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異世界講座 2

文字を教わり、暦の数え方を教わり、この世界の主だった歴史を教わり、お金の種類とその額を教わり、たくさんの食材の名称とその味を教わり、色々な道具やアイテムの名称と使い方を教わった。

日々は瞬く間に駆け抜け、気づけば、月が2回ほど変わっている。

今日は何を教わるんだろう、と思いながら、私はいつもの会議室のような部屋に向かった。


「皆さん、おはようございます。今日からは街へ出て、その様子を実際に見て戴こうと思います。店先にある看板が、そこが何の店だと示しているかや、物の物価、便利な施設の利用方法など、是非覚えてきて下さいませ」


へえ、今日は街へ行けるんだ!

今滞在してる敷地から出るのは初めてだよ!

うわぁ、楽しみだなぁ!

異世界の街ってどんなだろう?


「それでは今から、街で実際に買い物を体験して戴く為に、幾ばくかのお金をお渡しします。何に使っても自由ですが、ひとつ、注意して戴きたい事がございます。必ず服飾店にお立ち寄り戴き、服を何点か購入してきて下さい。今まではこちらで支給させて戴いていましたが、今後は、ご自分でお買いになられた物を着て戴きますので」


わ、買い物できるんだね、やった!

服は絶対購入する事、と。

覚えておかなきゃ……って……んん?


「……あの、質問、いいでしょうか?」

「はい、何でしょうか?」

「文官さん、さっきから"覚えてきて下さい"とか、"購入してきて下さい"とかって言ってますけど、もしかして文官さん、街にはついてきてくれないんですか?」

「えっ。……あ……っ!」


文官さんの説明の仕方に疑問を覚えて質問すると、他の女性達もその可能性に気づいたのか、戸惑うような声を上げた。

私達は、この世界へ召喚されたあの日から今まで、ずっと文官さんについて学びながら毎日を過ごしてきた。

なのに初めて向かう街に、文官さんがついてきてくれないとなると……ちょっと、心細いような気が、する。

私達の不安そうな視線が集まると、文官さんは少し困ったように苦笑した。


「……そうですね……私は、ついて行くとも、行かないとも言えます。というのも、街へ行くのは完全に個人行動となるので、安全の為付き添いはつきますが、貴女方女性一人につき付き添いも一人なのです。なので、どなたか一人には、私が付き添いますよ。他の方には、騎士がつきます」

「あ……そ、そうなんですか。なるほど……」


文官さんでないとしても、付き添いはつくのか。

それなら……大丈夫かな……?

一人じゃ、ないんだもんね……。


「ね~え文官さん? その付き添い、誰にするの? もし決まっていないなら……私と行かない?」

「あっ、ずるい! 文官さん、私と行きましょ? ね、お願い!」

「おや、私をお誘い下さるとは、嬉しいですね。……けれど残念ながら、公平にくじ引きで決める事になっているのですよ。なので私のくじが当たるよう、ご自分の運に祈って下さいませ。……さ、ではそちらから、くじをお引き下さい」


文官さんは自分を狙っているお姉さん達からの誘いをさらりと交わし、端の女性からくじを引くように促した。

女性達はある人は不安げに、ある人は楽しむように、ある人は真剣に、くじを引いていった。

そして、私の番になり、私はひとつ、くじを引いた。

そこに書かれていたのは……。


「……腹黒騎士……?」


何これ。


★  ☆  ★  ☆  ★


街へ行く為、お城の門の前で付き添いの人がやって来るのを待つ。

何人か騎士らしい格好の人が来たけれど、その人達は別の女性に声をかけて、街へと出発していった。

どうやら付き添いの人達は、自分の担当する女性の容姿がわかっているらしい。

なら、私はただ声をかけられるのを待てばいいんだろうと思う。

あ、また騎士らしい格好の人が来た……って、あれ、あの人、私を見てる?

あ、こっちに来た……じゃあ、あの人が私の付き添いの人なのかな?

そう思って見ていると、騎士さんは私の前で立ち止まり、口を開いた。


「どうも、初めまして。"腹黒騎士"です。略してハロとでも呼んで下さい、お嬢さん」

「え……は、はい? ……あ、は、初めまして。私は」

「知っています。シズル・ホウジョウさん。これから数日、街に行く時は俺が付き添いになるから、よろしく」

「あ、はい! よろしくお願いします! えっと……は、ハロさん? ……あの、ハロさんって、本名、なんですか?」

「ん? いえ、違いますよ? 言ったでしょう、腹黒騎士、略してハロって」

「え……は、はい。……あの、でも」


何で、"腹黒騎士"を略して呼称にする必要が?

私の名前は知ってるのに、自分の名前は教えてくれないの?

そう思って訝しげな視線を送っていると、ハロさんは意地の悪そうな笑みを浮かべて口を開いた。


「俺はね、お嬢さん。結婚相手に狙っている女が既にいるんです。だからお嬢さんと親しくなる気はないし、付き合いは数日だけのものになるんだから、本名を教える必要性は感じないんです。ご理解戴けますか?」

「は……? ……はぁ、そうなんですか……わかりました……」


狙っている人が既にいるとか、親しくなる気はないとか、初対面の人間に何でそんな事をきっぱりと言われなきゃならないのかはわからないけど、本名を教えて貰えない事だけはわかりましたよ、うん。

いいです、ハロさんと呼びますから。


「じゃあハロさん、行きましょうか。えっと、まず最初に、服飾店に行きたいので案内をお願いできますか? 絶対に買わなきゃならない服をまず買って、残ったお金で好きな物を買いたいので」

「へえ、一応考えてるんですね。わかりました。じゃ、お嬢さんに似合いそうな服が置いてある店に案内しますよ」

「あ、はい、お願いします」

「はい、お願いされます。他にも、こういうのが見たいってリクエストしてくれたら、それが置いてある店に案内しますよ、お嬢さん」


そう言って、ハロさんは歩き出した。

つられて私も歩き出したけど、身長によるコンパスの差はあるのに、距離が全く開かない事に、すぐに気づく。

……スピード、合わせてくれてるんだ。

さっきはいきなりあんまりな事を言われたけど、そんなに酷い人じゃ、ないのかな?

そう思って、ちらりとハロさんを横目で伺い見た。

すると。


「……何、お嬢さん? お嬢さんが見るべきなのは俺じゃなくて街の様子ですよ。俺に興味持たれても迷惑だから、大人しく街並みを見てて下さいね。わかりました?」


という、冷たい言葉が降ってきた。

……うん、前言撤回していいですか?

やっぱり酷い人だと思います!

街の様子を見るべきっていうところだけは、正論でしょうけどね!

……はぁ、くじ運悪いのかなぁ、私。

そう思ってため息を吐いた私だったけど、その後ハロさんが案内してくれた店は全部、値段も手頃で、私の目が引かれる物が多く置かれる店だったし、店や施設など、街に関する説明もわかりやすくて面白いと思えるもので、私は街を十分に楽しむ事ができたのだった。

……ただ、時折ハロさんの口から突然飛び出す辛辣な言葉だけは、どうにも受け取り難いものだったけれど。

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