第7話「ボス戦と客」
この話は2017年6月27日の修正の際に第6話を分割したものです。
内容自体の大きな変更はありません。
扉の先にいたのは下に降りる階段の前に居座る2メートルほどの身長を持つ緑色の生き物。そしてその周りには半分ほどの大きさのゴブリンが5匹いる。
そんな彼らの装備は先ほどまでのゴブリンの装備とは違い、主な武装として剣を持っていた。
「剣持ちのゴブリン5、ホブゴブリン1、情報通りだな」
そう呟くとリンクは足に力を入れた。
「さて、どこまで有効か試そうか」
その直後にはじけた。そう思えるほどに瞬時に加速したのだ。
足の裏からアンカーを打ち込み、滑らないように地面をけり出す。その瞬間出力は床の石材を砕くほどの力だった。
ゴブリンまでの距離は優に20メートルほどある。ホブゴブリンの前に壁の様に展開しているのだ。
しかしそれらのゴブリンまでのコンマ何秒の速度で到達し
「まずは一つ」
そう言いながらリンクは右手を突き出した。
繰り出されたのは単純な拳であり、しかしながら加速したすべてのエネルギーが乗った一撃は容易に一匹のゴブリンを吹き飛ばす。
ゴブリンの視力では捉えることが出来なかったのだろう。殴られる瞬間のゴブリンの顔は驚きも何もないものだった。
吹き飛び、階段右の壁に激突するゴブリン。しかしながらそこから立ち上がることは二度となかった。
その証拠に顔面は陥没し、目玉は飛び出ており、叩きつけられた壁には赤い染みが残っている。
それを確認するまでもなく、リンクは次の標的へと迫る。
伸び下右手を引き寄せる、それと同時に体を回転させ、右足を左隣のゴブリンへと放つ。
一般的に足の力は腕の3倍と言われている。その比率は現在のリンクにも適応される、だとすると放たれた蹴りを受けたゴブリンは当然ながら。
「フゲッ」
短い断末魔と共にその横のゴブリンを巻き込みながら吹き飛んだ。
これまでの時間僅か2秒。その間にようやく現状を呑み込んだのか、ほかのゴブリン、行っても残り2匹だが動き出す。
「ガルルッ」
理解できない低能な言語を放ちつつ飛びかかるゴブリン。その動きは先程までのゴブリンとは違い、キレがあるが。
「でも、遅い」
リンクのその言葉が示すように加速した電脳の世界では止まって見えるのだ。
リンクは背後から振り下ろされる剣を捉える。その刃はすでに刃こぼれしており、まともな整備をしていないのが一目瞭然である。恐らくは過去に敗れた冒険者の持ち物なのだろう。
そんな剣がリンクに向かって振り下ろされる。僅かな時間で体勢を戻し、向き合うリンク。
そして次の瞬間到達した剣はしかし、金属音を立てて受け止められていた。
「フガッ?」
疑問に思ったのだろう、なんせゴブリンの斬撃を受け止めたのは目の前にいる男であり、その男の手には何一つ武器が見えない。
「そんな鈍らじゃ刃は通らないよ?」
受け止めた場所は左手の手のひら。そしてその手は黒い金属製の物に包まれている。
リンクは左手でそのまま剣を握る。するとなんの抵抗もなく金属製の剣はパキンと砕け散った。
そしてその直後に右手を突き出す。その拳は最初の攻撃の様な威力は秘めていないが、それでも無防備なゴブリンを無力化するには十分なものだった。
「あと一つ」
そう言って視線を残った一匹へと向ける。
しかし、そんな悠長にしている暇を与えてくれるはずがない。
風を切る音、そしてリンクの視界に直後現れたのは巨大な肉体だ。
「ようやく出て来たか。部下を無駄死にさせるとは、同じ上の者として見ていられないな」
わずかな軸の移動で躱すリンク。その直後にホブゴブリンが放った攻撃が地面を打ち付けた。
硬い物同士がぶつかり合う甲高い音と散る火花。そして吹き上がるのは砂埃とホブゴブリンの咆哮だ。
「ガアアアア!」
体の芯まで響くような大きな音はリンクの近くで放たれる。しかし意図的に音量を絞っていたために影響は皆無だった。
「うるさい奴め、叫ぶだけしかできないのか?」
そう言いリンクは無造作に回し蹴りを放つ。左足で放たれた蹴りは、しかし威力を抑えてのものだった。
蹴られたホブゴブリンはその巨体の重量もあるのか5メートルほどの距離を転がるだけで済む。そして立ち上がると我武者羅に手にしている剣を振り回し突撃を始めた。
叫ぶ口元からは赤い液体が垂れているところを見るとどうやら先ほどの蹴りで内臓を破損したようだ。
「戦闘はむきになったら負ける」
次々と迫り来る膨大な威力を秘めた剣を紙一重で躱しながらつぶやくリンク。すでにその瞳には興味の色が消えている。
「体は熱く、心は冷たく」
振り落とされた剣が再度床に着く。するとその刃の上に無造作に手刀を叩き落した。
パリンと硬質な音が部屋に響く。剣が半ばから折れたのだ。
「そして相手に感傷せず、隙を与えない」
その直後ピンと伸ばされた右手の平。その先を無防備なホブゴブリンの喉元に打ち込んだ。
肉を断ち、引き裂き、貫通する感覚がリンクの脳へと流れてくる。
滑らかな動作はスーツが頸部にて脳とリンクしているからであり、そして手を引き抜くと栓を抜いたようにとめどない量の血液が棒立ちになるホブゴブリンから漏れでた。
「最初から自分で相手をすればいいものを」
リンクが感じるのは部下に仕事をさせて自分は残りをいただく、という最も嫌いな考えだ。それを認識した瞬間にリンクから色が消えたのだ。
まるでゴミを捨てるような動きでホブゴブリンをうち捨てると手に付いた血肉を振り落とす。
そんなことをしていると離れた位置で見ていたエリナ達が近づいてきた。
「流石ご主人さまです」
当たり前の様にエリナは取り出した布でリンクの体に付いた返り血を拭う。そんな様子を遠巻きに見ていたのがリアだった。
「全く、もうなにしたって驚かないんだから」
いま彼女の目の前の起きた出来事は彼女が今まで生きてきた中で一番の驚きの光景だった。
過去にも何度かここのボスモンスターとは戦闘になった経験があったがここまで、まるで子供の様にあしらわれているのを見るのは初めてだったのだ。
「まあ、満足してくれたかな?」
もとはと言えばリアから振られた話でボスと格闘戦を行うことになったのだ。当然のことながらその質問の先にいるのはリアである。
「もう・・・はぁ」
何かを言いたそうにするがすぐにそれをあきらめ、リアは横たわっているモンスターの採取に向かう。ボスモンスターの部位や魔石は買い取り額が高価なのだ。それを逃すほど補助者として新米ではない。
魔石などの採取を終え、一行は部屋奥の階段から下の階層を目指していた。
疲れた様子のリア、そしてなぜか頬を赤く染めているエリナをつれ階段を降りるリンク。一行の中には妙な空気が流れているが誰もそれを改善しようとはしていなかった。
そんなリンク達が数分階段を下るとす目の前に見慣れた形の石像が見えてくる。
「これで第2階層到達です。おめでとうございますご主人様」
第2階層に到達したのは出発してから僅か2時間ほど後であった。
「これほど踏破するのが早いのって、まあいいか」
独り言を呟くリア。そんな彼女を眺めながらリンクは取りまとめる。
「じゃ、一応今日の予定はこれで消火されたわけだけど、ギルドに戻るけどいいか?」
先ほどまでに集めたゴブリンの素材や魔石も結構な重さになっている。だがまだ空きがあると言えばあるのでこのまま進むことも出来るのだ。
地図については念のためにすでに5階層までの分を購入してある。
しかしギルドに戻るという案に逆らうものは誰一人いなかった。短時間ではあったが迷宮に入ったのだ。どこかしら緊張などで疲労が溜まっているのだろう。
「じゃあ戻るか」
そういいリンクは設置されている石に手を翳すのだった。
ギルドへと戻って来た3人、まず向かったのは換金所である。
迷宮内で取れた魔石や採取物、後はモンスターの貴重部位などを買い取ってくれるところである。
ギルドの換金所では同時にクエスト等の確認も出来、討伐数が確認できるものなどもまとめて確認する。もし何かのクエストと重なるようであったらすぐにクエスト終了となるのだ。
そんな換金所に顔を出した3人。今日は経験者としてリアがまとめて換金する。
「いらっしゃいませ」
40歳くらいの女性が受付をする。その声からも非常に穏やかな性格をしているのが分かり、口調もゆったりとしたものだ。
「これらの換金をお願いします」
そう言ってリアが受付の上に置かれた木製のトレイに今日取れた分を落とした。
「魔石と・・・ゴブリンの部位ですね。あとは、おおっホブゴブリンの物までありますね。もしかして一階層のボスを倒されたのですか?」
長年やっているのだろう、見ただけでそれがどのモンスターのどの部位のものなのかを判断することが出来るのだ。
「はい、先ほど倒して帰ってきました」
それだけ告げるとリアは袋をしまう。どうやら今トレイの中にある分が今日の報酬分らしい。
「では確認してきますので少々お待ちくださいね」
そう言うと受付の女性は木製のトレイを持って中へと消えて行く。
しばらくすると女性は戻って来た。
「えっと、魔石が全部で28個ありました。ランク1が5個、ランク2が22個、そしてランク3が5個、そしてホブゴブリンの魔石は何とランク4でした。通常よりも大きな個体だったのですね。こちら合計が銀貨55枚と銅貨65枚になります」
そういい女性はジャラジャラと硬貨が入った袋を持ち出す。
「では続いてゴブリンの部位ですね。こちらはクエストが二つほどありましたので、代表者の方のギルドカードを提出してもらえますか?同時に討伐数も記録いたしますので」
そういい、リンクのカードの提出を願い出る。その申し出に特に何もするわけでもなくリンクはカードを女性へと渡した。
「ありがとうございます。まず一つ目のクエストですが迷宮第1階層でのゴブリン狩りです。最近数が増えているようなので新人冒険者の安全確保のため、となっておりギルド発注のクエストになります。こちらの報酬はゴブリン一匹ごとに加算されます。リンク様方は通常のゴブリンを27匹倒しておられるので銀貨2枚と銅貨70枚になります」
そう言い続いて先程よりは少し小さな硬貨が入った袋を取り出す。
「そして二つ目のクエストですが第1階層のボスモンスター“ホブゴブリン”の討伐ですね。こちらもギルド発注のクエストです。討伐確認で銀貨20枚の報酬になります」
そう言い続けざまに新しく袋を机の上に置く。
「そして残った素材ですが、ゴブリンの素材が全部で銀貨10枚、ホブゴブリンの素材が銀貨70枚になりました。これはあまり出ない値段ですね」
そういい、合計の80枚の銀貨を机の上に置いた。
「これですべてになります。両替等はあちらで行っていますので是非ご利用ください」
確かに言われた通り、硬貨の量はすごい量になっている。恐らく提出した魔石や素材の重量よりも重いだろう。
「ありがとうございます」
最後に戻されたカードを受け取り、換金所を後にするリンク。その後ろから硬貨の入った袋を持ったエリナとリアがそろってついてくる。
少し離れた休憩エリアにて報酬を分けることにした。
ここで最初の話を思いだすリンク。それはリアと仮契約を結んだときの事だった。
「確か、補助者の平均的な報酬の割合って1割くらいだったか?」
そう問いかける先はエリナである。彼女は過去冒険者だった時にも幾度となく雇っているためにそこら辺を知っているのだ。
「はい、相場はそのくらいですね。あとは到達階層やかかった日数等で前後しますが」
その話を聞いてリンクは考え込む。それは時間にして数秒ほどであったが、その途中でテーブルの上に乗った袋に視線を吸いつけているリアに止まった。
「よしっ、じゃこれだけリアに渡そう」
そう言ってリンクは袋の中身を調整する。そして最終的に一つの袋をリアに渡した。
「ありがとうございます」
そう言い、リアは笑顔で受け取る。そして一応その中身を確認する。するとみるみる顔が青くなる。
「こっ、これはっ!」
そう言い、素早く顔をリンクへと向けてくる。
「どうした?」
「どうした、じゃありません!どう見ても銀貨が50枚以上入っていますっ!これは3割以上に当てはまるのでは?」
自分で言うのは何だが、補助者の相場は1割ほどだということを改めてリンクに言う。
しかし一度決めたことは変えないのがリンクである。
「でも3人で山分けしたらこうなるけど」
リンクが入れたのは銀貨52枚と銅貨を適当に、だった。
「山分け?」
信じられないように視線をリンクに突き刺すリア。まるで騙されていて、それを認めないような感じである。
「この報酬は初めての報酬だしな。思っていたよりももらえたし、それにお金に困っているわけでもない。そしてもう一つの理由としてはリアとこれからも一緒に冒険したいという、いわば前払いとでも思ってくれて構わないよ?」
実際に戦ったのはリンクだけであったが、それらを回収したのはエリナとリアの二人である。リンクとしてはどの部位がお金になるのか全く分からないのだから仕方のない事ではあったが。
「それにしてもっ」
そこまで言った時にエリナが止めに入った。
「そこまでです。ご主人様がそれでよいと言っているのです、受け取っておきなさい」
これはリンクの好意でも何でもない。ただ今後もよい付き合いを、という社交辞令とでも言うものである。それを理解していたエリナもそれほど強くは言わなかった。
「わ、わかりました。ではありがたくいただきます」
そういい自分の取り分を丁寧にバッグへとなおし込む。なおリンクの方のお金はすべてエリナの持つ魔法袋へとなおしている。
「じゃ、とりあえず今日はこれで解散しようか」
時刻にしたらまだ夕方前の4時前である。それほどまでに遅くはないが、この世界では日が暮れるとほとんど真っ暗になるのだ、だからこそ早めに帰宅するに越したことはない。
それに今日仕入れた新たな情報をルシアと共有しておく必要もあるのだ。
「わかりました、では」
そう言うとリアは一礼し、立ち去ろうとする。するとリンクは思いだしたように声を掛けた。
「明日も朝から潜る予定だけど、来れる?」
それは明日の仕事の誘いである。仮契約で気に入ったのか、リンクは明日も同じようにパーティーを組むつもりでいた。
「っ、はいっ。では明日の朝にここギルドでっ」
そういい、リアはギルドから出て行った。
そんな彼女の背中を見送った後、二人残されたリンクとエリナはお茶を飲みながら一息つく。
するとエリナが申し訳なさそうな表情で語りかけてきた。
「ご主人様、あのリアの事についてなのですが」
そう言う口調はどこか後ろめたいのか暗い。
「なんだ?リアの怪我の事か?」
「っ!気づいておられたのですか?」
リンクにしてみれば最初あった酒場にてすでに気づいていたのだ。
「酒場であった時に、失礼かとは思ったが武器を隠し持ってないか全身をスキャンしたんだ。そしたら肋骨にヒビと内出血が腹部にあったみたいだな」
リンクとしては初めは問いかけようと思ったのだがかたくなに隠すリアの感情を受けて聞くのを止めていたのだ。
「そこまでお分かりとは。確かに何度か腹部を庇うようなそぶりを確認しています」
そう肯定するエリナの表情はリンクの凄さを改めて理解したように頬を染めている。彼女自身は発達した嗅覚と、迷宮での仕草により特定したようだ。
「ああ、それにあのお金を見た時の瞳と表情。本人は隠しているようだが、何かあるな」
そういい、リンクは背中に手を回す。
すると背中のバックパックが開き、小さなボール状のものが落ちてきた。それを掴むと自分の前に持ってくる。
「本当はあまり気乗りしないんだが、俺の秘密を知っている人間だし」
「お言葉ですか、彼女は獣人ですよ?」
「へっ?」
ここにきて初めての新事実である。確かに彼女はずっとフードを被っていたためにその下は確認していない。全身をスキャンしたのにも関わらず、これとはリンクの鈍感さが垣間見える。
「まあ、今はそれは置いておいて」
そう言うと迷宮でも使用した小型偵察ドローンを起動する。
そしてドローンの偵察内容を電脳にてリンクさせ、プログラムを書き込む。
「偵察内容はリアの追跡、および周囲の観察だ」
そう言うと飛翔させた。
その後ドローンは自立機動でギルドの入り口から出ていく。
「さて、これで何が出てくるか楽しみだな」
そういうリンクの口調はどこか楽しそうだった。
☆
王都東区、その一角にある路地を一人の少女が曲がった。
背中には目立つほど大きなバッグを背負い、それを背負っている少女も深くフードを被っている。
彼女の足取りは早く、しかしどことなく浮かれているように見える。
そんな少女の前に一人の男が現れた。
「なっ、なんでここにあなたがっ」
そう言い声を上げる少女、リアの目の前には大柄な男が仁王立ちしている。
「ようリア。金はそろったか?」
そんな声を掛けるのは今日の午前中に金貨1枚、銀貨20枚を渡した男だった。
「それより、なんでここにいるのですかっ?」
理由はすでにリア自身も気づいている。しかし心のどこかでそうであってほしくない、と願っていたため出た言葉だった。
「なに、お前がちゃんと金を用意したのなら早く薬が必要かと思ってな、俺様直々に家まで出てきてやったんだよ」
そう言う男は近くにあった木の箱の上に腰を下ろした。
「それでぇ?追加の銀貨50枚は用意できたのか?」
男としてはリアがどのような仕事をしているのか知っている。その為一日でそれだけの大金を手に入れることは非常に難しいと知っている。一般的な補助者、それも低階層を活動範囲にしている者の日当など銀貨10枚もあればよい方だ。
その事を考え、にじみ出る笑みを何とかこらえているのが現状である。
しかし、次の瞬間リアの口から出てきた言葉は男をもってして驚くような内容だった。
「はい、用意できました。ですので早く薬を渡して、そして帰ってください」
「ほう?用意できただと?」
予想外の答え。僅かに顔を曇らせる男、しかしながらすでに進行している状況は後退を許さない。
「それにしてもすぐに帰れとはつれねぇじゃねぇか」
そういい男はリアへと近づく。するとリアは自然と後ろに下がった。しかしそれをふさぐように背後には複数の男たちが立ちはだかっていた。
「おいおい、どこに行こうと言うんだ?これから楽しい事をしようじゃねぇか」
男としては金を払えないと踏んでの予定だったのだ。金を払えない、ではその対価を払ってもらおうという算段で用意していたのだ。
しかし現状目の前の少女はお金を用意してきた、という。
男にとってどのような手段でそれほどのお金を集めて来たのかは解らないが、今更部下を押さえつけることはできない。すでに好きにやっていいと言ってあるのだ。
解放された男たちの野獣は今にもはちきれんばかりに暴れているのだ。
「いやっ」
小さく呻く少女。今まで暴行されたことはあったが、本能で今までと雰囲気が違う身の危険を感じ取ったのだ。
リアの聴覚には鼻息を荒くさせた男どもの息遣いが聞こえてくる度に恐怖が増していく。これならばまだ迷宮でモンスターに追い詰められたときの方が幾分ましである。
しかし、そんな一団の中に小さな虫が迷いこむ。
「なんだこの虫?」
最初に気づいたのは後方で路地を通せんぼしていた男だった。男の立場としては下っ端であるために楽しみはいつも最後になる。
目の前で今にもおっぱじめそうな先輩たちの姿を恨めしそうに指をくわえていた時の事だった。
虫の大きさとしては指先に乗るほど。しかしながらその金属質の体を持つ虫を男は見たことが無かった。
もしその虫の用途を知っていたのであればすぐに逃げ出していただろう。
しかし、その虫の機能を知っているのはこの世界ではただ一人だけだった。
その直後その虫は光と轟音と共に突如爆発した。
目の前で爆発を受けた男は後ろへと吹き飛ばされる。そして爆発した位置は残念ながら男の目と鼻の先だったのだ。
強烈な爆発の衝撃と弾き飛ばされた破片で顔は完全に破壊され、跡形もなくただれている。すでに口と鼻は熱で溶け、塞いでいるため呼吸ができない男はすぐに動かなくなった。
「なんだっ!」
リアの肩に手をかけていた男が突然の轟音に振り返る。するとそこには地面でもがく仲間の姿が見える。
「敵襲っ?」
なんとも間抜けな最後の言葉であっただろう。そのおとこの頭部が吹き飛んだ。
いつの間にか後頭部に先ほどの虫が張り付いていたのだ。
「ひっつ!」
近くにいたもう一人の男はその爆発の余波を受け倒れる。顔には複数の破片と、隣の男の頭部だったモノの一部が張り付いている。
「なにごとだっ!」
7人いる男たちのうち2人が地面に倒れる中、ようやくリーダー格の男が声を張り上げる。どうやらいままで手に入れた金の勘定をしていたらしい。
「ぼっ、ボスっ!て、敵襲ですっ!」
慌てふためき、仲間の血液を顔面に受けながらそう言う男。しかしながらその男の言葉はそう続かなかった。
「う?」
駆け寄ろうとしていたボスの元にたどり着く前に変な声を上げる男。その直後に胸元に光の矢を受け、赤い血を噴き出した。そして地面に寝転がるように静かに沈んでいったのだ。
「なっ!魔法での攻撃かっ!」
そう叫ぶとボスと呼ばれた男は周囲に視線を巡らす。彼らが居るのは狭い路地であり、周りは2階建ての建物の壁に囲まれている。そして通って来た道も曲がりくねっており、近くには人の姿は見えないのだ。
「いったい何処からっ!」
そう呟く間にも次々と男たちが地面に倒れていく。その数が徐々に増えるにつれ、男の中に強烈な恐怖感が生まれた。
そして最後の一人になった時、ふと男の聴覚が地面を叩く硬質な音を聞き取った。
そしてその音の方へと視線を向けると、その音源はちょうど角を曲がり、こちらの視界に入ったところだった。
「なっ、なんだっ!」
荒げた声は裏返り、甲高い聞き取りづらい声を発する男。その視線の先にいたのは異様なモノだった。
人型である体は180センチほどの身長をしており、その全身を金属光沢のある素材で覆っている。そしてその体を這うように複数の青白い線が走っており、徐々にこちらへと近づいてくる。
「なんだお前っ!これはお前がやったのかっ!」
護身用に付けている腰の剣を抜き、その切っ先をめの前の異様な生き物に向けながら声を荒げる。
するとその生き物は目と思われる頭部に光る二つの光を男へと向けた。
「お前が、これをやったのか?」
そう言い、問いかけられる言葉は男理解出来る言語であった。そしてその言葉と同時に指さされるのは床に呆然として座り込む血だらけの少女リアである。彼女の服装は乱れ、下着とその下の素肌までが僅かに覗いている。
「そ、それがどうしたってんだ!お前にはか、関係ないだろうっ!」
震えていることが分かるほどに男が向ける剣の切っ先は小刻みに揺れている。
「そうか」
そう短く呟くとその生物は改めて少女を観察する。
感情のない、光っている瞳が数秒ではあるが少女を見る。その姿に戦慄を覚えながら、男はその場を動けないでいた。
「では、再開しようか?」
いつの間にか再び視線を男へと戻していた生物。次の瞬間には歩くことを再開していた。
靴と一体化しているのか足まで金属であり、石畳の床とぶつかり硬質な音を一定のテンポで刻んでいる。
やがて男の向ける剣の切っ先の目前まで前進し、止まった。剣の先と生物の頭部までの距離はわずが指一本分ほどの距離である。
「あっ、あぁぁぁああああっ!」
男の震えが頂点に達し、腹部の下から生暖かい液体がにじみ出る。同時にアンモニア臭がするが目の前のモノに反応はない。
すると狂ったように男は剣をその生物に向けて突き放つ。しかし、当然の流れではあるが、その距離からの攻撃が力が乗っているはずもなく。
硬質な金属音を放ちながら頭部にあたる。しかしそれが貫通することはなく、その生物は右手で剣を掴むとあろうことか握力だけで剣を握りつぶした。
ばらばらに砕けた剣の破片が地面へと落ちる。
それらを見届けた男はその場で白目をむき、現実から意識を手放した。
男が地面に倒れるのを確認した生物は視線を改めて地面に座るリアへと向ける。すると無造作に手を頭部に持って行き、首の付け根あたりを触った。
すると次の瞬間に頭部を覆っていた金属製の物が一瞬で消え、一人の男の顔が出現した。
「リンク・・さん?」
呆然としながらも目の前に現れた知人に気づいたリア。しかしながら改めて見た惨状に顔を青くする。
「いったい、どうして」
そう呟くのは現実を理解しようとしているのか、それとも拒絶しようとしているのかは解らない。
「失礼ながら君の後を付けさせてもらった。すると男たちが君の妹を襲おうとしているところを見つけてね。それで助けたんだが、結局君を助けるのが遅れてしまった」
実のところを言うとドローンが最初に見つけたのはリアの妹だった。彼女の追跡を自動で任せていたリンクの元に飛び込んできたのはベッドの上にて横になるリアそっくりの少女だったのだ。
その少女がリアの妹であることを理解すると同時にその家に侵入する男たちを検知、すぐに助けに入った。しかしほとんど時を同じくしてリアも襲われたのである。
リンクはドローンに搭載している非常手段である自爆を利用し男たちを攪乱、そして手にしていた銃によって狙撃を敢行しながら現場に到着したのだ。
「た、助けてくれたの?」
迷宮での強気のリアの姿はそこにない。ただ一人の幼い少女が座り込んでいるだけだった。口調も素の彼女に戻っているようだ。
「ああ、ついでと言ったら失礼だが君の妹も襲われていたのでね」
そう言うと背後を振り向いた。するとそこにはエリナに抱かれるように佇むもう一人のリアがいた。
「リナっ!」
最愛の妹の姿を見つけた瞬間に瞳を見開き、妹の元へとかけていくリア。
「病気はっ?もう、歩けるのっ?なんでっ?」
矢継ぎ早に繰り出される言葉。その言葉ににこりと笑顔を返しながらリアの妹リナは説明を始める。
「リンク様に助けていただいた後に治療していただきました。すると数分でここまでよくなって、信じられないくらいですっ」
ベッドで横になっていた時に比べると見違えるほどに顔色がいい。
「いったいどんな薬をっ」
これまでどんな薬を使用してもよくならなかった妹。最終的には得体のしれない男たちからもらった薬で多少は改善されたのだ。そんな状態だったのが目の前に笑顔で、しかも自力で立っているのだ。驚かないほうがおかしい。
「それは、そうだな企業秘密ってことで」
実際には簡易スキャンで特定した病気に対応させたナノマシンを体内に打ち込んだだけである。
リナが今まで犯された病は現代医療で言うところの白血病と言うものであり、しかしながらナノマシン技術によって完全に治療できる病でもあった。
そしてそんな彼女に薬として与えられていたのが麻薬に相当する快楽物質と幻覚作用を持つ薬物だったのだ。
それらを説明するとリアは泣きながら妹へと泣きついていた。
「ごめんっ、ごめんねっ!わたしそんなものをリナにっ!」
知らなかったのでは仕方がない。それに悪いのは今そこの地面で気絶している男なのだ。
「とりあえず一件落着って言いたいところだけど、一つ提案があるんだが」
転がっている男を蹴って転がしながら言葉を書けるリンク。
「な、なんでしょう」
これほどの恩を売っているのだ、その対価がどんなものか学が浅いリアにでもいくつか想像ができる。
「こんな危ない所に住んでないでうちの屋敷に来ないか?実は部屋が余っていて困ってるんだ。それに元気になったリナちゃんの仕事も考えないといけないだろう?」
そう言うとにこりと笑顔を向ける。
そんなリンクの申し出に即座に返事を出すことなどできない。むしろきょとんとした表情を浮かべている。
だがエリナの説得と、一番は恩を返したいというリナの言葉が最終的にリアの心を動かしたのだ。
「・・・では、お言葉に甘えてお屋敷にご厄介になります」
慣れていない丁寧な言葉遣いにリンクは苦笑を漏らしながらこう答えるのだった。
「おう、よろしくな補助者さん」