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Navagos Memorys -異世界の漂流者-  作者: 織田 伊央華
第1章「ビブリア王国」
4/13

第3話「奴隷と屋敷」

お待たせいたしました。第3話約12000文字での投稿になります。

2017年6月16日修正:誤字脱字および加筆修正

 屋敷を後にしたミルゲスとリンクの二人、そして後からついてくるのはメイドのメシアの計三人は一度外に出た。


「こちらが奴隷商館となっております」


 外に出て開口一番にミルゲスが手を向け、大きな屋敷を紹介した。それは巨大な屋敷だった。


 もちろん母屋に入る時に視界には入れていたが改めて見るとその屋敷は壮観なものだ。


 まず大きさというと母屋の屋敷とそれほど差異はない。しかしながらやはり装飾等に関しては母屋よりも一段劣るのは仕方が無い事だろう。仮に同程度の装飾にするとそれはそれで面子というものに問題が出てくるのだ。


「こちらです」


 ミルゲスの先導の元、リンクは屋敷に足を踏み入れる。


中に足を踏み入れると思いの外空気はよく、先ほどまでいた母屋の方と大差がない。


そして先導するミルゲスのうしろで歩くうちに数人のメイドを発見した。


「こちらの商館ではすべての種類の奴隷を扱っております。リンク様は彼らが奴隷になる理由をご存じでしょうか?」


 客間にリンクを通しながらミルゲスが尋ねる。


「いえ」


当然の事ながら知識が欠けている状態のリンクではわからない。


「奴隷とは基本的に自らの意思でなるものです。一般的に奴隷は貧困など金銭に困った場合に使用される方法で、例えばある百姓が食べていくのに困ったとします。すると一番上の子供を奴隷商会に売りに出すのです。そう言った奴隷は高価で買い取りされ、残された家族は助かります。また売り飛ばされた子供の方もいいご主人に巡り合えれば衣食住に困ることはないでしょう。それに奴隷は一度購入されると主が亡くなるか、もしくは奴隷が死ぬまでその主人の持ち物になります。ですので人生のほとんどを主人によって養われることになるのです。これで飢えることもなくなり、今では非常にポピュラーなものになっています」


 最後に犯罪奴隷は違いますが、と付け加える。


 ミルゲスの説明である程度理解は出来た。しかしながら未だに奴隷という名前に対しての嫌悪感は消えていない。


「まあ奴隷は初めて見られるようですので、初めは多少戸惑いもあるとは思いますが殆ど使用人と同義として接していただければ彼女たちも喜びますゆえ」


 そう言ってミルゲスは指をパチンと鳴らした。


「まずは屋敷の維持という面でのご所望でしたので誠に勝手ながらこちらであり程度絞らせていただきました」


 そう言って部屋に招き入れたのは綺麗な衣服を着た10人ほどの美少女たちだった。


「まあ確かに人の目利きという点にはあまり自信がなかったので助かります」


 そう返事を返し、改めて少女たちに視線を向ける。


 リンクの目の前に並んだ少女たちは一目見ただけでも美少女というにふさわしいほどの容姿を持った少女達だった。


 身長は一番低い子で145センチほどで一番高い子では170センチほどになる。リンクの身長が175センチであるから女の子としては非常に高い身長だろう。


「彼女たちは基本的には一般的な奴隷になりますが、その中でも選りすぐりの者達です」


 そう言ってミルゲスは一人ずつ挨拶をさせた。挨拶の内容は簡単であり、名前と年齢、種族などだ。


 ここでリンクが驚いたのが人族以外にも種族が存在することだった。


先ほど門を潜り、王都に入ってから幾人か他種属を見かけてはいたが改めて本人から説明されるのとは大きな違いがある。


彼女達の中では人族が半分、整った容姿と尖った耳が特徴の森精族。


獣の耳と尻尾を持つ獣人族が残りの半分を占めていた。


「彼女たちは俗にいう高級奴隷になります。もちろん家事全般をこなし、ほかの奴隷がもつ身分も合わせ持っております」


 ミルゲスの説明では彼女たちは犯罪奴隷ではなく、また出自もハッキリとした者達だった。


そして彼女たちは他の奴隷としての身分である戦闘奴隷や性交奴隷などの身分も持っており、基本的になんでもできる奴隷だそうだ。


 これらのどれは非常に使い勝手が良く、またその能力も普通の奴隷とは一線を凌駕していることから高級奴隷として扱われている。


「また彼女たちは全員経験(・・)はまだなのでそちらの方も問題ありません。また病気等も調べております、こちらは証明書がありますのでご確認ください」


 そう言うと傍に控えていたメシアが複数枚の書類をテーブルの上に置く。


置かれた書類はこの世界の病院的な立場にある治療院という施設のものであった。


治療院では治癒魔法を使用できる魔法使いが常駐しており、それなりの金額を払えば治してもらえるといった施設である。


「そうですね、まあ流石に10人は要らないので少し考えさせてください」


 そう言ってとりあえずリンクは保留することにする。


『彼女たちを見る限り、敵対的な者は存在しないようですね』


 思考に入った途端に話しかけてくるのはルシアだ。先ほどから佇む彼女たちを見極めていたのだろう。


『そうだな、確かに使用人としてのスキルはミルゲスさんが保証してくれているくらいだし、誰でも問題はないんだが』

『残りは容姿であなたが気に入るかどうか、ですか』


 まるでため息を吐くようにそう言い捨てるルシア。9年もの付き合いになるのだお互いのほとんどを知り尽くしている。


『まあ、リンクも男ですからそろそろ結婚を考えてもいい歳ですし、この際彼女たちをお嫁に迎えてみては?』


 冗談なのか、それとも本気とも取れない口調でルシアが溢す。


 しかしそれとほぼ同時にミルゲスがタイミングよく言葉を挟んだ。


「彼女たち高級奴隷はご購入後は解放するも主人次第になっております。もちろん解放し、妻に迎え入れている人もいますのでこちらもご一考ください」

『ふっ、なんというベストタイミングなのでしょう、ほらリンク、もう結論は出ましたよ?』


 噴き出すように器用なしゃべり方でルシアは話し、そしてその言葉にリンクは苦笑いを浮かべる。


「そ、そうですか。それも一応考慮しときます」


 最終的に決めたのは言うまでもなく容姿であった。


 選んだ奴隷は2人。理由としては未だに屋敷が決まっていない事。その理由によって屋敷の維持に必要となる人数がどれほど必要になるのか判断できなかったからだ。


 選んだ一人目は身長160センチほどの人族の少女。金髪碧眼であり、まるでビスクドールのような整った容姿をしている少女。年齢は15歳と若く、名前をミリアと言った。


 そしてもう一人の奴隷である少女は人族ではない。この世界では獣人族に当てはまる戦狼種(エアウルフ)だ。真っ白に輝く頭髪と透き通るほどに真っ赤な瞳。歳は16歳でその発育はよく、豊かな胸部と臀部は他の奴隷たちよりも飛び抜けていた。


 そんな戦狼種はとてつもなく貴重なのだという。理由としては獣人族特有の身体能力が高い事。中でも生粋の戦闘好きの種である戦狼種は人間の20倍以上の力を持っているらしい。


 また彼女、名前をエリナという少女はとてつもなく強いらしい。元々戦闘種である戦狼種、その族長の娘なんだそうだ。


戦狼種の族長は例外なく戦闘能力で決められる。文字通りの命を懸けた戦いで勝利した者が族長となるのだ。


そして次の族長になるには前の族長を決闘にて倒す必要がある。


そんな戦闘好きの種、しかも族長の娘となるとそれなりに訓練を受けているだろう。


彼女は、その細い腕からは想像できないほどの力を持っているらしい。


 そんな彼女たち二人をもらうことに決めた。


「流石、リンク様です。彼女達はこの中で一番値が高い者です。ではこの二人の値段はこちらになります」


 そう言って提示されたのは一枚の書類。それは彼女達の値段と契約内容の書かれた書類だ。


 先ほどリンクが決め、ほかの奴隷たちを下がらせている間に作って来たものだった。


「お値段の方は、ミリアの方が金貨25枚。そしてエリナの方は金貨80枚になります」


 この値段を聞いていた隣のメシアが驚いた表情を見せる。その態度を不思議に思い聞いたところ


「確かに奴隷の相場は高くても金貨10枚程度です。犯罪奴隷など底辺の奴隷は大銀貨で扱われる場合もあります。しかしながら彼女たち高級奴隷は20枚以上から白金貨に到達するほどに高価な者もおりますので。ちなみにメシア、彼女は私が金貨10枚で落札しました」


 なるほど、自分の値段に奴隷たちはある一定のプライドというか、上下関係が存在するらしい。


それらを知らないリンクにとっては高いのか安いのかはわからないが、今回の二人の買い物は高い部類に入るらしい。


二人合計で白金貨1枚以上になるのだ。これは上級貴族でも中々にできない買い物になるのだそうだ。


「へえ、そうだったんですか。それはいい買い物をしました」

「ありがとうございます。ではお支払いは古代竜の素材での物々交換という事で」


そう言うとリンクは書きなれたサインを用紙にする。するとやはり見慣れない文字なのかミルゲスが首をかしげる。


「やはりこちらの文字での署名が必要ですか?」

「いえ、ご本人様の署名になりますのでこちらで結構でございます。では続いて彼女たちの契約を行いましょうか」


 奴隷の契約というのは通常魔法が掛かっている従属の首輪を操作する必要があるため魔法使いの同席が必要になる。


 しかしながら大商会の会頭であるミルゲスはその魔法を習得しており、王国から奴隷商人としての許可書を持っている。その為自前で契約を行う事ができるらしい。


「ではこちらにお願いします」


 そう言ってミルゲスは起立を促した。


 ミルゲスの指示通りに立ち上がるリンク。そしてその前には金髪碧眼の少女ミリアが立っている。


「では少し失礼して」


 そう言うとミルゲスはリンクの右手を取る。しかし持ち上げたリンクの手を見て怪訝な表情を浮かべる。


「やはりですか。・・・すいませんが、手袋をお脱ぎくださいますかな?これでは契約を行えないものでして」


 リンクの右手。そこだけに限らず現在リンクの体は首から上以外すべてスーツに覆われている。


そしてそれは掌も例外ではなく、空気に触れているのは頭部だけになる。


「ああ、すいません」


 手を必要としていることは明白なので素早く手首から先を解放する。


手順自体は簡単であり、その方法は電脳内でスーツの設定を変更するだけ完了する。


 まるで袖口に引き込まれるように手袋が消失し、それに目を見開いて驚くミルゲス。しかしすぐに自分の仕事を思いだしたのか作業を続ける。


「ではこちらの首輪の紋章のところに指で触れてください」


 そう言って指している場所はミリアが首にはめる首輪の前。丁度喉の部分に当てはまる場所にある紋章の部分だ。


「すこし痛みますがご容赦願います」


 そう言うとミルゲスはミリアの後ろ側に回り、首輪の後ろに触れる。


 その瞬間リンクの痛覚に反応がある。指先を針で刺したような痛みだ。


「はい、完了しました。今からミリアは正式にリンク様の奴隷となります」

「・・・今後お世話になります。・・・よろしくお願いします」


短く、しかし僅かに聞こえた声。どうやら彼女は元々口数がすくなく、かつ引っ込みがちな性格のようだ。


 ミリアの挨拶が終わり、続いてエリナに変わる。


「では続いてエリナに」


 そこまで言った時だった。


「私は自分より弱い人族の奴隷などにはなりません。もしそうなるなら舌を噛み切って死にます」


 そう淡々と告げたのだった。


 そんな彼女の言葉を驚いたように聞いていたミルゲスはすぐに表情を一変させる。


「あなたをお買いになったお客様です。貴方に拒否権などはありませんよ?」


 こんなことを許して置いたら商売が成り立たない。


 それ自体はエレナ自身も解っているのだろう。しかしながら決意した表情は崩れることはなかった。


「・・・はぁ、困りましたね。確かにリンク様が初めての主人になるのでこんなことを言う子だとは思ってもおりませんでした」


 聞くところによるとエリナは最近入って来たばかりの奴隷であり、自分の意思ではなく奴隷にされたそうだ。


 しかしながら奴隷は奴隷。いう事を聞かないのであればそれなりの罰則があるのだ。それを知らないエリナでもあるまい。


それらの規約は奴隷となった時に嫌というほど復唱させられたはずだ。


「そうですね。ではどうしたら私を主人と認めてくれるのでしょうか?」


 困っているミルゲスに助け船を出すようにリンクは直接エリナへと問いかけた。


彼女達を決めたのは自分自身であり、今更ながらに変えるつもりもない。だからこそリンクはそう問いかけたのだ。


「人族は弱いです。私は自分よりも弱い人に従う事などできないです」


どうやら性格うんぬんの前に何かしら彼女の中での基準があるようだ。


「困ったものです。彼女は誇り高き戦士の獣人族、戦狼種(エアウルフ)の族長の娘なのです。恐らくは戦闘種族とも呼ばれている彼らの決まり事と言うか、プライドがあるのかと」


 そう説明するミルゲスの表情は悪い。大口の契約であり、これからも仲良くしていこうとする相手なのだ。この商談が破談でもするようであれば大きな損失につながりかねない。商売は信用と実績なのだ。


「そうですね。では戦いましょうか」

「え?」


 真っ先に反応を示したのは意外にもエリナ本人だった。


 自分よりも弱い、しかも肉体の性能では一番下の種族である人族から戦闘の申し込みなど今まであった事ではなかったからであった。


「リ、リンク様っ!本気ですかっ?彼女は戦狼種、人族の20倍以上の身体能力を持っているのですよ?」


 次に飛びついたミルゲスも顔を真っ青にして口調を荒げた。恐らくは彼の頭の中で軽くやられるリンクの姿が見えているのだろう。


 しかしながらリンクは本気だった。


「ミルゲスさん、庭をお借りできますか?」


 そう言うが早いか、あっという間にエリナとリンクとの決闘の準備が始められたのである。





「では改めてルールを説明します」


 リナーグル商会の本部、その外庭で二人の人物が向かい合っている。


 片方は先ほどまでと全く変わらない姿で佇むリンク。戦闘用のスーツを身につけ、自然体で目の前の少女を見つめている。


そして向かい合うのは動きやすい皮鎧の服装に変わったエリナだった。彼女は戦闘に必要な最低限の防具をミルゲスから与えられていた。


「ルールはどちらかが参ったと言うか、気を失った者の負け。勝負方法は武器なしの徒手のみ。時間は無制限とします。また相手を絶命に至らせる攻撃は反則と見なし、即失格とします」


 ルールを説明するのは会頭のミルゲスだ。はきはきとした口調と打って変わりその表情は暗いものだ。


先程までしきりにリンクを説得しようとしていたのだが、既に顔には諦めの色も見える。


「リンク様、本当によろしいのですね?」


最終確認なのだろう。今一度ミルゲスは確認の問いかけを行う。


「ええ、構いませんよ」


返事を返すリンクの口調と態度はなんら変わりがない。それを確認したミルゲスは一度大きな溜息を吐き出す。


そして決意したかのように開始の合図を出す。


「それでは、始め!」


鋭いミルゲスの掛け声が両者の間に広がる。


「よし、では始めようか」


 リンクの口調は部下を教育する時のような余裕の口調。


 しかしながらその口調がエリナの琴線に触れたのだろう。直後に姿が描き消えた。


 リンクが最初に見たのは猛烈な勢いで迫り来る拳だった。


 視界の左、狙うのはこめかみのあたりであり、その狙いは脳震盪による戦闘不能だ。だがリンクの加速した電脳の世界ではその動きは止まって見える程にハッキリと捉えられていた。


「ふっ」


 短い掛け声と同時に左手を上げ、その甲で防ぐ。


 その反応速度にぎょっとした表情を見せるエリナ。どう考えても戦闘が出来る程度の人間の反応速度ではないのだ。


しかしすぐに次の攻撃が繰り出される。それほどに彼女の判断は早かった。


 先ほどの左手の裏拳を受け止められたエリナ。しかしながらすぐさま距離を取らずに再度攻撃を仕掛ける。


 次にエリナが狙うのは上半身を引きながらの蹴りだ。


 腕の筋力の5倍以上もある足の筋肉を収縮させての蹴りは絶大な威力と速度を内包し、リンクへと迫る。


 普通の人間であれば粉々に砕け散る絶命の一撃だ。それはエリナが意図して行った攻撃であったが彼女の心のどこかでは大丈夫という微かな自信めいたものがうっすらとではあるが存在した。


 そしてそれを裏付けるように目の前の男は


「これを受け止めますか」


 動いたのは足、それも僅かな体幹の移動だけでエリナの強烈な蹴りを左腕のみで受け止めたのだ。


しかしながらその威力を完璧に相殺した訳ではない。その証拠に右足は数センチ地面に埋まっている。


人外じみた膂力をスーツのパワーと右足のアンカーを地面に打ち込む事で何とか受け止めた状態だったのだ。


「ではこちらの番と行こうか」


 リンクはそう短く呟くと体勢を始めて動かした。


 目の前の相手はその細身には到底考えられないほどの膂力を有している。


しかしながらこちらが装備しているのは通常の人間の30倍以上もの力を発揮できる特殊スーツなのだ。


そしてそれを動かしているのは電脳の恩恵によって思考を1000倍まで加速できる人間である。


 だからこそ可能な動きでリンクは動いた。


 戦闘に慣れていない者の視覚では到底捉えることが出来ないほどの動き。


 それは単純に前方への前進であり、しかしながらその動きを捉えられたのはエリナのみだった。


彼女達獣人族の動体視力は並外れたものだったのだ。


 しかしながら視覚で捉えるのと、それに反応するのは違うものだ。


 だからこそ、エリナは反応できなかった。思考に肉体がついて行かなかったのだ。


 次の瞬間エリナの視覚が捉えたのは迫り来る地面と徐々に閉じていく意識の感覚だった。





「では改めまして、エリナと申します。不束者ですが末永くよろしくお願いいたします」


決闘から約30分。治癒魔法で覚醒したエリナはリンクを主人と認め、そして先ほどまで纏っていた硬さが嘘のように晴れていた。


それを表すかのようにリンクにベタベタと引っ付き、そして頬を微かに赤に染めている。


「お、おう」


 突然の変わり身に自然と自が出てしまったリンク。それを直しつつ、ミルゲスに視線を向ける。


「これで奴隷の契約は完了です。では次に屋敷の方へとご案内しましょう」


 先ほどの決闘の後、ミルゲスの使用人である初老の執事が戻って来たのだ。


どうやら探していた屋敷の候補が見つかり、その場の流れで見に行くことになった。


 屋敷を出て、それほど遠くではないがその屋敷へと向かう。


すでに屋敷の目の前には立派な馬車が停まっており、ミルゲスの案内のもと乗り込んだ。


 そしてそこに向かう馬車の中には当然のようにリンクの両側に奴隷の二人が腰を下ろしていた。


新しい屋敷の候補を見にいくのだ。彼女達の新たな職場としても意見を聞くことがあるだろう、というリンクの考えからだった。


「それにしても早かったですね」


 問いかける先はミルゲスである。いくら複数の不動産を持っていてもネットもないようなこの世界でこれほど早く条件にあう物件を探してきたのだ。


「はい。幸運な事ながら我が商会手持ちの物件でご希望に沿う物が御座いまして。敷地の広さと屋敷の設備もなかなか良い物件です」


 馬車が揺れる事約10分。その屋敷の前に着いた。


 ミルゲスを先頭に馬車を降りたリンクがまず目にしたのはどこまでも伸びる石垣だった。


「この物件は過去に公爵が持っておられた物件です。そのお方は乗馬が好きで広大な庭を必要とされたとか。そして警備上の問題からこのように2メートルほどの立派な石垣でぐるりと屋敷の敷地を取り囲んだと聞いております」


 そう言いながらミルゲスは門をくぐる。


 門自体は鉄製であり、その高さは3メートルを超える。横幅も5メートルほどあり、大きな馬車も通過できるほどのものだ。


 そしてその造り自体もしっかりしたものであり、管理も綺麗に行き届いているように見える。


「ではお屋敷にご案内します」


 そう言って先導を始めたミルゲス。それについて行く形でリンクと奴隷の二人は屋敷の敷地内へと足を進めた。


 門を潜り、リンクの視界に入って来たのは巨大な屋敷だった。大きさだけで言えば学校よりも大きいだろう。先ほどまでいたミルゲスの屋敷の実に2倍以上の大きさがあるのだ。


「大きいな」


 一言短く呟くリンク。その言葉に満足したようにミルゲスの表情が緩む。


「お気に召されたようで何よりです。では中をご案内いたします」


 一同がたどり着いたのは母屋である一番大きな屋敷の入り口だ。


 この屋敷は左右対称に作られており、その中央部に入り口が備わっている。


扉は両開きのもので左右にそれぞれ計二つあり、その前には前と左右から入れる低い階段があった。


 そんな屋敷の扉を開く。


 僅かに軋む音と共に両開きの立派な扉が開かれる。


すると目の前に広い空間が広がっていた。


 広さとしては50畳ほどのエントランスとなっており中央からは上に上がるための階段が設置されている。そしてそれらの階段を支えるように柱が幾本か立っているのだ。


「なかなか広いエントランスですね」


 これほどの広さを持つエントランスは早々にお目にかかれない。それを知っているリンクは率直に感想を述べた。


「この屋敷は築20年ほどでまだ新しい物件になります。この広さと豪華さの為買い手がなかなかつきませんで」


 確かに言われてみるとこの屋敷の広さは一つのお城と言っても過言ではないほどに広い。


「へえ、確かに広いものですね」 


 エントランスの確認をしながらそう呟くリンク。しかしそんな中、一人おろおろとしている人物がいた。ミリアだ。


「・・・ご、ご主人さまっ・・・」


 小さく消え入るような声。しかしリンクの聴覚はしっかりと捉えていた。


「ん?なに?」


 ミルゲスと話す時とは違い、親し気なリンク。それはある意味での主人としてのけじめでもある。


 実際のところ、馬車の中で色々と話しているとエリナやミリアから敬語はやめてくれと願い出があったからだ。


確かにこれから一緒に生活していく上で奴隷に対して敬語は些か問題になりうる。


「たっ、大変しっ失礼になりますがっ。ごっ、ご主人様はどれほどのおっ、お金をお持ちなのでしょうか?」


 確かに気になるだろう。彼女たちには古代竜を討伐したことを話していない。


その為これほどの金額、しかも高級奴隷である自分たちを購入した直後に屋敷まで検討しているとなれば疑問に思うのも仕方がないだろう。


「えっとね。確か残りは・・・」


『金貨換算で残り19573枚です』


 すぐに電脳内部からルシアの補足が入る。


「ミリア達の分を引いて、金貨で19573枚だよ」


「「っ!?」」


 リンクが答えた瞬間ミリアだけでなく、傍に居たエリナも驚きの表情を見せる。


彼女達は高級奴隷としてそれなりの教育を施されている。なかでも金銭の計算や把握は絶対であり、それは商人であるミルゲスが欠かさず学ばせているものだ。


そしてそんな彼女達が驚くほどにリンクが所有している金額場膨大なのだ。


 金貨自体も貴族でない限りまず目にすることはないだろう。それが2万枚近くあるのだ。驚かないほうがおかしい。


「こらこら、リンク様は古代竜を討伐されるほどの腕をお持ちの方だ。それくらいのお金は持ってあたり前だろう」


 補足するようにミルゲスが言葉を綴った。


「っ!ご主人様は古代竜を討伐なされたのですか?」


 まず最初に食いついてきたのは案の定エリナだった。残されたミリアはあまりのショックだったのか呆然としている。


「おう、一応一人で討伐したよ?」 


 リンクは淡々と事実を語るのみ。しかしながらその事実をすぐに信じられるかというと普通はそうではないのだ。


 しかしながら今リンクの目の前にいる一人の少女は違った。


「流石ご主人様ですっ!ますます尊敬いたしますっ!」


 やはり戦闘が好きな戦狼種の血が騒いだのだろうか、後ろから見える尻尾がぶんぶんとすごい勢いで振られ、恍惚な表情をしている。


「はっ」


 ようやく現実に帰還したミリアは興奮気味のエリナを見て目を丸くしている。


恐らくいままで共同で生活してきて彼女の性格を知っていたのだろう。だからこそこの変容の仕方に戸惑っているのだ。


「・・・では案内を再開しましょうかね」


 そう言ってミルゲスが促し、屋敷の案内を再開した。


 まず一階にあるのは大きな食堂だ。これは入り口を入ってすぐ左の部屋であり、その広さはエントランスほどもある。 


 中にはすでに長大なテーブルが設置されており、流石に食器等は無かったが今すぐにでも使用できるように磨かれていた。


 そしてその部屋の後ろにあるのが調理場である。


 その広さも大きなもので、一度に何十人分も料理できるようなスペースが確保されていた。


そしてこの調理場を入念に調査していたのが意外なことにミリアだった。


 疑問に思ったリンクが尋ねるとおろおろとしながらも自分が料理が得意なことを告げたのだった。


 そして次に向かったのが一階の右側だ。


 こちらには客間が複数存在し、それぞれの部屋に天蓋付きのベッドと棚など必要最低限の家具が揃えられていた。そして一番端にリンクが驚くものがあった。それは


「こんなところに風呂があるなんて」


 屋敷の一番右端にあったのは巨大な浴場だった。


 元々風呂自体好きだったリンクにとっては願ってもみない事だったのだ。


 しかしながら一番驚いていたのは奴隷の二人だった。


 その様子に満足した様子のミルゲスが静かに教えてくれた。


「そもそもこの国に湯あみという文化は御座いません。しかしこの屋敷の先代のお方が非常にきれい好きでして、ご自分で増築しおつくりになったそうです」


 ビブリア王国には風呂に入るという文化は存在しない。


 しかしながら体の衛生問題上体を洗う必要があるので普通は濡れたタオルで体を拭くそうだ。


そして風呂が復旧していない理由の一つとしてお湯を沸かすのには非常にお金がかかるという事だ。その為毎日お風呂にはいれるのは王族ぐらいだと言う。


 かくいうミルゲスも風呂に浸かるのは3日に一回ほどのペースらしい。


「へえ、物好きなお方ですね」


 心の中でガッツポーズをしながらリンクは風呂の操作を教わっていた。


 通常は下にある窯を火で熱し、その中にある水をお湯に変えるそうだが、この屋敷にある風呂は一段違ったものだった。


 というのも魔力式なのだ。


 高価ではあるが魔石を使用し、常時新鮮なお湯を湯口から注がせる構造になっていた。


まず加工した魔石を贅沢に使用して菅の中を通る水を温めるのだ。


温度調節は水を追加することで調整し、適温に保つ構造となっている。


幸いなことに魔法に精通していなくても使用できるとの事だったのでリンクは心をなでおろす。いざとなったら持てる科学技術を使用しても風呂を作るつもりではいた。



 次に一行が向かったのは二階だった。二階にあるのは中央に階段であり、左右は左側に客室と右側には屋敷主人の書斎などがある。


また一際大きな寝室があり、その部屋が主人の寝室であるとミルゲスが教えてくれた。


 そんな二階を回り、一行は3階に到達する。


 3階には様々な用途で使用できる大きな部屋があり、真ん中には図書館のような書斎があった。その中には先代がそのまま残していった多種多様な本が並び、その冊数は2万冊を超えるらしい。


「こちらの本も同時にお譲りいたします。これら込みのお値段になりますので」


 そう説明するミルゲス。


 その際にエリナから聞いた話だが、この国での本はとても貴重であるらしい。どうやら未だに印刷技術が未熟であり、人による写生が大半を占めているようだ。


 そんな本の値段、なんと平均銀貨25枚。この値段は一般的な家庭のひと月以上の生活費と同等だそうだ。


 そんな話をしながら外にある使用人用の宿舎や馬車などを格納しておく納屋などを見て回り、最終的に母屋のエントランスに戻って来ていた。


「いかがでしたでしょうか」


 一息つくとミルゲスが確認の為かお伺いを立ててくる。


 実際に見て回ったことですでにリンクの答えは決まっていた。


『ルシア、この屋敷どうだ?』


 最終確認のために尋ねるリンク。相棒の了承も必要なのだ。


『庭の広さは問題ありません。MEMもエッグリースに格納しておけば問題ないかと』

『ならここで決まりかな』

『もうすでに決めていたのでは?』

『いや、お前の意見も必要だろう?』

『はぁ、まあこの屋敷でいいのではありませんか?』

『よし、なら決まりだ』


 決めるが早いか、素早くリンクは口にする。


「はい、決めました。この屋敷を購入したいと思います」

「あっ、ありがとうございます!ではこちらが書類になります」


 そう言っていつの間に用意したのかミルゲスは懐から書類を出す。


「そう言えばまだこの屋敷の値段を聞いてなかったんですが」


 買い物をするときには必要なことだ。しかしいかんせん人というものは懐に余裕があるとそこら辺を気にしなくなる動物である。


「はい、こちらのお屋敷すべて込みで大白金貨9枚と白金貨7枚になります」


 ざっと金貨970枚、一般的な国民の家の相場が金貨5枚ほどであることから考えると莫大な値段である。


 しかしながらそんな相場は知らず、リンクは購入を即決している。


「これほどの屋敷だからそのくらいは仕方がないか」


 そう言いながら素早く書面にサインを施していく。


 最終的に保証人をミルゲスにお願いし、正式にこの屋敷を譲り受けたリンク。


 しかしながら今日から住むにはいくらか物が不足している。その事をミルゲスに言うと


「そうですね、ではそれらの日用品はすぐに我が商会でご用意させます。これほど大きな買い物をしていただいたのです。これは此方からのささやかな感謝の気持ちです」


 そう言ってミルゲスが一気に引き受けてくれた。それと同時に必要とされるであろう家具等もお願いしておいたので明日には揃うそうだ。


「何とも最後まで尽くしてくれる人だな」


 率直な感想をそう吐き出しながら、ミルゲスを見送ったリンク。


「さて、やる事はいっぱいあるが」


 それと同時に自分の胃から音が漏れる。


「まずは腹ごしらえだな」


 そう言うと二人を連れ、町へと繰り出した。


さて、いよいよ奴隷が登場してきます。彼女たちの立ち位置はこれからもどんどんと変化させていくつもりなのでご期待ください。また次の話ではまたまた新キャラが登場しますので

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