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金魚を飲む男

一日4時間、はちを眺める時間が増えた。

朱色の小さな魚は小さな世界のふちに沿って、いつまでもグルグル、グルグルと泳いでいる。何を考えているのかも分からない表情で、狭い鉢の中を一分間に6周も、7周も。見えない出口を探すように、延々と。

光はたった一秒間で、4万㎞もある地球の外周を7周半もするらしい。

私の部屋にある水の星。私はその小さな惑星に、一粒の赤く足の遅い光を飼っている。


あの人も、この光のように他人が侵入することも、自分が出ていくことも叶わない世界の中で、死ぬまで堂々巡りをしていたに違いない。

だから結局、私がいたところで何も変わらなかったのだ。苦心して出口を用意してあげたところで、呼吸もろくにできないような不器用な人だったのだから。



とにかく静かな人だった。真面目で、授業中は一人黙々と板書し続けている。平均的な容姿で妙に寡黙。初めて出会ったときは『イジメ易そうだ』という印象しかなかった。

けれども私は、『人は見た目に依らない』という言葉がこの人のためにあるのだと思い知ることになる。


彼は決して集団の中心に立つような人ではない。けれども、爪弾つまはじきにあうような人でもなかった。

運動会や課外授業のとき、彼は無理なく輪の中に溶け込んでいたし、ペアを組むような場面でも自然と誰かが隣に立っていた。

適当な言葉を返し、適当な場面で笑って、どんな状況でもごくごく自然に振る舞えるような人だった。だから、彼の個人的な部分を知らない人間が見たなら、彼は大人しいだけの一般的な男子高校生にしか映らないのだろうと思えた。


けれども、私は違う。

入学直後から、彼のことを知って一月と経たずに、私はこの違和感と出会っていた。

その翌月、学校のイジメっ子が彼にボールをぶつけて謝っているところを見たとき、それは確信に変わった。

具体的に何がそうさせているのかは分からないけれど、誰もが無意識に彼をそういう立場に置くことを避けているようだった。

そんな、彼を問題視する教師が一人もいない中で、私だけが彼のどうしようもなく『危ない正体』を見抜いていた。


しかし、私は近づかなかった。近づけなかった。それまで好奇心に逆らうことを知らなかった私が初めて、見過ごすことを選んだ。

だってそこに、誰にも助けを求められないあやしい罠があるような気がしてならなかったから。

私の目に映る彼の『不自然な何か』、皆が彼を捨て置かない『不自然な何か』が口を開けて待ち構えているような気がしてならなかったから。


けれどその『不自然な何か』は、いつまでも受け入れる様子のない私を放ってはおかなかった。

「今日は家に誰もいないから。」

遠巻きに、彼を見守り続けて三年目。

何が切っ掛けだったのか今でもよく分からない。彼は頭の切れる人だったから、頭の悪い私は気付かない内に罠にかかっていたのかもしれない。


優等生でもない。不細工でもない普通の男子高校生の隣に、私は立っていた。

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