希望の日
「王、執務はよろしいのですか?」
王の間に着いた侍女のカサミに王は問いかけられた。
カサミは白肌に赤いドレス、白いエプロンを着飾る。
「われは魔族共を見てくる、執務は後でやる。カサミ、お前しかわれの味方はいないんだ、見逃してくれ」
「了承しました。王、ヌバル様が最近不穏な動きを見せております。ご用心くださいませ」
王はカサミの会釈とともに伝えられた情報に頷き王の間を出た。
レッテル城の長い螺旋階段を省略するため塔には直下の滑車が備え付けられている。
オレンジ色の灯が王の体に当る。
滑車に乗り地下へと下っていると滑車の天井から物音が響く。
がたんと滑車を上下に振動させると共に滑車が地下にたどり着いた。
王の目の前には黒い鉄門の前で二人の看守は全身を黒の制服で覆い、加工された細い円柱の木製棒を腰に付けていた。
左右の端に分かれ、腕を後ろに組んでいた。
看守達は組んでいた左腕を額に持っていき、敬礼をすると鉄門の鍵を取り出す。
全身の体重を使い門を開けた。
門の向こうから血の生臭い風が王の肌を擦る。
王は眉間にしわを寄せ、鼻を腕で覆った。
地下牢獄は王都の所有物でレッテル城、城主の王が罪を下した罪人は指を数える程、
王都で失態を犯した文官を隔離して飢え死にさせる。
檻の中には髪の毛だけがその者の特徴を残し、骸骨と化していた。
王が足を踏みとどまったその牢の中は魔族のオークと
魔族には到底見えない人間型の魔族がいた。
「お前ら、下がれ」
王の一声に監視を続けていた看守長が場を後にした。
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その日の早朝 曇り空。
リュウはナフの着せ替え人形になっていた。
「これはどうかな?」
ナフは上下の服をズタズタに切り裂いて
リュウに着せた。
「ただの破れた布じゃん」
「わかってないね、この破れてるのがオシャレなんだよ」
リュウはさらにそれを切り裂き、着れなくした。
「もう何なら気に入るんですか?」
リュウにナフは眼鏡を腕で少し持ち上げて質問した。
「なんも気にいらねーって言ってんだろ! 服とか気にするたちじゃねんだよ、おれは」
リュウの一言にナフは後ろを向き、悲しそうに歩いて行った。
そして訳もなく、
ナフが歩いて行った先には棚があり、
ごにょごにょと小言を言いながら服を取り出した。
「最後、リュウ君。お願いだ」
ナフの眼鏡に雫が飛び散り、その雫が
眼鏡から一滴垂れる。
執念に押されたリュウはこれが最後と思い、
「じゃあ最後だからな」
「ああありがとござまああすううう」
「あ! でも変なのだったらダメだからな? ちょそれもだっめ」
リュウの蹴りを顔に食らっても物怖じせず被さった布を取り払い、
押し倒した。
「いい! なんというか、少年だから許される、いや少年ゆえに愛おしく見えるんだ。これはいいものだあああ!!あん」
ナフは発狂したまま倒れた。
その物音に眠っていたミンス達が寝室から出る。
「朝っぱらからなんですか? って••••••」
リュウは全身を白黒の服に着飾っていた。頭を黒いカチューシャを飾り、
黒フリルのネクタイワンピース。
下半身は白黒コルセットスカートを膝下まで短くしていた。
「あわわ、ナフさんの子供ですかこの子、あ〜可愛いです。むぎゅむぎゅしたいですはい」
気づいてないと見るや
リュウは頰を赤らめて人に聞こえないぐらい小さく、声を高めて女の声に近づけ微調整すると
「あのナフお兄ちゃんに会いに来ておれ、いや私その」
「あ、ナフさんの妹さんでしたか。すいません私はシスターミンス、
ミンスと呼んでください」
「おれはお、オーランでやんす」
「私はそのかカオンよ、というかオーランちょっと」
カオンは鼻に詰め物をしていたが
リュウの変容に一息鼻で呼吸するとポンっと
詰め物を吹き出した。
オーランにこちらに来るよう合図を送る。
ミンスの前を勢いよく横切り、
カオンと密かに話し始めた。
「オーランあなたも気づいたわよね?(笑)
あれってリュウさんよね?」
オーランは首を縦に激しく揺らす。
「ででも何で女装してるんすか?」
「私にもわからないから聞いてるんでしょ、とにかくリュウさんが気づかれたくないならここは素直に、わかるわよね?」
「わ、わかったっす」
「カオンさんどうかされました?」
「いやなんでもないよ〜ミンス」
「ならいいんですが、あなたのお名前聞いていませんでした。教えてください」
リュウはフリルを掴み上げ、顔半分を隠しながら恥ずかしく
「リュ、リュウ子です」
その言葉を聞いた瞬間カオンとオーランは顔を呆然とさせる。
「リュウ子さんですか、リュウさんとお名前似てますね。よろしくお願いします」
「いえ、私こそ」
リュウとカオン、オーランはミンスの純粋さに不安を感じつつも安心した。
リュウ子は一呼吸置いて
「ナフお兄ちゃん、気絶しちゃってるみたいなんで私帰ります」
その場を早く去りたいリュウ子は足を速める。
すると肩を掴まれリュウ子は後ろに押し倒された。
痛い!と反射的に叫びかけたリュウ子の背中を硬い地面ではなく、柔らかい感触に倒れこんだ。
リュウ子は下を向くと、暖かい両腕の中に包み込まれていたことに気づいた。
振り返ると
「おま何やり、いや何するですの」
「いや、可愛いらしいお背中に思わず衝動を抑えられなくてつい、もう少しこのままでもいいですか?」
リュウは耳を赤らめたが逃げようとしなかった。
リュウ子の体を包み込む感触、服を通しても伝わるぽかぽかの体温、後頭部から聞こえる胸の鼓動。
触覚、聴覚を使ってリュウは忘れかけた気持ちを思い出した。
それはほんの僅かに、リュウの意識を飛ばした。
リュウの変わりようをカオンは遠い目で見つめていた。
「リュウさん、おれも抱かれたいっす。
ミンスお願いっす」
「オーラン、あんたどうせ変な事考えてんでしょ待ちなさい••••••ていうかリュウさんって言ってるじゃないあんた」
「あ••••••」
ミンスは首を傾げて上からリュウのほおけた顔を眺めた。
目蓋をパチクリと瞬くミンスは
「リュウさん!? すいません、でもなんでそんな格好」
「ふえぇ? ••••••はっ! いやこれは深い事情がていうかオーランてめえ気づいてたのかこの野郎」
ミンスの両腕を解いてリュウ子は
立ち上がり、片腕を振り回しながらオーランに近づく。
その時
「ナフ復活でーーーす! ていうか全部聞いていました」
気絶していたナフは突然起き上がり、
周囲を凍らせる。
「いやはや、リュウさんの女装とみんなの反応が面白くてハハっ。すいません。
みんな気持ちがほぐれたところで真剣な話しをしまょうか」
今までの事情をすべて理解したミンス達とリュウは同時に
『できるかあああ!!』
と言い放つ。
「あははは」
それから暫くナフへの悪口が飛び交った。
「てことで、本題に入ろう」
みんながまだ言い足りないという雰囲気を擦りとも感じずナフは話し始めた。
「君たち、昨日の傷はどうしてついたんだい? もちろんミンスちゃんの頼みだから治療費取らないよ安心して」
リュウ子はミンスが話し出さないので沈黙を置いて事情を話した。
「アランちゃん、本当に死んじゃったの?」
「魔族だけどいい奴だったでやんすうう」
ミンスは目を充血させたが涙を堪えた。
だがリュウは堪え損ない、一滴だけ雫を落とした。
カオン達は到底堪えることもできず、溢れる涙を止められずにいた。
そんな中、ナフは気持ちを変えさせようと下の飯屋に行こうと言い出す。
その誘いにミンスも同感してリュウ子達をなだめながら下っていく。
「騒がしいけど、悲しみを聞こえなくするにはこういう騒がしいとこもありなんだぜ、子供達」
ナフのドヤゼリフに誰も突っ込みを入れようとしなかった。
ミンスは気まずさに席を探すとちょうど5人分のバー席を見つけた。
「あそこに行きましょう、ナフさあん」
ミンスが三回そのセリフを繰り返すと、
ナフは二回目で気づき、三回目で耳を傾けやっと耳に入った。
「わかりまし他、ミンスちゃん」
ミンスがカオンとオーランの間に座り右端にナフ、左にリュウ子が座り込んだ。
リュウは足が地面に届かず、ぶらぶらと足を揺らした。
席について間をつかずナフは
「おっちゃん水、それといつもの5人前で頼みます」
ナフが頼んだ。
「あいよー水! えー5人前ね、ってなんだいナフさん、いつのまに女房と子供こさえたんだい?」
店主の物質げな物言いにナフは苦笑しながら
「あはは、可愛い嫁さんでしょう店主」
ナフの冗談も空しく
「違います」
「あははーこりゃ一本取られたり」
••••••
店主が暗い雰囲気にたじろいでいるとリュウの隣から
「おうちび嬢ちゃん、どうしたんだい朝っぱらからそんな面して」
ひょうたんを片腕に縛り付け、目を垂れ、顔を真っ赤に染めた大男は店主に注文をした。
「店主ゅ〜おれにもなんかつまみくれ〜」
「あいよ、飲みすぎないようにね、ドランさん」
その名前を聞いた瞬間、ナフは驚いた。
「ドラン、あの大王誕生祭で花火を披露したあの花火職人のドランさんですか?」
「そうだよ、この世界で花火職人といったらレッテルのドランと言われた、
それがぼくちん。はぁ〜なのに」
ドランは愚痴を語り始めた。
「先月さ〜大嵐があったじゃ〜ん。それでレッテルの花火大会中止じゃん。
それで雨に濡れて花火の玉全部パ〜にしちゃってさ、それなのに今月再開しろってレッテルのみんなが騒いでくるんだよ」
「そ、それはご愁傷様です」
ナフは雰囲気を変えてくれると驚いてみせたがむしろネガディブ人数を増やしてしまった。
「へいおまち! 黄金チャーハン」
「ささ、食べよう食べよ。だけどねこれただの黄金チャーハンじゃないんだよみんな。ここラサ大陸の東にあるタハラ砂漠に生息する怪鳥の卵を使っていて、砂漠の乾燥した環境でにわとりの卵の倍、殻が硬いんだ。だけどその分中の黄身は栄養が凝縮しているんだ」
ナフは自分で解説しながら食べるのを抑えられなくなって思わず口にスプーン一杯を運んだ。
「うーんうまいよ、さ、食べて食べて」
リュウ達も腹がなってしまい、無言で口に運んだ。
「どう?」
ナフが伺うと
「うまいよ、アランと食べたあの果物と同じくらい。あれでもちょっとしょっぱいかな」
リュウはその一言と共に雫をスプーンに落とす。
「ぼくちんも困ってるようええええん
うっえ、オロロロロ」
「ちょっと困りますよドランさん店の中で吐かないでください」
店主はドランの肩を掴み、袋をドランに渡すと一緒に店奥へと消えていった。
リュウ達が食事をしているバーの後ろから耳に入る噂が聞こえた。
「おい、お前さん知ってるか今中央の噴水広場に護送する魔族を発表してるんだとさ」
リュウは片耳を立てた。
「それで?」
「ああ、その護送する魔族ってのがなんと魔王の子なんだとよ」
「そいつはほんとか!」
リュウは椅子から飛び降り、噂話をしていた人に荒く話しかける。
「おい、お前! それは本当なんだろうな?」
その男のテーブルの上に乗り、胸ぐらを掴む。
「なんだよお前、嘘だと思うなら噴水広場にいってみりゃいいだろ」
リュウは飯屋を飛び出した。
その挙動にカオンとオーランも後を追う。
ミンスを後を追うと下が腕をナフに掴まれた。
「離してください、私も行きたいんです」
「いや、さっきの話しが本当なら確認しにいくより、助ける方法考えたほうがいいんじゃないかと思ってね。だってあと今日を入れて5日だよ?」
つづく