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滑って転んで、思い出しました。

作者: 千一

頭を打った程度で前世を思い出すなら、普通に生きてると何代も前の前世ぐらいまで思い出しそうだよなぁとか。


初回:2015/06/07

文字数:4,419文字


改稿:2015/06/08:表現変更。

文字数:6,566文字

「うわぁ……マジかぁ、そうかそうか……いやぁ……どうしようか」


 そんな益体もないことを呟きながら、俺は窓の外から見える光景に困惑している真っ最中だ。

 困惑していると言っても、今の俺の顔ははために見たらヤバイぐらいにニヤけているだろう。

 なんでそんな事になったかといえば、それもこれも数分前に起こった出来事が原因だった。


 ▼◆▼


「今日~か~ら、こっこはぁ、おっれの部屋ぁぁぁん」


 朝からいい具合にビブラートを聞かせながら、俺はゴキゲンな気分で床の雑巾がけをしていた。

 普段の俺なら、掃除なんて面倒臭いことをこんな気分で出来るはずもなかったが、今日に限っては最高の気分で行えている。

 なぜなら、長年の夢だった自分の部屋を手に入れることができたからだ。


 元々この部屋を使っていたのはすぐ上の兄だったのだが、その兄が奉公先の商家に入婿に行く事になった。上の兄は次兄なので家も継ぐこともないから問題無いし、幼い頃から家族ぐるみでの付き合いがあったためにトントン拍子で話がまとまったらしい。

 細かい経緯を話せばかなり長くなるので端折るが、とどのつまり上の兄はこの家を出ることになったのだ。

 それを聞いた俺は直ぐに行動を開始した。そして、昼夜を問わずに行った粘り強い交渉の末に、成人までという条件付きで、この部屋を一人で使ってもいいという許可を取ることに成功する。

 今まで弟妹達と同じ部屋で寝起きしていた俺に取っては、生まれて初めて手に入れることの出来た自分だけの空間であり、この天にも昇る気持ちを持て余しても仕方ないわけだ。


「掃除は大切、ピッカピカに~、だってマーキングと一緒ですから。 領土を主張ぉぉぉう」


 もはや、テンションが上がりすぎて何を言っているか自分でもわからなくなってきているが、とにかく俺の気分は最高だった。

 だが、


「あっ――」


 急激な視界の変化、壁を向いていたはずのそれが、寝ている時しか見ない天井に切り替わる。

 一瞬の浮遊感に続くのは、自然の摂理に従う急降下。

 ゴガンッと言う鈍い音が部屋に鳴り響き、俺は背面から落ちて後頭部を痛打した事を認識した。

 原因は、濡れた雑巾。

 バケツに引っ掛けていたつもりだったそれが、いつの間にか床に落ちてしまったらしく、その雑巾を踏んだ事によって、まるで喜劇役者のように綺麗に滑って空中へ舞い上がり、そして落ちたわけだ。

 あまりにも急な一連の流れに、落ちた直後は呆気にとられて指一本動かすことが出来なかったが、直後に後頭部を襲ってきた痛みに悶絶して(うずくま)ることになった。

 だが、幸か不幸かその痛みを以って、俺はあることを思い出してしまったのだ。

 この世界が、前世の俺が知っているゲームの世界だということを。


 ▼◆▼


「さて、ここが本当にゲームの世界だとするなら……」


 俺はニヤける口元を無理やり戻し、部屋から見える範囲に人が居ないことをしっかりと確認して、安堵のため息を吐く。

 基本的に家族ぐらいしかこの部屋に来る人間はいないわけだが、もし今からやることが誰かに見られた場合、非常に面倒臭いことになるのは確実だ。

 背負わなくていいリスクは背負わないに限る。それは世界が違っていても変わらない真理であるはずだから。

 それなら、リスクが発生することをするなと言われそうだが、“それはそれ、これはこれ”だ。男の子にはそれでもやらなきゃいけない時があるのだよ。

 そんな事をつらつらと考えながら、これから行う自分の行為を肯定しつつ、包装紙に包まれた玩具を開けるような心持ちで、俺は言葉を紡いだ。


「“ステータス”……お? おぉぉ?」


 もはやゲーム世界への転生物語では定番だろうステータスの観閲。たった一回で正解するとは思っても見なかったが、()()()この世界ではステータスと日本語で呟くことが正解だったらしい。

 実際に目の前にステータス一覧が現れると、じわじわと沸き上がってくる感情に身体が震えてくる。

 やってみるまではかなり不安だったが、成功する可能性はかなり高いと踏んでいた自分を褒めてやりたい。

 なにせ前世でプレイしたゲーム自体が、日本の会社が開発したゲームなのだ。もしこの世界にある“世界の理(システム)”に触れることが出来るとすれば、日本語以外ではありえない。

 そして、俺の知る範囲内での話にはなるが、少なくともこの世界に日本語は存在していない。

 もしかしたらそういった文化圏や言語があるかもしれないが、それなりの教育を受けてきている“今生の俺”の常識の中にないのならば、秘匿されているか、存在していないか、まだ未発見かのどれかだろう。

 いや、そもそも“人間の能力を普遍的な数値に置き換えること”自体が不自然なのだ、こんなシステマチックなもので表現されたら社会構造そのものがおかしくなってしまう。

 そんなことをつらつらと考えていたが、小難しいことはどうでもいいかと横に投げ捨て、表示されたステータスを確認することにした。

 ゲーム内の表記とほぼ変わらなかったためにすんなりと理解できたが、ほとんどの能力は作成初期のキャラクターと同程度だったが、一部とんでもない数値をたたき出しており、才能と呼ばれるパッシブスキルが表示される欄にスキルが表示されていることに気がついた。

 俺にはかなりの潜在魔力があり、同時に、それを活かすための魔法適正も“最上級の才能”があることがわかったのだ。

 この事実に、キタコレ、コレで勝つる、チートインしたお、権力ゲットだぜ、などと、前世の言葉をこちらの言葉で無理やり訳して呟いてしまうのもしょうがないだろう。

 魔力も魔法も、自分たち一般市民が使えるほどにありきたりのものとなっているが、戦闘に使えるほどとなるとごく限られた存在のみになるのだ。

 そして、その力があれば議会に影響を及ぼせるほどの地位につくことも出来る。

 そう、誰しもが夢見る立身出世を成すことが出来るのだ。

 幸いなことに“今生の俺”は投票権も有する市民階級だ、結果を出すことができれば十分に射程範囲にある。

 早速、才能の確認をしようと、興奮のままに昔近所の老医師に教えてもらった魔力を放出する方法を試す。

 すると、今までは意識することもなかった魔力を使用するときの“流れの中にある詰まり”のようなものが、大量の水によって取り除かれていくように、徐々にスッキリとしていく。それと同時に、ドンドンと体内から自身の魔力と認識していたものが溢れてくる。

 溢れ出てきた魔力は身体から漏れ出るようなことはなかったが、一箇所に魔力を貯めると身体に悪いという知識はあったので、体内を循環させるように身体中に巡らせてみた。

 意識して循環させていく内に、それを身体の表面に出しても自由自在に動かせることに気がついた。それが出来ると解った瞬間に、俺は唐突に理解した。ステータスに表示されていたことは嘘偽りなく、俺の力だということを。


 前世ではありえない魔力と魔法という新しい感覚。そして、それを自由自在に操ることが出来ると知った俺の気分は、再び舞い上がるだけ舞い上がり、思わず荒ぶる鷹のポーズからビックリするほどユートピアするまでに至ってしまった。

 そして、全裸になって踊りも最高潮を迎えたその時、


「ふぉぉぉぉ! あっ――」


 ゴゴンッと言う音を立てて、再び俺は後頭部を痛打し、今度は意識を失った。


 ◆▼◆


「――なさい! 起きなさい! なんて格好で寝てるの?!」


 目が覚めると、鬼のような形相の母が、俺を見下ろしていた。

 なんで、とか、どうして、とか疑問は浮かぶものの、とにかく母が怒っていることは理解できる。

 一体どうしてこうなったのか()()()()()()()()()が、俺はいつの間にか床に、それも全裸で寝ていたのだ。


「え、え? なんで?」

「全くもう! すごい音がしたから心配して来てみれば、全裸で床に寝てるとか意味がわからないわ!」


 確かに今の俺は全裸で床に寝ているが、どうして全裸なのかもわからないのだ、少なくとも俺はさっきまでゴキゲンな気分で掃除をしていたはずなのだから。

 ともかく母に心配を掛けてしまったは事実なので、甘んじて怒られていたが、その最中も、記憶に(もや)が掛かったようにぼやけていたことに気がついてしまった。

 何か重要な事を知ったような気はするが、打ち付けた後頭部がズキズキと痛み、それ以上思考に意識を向け続けることが出来なかった。


「粗末なものを出してないで、さっさと服を着なさい!」

「あ、うん」


 母に言われるがままに、いそいそと脱ぎ散らかされた服を着たわけだが、その間も後頭部はズキズキと鈍い痛みを発しており、自然動きが鈍くなってしまった。


「それで気分はどう? 気持ち悪いとかない?」


 服を着終えた俺の目の前で、母が心配そうな顔でこちらを見ていた。


「大丈夫だと思うけど、やっぱり後頭部は痛いままかな」

「まぁ、ちょっと母さんに見せてみなさい」


 母が俺の後頭部に、()れられたことによって激痛が走る。


「痛っ、母さん(さわ)らないで、すっげぇ痛い」


「あらやだ、すっごいこぶになってるわ、打ったところが悪かったらなら大変だし……母さんも付いて行くから、おじいちゃん先生のところへ行きましょうか」

「あーそうだね、うん、行くよ。それと、心配かけてごめんなさい」

「何言ってるの、親なんだから当たり前よ。反省してるなら、今度から気をつけなさいね」


 痛みに涙目になりながらも俺は、しょうがない子ね、と微笑む母に、うん、と返事をする。

 さぁ、準備しないと、と言い残し部屋を出て行く母を見送り、俺も出かけるための準備を始めた。


 ◆▼◆


「んーむ……」

「先生、どうなんですか、うちのバカ息子は?」


 小さい頃からお世話になっている先生に患部を診てもらいながら、俺は今だにぼやけている記憶が気にかかっていた。


「ん、瘤の方は大丈夫だな。軽く内出血はしてるが、表面的なものだし、十日もすれば引っ込むだろう」

「そうですかぁ、大事なくてよかったわぁ」


 診察も切りの良い所だし、世間話ついでにちょっと記憶のことも聞いてみよう、そんな風に軽く考えながら俺は話を切り出した。


「あー、じいちゃん先生、ちょっと相談があるんですけど、いいですか?」

「おう、なんだなんだ。金の相談以外だったらばっちりのってやるぞ」


 診察中の真剣な顔から、いたずら好きな好々爺の顔へその表情を変えた先生に、俺は記憶について相談をした。

 先生は俺の話が進むにつれて次第に真剣な表情に戻り、話が終わると(おもむ)ろに立ち上がり、棚から何かの器具を取り出してきた。


「じいちゃん先生、それは?」

「いや、お前さんの患部なんだが、短時間で頭を強く二度打ってるようだったからな。その影響で、一度目に打った時と、二度目に打った時の間の記憶がぼやけているんじゃないか、と思ってなぁ。まぁ念のための検査だと思ってくれ」


 その言葉に、母は急に青ざめて、先生に食い入るように顔を近づける。

 そんな母の様子に、先生は少し困ったように笑うと、ちょっと落ち着きなさいと手で母を抑えた。


「先生、うちの子は大丈夫なんですよね?」

「あぁ、瘤自体は最初に言ったとおり特に問題はない。だがその時の魔力の返りが、どうもいつもと違ってなぁ、怪我をした時はそういう事もあるもんなんだが、ちょっと本格的に調べてみようと言うわけだ」


 先生はその手に持った器具の準備ができたのか、金属の棒のようなものを俺に手渡すと、四角い箱に付いている摘みのようなものをいじって調節をしているようだった。

 金属の棒は紐と繋がっており、さらにその紐は先生が手に持った四角い箱のようなものに繋がっている。


「これは最近入れた新型の魔力検査機でな、今までの検査機よりもより高い精度で魔力を調べることが出来るようになったんだ」

「へぇ……で、どうすればいいんですか?」

「あぁ、ちょっと魔力を放出してみてくれ。昔教えたが、やり方は覚えているかな?」

「はい、胸の中心辺りから手に向かって水を押し出すように、でしたっけ?」

「そうだ、よう覚えとったなぁ……ん、もう始めているのか?」

「いえ? まだ、やってませんけど?」


 何やら検査機に反応があったのか、先生は怪訝な顔をしながら俺に問いかけてきたが、俺は意識もせずにただ棒を握っていただけだった。


「んーむ……とりあえず、始めて見てくれないか?」

「はい、わかりました」


 自分の中から、手に向かって水を押し出すことを想像しながら俺は棒を握りしめる。

 すると、自分の体の中に妙な感覚がある事に気がついた。


「……先生、なんか胸の中心から手に向かって、何かが流れてる感覚があるんですよ、しかも結構な勢いで……」

「うむ……こりゃぁまた……」


 何かまずそうな気配を感じながら、先生に問いかけると、先生もまた困ったように眉根を寄せて検査機を見ていた。

 微妙な空気が流れ始めた事を感じたのか、母も先生に問いかけてくれた。


「先生? 一体どうなさったんですか?」

「あ、あぁ、もう魔力を流さんくてもいいぞ……いや、こりゃぁ、まいった」


 先生は検査機を机の上に置くと、今まで見たこともないような真剣な顔で事の次第を語りだした。


 ◆▼◆


 先生の話では、幼いころには確認できなかった膨大な魔力が、今の俺の中に存在しているらしい。

 そのせいで、普段とは魔力の返り方が違ったらしいが、身体には特に異常はないとの事だった。

 ただ、記憶に関しては原因はわからず、頭を強く打った時には稀にそういうことがあるから、あまり気にしない方がいいらしい。身近なところでは自警団の訓練などでも記憶を飛ばす人も結構いると教えられて、俺も母もその事には安堵した。


「コレに関しては、俺も人づてに聞いた話と、推論に推論を重ねたものになるんだが――」


 突如として現れた魔力に関しては、頭を打ったからかどうかは分からないが、何らかの原因で今まで体の奥底でとどまっていた魔力が溢れだした可能性が高いそうだ。

 かなり昔らしいが前にも俺のように途中で魔力総量が急激に増えた人がいたらしく、その時も原因がわからず、国として大々的な追加検査を行ったがその人以外はいなかったことから、特殊な事例として検査では考慮されなくなっていたらしい。

 膨大な魔力はあることがわかった。だが、俺にはそれを有効に使える手段も、使う理由もなかったのが問題だった。

 今からでも鍛えればかなりの魔法を使えるようになる可能性があるそうだったが、俺の家にはその環境を整える手段、言い方が悪いが金がない。

 平均的な魔法使いの教育にかかる費用を聞いて、母と共に顔を引き攣らせたぐらいだ。

 先生は自分が援助してもいいと言ってくれたが、魔法使いになるには魔力だけではなく“魔法を扱う才能も必要”だと言うことは、俺でも知っている一般常識だ。

 もし才能があるとわかっているなら、借金をしてでも魔法使いになって、その後返済することが出来るだろうが、そんなことに家族も、先生も巻き込めない。

 魔法なんて日常的なものだけで十分なのだ、わざわざみんなを巻き込んでまで覚えるようなものじゃない。

 生活で使う魔法が上手に出来る程度で才能があると勘違いをして、教育にお金をかけすぎたあまりに借金で一家離散、なんて話はよく聞くのだ。

 実際に、三軒隣の一家がそうなっていた。数年前に、怖い男達が押し寄せて怒鳴り立てているのを見てしまった俺には、あの光景が家の前で再現される可能性があると考えるだけで背筋が寒くなる思いだ。

 今日の結果は忘れて、普通に暮らそう。

 きっと、それがいいのだ。


「美味しいかい?」


 母が微笑みながら、いつものように家族にそう問いかけた。


「あぁ、いつも通り美味しいよ母さん」


 弟妹たちは食べることに夢中になっていたし、父は酒を飲んでいる最中だったので俺が代表して答えた。


「兄ちゃん、それとってー」

「あいよ」


 母の手料理を食べ、笑顔で食卓を囲む家族を見ながら、俺は今の幸せを実感していた。

 そう言えばすっかり忘れていたが、ぼやけた記憶はなんだったんだろう。

 先生の言うとおり、忘れてしまったのなら大したことじゃないだろう、そう考えながら、俺は目の前に置かれた好物を食べることに集中したのだった。

 あぁ、母さんの料理はおいしいなぁ。

J( 'ー`)し

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