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キャトルミューティレーション

「お早う。」

「……おはよう。」

平日の学校。少年少女が普通の人間でいられる場所。そういうことを義務付けられた場所。家にいることが億劫おっくうに感じられる私にとって、数少ない(いこ)いの場だった。

それがたった一夜にして変わってしまう。そんなこと、認めたくなかった。

しかも、彼はそれを「私の望んだ変化」なのだと言う。信じられない。

「いつも通りに振る舞えよ。」

そんなことを言う彼の神経が理解できない。軽い犯罪だ。

でも、彼は宇宙人なのだから理解できない方が正解なのかもしれない。

「皆、やってるぜ。あれくらいのこと。」

この宇宙人は、私をからかってるんだろうか。それとも、ただただこの星の常識を知らないだけなのか。

野外で、気を失っている女を縛り上げて…、そして…、それで……。それが一般高校生の(たしな)みなのだとしたら、世の中ビックダディとビックマムで(あふ)れてる。

「でも、良かっただろ?」

……やっぱり信じられない。

でも見方を変えれば、あの晩のことを許してしまっている私も、宇宙人が(そば)にいても平然としている私も、既に一般人ではなくなってしまっているのかもしれない。

私がオカシイと感じる全て、私の受け入れたくない何もかも、あの晩に塗り替えられてしまったんだ。



「俺、この後予定ないからさ。お前、俺ん家来いよ。」

今日ほど自分が上の空だと感じた日はない。

放課後、こうやって彼に声を掛けられるまでどこで何をしていたのかまるで思い出せないくらい。

「え?」

まるで、彼の言葉が私の「酸素」のよう。それまでの私は酸欠で溺れ続けてる。一人きりの世界で。

辺りを見渡して今日という日の名残(なご)りを探すけれど、やっぱり何も思い出せない。

ただただ、彼の横顔だけがまぶたに焼き付いている。


「来るだろ?」

夢現ゆめうつつな私の額を、人差し指で小突きながら彼は言った。

「……うん。」

別に、脅迫きょうはくされてる訳じゃない。

それなのに、まるで催眠術にでも掛かってしまったかのように私は彼の言葉に逆らえないでいる。行きたくないわけじゃない。でも、行っちゃいけないとも思っていた。

そんな、あれやこれやを全部無視して私は彼のさそいを受け入れていた。

これが宇宙人カレの力なのかもしれない。

「何、するの?」

年頃の男子が女子を家に連れ込む用事なんて分かりきってるのに。私は不安と期待を込めて尋ねていた。

だけど――――、


「みのり、ペットって何か飼ってる?」

「ペット?……犬が一匹いるけど……、何?」

飼いたいの?その相談?でも、それをわざわざ家でするの?

「それだけ?」

不満そうに彼は聞き返す。

「……うん、それだけ。」

「あ、そう。」

彼の声を聞いて急に私はあせり出した。私にそれ以上の引き出しがなかったら、多分、この話は終わってしまう。「それは嫌だ」そんなことを(つぶや)いている自分がいた。

「……あ、金魚が一匹いる。」

つい、会話を繋ぐために付け足したけれど、縁日の金魚なんて誰も食いついたりしない。珍しくもないし、オモシロくもない。

……ハァ、私って魅力ないな。


ところが、彼はその「金魚」を待っていたらしかった。

「やっぱり。」

妙な相槌あいづちを打ちながら、彼はやんわりと笑うのだ。

彼の笑顔は(はた)から見たら、ただの「好青年」にしか映らないかもしれない。けれどその顔は、今の私にとって鳥肌が立ってしまうくらいに不気味で、怖い。

それなのに、目が離せない。逃げ出せない。


もしも、私が彼のことを「好き」でいたのなら。彼もまたそうであってくれたのなら。今のこの想いも、昨夜のことも、恋愛にありがちな出来事の一つなのだと思うことができたかもしれない。

でも残念なことに、私は彼を「想う」ほど彼のことを知らないし、「愛し合える」ほど彼を理解してもいない。


それに、私が彼に抱いていたのは、ただの関心。それ以上でも以下でもない、はずだった。

彼は普通の人とは違う目付きをしていたし、普通の人とは違う歩き方をしていた。

だから、彼を見る目に「好奇心以上のもの」を抱くのは危険だってことも分かってた。

だからこれはやっぱり「好き」じゃない、そのはずだった。


……じゃあ、結局何なの?


今日、改めて声を掛けられた時、私は確かに喜んでた。

「一夜の女」でないことにホッとしていた。一方で、そう思っている自分が堪らなく嫌だった。

私はただの被害者のはずなのに、まるで自分が変態であることを受け入れているようで気持ちが悪い。


「好きになると周りが見えなくなる」って言うけれど、これもそれに当て嵌まるの?

少なくとも、彼は自分を見失ってない。計画的で、確信的な犯行。あの晩、私を実験動物モルモットか何かのように呼んでいたのを憶えている。

彼の気持ちはハッキリしてる。

私は……。


「本当は分かってるくせに。変態って言葉にビビってるだけなんだって。」

煮詰まった私はあろうことか、一番しちゃいけない相手に相談していた。

「自分は自分。他人は他人だから。他人の言葉をものさしにしてたら一生答えなんか見つからないぜ?」

でも、彼以外でこんな「未知との遭遇そうぐう」のような頭のオカシナ話のできる相手が思い浮かばなかったんだ。

そして彼が、このバカみたいな悩みに素直に答えてくれることに内心では驚いていた。

「多分、俺はお前をダメにすると思う。メチャクチャに……、メチャクチャにすると思う。それでも俺は悪く思わないし、責任も取らない。」

彼の部屋はキレイじゃなかった。

普通の人と違う表情をする彼はきっと、普通の人とは違う趣味を持っていることは何となく察していた。

だけど、それで周りの人に迷惑を掛けたりしない几帳面きちょうめんな人だとも思っていた。

「俺の言ってること。青臭い子どもにありがちな思い上がりに聞こえるだろ?それが『普通』。そんでもって、それが俺にとっての一番の敵な。」

「敵……。」

私は初めて、彼が何かと戦っているらしいことを知った。

「苦労したくないならこっち側に来ない方がイイと思うね。でも、俺からお前を不憫(ふびん)に思ったり、自主的に開放したりはしない。だって、やっと見付けたモルモットだから。」

「モルモット……。」

平気でそんなことが言える彼の「敵」ってなんなんだろう。『普通』って何?常識?道徳?倫理?

例えば、「敵」に勝ったとして、結果、彼はどうなりたいんだろう。


「本当に嫌だったら、親か先生に話すのが一番だと思うよ。俺はお前の邪魔をしないし、その結果を甘んじて受け入れるよ。いつかはそうなるだろうしね。『苦労は若い内にしろ』って言うだろ?」

彼は今、自分が「犯罪者」だって自供してる。

すると、今、この瞬間。私はとても大切な局面(きょくめん)に立たされている気がした。

今じゃなきゃ引き返せない。私も、彼も。

そんな、気がした。

「そんな俺からもう一つアドバイスがあるとすれば、『理解者は手放しちゃいけない』。自分と同じ顔をした人間は世の中に三人いるって言うだろ?たった三人……それくらい貴重なんだよ。物や金なんかより断然。」


――――そう


私は今、とても大切な分岐点に立っている。

彼を手放して、()()()()()を送るか。

それとも、彼と二人きりの世界を見つけるのか。

苦痛と後悔の見え隠れする。それでも魅力的な――――


――――彼の部屋で、たくさんの金魚が泳ぎ回っていた。

※キャトルミューティレーション

アメリカで1960年以降に起きた家畜の惨殺事件のこと。死体の一部が切り取られ、血液がほぼ抜き取られるという怪事件。この異常性を現地の人は宇宙人の仕業(実験)だと言っていたのだとか。

しかし、現地での調査を行ったところ、死体の一部が切り取られたのは野生動物の捕食によるもので、血が抜かれていたのは重力で地面に吸い取られていたからなのだとか……。


「人魚は実はジュゴンなんだよ」って言われるレベルの残念感ですな。

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