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Navagos Memorys -異世界の漂流者-  作者: 織田 伊央華
第1章「ビブリア王国」
3/13

第2話「王都ルグルス」

お待たせしました。文字数約13000文字になります。

2017年3月24日修正:本文内の修正

2017年6月16日修正:誤字脱字および加筆修正


 言語というのはその土地に独自に発展したものである。


 しかしながら相手に伝わらないと様々な問題が生じる。ある程度であるならば身振り手振りで表現できるが、それは簡単な事柄だけだろう。


 そんな問題を解決するために言語というのは時間をかけ、統一されて行った。21世紀に入ると廃れた言語は多く、また広範囲の土地で同一言語が使用されるようになった。


 その一つが英語である。旧アメリカ大陸とイギリスなど英語圏は広く。またその国々が先進国と呼ばれていた時代、世界とのコミュニケーションの場で使用されたのが英語だった。


 その後地球の国々が一部を除いて統一された時に共通言語として残ったのが英語という事になる。


 そんな言語。昔は一つ一つ発音、意味などを事細かに把握し、使用を重ねることで習得することが出来た。だが科学技術の発展とは偉大なものだ。


 その恩恵と言えるのが翻訳機能である。


21世紀にすでに同時翻訳機が開発され、今現在に至るまでその恩恵は機能を強化し、続いている。


 商人とその護衛と思われる3人の騎士と相対してすでに5分。いくつか様々なやり取りを行い、彼らの言葉を聞いた。そして今現在、


『言語解析75%完了。自動翻訳機能を起動します』


 ルシアの声が聞こえ、リンクの視界内に翻訳中の小さなマークが表示される。それと同時に聞こえてきたのが


「全く、どうしたものだろうか。ここまで会話が成立しないなど、一体どこの国のお方であろうか」


 聞こえてきた言葉はおそらく目の前の商人。3人の騎士たちはいつの間にか警戒を解き、しかしながら言葉が通じないことから複数言葉を話せる者を探し、隊に戻っていた。


「・・・あの」

「ん?」


 先ほどまで通じていなかった言語だ。旨く発音できているかどうか怪しい。


しかしながら電脳の処理能力は高い。聴き取りと同時に翻訳、発音までほとんどタイムラグなしにできる。


だからこそ、自分で聞き取れる言語で声をかけられたことに驚きを示した。


「すいません。ようやく話せるようになりました」

「!!!」


 驚くのも無理はない。本当に理解できていなかったのだ。まあ言っているであろう言葉は大体予想が出来ていたが、解析をルシアに頼っていたために反応が多少おざなりになっていたのは否めない。


「よかった!これでようやく命の恩人に感謝の言葉が告げられる」


 そう言うと商人の男は素早く手を握って来た。握られた手からは男の体温と同時に硬い皮膚の感触が感じられる。今時軍人でも歩兵部隊に所属する者くらいしかここまで手のひらの皮膚が厚くなることはないだろう。


「私はルグルスにて商会を営んでおりますミルゲス・リナーグルと申します。この度は命の危機、救っていただき感謝します!」


 興奮気味の商人ミルゲスの話をまとめたところ、ほかの都市に卸しと買い付けに行っていた帰りだったそうだ。王都まであと1日ほどの距離で不幸にも先ほど倒したドラゴンと接触したそうだ。


 ドラゴンは基本的に気性が荒い。しかしながら生息地は山岳部に集中しているらしく、ここまで都市に接近した事例は初めてだという。


そんなミルゲスたちを奇跡的にとはいえ、通りかかったリンクがドラゴンを討伐、救出したのだ。


「しかし、体長から見てもこのドラゴンは古代竜と呼ばれるエンシェントドラゴンの部類に入ります。その強さは国一つを軽く破滅させるほどと聞いております。そんなドラゴンをいとも簡単に・・・・いったいリンクさんは」


 先頭の感触からもそこまで強くはないと思っていたが、どうやら最強の部類に入るようだ。


「いえいえ。たまたま私が乗っている機体が強かっただけの事ですよ」


 一応は謙遜しておく。それに大したことが無いのは事実である。


「キタイ?もしかしてあの巨大なゴーレムの事ですかな?」


 そういって向けられる視線の先には微動だにせず佇む巨大な金属の塊、MEMが鎮座している。自立モードに移行しているが特にすることもないので周辺の警戒任務をしているだけだ。


「あれはMEMと言って、そうですね言わば私の分身みたいなものです」


 実際に乗っているのはルシアの本体であるし、幾多もの戦場をともに駆けてきた相棒なのだ。


「ほうっ、あれの名前はエムイーエムというのですか」


 正式名は違うがこの際どうでもいいだろう。


「ところでミルゲスさん、私はこの土地は初めてなもので・・・」


 とりあえず必要なのはこの土地の情報なのだ。時には命よりも大事な情報。その有用性は軍人であるリンクは痛いほど知っている。


「はっは、確かに先ほどの振る舞いと言い、この国の方ではありますまい。なーに、この出会いは神が遣わしてくださった天啓というものです。命を救って頂いたお礼に何でもお手伝いさせてもらいますよ」


 にこやかに笑顔を溢すミルゲス。その屈託のない笑みは歳よりも若く見えた。いや、実際には見かけよりも若いのかもしれない。


「ではそうですね、この国の常識とか。あとはお金のこととか、まったく持っていませんので」


 どうするにせよ資金というものは必要になってくる。それに先ほど向かっていた都市がどうやら首都らしいのでその国の常識を知っておかなければならないだろう。


「はいっ、そのような些細なことでよろしければお教えしますとも!それと資金についてですが、私はちょっと名の知れた商人でして、今回のお礼に包ませていただきます!あぁ、それとお金に関していえば先ほど倒されたドラゴン、その素材をお売りになれば貴族も真っ青な大金持ちになれますぞ?」


 その瞬間に目元が鋭くなる。やはり商人らしく、金儲けの話は得意らしい。


「先ほどリンク様が倒されたドラゴン、討伐はリンク様お一人でなされたので死体に関しては我々は所有権を持ちません。もちろん命の恩人の得物を搔っ攫うような真似もしませんし、させません」


 そう言うといつの間にかミルゲスの後ろに現れていた商人のような男の方を見る。おそらくは商人仲間の一人だろう。ミルゲスの視線を受けてバツが悪そうに眼をそらしている。


「そう言われましても、そこら辺には疎いので。ではこうしませんか?このドラゴンの素材をミルゲスさんの商会で買い取ってもらう、そうするとその副次利益でミルゲスさんも儲かるのでは?」


「それはもう、願ってもないお言葉です。しかしながらこれ程の量の古代竜の素材となるといくら私の商会でもすぐに貨幣に変えることは難しいと思われます」


 細かく話を聞くとこのサイズのエンシェントドラゴンからとれる素材は少なく見積もっても国家予算並みに高額だという事だ。


しかしながらミルゲスさんの商会もこの国一の商会。それなりの額を扱っている。その為すぐにとまではいかないが時間をかけて売却は出来るそうだ。


「しかし、それではリンクさんには申し訳ない。そこでどうですか?いっそのこと物々交換という事になさいませんか?」


 話を聞くところ、商会はモンスターの素材の取り扱いだけではなく家屋から果ては野菜まで多岐にわたり商いをしているそうだ。


そんな手持ちの物品とそれに見合った額の素材を物々交換しようという事らしい。


 これは確かにミルゲスにとっても一石二鳥と言えるものだった。さすが商人、その魂はたくましい。


「そうですね、しかしながらどんな物をミルゲスさんがお持ちなのか私は知りませんので」


 さすがに今すぐ決めろ、と言われても困る。何しろようやく言葉を覚えたばかりの何も知らない異邦人なのだ。


「ああ、確かにそうですね。では私の屋敷にご招待しましょう。今日の感謝の気持ちと今後の商談もかねておもてなししますので」

「ではそのように、お願いします」


 これであらかたの話は片付いた。あとは王都に向かうだけだ。


「ああ、それとドラゴンの討伐者の件ですが出来れば内密にして貰いたいと思いまして」


忘れていたようにミルゲスに話しかける。


「それは一体・・・いえ、深くは詮索しません。リンク様にも何かしらの理由かお有りなのでしょう」


そう言うとミルゲスはドラゴンは殆ど弱っており、とどめを全員で刺した、と言うことにしてくれるようだ。


しかしながら人の口に戸は立てられない、と言うように漏れるのは時間の問題だと思うが。


「おっと、忘れておりました。ドラゴンの死体ですが、何か運搬方法をお持ちでしょうか?」


 おっと、確かにドラゴンの素材を売るにはそれを持ち帰らなければいけない。これだけ巨大な体なのだ。すぐに腐ることはないだろうが他人に奪われるのも癪だ。


「そうですね、ルシアっ」

『捕獲用のナノワイヤーを使い、MEMで引きずる事が出来るかと』


MEMからの外部スピーカー。そこからルシアの声が聞こえてくる。


「い、いったいどこからっ」


慌てた様子で音源を探る。聴いているだけでは普通の男性の声と同じなのだ。


「MEMの出力で可能か?」

『問題ありません』


 なんとも丈夫な機体なのだろう。これまでイオスと戦っていた時には微塵もそんなことは考えなかったがやたらと高性能なのは良いことだ。


 もともと高重量運搬物を容易に運んだり作業したりするために開発されたのがMEMだ。その本分というところだろう


「こちらで運搬しましょう」


 おそらく引きずってもあの固い鱗ならば傷もつかないだろう。


「え?おおっ、それは助かります。なんせこちらはこの人数ですので運搬できる量も限られますゆえ」


 もし不可能だと答えたら運べるだけ運ぼうと考えていたのだろう。予想外の返事に驚きを隠せずにミルゲスは動きを取る。


「そうですね、では先ほどのお話の内容をゆっくり聞きたいので馬車の方にご一緒しても?」


「えっ?ドラゴンをお運びになられるのでは?」


 ああ、先ほどMEMの機体から俺が出てくるのを見ていたのだ。恐らくは操縦者がいないと動かないと思っているのだろう。


「いえ、私が乗らなくても自律駆動しますので」


 そう言ったリンクの言葉を裏付けるように微かな駆動音と共にMEMが動き出す。もちろん機体を動かしているのはルシアである。


「「「おおっ」」」


 少し離れたところから護衛の騎士たちの驚きの声が聞こえてくる。確かに地上から見たMEMの大きさは圧巻の一言だ。


「ルシア、ドラゴンの輸送を任せる」

『了解しました。ドラゴンの輸送の準備を始めます』


 そう返事を返すと僅かに浮き上がったMEMを操作させ、動かぬドラゴンへと近づいて行った。そして両腕からナノワイヤーを射出させ、流れるような機敏な動作でドラゴンを縛り上げてゆく。


「おおっ、ここまでの動きとは。さすがリンクさんパートナーですな」


 驚きの声と共に視線をくぎ付けにしたミルゲスは見惚れるようにMEMに視線を向けている。


どうやらMEMをゴーレムのような自律型のパートナーと、受け取ったらしい。


「では輸送は彼に任せて、馬車に誘導願えますか?」


 とりあえず話が進むようにそう切り出したリンク。しかしながらゆっくりとした歩みと、商隊の全員が見とれていたこともあり、結局のところ出発できたのは30分ほど後だった。





 道中でのミルゲスの話はとても有用なものだった。


 まず一つ目として判明したのは今向かっている都市、王都ルグルスはビブリア王国という国の首都であるという事だ。


 詳しく聞いたところ今代の王で17代目になり、ほかの国々に比べ比較的歴史の浅い国だそうだ。


建国は遡る事約500年前になり、当時兵士であった建国王はこの土地にて地下迷宮“ベルクリウス”を発見したそうだ。


 地下迷宮とは世界各地に複数確認されているダンジョンの事で、地下に向かい複数の階層によって構成されている。


 そんな迷宮の各階層には数多のモンスターが生息し、それらの強さは下の階層になれば強くなっていくそうだ。


 そしてそれらモンスターの体内にて生成される結晶、それが魔石である。


 魔石は加工することで様々な日常品から武器等ほとんどの物に使用されている必需品だ。しかしながら建国当時はほとんど希少品であり、一般の平民には手が出ない代物だった。


 そんな魔石を地下迷宮を発見したことでほとんど独占した王は巨大な富を築き、一代で王国を建国することになる。


 そして現在は国々の中心として一大貿易都市ルグルスの名前を知らない者はいないほどに有名になっている。





 そんな話をしているうちに約2日の移動。一行はようやく王都へとたどり着いた。


 途中の野営は食事だけお世話になり、就寝自体はMEMの中に戻ってから行っていた。


「それにしても大きな城壁だな」


 リンクが見上げているのは王都ルグルスの城壁だ。


 高さはざっと見た感じでも20メートルにも及び、近くに光学迷彩によって佇むMEMとほとんど同じ高さだ。


「はい。国々の真ん中に囲まれるようにあるのでその防衛の為ですね。他には迷宮からモンスターが外に出ないような役割も持っていますが、ここ近年は脱走などの話は聞きませんね」


 説明するように横に立ったミルゲスは門での手続きを部下に任せ、リンクの傍についている。


「それにしてもすごいですね。まさか目くらましの魔法まで使用できるとは」


 そう言って視線を向けるのはもちろんMEMが立っている地点だ。しかしながら僅かな歪み以外に見えるものはなく、水が蒸発した際などに見られる蜃気楼のように僅かに揺れているだけだが。


「まあほとんど見えませんが、違和感はありますよ。それにあんなのをいきなり都市の目の前に出現させたらいろいろと問題があるでしょう?」


 当初はそのままMEMを出現させたまま門を通る予定だった。しかしながら当然のように門は人用であり、大きくても馬車以上の大きさの物は通らない。


 そして一番の理由としては巨大な人型の機械を多くの衆目の目に晒すのを恐れたからである。


もちろんミルゲスは全力で援護し、上と話を付けるように言ってきたがリンクはそれをやんわりと断った。上というのは恐らく貴族やもっと上の王族という事かもしれなかった。


 早々に問題を起こすのは憚られたために断ったのだ。


 しかしながらそうなると様々な問題が出てくる。


 その一つがドラゴンの輸送である。


 巨大な体躯のドラゴン。その重量はその体を見ればわかるように生半可な重さではない。それをMEMで引きずって来たのだ。その代りはどこにも存在しない。


 そうしていきついたのが現在の状態である。


 当然ドラゴンを運んでいるのはMEMであるが、先ほどまでのワイヤーは護衛の騎士など全員で引きずっている、ように見せかけた。


 しかし実際は光学迷彩を発動させたMEMが上空で引きずるようにアシストしていたのである。


そのことによって遠目では人々が引きずっているように見えただろう。重量的にその人数で引きずるのは無理だとは思うがそこら辺はミルゲスが大丈夫だと太鼓判を押していた。


 そんなこんなあり、ようやく門までたどり着いたのである。


 そして現在、リンクはミルゲスの身元証明の元ようやく王都に入れたのである。もちろんMEMは外で、人の目が届か居ない距離で待機させている。


「活気があるなぁ」


 まず最初に目についたのが騒がしいほどの喧騒と熱気。それらは今の地球では感じることのできなかったものだった。


販売の殆どを機械が自動で行い、買い物と言うと家での購入後、配送するものだ。その為自分の足で買い物するという事がなくなって久しいのである。


『原始的な商売が多いようです。肉を焼き、酒を、アクセサリーを販売する。なるほど、様々な生活様式が垣間見えます』


 なにやら少し興奮気味のルシアの声を聞き流しつつ、ミルゲスの馬車によって商業区を後にする。ちなみにルシアはリンクの駆けるグラスの中にデフォルメで存在している。


 時間にして30分ほどだろうか。それくらいの時間がたった時、目の前に巨大な住宅、いわば屋敷が見えだした。


「ここからが俗に言う貴族街になります。ここに住んでいるのはほとんどが貴族の位を持つお方で、中には私のような商人もおりますが、それは例外もいいところでしょう」


 淡々と説明するミルゲス。


話によるとここには公爵、要するに王様の兄弟も住んでいるらしい。


「へぇ、そんなえらい方々の住んでいる地区なんですね」


 貴族街というのは地球にも存在した。もちろん同じような呼び方ではないが、官僚区画などと呼ばれ一般的な住宅とは明らかに違う規模の屋敷が佇んでいるのだ。


 かくいうリンクも上司の屋敷に呼ばれた記憶があり、その建物の大きさに驚いたものだ。


「こちらが私の屋敷になります」


 そう言って案内されたのは貴族街の一番端にある一際大きな屋敷だった。


「おおっ、ミルゲスさんのお宅は他のよりも規模が大きいですね」


 率直な感想を述べるリンク。しかしながらその言葉に多少の罪悪感を覚えた。そう言うのも先ほどまで屋敷の事を説明していたミルゲスの表情があまり良くなかったからであった。


「いえ。確かに私の屋敷は規模こそ一番ですが、その半分以上は商売に利用している店のようなものでして」


 そう言って苦笑いしながらミルゲスは説明を始める。


 母屋、主に生活しているのは入り口からみて右側に見える他よりも少し立派な建物だけらしい。確かにこの建物だけを見るとほかの屋敷群とさほど差異はない。むしろ少し小さめとも言える規模だ。


 そして残っている建物は商館として利用しているものや、倉庫として活用しているものなど多岐にわたった。


「へえ、すごいですね。私は商売のことなどほとんど門外漢でして。まあこれは軍人ゆえ、なんでしょうが」


 率直に自分にはそう言った才能はないと思っているリンク。だからこそ素直に言葉が出てきたのだ。


「いえいえ、ご謙遜を。それにしてもそうでしたか。やはり、リンク様は軍人でいらっしゃいましたか」


 なんとなく雰囲気でわかってはいたのだろうが、リンクは軍人としては少し変わった部類に入る。本人に自覚症状はないが。


「まあ軍人と言っても、元になりますが」


 現在は漂流しているのと同じ状態である。軍の指揮下から一時的に離れている状態で軍人とは言えないのだ。


 そんな話をしながら一行は屋敷の中へと足を進めた。


 両開きの重厚な扉を潜り、そして一番に飛び込んできたのが


「おかえりなさいませご主人様」


 メイドだった。


 メイドという文化はリンクがいた26世紀の世界でも未だに存続していた。しかしながら人間のメイドを、使用人を雇うというのは難しく、その殆どを簡易アンドロイドが代行していた。


 人工頭脳を積んだアンドロイドは人権を確保しており、その倫理等の問題から使用人としてのアンドロイド使用には多種多様な制限が付きまとう。それにアンドロイドは高級品である。一般的に家一軒が立つくらいに高額なのだ。


 だからこそ単純なプログラムで稼働する自我を持たない簡易アンドロイドが家事などを代行して行うのである。


 リンク本人も、その簡易アンドロイドであり主人の趣味でメイド服を着ている機体を見たことはある。


しかしながら今目の前にいるのは紛れもなく生きたメイドであった。


「ああ、ただいまメシア」


 ミルゲスは親し気に問いかける。その言葉を聞いたメシアという少女は表情をほころばせる。


 それらの仕草から年齢は大体16前後と判断したリンクは多少驚きを得ていた。


リンクがいた地球で16歳といえば、まだ子供の域をでない未熟な者たちだった。


しかしながら、今現在目の前に居るのは少女としても、立派な大人といえる態度である。


「旦那様、こちらのお客様は?」


 通りを通る時は馬車の中にいたため、リンクは自分の服装について何か言われたことはなかった。


しかしながら当然の事ではあるが、リンクの服装は異様である。


 もちろんリンクの常識に当てはめれば当たり前の格好ではあるが金属質のスーツのような体に張り付いている服装なのだ。当然のように目立つだろう。


「ああ、こちらはリンク様です。道中我々商隊の命を文字通り救ってくださった勇者様です。粗相のないようにおもてなししなさい」


 リンクはそう言った己の自己紹介を多少恥ずかしく思いながら周りを観察する。


 きょろきょろとあたりを見渡しながら案内されたのは広めの部屋だった。調度品は高価でありながらも気品を損ねるほど華美なものではなく、リンクの好みに合った飾りつけがなされている。


「ここで少々お待ちください。すぐに旦那様がお見えになりますので」


 案内してくれたのは先程のメイド、メシアである。


 彼女、途中で気づいたのだが、首元にチョーカーのようなものが見える。そしてその下には存在を強調するかのような豊かな双丘が覗いていた。


 着ているメイド服も清楚さを残しながらも色気を見せる絶妙な仕上がりをしている。


「ああ、お構いなく」


 そう言うとこれ以上の詮索は失礼に当たると考えリンクはメシアの観察を止めた。そして次に興味を示す前に部屋の外から足音が聞こえてきた。


「お待たせしましたリンク様」


 先ほどまでの服装から急いで着替えて来たのか微かだが額に汗を浮かべている。


 そして着ている服は質素であるが一目で高級品だと分かる目の細かい絹を使用したものだ。


 そんなミルゲスの後ろからは一人の執事と二人のメイドが後に続いている。


 執事は年齢が高く、しかしながら一分の隙も見せないほどに洗練された動きだ。それは初老の歳とは思わせないほどの優雅さを兼ね備えている。


 そして後ろに続く二人のメイドも手にティーポットとカップを持ち、もう一人は茶菓子を持っている。二人の年齢は見た目であればメシアと差して変わりはないが、漂う雰囲気から彼女よりも年上の女性のものを感じる。


「急ぎで申し訳ありませんが、さっそく古代竜の素材等についての商談に入らせていただきたいと思います」


 そう言うとミルゲスはリンクの目の前のソファーに腰を下ろした。


ふかふかなソファーに深く沈み込みながら、手を組んだミルゲスはリンクへと視線を向ける。


「ええ、そうしていただけるとありがたい」


 リンクとしてもお金の確保と、この王都の探索等は急務と考えていた。もちろん今夜の宿屋や今後の方針もそうだが。


「はい。ではこちらがリンク様が討伐された古代竜の素材の簡易査定の結果でごさいます」


 そうミルゲスが言うと同時に傍に控えていた執事が一枚の紙をテーブルの上に置いた。


『言語は道中にて解析完了済みです。翻訳表示させますか?』


 見たこともない文字に頭を悩ませた瞬間、ルシアが助け舟を出す。これぞ阿吽の呼吸というものだろう。


『頼む』


 電脳内部での会話は喉を使用した音声ではない。だからこそ外に伝わることなく会話ができる。


『言語を翻訳表示します』


 その直後リンクの視界に映る文字が一瞬にして理解出来る文字に変換された。それまでの時間僅か2秒である。


「大変失礼とは思いますが、文字はお読みできますでしょうか?」


 僅か時間ではあったが、表情の変化を見逃さないのはさすが商人と言ったところだろう。リンクの僅かな表情の変化から何か違和感を感じたのだ。


「いえ、もう読めるようになりましたので問題ありませんよ?」


 そして一応念のためにも一番上の文字を読み上げることにした。


「古代竜の逆鱗 1枚 大白金貨7枚」


 リンクの読み上げた内容でミルゲスが驚きの表情を見せる。当然の事ながらあっていたのだ。


「言語と言い、なんと呑み込みの早いお方だ。いや、何とも失礼を申しました」


 そう言いながらミルゲスは頭を下げる。その時頭部の薄いエリアがちらりと見えたがリンクは流す。


「それで、この一覧なんですが私は今一つ相場が分かりません。道中貨幣の事は教えてもらえましたがどのくらいの価値になるのか想像がつかなくて」


 これは仕方のない事だった。はじめは町のなかで相場の調査をするつもりだったのだが直接屋敷まで連れていかれるとは思っていなかったのだ。


「そうですね、まずリンク様が討伐されたのは古代竜といってドラゴン種の中でも最大級の個体です。この竜の素材は基本的に市場に出ることはありません。過去に出品されたのが記録によると150年ほど前になるのでこちらも値段をつけるのに苦労いたしました」


 そういってミルゲスはもう一枚の紙を出した。


その紙には先ほどのように一覧で書かれていた。


「こちらが通常市場に出回っているドラゴンの素材の相場です。これらから算出し、出来る限りの値段を付けさせていただきました。ちなみにドラゴンとは古代竜の下位種のことです」


 提示されたのは古代竜の下位種にあたる飛竜の素材の一覧だった。


「ドラゴンの素材は一級の武器防具には欠かせません。そして中でも逆鱗と呼ばれる最硬度の鱗はどの部位よりも高い素材です。また眼球は高度な魔法媒介素材となりますのでそれらも高級素材となります。肉は非常に美味であり、一部の貴族がこぞって欲しがるでしょう。それらを考慮してお値段を付けさせていただいています」


 再度紙に視線を落とすリンク、そしてそこに書かれている金額に苦笑いを溢す。


「総額王金貨19枚大白金貨6枚白金貨7枚金貨8枚、占めて金貨換算19678で枚か」


 瞬時に計算したリンクに驚きの表情を見せるミルゲス。それもそのはず、計算等は商人の十八番ではあるが、それらを行うには高度な学が必要になる。


「御強い上に学まで御有りとは、いったいどれほどの・・・」


 などとつぶやいているが今は無視だ。


「とりあえず、金額については理解しましたが。そうですね、これほどの量となるとミルゲスさんも一度に準備は出来ないでしょう?」


 これは先日、ドラゴンを討伐した場所でミルゲス自身が言った言葉だった。


「はい。誠に申し上げにくい事ですが額が額ですので恐らく王国中の金貨をかき集めても足りないかと」


 話によると王金貨は事実上王族しか使用できない金貨であるそうだ。


 貨幣の内訳はこうだ。


 一番下から鉄銭、大鉄銭、銅貨、大銅貨、銀貨、大銀貨、金貨、大金貨、白金貨、大白金貨、王金貨というふうに並んでいる。


 価値としては一番下から10枚で一つ上の通貨に変わる。


 実際のところ一般国民の買い物は銀貨までしか使用しないそうだ。そしてその上の金貨は一般的に貴族が使用し、一般国民は見たこともないのがほとんどらしい。


 そしてその上の白金貨になると一部の豪商か上級貴族がたまに使用する程度。かくいうミルゲスも大白金貨は王族相手しか使用したことが無いそうだ。


「そこで、わたくしとしましては提案がありまして」


 そう切り出してきたミルゲスは少し体を前に乗り出す。


「以前、我が商会では様々なものを取り扱っていると申し上げたことがありましたが、それらの物品と金貨を通さず物々交換と参ろうかと思いまして」


 ミルゲスとしても金のなる木であるドラゴンの素材はのどから手が出るほどに欲しいものだ。しかしながら素材の所有権は未だにリンクが持っている。


そしてそれらを使用するにはリンクと金貨等での交換が済んでからの交換になるのだ。そうでないと商人としての信用にかかわる、とはミルゲスの言葉だ。


 しかしながら先ほど言ったように即時の貨幣での交換は不可能。そうなると別のものでの交換になる。


「はい、確かこちらの屋敷でその商品の説明をしていただけるとか」


 もちろん話は覚えていたリンクはどのような高額商品が出されるのか興味深々だ。しかしながら冷静な人物がもう一人いた。


『リンク、これは好機です。ここで活動拠点を入手しましょう』


 電脳の加速世界で言葉を発するのはルシアだ。彼は今までの話を聞いていてすぐに思いついたのだ。


『なるべく大きめの屋敷で、庭にMEMとエッグリースを置けるほどの広さがある物が欲しいですね。さすがに長い期間目の届かぬ位置に置いておくのはどうかと』


現在エッグリースは王都から離れた場所に隠してある。しかしながらいつまでもそのままという訳にもいかないだろう。


『そうだな。確かにこの王都での活動拠点は必要になるな。寝る度にエッグリースに戻ったり、宿を借りるのも億劫だな』

『はい。あとこの世界にある金属を一通り全て揃えて貰えないかと。少量でいいので』

『そんなもの何に使うんだ?』

『MEMの修理用の金属です。またナノマシンのエネルギー源になる媒介金属も必要になります。そのた為の調査です』


なるほど確かに今後長期の活動する前提ではそういった修理を行って行く必要である。いくら自動で再生される機体であるとは言え限度があるのだ。ルシアはそれを見越していたのだ。


 ならば話は早い。早速ミルゲスに打診することに決まった。リンクは即行動派なのだ。


「そうですね、こちらとしては活動拠点が欲しいので、屋敷が欲しいところですね。あとは全て少量でいいのですが、金属を全種類ですかね」


「おおっ、そうですかっ!確かに家屋は必要になります。うちの商会では不動産も扱っておりますのでご心配なく」


家についてはすぐに了承してくれた。しかしながら最後の金属については少し怪訝な表情になる。


「金属を全種類、ですか?」


「はい。私のこのスーツに使用している金属は特殊な物でして、それらの素材になる物を探しているのです。使用していくとやはり修繕は必要になりますので」


「はぁ、確かにそうですね。わかりました、少しお時間をいただくかも知れませんが、集めましょう」


そうミルゲスは快諾、とまではいかないが了承してくれた。


「では物件の話しですが、何か条件等ございますでしょうか?」


 話の速いミルゲスは早速商談の域に突入する。そのことで先ほどまでの温度から一段階上昇したかのように熱気を放出させていた。


「そうですね。屋敷の大きさはお任せします。あと庭が広いほうがいいですね」

「具体的には?」


 具体的な広さ。それはMEMとエッグリースを止めても問題がないほどの広さのもの。となると


「そうですね、最低でも縦100メートル横100メートルほどの広さが欲しいですね」

「わかりました。ではすぐに探させますので」


 そう言うと傍に佇む初老の執事に一言二言告げると、執事は足早に部屋を後にした。


 そんな様子を見つつ、リンクは出されていた紅茶に手を付ける。以外に甘い香りと、濃厚な味はリンクの好みだった。


「では次に何かご要望のものは御座いますでしょうか?」


 改めて話に戻るミルゲス。その表情は非常にいいものになっていた。なんせ商談相手は一国の国家予算ほどのお金を持ちあました人物なのだから。


「そうですね。屋敷の大きさ次第で人数は変わるでしょうが、管理する使用人も欲しいですね」


 屋敷と言ったら恐らく広いのだろう。この屋敷やほかの通りすがりの屋敷を見渡しても多くの使用人の姿が見えた。


 リンクは今まで家事等はほとんど機械かルシアに任せてきたのでその必要性はそこまで感じていない。しかしながらこれ程広い家屋となると話は違ってくる。


 もちろんリンクがいた地球みたいに家事ロボットにあふれていれば問題はないだろうが、ここは15世紀並に科学技術が発展していない。だからこその人海戦術でやるしかないのだ。


「確かに屋敷を持つとなると使用人は必要ですね」


 何か納得した様子でうなずくとミルゲスはすぐにメイドを呼んだ。そして先ほどの執事の様に二言ほど告げると、そのメイドは部屋を出ていく。


「それらの使用人もこちらでご用意しようと思いますがよろしいでしょうか?」


 改めて向き直ったミルゲスは笑顔を浮かべながらリンクに問う。


「そうですね、そこら辺はミルゲスさんの得意とするところでしょう、お願いします」

「わかりました。では今商会で抱えている奴隷の元へとお連れしましょう」


そう言うミルゲス。しかしながらリンクにとって余り馴染みのない言葉だった。


「奴隷?」

「はい。ビブリア王国では奴隷制度を活用しています。もしかして奴隷を見るのは初めてでしょうか?」


 不思議なものを見るような表情になるミルゲス。それほどまでにこの国では奴隷制度は当たり前になじんでいるのだ。


「はぁ、確かに奴隷と聞いたのは初めてですね。制度自体もどのような物かを知りませんので」


 率直に言って奴隷と聞くと聞こえが悪い。そもそも地球では西暦になってからの記録ではそう長くその歴史が続いたものはなかった。


 人権や倫理という問題があった為だ。


しかしながらそう言ったものはこの世界では特に問題がないらしい。


「そうですね、そこにいるメシアも奴隷でございます。彼女たち奴隷の見分け方と言いますと首についている従属の首輪ですね。これは魔法が刻印されており主人の血液によって契約されています。これらの契約には様々な制約があり、むやみに奴隷を扱わない等の奴隷を守る物が多く盛り込まれています」


 そう聞いたリンクは少しの安堵感を得る。以前リンクが読んだことがある書籍等には奴隷は性交奴隷だとか荷運びをさせ扱いが酷く、家畜同然の扱いを受けていたのだ。


「もちろん用途によって家事奴隷、戦闘奴隷、性交奴隷、犯罪奴隷など多種多様にありますがひどい扱いを受けたりするとその首輪が反応します」

「そう言ったことになるとどうなるのですか?」

「ビブリア王国の法律には奴隷を守るための項目が存在します。もちろんランク等によっても多少は差異もありますが最高刑は絞首刑になります。ですので奴隷の扱いと言っても殆ど普通の使用人と変わらないものです」


 そう言うとミルゲスは立ち上がった。


「ここではなんですので、まずはその目で直接ご覧になったほうが良いでしょう」


 そう言うとミルゲスはリンクを連れ、商会が持つ奴隷商館に足を向けたのだった。

 


さて、お待たせしました。第2話になります。この話は王都でのミルゲス邸でのお話がメインとなります。また次話にはお待ちかねの奴隷が登場しますのでお待ちください。

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