護送と逃走
様々な思惑が飛び交う護送までの期間。
その中、ひっそりとガドンが息を引き取った。
リュウ達がドランに会ったとき、カオンとオーランは城周辺で護送の情報を集めていた。
曇り空の昼時、お店の中などに人が群がり、城周辺は閑散としていた。
耳の辺りで風の通る音がかすかに聞こえた。
オーランはカオンを肩車して、ナフの部屋にあった茶色のコートやハットを着て、サングラスを装着した。
オーランが小石につまづき、体勢を崩して上のカオンは前後に大きく揺れた。
「ちょっと、落っこちるでしょオーラン!」
カオンはオーランの耳を倒れかける方向と別の方に引っ張り上げた。
その痛みにたまらず体が反応して体勢を整える。
暑苦しいコートの中でオーランは篭った声を発した。
「痛ったいっすよ! ちょっとつまづいただけじゃないっすか!」
カオンはため息をついてから
「なんであんたとこんな行動しなきゃいけないのよ、私はリュウさんと一緒にいたかったのに」
「おれもカオンと一緒なんてごめんすよ、ていうか外の情報ちゃんと伝えてっすよ! こっちは見えないんすから」
「わかってるわよ! 伝えるからあんた、鼻息荒くしないでよ! ふとももに息が当って気持ち悪いのよ」
オーランが大きく声を出してため息しようとすると突然オーランの腹にカオンのかかとが食い込む。
そのままオーランはカオンのふとももに頬を強く挟みこまれ声を出せなくされた。
窒息しかけると顔を挟んだふとももの圧力が緩んだ。
息をしようと蒸し暑いく密閉したコートの中の何度か吸い込んだ空気が再びオーランの喉を通って、吐き出された。
仕返しにオーランがカオンのふとももを噛むと
「ひぁ!」
「どうしました? エドルフさん」
カオン以外の声が外から聞こえてオーランはかかとで蹴られた意味を汲み取り、後できつい当りがくると覚悟した。
「いえ、大丈夫です。いや~今日は曇りなのに暑いですね」
コートの向こうからじゃりじゃりと金属音が聞こえた。
「あれ? アドルフさん、情報屋の社員ですよね? メモ取らなくていいんですか」
「ん? あ~そうだった、いや暑くて頭が回らなくてね、今取り出すからまっててください」
カオンはコートの中に手を入れるとオーランにメモと書く者をくれと手で合図した。
コートの内ポケットから鉛筆とメモ用紙を取り出してカオンの手に握らせる。
「えっと護送はどうやるんでしょうか?」
サングラスを付けたカオンが聞くと
「君ほんとに情報屋かい? はっそういうのは普通鎌かけて引だすんだろ。まあいいや言える情報だけだよいいね?」
「はい」
会話はオーランには聞き取りにくかった。
しばらくしてカオンの動けという指示で体を反転させて足を踏み出すと
上から
「早くここから逃げましょ」
カオンがそう言うと仕方なくオーランは駆け足をした。
「なんでそんな焦ってるんすか?]
オーランの質問と同時にビリビリと引き裂く音が背中から耳に入ると
篭った空気が消えて外の新鮮な空気がオーランの体内に取り込まれた。
涼しい空気を吸い込んで息苦しさに開放されたオーランは走るを止めた。
「逃げるよ、オーラン!」
そう言うとカオンはオーランの頭に体を乗せてオーランを前のめりにさせて降りると
コートのボタンを引きちぎった。
オーランが体を立て直して前を見るとカオンが血相をかいて走り出した。
するとオーランの背後からじゃらじゃらと物音がした。
振り向くと無数の兵隊がオーランに迫った。
「なんすかこれ!!」
ドンドンと地鳴りしながら迫ってくる兵を背後にオーランは要約カオンの背中まで追いついた。
「よくも見捨てたっすね!」
オーランが睨むと
「逃げろって言ったわよ私は。話はあいつらを巻いてからにしましょ」
若干の苛立ちを抑えてオーランとカオンはレンガの家をよじ登り兵隊から姿を消した。
「逃げ切ったわね」
オーランはカオンに息を切らしながら
「で、なんでバレたんすか?」
切れ気味にオーランが質問すると
「いやー護送の事が詳細に書かれた紙を出してくれたんでね、つい」
そういうとスカートのポケットから丸めた紙を差し出した。
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護送まで残り三日
「雨は降りましたけど、昨日より涼しいですねヌバル様」
「そうですねジャール。それよりこれを見なさい」
ヌバルは王がアランを逃がす作戦の紙を円卓の上に広げた。
「これは、本当でございますか」
ヌバルは不敵に笑うと
「王が執務を終えて不可解な行動を取られた報告があったので調査の者を送らせてみたらこの通り、
ほこりが見つかりましたよふふ」
その不敵な笑みに釣られるようにジャールも顔を変化させた。
「では王都にこの情報を伝え我らが密かにあの魔族共を連れて行けばよろしいのですね」
「この情報を野心のある者に焚きつけてください。そうですね、魔王の子を捕まえた見回り隊の隊長なんかいいですね」
なぜたかが兵長程度に呼びかける必要があるのかジャールが疑問に思っていると
ヌバルはジャールの肩に手を置いて
「成功しても失敗してももみ消すのに便利だからですよ、名が知れているほど噂は上りますからね」
「なるほど。わかりましたすぐ手配いたします」
肩に手を置いたままヌバルは首を横に振った。
「わかってないですよジャール、こういうのはあなた自身が行かなければ真実味がないんですよ」
ヌバルは瞳孔を開いて理解したかを問うと
「わ、わかりました私が行きます」
瞳孔を戻して、満面の笑みでジャールに手を振った。
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地下牢獄でアランとガドンは鎖を外されていた。
「ガドン、しゃべれるか?」
針の穴はやっと薄い皮で覆われて小さくしゃべれる程度まで回復していた。
「はい、アランぼっちゃん私はもう・・・・・・ですが最後に背中の紋章を解かせてもらいます。
人間の姿をしてることはもはや無理ですが。どうかご無事で」
「なんだよただ人間と区別するための紋章だろ。おれ様の魔力を与えればまだ大丈夫だろおい」
ガドンの巨体をアランは壁に寄りかかりながら支えた。
そしてガドンの腕がアランの背中を触り、アランの耳に聞こえないほど小さな声で呪文を唱えた。
「おいガドン、どうした? 目を覚ませよ」
ガドンの体はゆっくりと力を無くし、腕は地面に垂れる。
ガドンをゆっくり床に置いてアランは涙を流した。
アランは紋章を解かれたのを確認して自分が本当に魔族なのか疑い始めた。
孤独と疑惑がアランの心を支配するのもほんの数秒
アランの脳裏に一つの呪文が植えつけられた。
「•・・・・・オークって何言ってるんだおれ様」
その言葉と共にアランの体をとてつもない速さで血がめぐる。
アランの体温は100度を越え、体から蒸気が立ち上った。
アランが喉元を手でむしると喉の肉が削ぎ落ちてそこから血がぼたぼたとあふれ出した。
死を覚悟したその瞬間、檻に充満した蒸気と床に溢れた大量の血液がアランの体に吸い戻された。
目を開けると、
アランは体中を手でまさぐった。
「ぶひっ!」
アランは目の前に倒れたガドンの体をそっくりそのまま鏡に映した様な体に変化していた。
つづく。