新しいテキストドキュメント
とあるテレビの構成作家、その元で、サブ作家として色々な教えを受けている大岸京谷は、いつも台本を書かせてもらうとき、必ずといっていいほど、その作家、尾道敏のPCで、尾道の開いたWordを使わされていた。しかしそれは、何も代わり映えのしない、いたって普通のものである。それにそもそも、初めてこの仕事をして、その時、人生で初のWordだったので、何が違うのか、それすら分からなかった。
そうして、2年の歳月が経ったある日。病気で倒れてしまい、もう余命幾ばくもない。そんな状況に陥った尾道。その連絡を受け、すぐさま病院までおっとり刀で駆けつけた大岸に、尾道は相変わらずのひねくれた口を利いた。
「何しに来たんだよ。仕事あるんだろ。さっさと帰れ」
しかしその顔は、どことなく嬉しそうに綻んでいた。
ただ、どうやら限界が来ていたようで、それから間もなく、尾道は亡くなる。
そうして尾道の仕事を引き継ぐ形で、ようやく構成作家として、新しくPCも他の先輩から買ってもらい、早速家で、台本を打とうとした。
右クリック、新規作成で、左クリック。いつも尾道がやっていた動作をして、Wordを開いた大岸は、驚愕する。
「あの人、俺が使いやすいよう、色々設定をイジったやつを、その都度使わせてくれていたのか……」
新しいテキストドキュメントを泣きながら削除した大岸は、あれから5年経った今でも、その尾道が使っていた、古臭いPCを使っている。