに命じると前方へ向かって駆けだした。
スーツの出力は30パーセントで固定。身体能力のアシスト程度で済ませ、残りの己のからだによって駆ける。
両手に持つ銃はすでにエネルギーが充填され、いつでも発射可能な状態だ。
〈モード:ショット〉
対人制圧モードである散弾を選択し、見据える先は混乱の中にあるゴブリンの集団である。
彼らのリーダーであるホブゴブリンはすでにこと切れ、判断を下せるものはいない。
だからこそリンクによる蹂躙が始まった。
まず最初に銃口を向けた先は右側のゴブリン3匹である。
照準を合わせ、重なった瞬間に引き金を引きしぼる。すると面制圧用のエネルギー散弾が銃口から射出される。
「これで残り8」
リンクは自分に言い聞かせる様に次の標的へと視線を向ける。先ほど向けた銃口の先のゴブリンはすでに倒れようとしている。体には複数の弾痕が刻まれ、大量を血液で地面を染めていた。
リンクは引き金を引いた後の敵はすでに見ていない。だがそれは確実に倒したという感覚からくるものであり、自信があるからである。
手に持つ銃の残弾はほとんど無限。だからこそできる散弾の連射という方法でリンクはその場を蹂躙する。
あるゴブリンは横っ面を吹き飛ばされ、その頭部は半分を失っている。そしてあるゴブリンは腹部に受けた弾で内臓を地面へとこぼしていた。
最終的にリンクがそれらゴブリンを殲滅するに要した時間は1分にも満たなかった。
「やはりこの程度ではそう時間もかかりませんか」
半分呆れたように言葉を溢しながらリアが剥ぎ取りをしている。彼女は戦闘に関わらない為進んでそのような作業をしている。
元々補助者でありそれが仕事でもあるがここまで殲滅速度が速く、また数も多いと苦労するのだ。
それを知っているエリナも手伝い、最終的には暇になったリンクが手伝いすぐに剥ぎ取りは終了した。
「それにしても2階層から結構数が増えたな」
呟くリンク。確かに先ほどの集団は1階層で殲滅した集団よりも3倍近くの数である。
「はい。確かに2階層からは数が倍ほどのになります。ですが先ほどの集団は少し多かった印象を受けました」
攻略経験があるエリナの言葉。そこからは少し困惑した表情を浮かべていることが分かる。
「エリナさんの言う通りですね。2階層と言えどあそこまでの集団はなかなか出会わないですよ?」
2階層での仕事の経験があるリアも同意する。
「なんだ、ならなんか異常でも起きてるってか?」
通常と違う現象。それは増えた敵の数から想像したのだろう。
「迷宮、ですからね。何があってもおかしくはありませんよ」
時々起こる迷宮での異常事態。過去には下の階層のモンスターが上層で出てきたり、などの事件が起こっている。そしてそれらは冒険者であったエリナやリアの二人は知っていることだった。
「まあ、異常があるってんなら帰るのもいいとは思うが」
「確かに、しかしまだ確証がありませんね。判断するのはもう少し進んでからでもいいでしょう」
結局のところ、リアの言葉で再び進むことにした一行は2階層のさらに奥へと進む。
途中で10匹ほどのゴブリンの集団に出くわしたがすぐにリンクが殲滅し、魔石などを取るという作業に変わりつつあった。
「うーん、ゴブリンばかりじゃ代わり映えしないなぁ」
第2階層に入ってすでに3時間。第1階層であればすでにボス部屋に到達している時間だが、リンクの地図上では未だに半分ほどの地点である。伊達に第1階層の2倍以上の面積を持っているわけではないらしい。
「まあまあ、それでもこの速度は異常ですよ」
励ますようにリアが言いながら、バッグから飲み物を取り出している。歩きながらの補給タイムである。
「確かにご主人様の殲滅速度はとびぬけております。それでも未だに全力でないとは、流石ですっ!」
リンクの傍で甲斐甲斐しく世話をしながらつぶやくエリナの頬は赤く染まっている。まあ、ほとんどの場合リンクの傍に居ると赤くしているのだが。
「そうか?なら、まあいいか」
そう言いながらもリンクは視線を空中に泳がす。現在リンクの視界中にはドローンからの偵察映像がリアルタイムで表示されているのだ。
「それにしても先ほどからモンスターに遭遇しませんね」
いつの間にか水筒を鞄に戻したリアが呟く。彼女たちはすでに20分ほど敵と遭遇していない。入り口付近では5分おきに遭遇していたことを考えると少し少ないのだ。
「確かに、先行させているドローンにも敵の反応がないな」
リンクがそう呟いた時だった。突如ドローンの視界に一人の少女が映った。
「なんだ?」
真っ先に捉えたリンクはその少女の服装に眉をひそめる。
リンクの、ドローンの視界を介して表示されている少女の服装は全身を殆ど血の色に染め、ズタズタに引き裂いている。
それらボロボロの服の下には赤く血を流す白い肌が見えている。さながら満身創痍というような状況で少女が必死に走っているのである。
「どうかされました?」
真っ先に反応したのはエリナである。リンクの雰囲気の変化に敏感に反応したのだ。
「いや、同業者だろうが、大分危ないな」
そう言うとリンクはスーツの出力を上昇させ、ドローンがいる100メートルほど先の地点へと走り出した。そしてその後を追従するようにエリナ、そして慌てたリアが追いかける。
その少女とはすぐに合流できた。
視界に入った途端リンクの鼻孔に微かながら血液の匂いとそれらに混ざりモンスターの体液の匂いが届く。
全身を汗と血と敵の体液に濡らした少女は目の前に現れた全身金属スーツのリンクに一瞬顔を恐怖に染めたがその後ろからエリナとリアが顔を見せたことで安堵の表情を浮かべた。
「・・・・った」
リンクの聴覚でも聞き取れないほどに掠れた声。それは今までどれほど走っていたのだろうか、と思わせるほどに荒い息である。
「おい、大丈夫か?」
リンクの目の前で倒れ込むように地面へと身を投げ出した少女。それを咄嗟に抱き留めながらリンクは尋ねる。すると血で汚した顔で少女は言った。
「に・・げ・・てっ」
小さくも意思の籠った声。それは確かにリンクの元へと届いた。しかし状況を知らないリンク達は戸惑いの表情を浮かべる。
「恐らくモンスターから逃げてきたのでしょう」
彼女の姿からそう分析したエリナは厳しい表情で少女を睨み付ける。モンスターのなすりつけ、と言うのはたまにある事なのだ。
しかしながら、目の前の少女は満身創痍なのでその考えは即座に否定されたが。
「彼女の血は床に付いています、おそらく敵が追ってきます」
自分の武器を構えながらそう呟くエリナ。そんなエリナの様子にいち早く気づいたリアが声を上げる。
「まさか、」
そんな彼女の声は続かなかった。
「なんだっ!」
突如声を上げたのはリンクだった。
少女を見つけてから周囲の偵察を行っていたドローン。そのドローンからの警告音と、それに映る映像を見たのだ。
そしてそれと同時に地面から微かな振動と、遠くから音が近づいてくる。その音は徐々に大きくなり、次第に聴覚にて確実に捉えられる距離にまで到達した。
そして遠く曲道にて先頭が顔を出す。リンクの暗視装置にて捉えたのはゴブリンだった。しかし、その数は10どころではない。
「なっ!」
驚きの声を上げるリンク。そしてその声とほぼ同時にそれを捉えた者がいた。獣人であり、視力がいいエリナだった。そして彼女はある結論に達する。そう、それは
「怪物祭・・・」
怪物たちの殺戮の強行進であった。
最近忙しさが増し結構ギリギリになってます(泣き)
しかし!あきらめず頑張っていきまっしょい、
という事で3月10日の更新までお待ちください。